第2話

 式は二日間に渡って行われる。一日目はチルドレンと総帥の顔合わせ。そして二日目は操縦者としての忠誠を表すために、実際に数機の従順機オビディエンスを動かすことになっている。


 そして、この代表の一人に510番が参加している。総帥の前で動く一機に。この、『差異』でありながらチルドレンとなった唯一の異端がだ。


「明日の起動式のために最終演習を行う。分かっていると思うが総帥の前では絶対に失敗は出来ない。もし僅かでもミスをすればどうなるか分からんからな?」


 チーフからの指示に耳を傾けない者などいない。これから510番を含む代表者十名は明日の本番の前に最後の練習をすることとなっている。

 連れて来られた場所は明日使われる機体が保管されている整備室。そこには鋭角的なデザインの白と青色をした細身の人型が五機、立ち並んでいた。


 これが明日の起動式に使われる機体『ジェイド』。かつては実際の戦いにも使われていた物を改良した物なのだという。

 チルドレンが学んできた勉強はすべて従順機これのため。それ以外は生命活動を維持するためだけの行いにすぎないといっても過言ではない。


「よろしく」

「よ、よろしく……」


 ふと抑揚の少ない女声が後ろからかけられた。振り返るとそこにいたのはこの機体を操縦するに当たって必要なバディの521番である。

 規定に沿って整えられたショートヘアにチルドレンの中では唯一の褐色肌の持ち主である彼女は周りのホームメイトと同じ『差異』を起こさなかった者の一人。この機動式のみのバディではあるが、長い期間同じ機体を共にした事実上の相方である。


 練習用機体に限らず従順機オビディエンスのコックピットは副座式で、二人の協力がなければまともに動かすことが出来ない。それ故に完璧な意志疎通をさせるためにチルドレンは他者ながらも同じでなくてはならないのだそうだ。

 だったら一人でも動かせるようにすれば良いのだが、それを発言する権利はチルドレンには無い。なのでこの素朴な疑念が表に出ることはない。


「これまでの演習通り、私が胴体。あなたが頭脳よ」

「うん」


 510番がコックピットの上段、521番が下段と分かれて乗り込むと、すぐに内部の調整を始める。操縦席にあるレバーの感度や武器類の調節など、機体を動かすに当たって必要な微調整を行う。

 こうやって二人で機体の中という密室になると必ず思うことがある。それは、彼女自身がの意志を持っているのかどうかだ。


 510番が『差異』に目覚めてから、周りのルームメイトや大人から浴びる視線は異物を見るような目になった訳ではあるが、彼女だけはそういう視線で自分を見ないでいてくれている気がしていた。勿論気のせいかもしれないが。


 故に、もしかすれば彼女にも自分のようなはっきりとした意志が存在しているんじゃないかと思ってしまう。もっとも、仮にあったとしても表にすることは無いと思うが。


『全機、用意はいいか?』



「はい。完了です」

「はい。完了です」



『はい。完了です』『はい。完了です』

『はい。完了です』『はい。完了です』

『はい。完了です』『はい。完了です』

『はい。完了です』『はい。完了です』



 男声と女声という違いこそあるが、機体発進の準備を終えると全員口をそろえて同じ語句を使う。生活の統一という生き方をしてきた者らにはよくあることだ。


『よし、では発進!』


 その合図を受け取り、彼らオビディエンス代表たちは最終演習を始める。

 五機十人。二人で一機の人型兵器たちはたった一人の男に忠誠を誓うためにその意志無き意志で統率のとれた演武を始めた。









 最後の演習も何事もなく終了し、代表たちは他のルームメイトより遅れて各々が寝泊まりする施設へと戻る。

 明日は本番。今回ばかりは早めに就寝しなければならな

い。チーフからの僅かばかりの配慮──という名の定められたスケジュールだ。


 510番を除いた九人はほとんどしゃべることは無い。他のルームメイトもそうだが、言葉を発するのはだいたい大人から何かを言われたら「はい」。機体操縦での簡単なやりとりと生活に使う最低限の言葉のみ。


 普段の統一された生活では話題になるような話も存在せず、ここにいるチルドレンはまさに生ける屍そのものだ。


 正直なところ、かなり居づらさを感じている。ただでさえ自分を見る目が他と違うのに、それに会話という概念が存在しないなんておかしい話である。


 しかし、明日の機動式の代表である彼らには珍しく話の種が存在している。明日の意気込みを語り合ったり、長い間組んできたバディが明日で解散されるなど、それらしい一言を交わすだけでも十分に会話は成立する。

 それでも誰も言葉を口にしない。施設に向かう移動機の音だけがこの場を支配していた。


 本当にこういう時も思ってしまう。何故自分に『差異』が芽生えたのだろうと。自分に自我があるせいで彼らとともに居るのがとてもつらい。

 本来なら施設から淘汰されるべきなのに、未だここにいるという事実がこのつらさを加速させる。


 ──早く全部終わらないかな。


 こうして求めた未来も510番にとって非常に痛苦な日であることは自覚していた。

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