第10話

 元オビディエンス・チルドレンによる完璧なエネルギー調節によって撃ち出されたエネルギー貫通弾は、狙った位置へぶれることなく真っ直ぐに飛んでいく。

 そして着弾。それと同時に獣魔の甲殻の一部が弾け飛んだのを遠目から視認した。


「やった!?」

「いや、まだっぽい」


 低い唸るような断末魔を上げながら、その巨体をふらつかせる獣魔。だが、倒れるとまではいかず、あろうことかそのまま直進を続けた。見た目にそぐわない強靱さに、カノンから舌打ちの音が鳴る。


「流石にタフね。これだから緑色の大型は好きじゃないのよ」

「ど、どうするの……? これって次のリロードとかに時間かかるんでしょ?」

「大丈夫、心配しないで。次の手も切り札も、まだちゃんと残ってるから」


 狙撃銃の一撃が致命打に至らなかったにも関わらず、カノンはまだ余裕そうな表情を浮かべている。

 次の手があるのはいいが、それはどのようなものなのだろうか。接近戦は効果が薄いのはすでに証明されている上に、奴に効く貫通弾も次発までに時間を要する。他の手段というのは一体何なのか。

 色々と心の中で考えていると、それは唐突に機内に響く。


『カノン! 無事か!?』

「おっ、ナイスタイミング。私は無事だよ。ついでに新しいお友達もね」


 突如として聞こえてきた通信。その聞き覚えのない男声は、第一声にカノンを心配する言葉をかける。

 それに反応するカノンも親しげな様子。このことから察するに、通信相手はカノンの所属する反攻旗アルター・フラッグのメンバーだと理解する。


「それでさ、今でっかい獣魔と戦ってるんだけど、どうにも単機じゃ勝てなさそうなの。だから、全部そっちに丸投げしちゃってもいいかな?」

『丸投げってお前……仕方ないな。誘導機はつけてあるな?』

「当然。私たちはそのまま離脱して戻るから。それじゃ、後はよろしく~」


 これを最後に通信は終了。何やらこの場から離脱して獣魔の戦闘を通信先の相手に任せるらしい。

 確かに遠近距離の攻撃が通じにくいというのは単機で挑むには分が悪すぎる。FHKならさらなる応援を呼んだりしながら長期決戦に挑むだろう。だが、カノンが選んだのは後続に任せて戦線を離脱するというもの。何の解決にもなっていない。


 あまりに非効率極まりない作戦。これにはフェイトも異を唱えてしまう。


「カノン。何で僕らは撤退するの? 一機だけで戦うのは確かに難しいけども、だからって後続機に全部任せたら僕らの二の舞になるだけだ」

「ん? 誰が後続の反抗機リベリオンを呼んだって言った?」


 その反論に言葉が出なくなるフェイト。

 反抗機リベリオンを呼んでいない、とは。では一体何に戦闘を任せたと言うのだろうか。


「それじゃあ、が飛んでくる前に撤退撤退」

「あ、……?」


 何が来るのか分かっているカノンはすぐに機体を行動に移させる。

 狙撃状態にあったユーディアライトを起こすと、ライフルを担ぎ獣魔から逃げるように遠ざかる。あっという間に距離は離れて、あの巨体は周囲のジャングルの枝葉に隠れて見えなくなった。


「い、一体何が……」


 自分の知らない何かが迫る中、フェイトの手前にあるモニターがあるものを捉える。それを見た瞬間、驚愕に目を見開く。

 モニターに映し出されていたのは、総計十数をも越えるミサイルの群。それがユーディアライトの進行方向から現れたのだ。


「ミ、ミサイル……!?」

「あの硬い甲殻にはこれくらいの威力がないと。これなら流石の大型もイチコロね」


 相変わらずの楽観ぶりを見せつけるカノン。そうしている間にミサイルの群はユーディアライトの直上を通過。白い尾を引いて大型獣魔のいる方向へと向かう。

 確かにあの物量の爆薬ならほとんどの獣魔は一撃で倒せる。だが、それとは別に気になる点が一つ。


「ね、ねぇ。あの量だと近くのドームも巻き込まれるんじゃ……」

「あー、それは大丈夫でしょ。今頃ABMアンチマテリアルビースト弾の効果も切れてバリアが再展開されてるだろうし、無用な心配だね」

「そ、そっか……」


 ドームの被害は少なくなると聞いて一安心するフェイト。その直後、機体全体を大きく揺らす衝撃が二人を襲う。

 モニターのチェックで先のミサイル群が目標に着弾したのだと悟る。流石の物量、そして威力。これにはあの巨躯も地に臥せさせるのも容易かろう。


 勝利の確信と同時に思うことが一つ。それは、オビディエンス・チルドレンらについてだ。

 おそらく、この事態に陥っても彼らはこれまで通り従順機オビディエンスのパイロットとして活動していくことになるだろう。たった一人、自分510番を除いてだ。


 しかし、一番気になるのはかつての相方、バディの521番である。彼女が気を失う寸前に言い放った言葉の真意は未だに分からないが、『差異』であることの目覚めを匂わせる発言にも思える。

 もし、そうなのだとすれば、『差異』はFHKにいられない。『差異に相応しい場所』に連れて行かれてしまうだろう。


「ねぇ、カノン」

「ん、何かな?」

「……何で僕を選んだの? 『差異』の芽生えた人間は『差異の相応しい場所』に沢山いるはずなのに、どうしてわざわざFHKの施設を壊してまで僕を……」


 素朴な疑問。それに即答が返る。


「それの答えは家に戻ってから。一気に全部説明しても頭がパンクしちゃうから、追々ね」


 知りたかった答えとは違うものが返り、少しばかり落胆する。だが、それから少しだけ時間が経ってからカノンは今の回答の続きを口にする。


「強いて言うなら──君が特別な存在だから、かな」

「僕が、特別……?」

「うん。少なくとも私たち反攻旗アルター・フラッグは君をFHKの支配下に置くのも、そして『差異に相応しい場所』に送られるのも阻止しないといけなかったんだ。もっとも、艦長曰くの話だから、詳しい理由は私も知らないんだけど」


 ここでカノンの口から存在が明らかになった艦長という人物。それにフェイトは違和感を覚える。

 おそらくは反攻旗アルター・フラッグのリーダーであろうその人物が、何故に一介のオビディエンス・チルドレンであった自分の存在を知っているのかという疑問。基本的に外界からの接触は禁じられているチルドレンが触れ合えるのはFHKの職員だけ。


 それなのに、繋がりどころかFHKと敵対しているこの組織の親がそれを知っているのか。不可解極まりない。


「おっと、そろそろ家に着くね」


 色々と考えに耽っていると、反攻旗アルター・フラッグの拠点が近いのを教えてくれた。手前のモニターを見ても、近付いていることが分かる。


 そう、のだ。

 目の前のメインモニターにもそれは映っている。先ほどの大型獣魔よりも巨大な黒い物体が、ゆっくりとこちらに向かって接近。拠点の反応もあれから出ている。


「あ、あれが……」

「あれが私たち反攻旗アルター・フラッグの拠点。獣魔殲滅絶対防衛要塞戦艦ドーン・レジサイド。私たちの家であり、この狂った世界を元に戻す最後の要よ」


 目視だけでも三百は越える巨大な鉄塊。その迫力に思わず絶句するフェイト。無論、これまでの人生でこれほどまで巨大な物を目にしたことはない。

 ドーン・レジサイドと称された戦艦はユーディアライトの直上で一時停止。そのまま脚を出して大地に着陸する。


「さて、歓迎しようかフェイト君。今日からここが、君の新しい家だ!」

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