第6話

 謎の機体は小型の獣魔との戦闘をしているが、510番が見るにその機体の動きはチルドレンのような統率の取れた必要最小限の動きではなく、一人での戦いに慣れている動きをしていた。

 猛スピードで会場駆け抜ける獣魔に対し、赤い機体は銃型の武器で攻撃をしている。


 だが510番の知る限りではあれはテイムバレットではない。形状は似通っているものの、色や大きさが若干違う上に威力の高さと命中精度が決定的に違っている。

 銃弾一発の威力が獣魔の青い装甲に傷を付けていく。それはもはや牽制用ではなく現役のパイロットが仕留める時に使う弾とほぼ同等の威力。


 それを残数を気にする様子も見せずにどんどん撃ち、外れ弾が会場をぼろぼろにしていく。

 そして、獣魔が瓦礫を盾にして銃弾から逃れつつ距離を詰めていき、赤い従順機オビディエンスまで十数メートル内にまでに達した。


 このままではあの機体も先ほどまでの自分らと同じようになってしまう。そう思った510番は、機体は寝そべっている状態から咄嗟にテイムバレットを装備して構えようとする。だが──


「そうだった。左腕は壊れて動かないんだった……!」


 この数分間に起きた様々な出来事によって、510番の頭から獣魔の攻撃によって左腕部を負傷しているのを忘れてしまっていた。

 思わず胴体機能が全て正常なのだと思い、武器を取ろうとしたのが左腕。当然反応しないので武器と構えることはおろか持つことすら出来ずに沈黙したままである。


 しまった──。刹那にそう感じた時には、あの赤い従順機オビディエンスの目前には獣魔が。

 このままではやられてしまう。いくら小型とはいえ奴は本物だ。一発の威力は当たるところによっては一撃で機能不全にまで追い込ませることも出来る。今の四号機のように。


 だが、その心配は杞憂に終わる。気付いた頃には獣魔はその体に内部が露出していてもおかしくない程の巨大な傷を負わさっており、溢れる血を流しながら遠くに吹き飛ばされていた。

 まさに一瞬の出来事。510番の目が捉えたのは赤い従順機オビディエンスが迫り来る獣魔を紙一重でかわし、腕部に仕込まれていた刃で奴の腹に一撃を入れる言葉通り刹那の間。


 この芸当、少なくとも今は真似出来ない。あのようなことが出来るのは、おそらく現役パイロットだけだろう。

 510番は感動すら覚え、謎の機体の勝利を見届けた。


「あの機体は一体──って……!?」


 戦いの一部始終を見て放心していた510番だが、次に起きた行動ではっと意識を戻す。

 何と、先ほどまで戦っていた機体が獣魔の沈黙を確認し終えると、こちら側に向かって迫ってきたのだ。


 特に何かをした訳ではないはずだが、何故か迫る赤い従順機オビディエンス。心当たりは援護のつもりで撃とうとして失敗に終わったことくらい。機体も倒れたままだ。

 チルドレンらが倒す予定だった獣魔を屠ったあの謎の機体は、おそらく会場の対獣魔フィールドを中和した張本人かもしれない。この仮説が正しければ、奴はFHK世界にとっての敵に当たるだろう。


 獣魔以外の人類に敵対している存在というのは聞いたことはないが、それでもあの機体を相手にするのは危険だ。

 実践用の銃弾を躊躇うことなく使い、小型とはいえ獣魔を一撃で倒したという事実は、まだ新人である510番らチルドレンにとって大いな脅威となる。


 もし、敵なら──ここで倒すしかない。

 当然、実力差は分かっている。おまけに左腕部は故障し、主力のランスも紛失中。あるのは威力の薄いバレット一丁。明らかに勝てないのは分かっていた。

 それでも、望まぬ世界で生かしてもらえている以上はここで怖じ気付いている訳にもいかない。それがオビディエンス・チルドレンとして生まれた自分自身の役目だからだ。


「う……、うおおおおっ!!」


 あの機体を最初に目撃した時の感情と、その少し前に自分に発生した強い反抗感情は無い。あるのは自身が苦手とするチルドレンとしての責任感だけ。それが510番を動かした。

 動ける右腕部でバレットを装備し、銃口を赤い従順機オビディエンスに向けるが、抵抗虚しく武器は機体に足蹴にされて遠くへと飛ばされる。


 さらに攻撃は続く。次に赤い従順機オビディエンスは510番らの乗る機体のコックピットが位置する胸部装甲をこじ開けて、操縦席内を外界に露出させた。会場の照明が薄暗かった内部を照らし、510番は一瞬眩む。

 何故、こんなことをするのかは分からない。だが、510番は理解する。


 ──終わった、と。ここで自分の人生は終わるのだと直感した。


 だが、そうなることは無かった。



『あ~、一発で見つけちゃった。私ってラッキー!』



「……えっ?」


 どこからか聞こえた声はうら若い女性の声だったが、510番にとっては初めて耳にする拍子抜けした口調。

 この声の主は目の前の赤い従順機オビディエンスから出ていることに気付くのにそう時間はかからなかったが、そんなことを気にする余裕はない。茫然自失の体で目の前の機体を見上げる510番だったが、そんなことを気にせず声の主は明るい口調で次の行動に出る。


『あっはは。ごめんごめん、怖がらせちゃったね。私、君に用事があって来たんだ。話を聞いてくれるかな?』

「僕……に?」


 聞き覚えのない口調の声が、自分に? 510番は意味が理解出来ずにまたも呆然とする。

 生まれてから今日までをFHKの施設で過ごし、機関の大人以外誰とも会ったことのない自分に一体なんの用事があるのだろうか。

 しかし、この一瞬で思い出すワードがある。もしかしたらと思い、510番は緊張からなる唾を飲み下して訊ねる。


「も、もしかして君は『差異に相応しい場所』からの人……?」

『……? それって私に言ってるの?』


 今の問い返しに頷くと、しばらくの沈黙が起きるが、それもすぐに破られる。


『……ぷふっー! 何ソレ、笑わせないでよぉ! 私があんな所からの使いな訳ないじゃん!』

「ち、違う……?」

『あったり前でしょー? ふふふ、やっぱり私の見越し通り、君は『差異』のチルドレンなんだね』


 盛大に笑われたあとに、少女の声は510番自身も聞き飽きた言葉を放った。

『差異』。それが数年前に自分に芽生えたにも関わらず処分されずにここまできたことをこの少女は知っているらしい。


「な、何で僕が『差異』って……」

『あー、いいのいいの。そんなこと知ったって君には何の良いこともないから。それより──』


 そのことを問おうとするがはぐらかされてしまった。そして、間髪容れられずに少女は話を変えにくる。


『君、この世界のことをどう思ってる? 本題に入る前にそれが聞きたい』


 唐突にそんなことを訊ねられた510番は言葉が固まって口に出なくなってしまう。

 この世界についての疑問は『差異』が芽生えてから幾度と無く考えていた。生まれた時から節制という節制に縛られ、大人たちの言うことを聞いて周りと同じ生活をする……。これ以外の生き方を知らない510番でも、これが普通の生き方ではないというのは理解している。


 謎の人物からの問いに少しだけ時間を要したが、510番はその回答を言葉にする。


「……おかしいとは思ってるよ。ただ従順機オビディエンスに乗って獣魔を倒ためだけに育てられるなんて、普通だけど、絶対に普通じゃないはずだよ……」


 510番は初めて自分の中で思い続けていた疑問を形にした。FHKが支配している今の世界で禁忌とされている言葉を、チルドレンである彼は初めて口にする。

 どんな目的、どんな形であれ、自分をここまで育ててくれた大人たちを裏切るような背徳行為。とてつもない後ろめたさが心の奥底から今の言葉を取り消そうとするが、出た言葉はもう戻らない。


『あぁ~、いいねぇ。『差異』が芽生えた人の言葉ってのは、昔の人間っぽくて心が踊る!』


 この告白に、赤い従順機オビディエンスの操縦者はやや興奮気味になって機体をより一層510番に近付けさせた。

 元々近い距離がさらに近くなり、視界全体は機体の白黒赤の三つの色をした装甲でいっぱいである。圧迫感やたるや、凄まじいことこの上ない。


『合格! 君は私のになるのに相応しい人間だ。良い友達になれるかもしれない人に自分の姿を見せないのは失礼だね。今、コックピットから出るから待ってて』


 そう一方的な口調で言われると、機体の角度が少しだけ下がり、破損した従順機オビディエンスの前で屈むような姿勢となる。

 声の主はコックピットから出ると言った。その言葉通りにちょうど目の前の位置に来た機体の胸部装甲が開いて中にいる人物が姿を現した。



 ──そんな彼女との出会いは、まさに天恵だったのかもしれない。



「生で見ると、とっても良い眼をしてるわね。どう、一緒に反抗やんちゃしてみる気はある?」



 510番が立ち竦む前で屈み込む機体のコックピットから出てきた少女が問いかける。


 風に揺られる橙色の長髪。見たことのない派手な色使いの服。そして何より、彼女の目はこれまで出会ってきた人間の中で最も輝きに満ちており、今の時代から大きく乖離している存在であるのは明白だった。


 いつの日にか覚えた希望や自由という言葉は、まさに彼女のことを指しているのかもしれない。そう、一目で見て分かった。



「この世界、ブッ壊してみない?」



 その差し出された手を、510番は────

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