Freedom and Harmony Keeper
第1話
残り数日を以て彼は長い施設での生活から外に出ることになる。彼自身からすれば二度目の外。違いを上げるなら、当時は夜で今回は昼という違いがある。
勿論、彼だけが外に出る訳ではない。同じ施設で『差異』が芽生えなかったホームメイト達もこの儀式を行うのだ。
「これからお前たちはこの世界を統括する総帥の演説に参加し、その意志の表明をすることになる。この十五年間の生活や訓練はそのための物だ。念を押して言うが、これは神聖な儀式でもあるのだ。決して無礼な真似はするなよ。……特に510番!」
「はい」
この十五年間を仕切ってきたチーフからの番号差しで釘を刺された少年。番号を名に与えられた少年はそれに感情を込めずに答える。
あの日に脱走してから変わったのは周囲の視線だけではない。監視員などの大人たちは510番を強く警戒するようにもなっている。
監視を厳しくするくらいなら『差異に相応しい場所』に送れば事足りること。この謎は十五の今でも謎のままだった。
「では全員、位置に」
そう思っていると、チーフが列の統率を始めた。ここにいる番号を名前に与えられた子供たちは床の画面が示すマークに靴のつま先をそろえる。
目の前にある扉の奥には、とてつもなく広い会場と一席も外されることなく座席に腰掛けた大人たちがここにいる子供たちのために集まっているらしい。チーフ曰くの話らしいのだが。
ここにいる子供たちの中で、それを疑わない者はいないだろう。大人の言葉はこの世の真理と思って育てられている。まず、今の510番のように頭の中でいろいろと考えてる者もいるのかすらも怪しい。
不意に電子音が鳴った。どうやらもう大人たちの前に出る時間だ。
目の前のドアが開かれ、その奥からは光が。510番は一瞬だけ目を細める。
目を開くと、そこにはチーフの言葉通りの世界が広がっていた。
何百メートルもある広い空間にびっしりと設置された座席。それに座って自分たちのいる方を見ている大人の姿。そして、真上には初めて見る太陽がある。
──壮観だ。
初めて見る景色の感想はこんな簡単なものだった。
今回の言葉は真実だったらしい。だが、常に大人たちの言葉が全て真実ではないことを510番は知っている。
あの日見た夜空と大人たちが教えてくれた夜空は全く違っていたという事実が、今の510番が水面下で疑問を抱くようにしたのだ。
「全員、前倣え! 進め!」
この合図で前進する。このまま直進して、この巨大な会場の中心へ。
たどり着く先でここから大人から長い話を聞かされることになる。それが何時間かかるかは分からない。
会場の中央に到着すると全員が待機の姿勢を取り、傍聴する。
「オビディエンス・チルドレンたちよ。よくぞここまで来てくれた。私がFHKを代表して歓迎しよう」
どこからか嗄れた声が会場内に響く。
これが誰の声なのかの検討はついている。ここからずっと奥にある特別な席で腰を下ろしている男が、チルドレンと呼ばれた子供たちを施設に閉じこめて教育するようにした事実上の世界の指導者。ザンジ・ローケン総帥。
彼の英雄譚はこれまで受けた教育の中で飽きるほど聞いた。何でも最盛期の十分の一以下にまで減少した人類を今の政策で立て直したらしい。要は人類を守った男なのだという。
いかにも胡散臭いがこれは紛れもない事実。あの男は世界の救世主。それに異論を唱える者はおそらくここには存在しない。
「君たちは非常に優秀な人間だ。
そうこう思っていると、総帥がチルドレンの役割について触れてきた。
今の世界には『獣魔』と呼ばれる脅威が存在しており、それに対抗するために『
これに乗って獣魔を殲滅する。これからはそのためだけに生きることとなるだろう。
──これが今の人類の生き方だ。これが世間で、これが当たり前。
その事実に気付いた時に一度は大きく燃え上がった心火は、今では煙を出して鎮火されている。
……もっと、良い世界に生まれたかったなぁ。
もう何度も思ったこの考えは、当然ながらこの世界では異端中の異端として禁忌の思考となっていた。
†
その者は愛機の頭部に腰を下ろして遙か遠くにある建物を望遠ゴーグル越しに見ていた。
まるであそこだけ異空間のよう。否、実際にあの中はその者と同じ思考を持つ者にとって、あそこは異世界そのものなのだ。
『……
「とーぜん。このままやらなきゃ目標の回収なんて出来やしないでしょ」
『だからってなぁ……』
「何怖がってんのぉ~? どうせ捕まりはしないし、上手くいけば黒幕の顔に一発入れてやれるチャンスでもあるんだよ。あいつが表に出るなんて今日と明日しかないんだから」
『……はぁ、お前は何でそう楽観視出来るのやら』
手元にある通信機から呆れ声がするも、その者は一切動じずに自分のペースを貫く。
この声の主である男から何度も耳にしたため息は正直嫌いだ。何でも悲観視するあたりは早急に直してほしいくらいに。
それに今はまだ下見。作戦実行は明日とはいえ、まだ心配されるような状況でもない。
「それに、可哀想じゃん。あのドームの中にごまんと居るバカたちの後始末に人生捧げることになってるチルドレンがさ。本当は全員助け出したいけどね」
『……そうだな。お前は優しいもんな』
「うへぇ……妹にナンパとか無いわ~」
『とりあえずお前は飯抜きな』
「そんな!? 今のは冗談だって! ね? お兄さま!?」
通信機の向こうにいる兄と慕う人物からお咎めを食らい、彼女は慌てふためく。
流石に重大なミッションの後に食事を抜かれるのは厳しい。すぐに調子良く普段は使わない丁寧語で機嫌を取り戻し始めた。
『とにかく、ここまで来たらもう後には引けないからな。必ず生きて帰って来いよ』
「もちのろんだよ。ちゃ~んと、新しいお友達も連れて帰ってきますよっと」
この会話を最後に通信は終了する。まずは悲観から入るのが悪い癖の兄も、何かと信じてくれる。その点は大好きだ。
大事な仲間からの応援を改めて感じ、彼女は愛機の堅い装甲を足場にして立ち上がると、着けていた望遠ゴーグルを外す。
その下から現れる橙色のロングヘアはそよ風に揺られ、煌めきを放つ。彼女自身も自慢としている髪の毛だ。
「もうちょっち待っててね。『差異』君。明日、びしっと助けてあげるから♪」
少女は名も姿も分からぬ目標を狙ったつもりで、銃の形にした指をドームに向けて撃つふりをした。
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