第11話
今や沈黙が支配する空間の中、その者は動かない機体の上で悄然としていた。
敵対組織の兵器とそのパイロットの言葉に『差異』の部分を触発され、一人のチルドレンが
「シン……」
ぼそりと名のような言葉を呟くその男の名はザンジ・ローゲン。獣魔から人類の衰退を阻止した英雄である。
しかし、今の彼の姿はもはやFHKの最高指導者としての面影を見せていない。そこにあるのは喪失感が後悔という形となって延々と反復するのに耐える寂しい姿だ。
そんなローゲンの下に現れる複数体の影。その内の一体がその口を開く。
「総帥。如何なされましたか」
「……何でもない。それよりもまずは撤退だ。この施設は放棄し、全職員とチルドレンらを第九支部に移動させろ」
「承知致しました」
最高指導者からの命令に従う影たちは、その姿にノイズを走らせた直後、一瞬にして消失させる。
彼らはローゲン直属の機動部隊。FHKの最高戦力級
そんな彼らに指示を出せば自身が直接手を出さずとも望んだ通りに物事を進めてくれる。まさに手足のような存在だ。
「……私が間違っていたよ。お前はやはり、オビディエンス・チルドレンにすべきではなかったんだ」
しばらくの虚ろいから一つの結末に至るローゲン。その目には先ほどまでの後悔の色はなく、覚悟を決めた強い瞳となっていた。
奪われたのであれば取り返せばいい。獣魔とは違い、相手は理性のある同種族。殺される訳ではない。希望はまだ色濃く残っている。
「待っていろ、今に私がお前を救い出してやる。私の大切な──……」
全てを言い切る前にローゲンの姿には先の影たち動揺にノイズが走り、その老体を瞬時に消失させる。そして、今し方いた場所から球状の機器がどこかへと飛び立った。
†
彼女が意識を取り戻したとき、一番に視界に映った光景は白い天井だった。
そこはかとなく重く感じる身体を起こし、遅れて自身がベッドに寝かせられていたのだと気付く。
「521番」
ふと番号を呼ばれた。これは、チルドレンを識別するための名前に該当するもの。そして、『521番』は彼女のことを指す番号である。
声の聞こえた方向を見ると、そこにはチーフの姿。
ここで521番は思い出す。獣魔との戦闘中、隙を突かれてダメージを受けたこと、そして謎の落下物の衝撃に意識を失うというミスを犯したことなどだ。
「チーフ。申し訳ありません。演習中に気を失ってしまいました」
「いや、無事で結構。乱入者により式は中断。よって今回のミスは不問とする。後日、仕切り直すことになった」
「乱入者……?」
ミスをしたことの謝罪をすると、それを不問としてくれたチーフから出た話に疑問を生じさせる。
式が中断になったのもそうだが、何より乱入者という聞き慣れない言葉。今の人類が敵対しているのは獣魔だけのはず。それが521番の脳裏に謎という形で生まれてしまった。
流石のチルドレンも今回の件については動揺を隠せない。それを悟った上でチーフは短いながらも説明をする。
「対獣魔フィールドの消失や会場の破壊などもその乱入者によるものだ。そして、お前が気を失っている間に510番が拉致された」
「510番が……!?」
その言葉を聞き、521番はあからさまな驚きを見せる。
史上初の『差異』のオビディエンス・チルドレンであり、起動式のバディである510番が乱入者によって拉致された──。自分が気を失っている間にそのようなことが起こっていたなど、到底信じられなかった。
ここで沸き起こるのが責任感。FHKの損失に繋げてしまったという重大さ。チルドレンでありながら無様を晒したことと、何より同じ機体に乗るバディでありながら引き留めることもままならず敵に連れ去られたことを521番は強く後悔する。
「510番の対応については上層部が判断するそうだ。近日中に第八支部を放棄後、第九支部にて式の続きを行う。バディの拉致に加え身体の不調を来している521番の代理に522番と501番のペアを起動式に出させる。以上だ」
「り、了解、しました……」
一通りの説明を受け、チーフは退室。この空間には521番独りとなる。
未だに抜けきらない衝撃に、521番は呆然としながら何もない空間を見続けていた。
気を失う直前に見た抵抗という得体の知れない恐怖に怯えていた510番の姿が思い浮かぶ。
あの時に流していた涙は、一体どのような意味が込められていたのだろうか。自身の知る感情なのか、あるいは全く知らない未知の感情だったのか。
「……っ!? 私は今、何を考えて……?」
ふとした時、521番はあることに気付き、思考を中断させた。
今し方自身が考えていたことがどのようなものだったのかを自覚しつつ、チルドレンとしての存在意義を今一度思い出す。
オビディエンス・チルドレンは二人で一機を操る存在。故に他者の内心を憂慮するという感情は必要とはしない。
しかし、今の521番が思考したことは、まさにそれに反する考え。いなくなってしまった510番を案じたことや、その前に見せた感情の考察までもしてしまった。
この考えがチーフらに知られれば『差異』化の兆候として判断され、『差異に相応しい場所』に連れて行かれてしまう。
『差異に相応しい場所』に送られた者は
まだ最初の頃ならば仕方ないと諦められたかもしれない。しかし、十五の今となればもはや存在意義と化したこれまでの訓練や式の代表に選ばれたことが無駄になる。
自身を構成する大部分を奪われた自分。それを考えるだけでとてつもなく──
「怖い……」
この感情も、ここまではっきりと感じるのは初めてだ。
「510番……。あなたの『差異』である気持ち、もしかしたら私も少しは理解出来たかもしれません……」
いつぞやの発言がこれほどまで早く現実に起こるなど、521番は未だに信じられなかった。
LAST CANON 角鹿冬斗 @tunoka-huyuto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます