第3話

「んーっ! 今日も太陽が眩しいわね」


 コックピットを寝室代わりにして過ごした日は今日が初めてではなく、むしろ彼女にとってはそう珍しいことでもない。

 それでも、今日は今まで過ごしてきた機体内の寝泊まりの中でも取り分け珍しさはあった。


「さてさて、今日の会場の様子は──っと」


 目覚めて早々、彼女は望遠ゴーグルを着用して目標となっている建物の観察をする。

 そこは相変わらず周囲に浮く純白さを保っており、もはや異彩まで放つ白さだ。

 あの中に今回の目標がいる。ついでに黒幕と数十機の敵機体もだ。


「なんにせよ、アレをこじ開けないことには始まらないか」


 ゴーグルを外して肩をすくめる。この考えも幾数十回も繰り返したものだと改めて思う。

 建物の周りには無色透明の超高密度の対獣魔フィールドが展開されており、外敵から守られている。これがある限りこちらに機体があっても中に侵入することは出来ない。

 しかし、結論だけ見ると攻略は可能だ。切り札はこの手の内にある。


「ん~、現時刻は……十二時か。もう朝っていう時間じゃないね」


 彼女の服装は彼女の好みに合わせた派手な制服だが、その下はぴっちりとした機体専用のスーツになっている。スーツの手首部分に付けられている時計はすでに一日の半分が過ぎ去っているのを表示していた。


 時間的に言えばもう儀式は始まっている。少し寝過ごしてしまったが、まだ修正の範囲内なのですぐに行動に移せばなんら問題はない。

 深呼吸をすると、その少女は背後の虚空に身を隠す。そして蓋が閉まるとは動き始めた。


 地面に半身を埋められていた白と黒の機体から、全身に掘られたスリットに幾何学模様の入った赤い線が行き渡る。そして機体の黒く陰っていた部分から光が放たれ、その双眸に黄金の眼光を灯した。

 内部も機体の起動に伴い各所から光があふれ出す。少女はその変化に一切気を取られることなく操縦桿に手をかけ、操縦を開始する。


「まずは、あのバリアを壊さなきゃね」


 半分寝そべっている状態の機体は、側に置いていた棒状の鉄塊を持つと、それを機体のマニュピレーターに接続。後部から降りてきた狙撃補助用のゴーグルを装着し、狙撃体勢を取る。

 誤作動を起こさないか確認し終えると、画面には接続に成功したことを示す文字が浮かぶ。これこそ彼女がフィールドを破壊するために使用する切り札。


「射出標準角度、調整。発射位置固定。予想落下地点、修正。ABMアンチビーストマテリアル弾充填率五十……七十……百。最大出力確認」


 誰に聞かす訳でもなく口頭で着々と準備を進めていき、機体に取り付けている大型ライフルのリロードを完了させる。

 目前に標準か表示され、マークがゆらゆらと揺れ動く。


「さぁ、頼むよ私の反抗機リベリオン。あの牢獄に風穴空けちゃ……って!!」


 照準の位置が合わさった瞬間に一瞬息を止めてトリガーを引く。かちっ、と鳴ったと同時に機体が小さく揺れ動く。

 狙いに定めている建物に向かって一発の爆弾がロフテッド軌道を描いて撃ち出された。











 起動式が始まる数分前。510番と521番は同機体内にて本番を待っていた。

 薄暗いコックピット内はモニターのうっすらと灯る明かり以外には光源はどこにもない。この空間の中で510番は考えに耽っていた。


 残り数分で始まる式では、総帥や他の大人たちの前でと戦いを繰り広げることになっている。それを五機十人の力で圧倒し、討ち倒すことで忠誠は誓われる。


 先人のオビディエンス・チルドレンや現役のパイロットが残してくれた知識や戦闘データがあるものの、事実上の先行実践。失敗だけは絶対に出来ない。

 この状況、521番はどう感じているのだろうか。それが少し気がかりだった510番は勇気を振り絞る。


「……ねぇ、少し、話をしない?」

「……何故?」


 510番はほぼ初めて相方にあたる人物に話を持ちかけた。予想通り素っ気のない返しではあるが、それでも挨拶と操縦に関するやり取り以外で返してくれた言葉に僅かばかりの嬉しさが込み上がった。


「いや、この式が終わったら僕らはどこかの地域の部署に移動になるでしょ。それに、今までずっとバディだったのにろくな話もしないまま施設を出ることになるのも何だか変かなって」

「やっぱりあなたは『差異』なのね。そんなことを気にするなんて。どこに行っても、私たちのすることは同じよ。今もこれからも変わらない。獣魔の駆逐、ただそれだけ」


 おずおずと問い返しの言葉を言うと、彼女から初めて自分が『差異』であることを再認識させられる言葉が返された。

 この返答に思わず胸が締め付けられるような感覚を覚えるも、ぐっと我慢して「ごめん」と謝罪を呟く。


 まさか彼女の口からその言葉を聞かされるとは。いや、いつそう言われてもおかしくはなかったのだ。それがこの会話で出ただけであって、何も珍しいことではない。

 521番も510番を『差異』として見ていたという事実が明らかになっただけ。この事実を内心では分かっていたはずなのに、少しだけ胸が痛んだ。


「510番。もう本番だから、会話はこれで終了よ」

「あ、うん……」


 521番が言うように、どうやら式の始まりは近いみたいだ。510番は意識を操縦桿に移し、機体の頭脳としての役割に戻る。

 失敗は考えないようにしなければ。演習通りに攻撃し、回避し、とどめを刺す。イメージだけは完璧だ。


『代表機、前へ』


 時間がきた。521番の操縦で動き出す従順機オビディエンスは開かれたシャッターの向こうへと進んでいった。

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