後日譚というか、今回のオチ
あの夜から2週間がたった。先日発売された今月号には盲目の男の宝について何も書かれていない。
彼に真実を伝えるべきか、伝えないべきか。そんなことをぐるぐる考えながらも、実際のところは、私は単に彼が丹精に築き上げたあの空間を衆目にさらすのが嫌だっただけなのかもしれない。結局のところ私はこのネタで記事を書くことを放棄した。
編集長は『テムズ川に水棲UMA“テッシー”あらわる!?』という締め切りオーバーな上に予定と全く違う、しかも何十番煎じか分からない原稿を提出した私を大いに睨みはしたし、お説教もまあそれなりに頂戴することにはなったが。
あれから一度もセントキャサリンには近付いていない。だがそれも今夜までだ。私はタクシーを止め、運転手にテムズ川のほとりのあの場所を伝えた。
「やあ、いつぞやのお嬢さん。お久しぶり」
私の声を一声聞くと、彼は私が名乗る間もなくそう言った。
「あれ以来パブには来てないようだが、仕事とやらはもう終わったのか?」
「ええ、まあ…」
そのおかげで此処までもタクシーを使えた訳だし。
「今日はどうしたんだね?今から一杯やりに行くんだが、一緒にどうだい?」
「いえ、大丈夫です」
彼は怪訝そうな顔をした。
「なら、またコレクションを触っていくか?」
「いえ………。今日はそのことでお話しすることがあって来ました」
私は大きく息を吸い込むと、意を決して語り始めた。彼のコレクションががらくたの寄せ集めであること。それは誰の眼にも明らかなこと。そのことを知りながら黙っていたことへの謝罪。そしてもし何らかの詐欺行為に遭ったのであれば、自分が助力を申し出るとさえ言った。
彼は一言も挟まずに、顎を上げて私の話を聴いた。
どれほどの時間が経っただろうか。永遠にも思えた静寂の後に、彼は静かに呟いた。
「知っている」
「………え」
「知っている、と言ったのだよ」
彼は顔を私の方に向けた。
「ならばどうして!」
「ならばどうして?」
彼は唇の端を釣り上げた。
「ならばあの絵画が、メダルが、指輪が………私の宝たちがみすぼらしい贋物であったとして。
………例え美しい本物であったとして」
彼は光の無い瞳を私に向け、掠れた声で吐き捨てた。
「私に何の意味があるというんだ」
その後の事はよく覚えていない。気付けば彼の姿はなく、私はとぼとぼと知らない路地を歩いていた。
輪郭の滲んだ月がやけに眩しい。ぎゅっと瞼を閉じた。月光が頬に流れる。
上を向いたまま長い息を吐くと、ふと、口からぽつりと言葉がこぼれた。
ギネスが飲みたい。
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