第8話
その場から助走をつけ、510番は目の前の赤い
咄嗟に伸ばされた手を掴み、ふらつきながらも着地。その刹那、自分のしてしまったことに対する嫌悪と命令に背いた罪悪感が彼の息を荒くする。
「『差異』君! 来てくれるって信じてたよ!」
赤い
だが、一方で少女のとは正反対の顔を浮かべる者もいる。
「何故だ!? お前が一体何をしているのか分かっているのかッ!?」
総帥は変化の乏しかった顔面に驚愕と怒りが混在した表情で510番の行為に意義を唱えている。
FHKの人間、それもその最高位に至る人物がこのような表情を浮かべるのは初めて見るが、今はそんなことを気にする余裕はない。510番は込み上がる吐き気を飲み込みつつ、総帥の方へと向きを直す。
「ごめんなさい、総帥。僕はチルドレンがすべきことをこの赤い
「何を言っている!
「……嫌です。僕は『差異』だから、あなたの言うことはもう聞きません。これからは僕の意志で、僕自身の選択で生きていきます」
この言葉に怒りを露わにしていた総帥の顔がすっと治まっていく。まるで説得を諦めたかのような……否、実際にそうなのだろう。『差異』の少年が見せた意志に、総帥は深く項垂れてしまった。
「よく言った! 『差異』君! さっすが私たちが長年探し続けてきた甲斐があった!」
総帥の命令に背いた510番の意志。それを隣で見ていた少女は心底嬉しそうな目で510番の背中を叩くと、すかさず少女も総帥のいる方向へと首を回して人差し指で右目の下瞼を引っ張って舌を出した。
そして赤い
あたかも目の前で大切な何かを失うのを嘆くかのような──そんな悲壮の目で、総帥の口が動いたのも見えた。
「シン──」
この言葉を耳にしかけた瞬間に操縦席は閉まり、外界の光景は断たれる。
それは何を意味する語なのか。はたまた意味など存在しないのか。悲しげな表情を総帥が浮かべた理由さえ、今の510番自身は知る由もない。
FHKを裏切ったという行動に上がる荒い息のまま、510番は内部照明に照らされながら沈黙する。
自分で選んだとはいえ、その罪悪感はすさまじい。体が言うことを聞いてくれなかった時の感覚とは比較にならない程の恐怖心が残っている。
だが、
「ありがとう。私の言葉を信じてくれて」
「……うん。それよりも、早く獣魔を倒さないと」
少女からの感謝に答えつつ、510番はもやもやとした気持ちのまま操縦席の奥へと進む。
入って初めて気が付いたが、内部のインテリアは細部の違いこそあれどFHKの
だが、それに対して510番と少女以外に他の人間はいない。もっとも、狭い内部に隠れられる場所も無いのだが。
「もしかして……この
「そうよ。確かに
「か、改造……!?」
少女の答えに驚きを隠せない510番。
まさかとは思ったが、あの動きをたった一人で動かしたなど信じられないことだ。前線で活躍しているパイロットと同等以上の動きを頭脳役無しに操縦したという事実。だが、現にこの目でそれを見ているので疑いようもない。
いとも容易く覆された常識に唖然としていると、少女は下段の胴体役の席に座り、起動の準備をする。
「それに、この機体は
ユーディアライト。それがこの赤い
名前──機体にはあるのに、自分には無い。それは
「出撃の前に自己紹介しようか。私はカノン。あなたは?」
「ぼ、僕に君みたいな名前は無いよ……。総帥が言った通り、510番が僕の識別番号。番号が名前だ」
機体内部の類似性に困惑しつつ、機体の再起動準備を始める中で下段の少女──カノンは簡単に自己紹介をする。
そして次に自身の名を問われたが、番号でしか呼ばれたことのない510番はそれに答えることは出来ない。オビディエンス・チルドレンにとって、個人名とは不要なものだからだ。
やはり自分には無い物の存在に気が滅入る510番。やはり名前というのは本来あるべき物で、それが無いのは異常なのだとあらためて気付かされてしまった。
「あー、そっか……。うーん、それじゃあ君はフェイト君だ」
「え……?」
「君の名前。510番だから、『
そんな中で、カノンは唐突にその言葉を口にする。それが510番に向けられているものだと気付くには時間などかからなかった。
識別番号という現在の名である510番にひねりを加えた新しい『名前』。
「フェイト……。僕の、名前……」
「うん、君は今から私の友達。だから私たちと一緒に反抗しましょう。この腐った世界とそれを変えようとしない大人たちに!」
そして再び伸ばされた手。カノンの微笑が浮かぶ表情を前に、510番……もとい、フェイトの名を受け取った少年は決める。
今度は躊躇わない。これが指す意味とは、もう以前までの自分を捨て、
「……うん、やろう。僕も
「よく言った! それでこそ私が見込んだ『差異』の発現者。君が本当の人類だ!」
反抗に加担することを誓ったと同時に、機体内部のモニターやメーターが輝きを放つ。ここは
「さあ、行こう! 君の頭脳としての力、私に貸してくれ!」
二人揃ってようやく真の力を引き出せる
カノンとフェイト。二人の操縦者を乗せたユーディアライト。全身に刻まれたスリットに灯る赤い光は色濃く眩いた。
彼女との出会いは、まさに天恵だった。
少年が乗る前部のコックピットにて機体の操縦を担当する少女が問いかけてきた。
薄暗い操縦席でも映える橙色の長髪。これから幾度と無く目にすることになるであろう派手な色使いの服。そして何より、彼女の目はこれまで出会ってきた人間の中で最も輝きに満ちており、今の時代から大きく乖離している存在であるのは明白だった。
希望や自由という言葉は、まさに彼女のことを指しているのかもしれない。この認識は金輪際変わることはないだろう。
「──
その差し出された手を、フェイトは強く握り返した。
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