世に溢れる数学小説といえば、「素数大富豪」や「グロタンディーク素数」などの(数学好きの)内輪ネタが多く、知らない人からすれば「???」になってしまいがちです。
ところがこれはそういうのを排し、個性的なMさんとの掛け合いと丁寧に噛み砕いた数学の説明で人を惹きつける、ある意味正統派の数学小説でございます。特に抽象物の代表たる数学の諸概念を、ビジネスや図書館など日常的なものに置き換えるMさんの丁寧な説明は文系の人にも敬遠されないくらいわかりやすく、途中で数学を投げ出してしまった人にもおススメです。
「いっそ教科書にしようぜ!」とさえ思ってしまいます。
ただ、現実には数学好きの女性はあまりにも希少なのでほとんど異世界ファンタジーのように感じる面もあり……トホホ(涙目)
Mさんの目に見える世界はきっととても豊かなんだろう、と思います。
世界のそのすばらしさを表現するために数学という文法があって、彼女は数学の言葉で世界を表現しながら生きているのでしょう。
でも主人公くんの世界は違いました。主人公くんの世界は数学的じゃない。
ただ、主人公くんはMさんが好き。Mさんの世界を理解したい。
主人公くんとMさんの世界のすり合わせが、始まった。
それは本来とても困難なことなんでしょうが、定義を噛み砕いた説明したり、ものにたとえたりして、二人は一生懸命近づいていきます。
互いを理解するために、話し合う、ということ。
一歩ずつ、手探りで、相手のことを理解しようとすること。
ここはとても優しい世界です。
公理は少しずつ変わっていきます。二人が優しいからです。
世界のすべてがこうであったら学問の世界はもっと豊かになるのにな、と思いつつ、毎度ほっこりしながら拝読しています。
数学に苦手意識のある人、問題文を読んだだけでへき地に遁走したくなる人、証明せよ、を文末に認めた瞬間地球を脱走したくなる人。
そんな人におすすめです。
私は数学が苦手すぎて、文系向け、子供向けに書かれた数学や算数の入門書をいくつか読んだこともありました。数学ガールは数式が増えてきたあたりで挫折して、「もっとストーリー性をください」と思ったし、数の悪魔は「最後に近づくにつれて抽象度が高くなってわからないけど悪魔とぼくの別離の物語として読んだら泣けた」し、あと子供向けの算数の歴史とか、人気のある本を手当たり次第に読み漁ってみたんですけど、よくわかんなかったですね。
でもこちらの物語はとてもわかりやすくて、親しみやすくて、しかも恋心が交えてあるのでページをめくる楽しさもあります。
まず数式がでてこない。日本語を使って、身近なもので例えて説明してくれるので、文系の人でもきっと読めると思います。
可愛いお姉さんがやさしく教えてくれたら数学をもっと好きになるんだけどなぁ。って思った男子も少なくないのではないでしょうか? これはそういう物語だ、安心して読め。ただしわかりやすい萌を提供してくれるおねえさんではなく、「決して派手ではない数学好きのおねえさんの日常を見守ってふふってしたい」男子向けかもしれないので、そのへんは気をつけてね。私はそういうおねえさんが大好きだ。
作品紹介の前に妙ちくりんな話をすることを容赦されたい。
「数学的な」人物とはどんな感じか、ちょっとした私見を。
どこの大学でもそうだと思うが、理学部には変人が集まる。
中でも、選りすぐりのぶっ飛んだ変人がいるのが数学科だ。
※我が母校の校風として「変人」は好意的な誉め言葉
(関西人が愛情を込めて言う「アホ」みたいな感じ)
初対面で一番目の質問が「好きな素数は?」だったりとか、
考え事に没頭して服を着ずに外出した教授がいたりとか。
要約するに、一途で純粋でまっすぐすぎるがゆえの変人で、
子供みたいで可愛いタイプの人が多い、という印象がある。
私の知る理学部数学科の可愛い変人たちは、残念ながら
外見のほうはさほど可愛くない男どもばかりなのだが。
『数学的な彼女の日常』のMさんはうら若き女性であり、
目を輝かせながら難しいことを語る姿が、普通に可愛い。
日常的に何気なく使っていながら、実は意味を知らない。
そんな数学用語について、身近な例示で説明がなされる。
普段は開くことのない「知」の扉の向こうを、チラリと、
「俺」とMさんのじれじれな恋模様と共に覗いてみては?
追記:
一生懸命に話を聞こうとする「俺」にも拍手を贈りたい。
分野違いの深い話に追い付こうとする姿勢、偉いよ……。