休息
「そして山羊の骸骨頭は言ったんだ。『このデブの命が惜しくば、我を倒すが良い――! だが、我に貴様の攻撃は通じぬ!』」
「そ、そんなっ。ずるいです!」
リズが両手の握りこぶしを胸の前に掲げて言った。
「おれはこう答えた。『苦しむデブのためならば、無理を通して道理を蹴っ飛ばす! おれのドリルは――違った、おれの魔剣は、天を衝く魔剣だ!』と」
「お、おお……」
リズは両手をぷるぷると震わせている。
「おれは魔剣・エクスキューショナーを構えた」
「そんな名前だったんですか!」
いま名付けました。
「山羊頭はおれに向かって走ってきた。そしておれの身の丈ほどもある死の大鎌を振り上げる!」
「わっ」
「振り下ろされた大鎌が地面を砕く! しかし、そこにもうおれはいない――そう、空中へと跳び上がっていたんだ」
「どきどき」
「おれは空中で魔剣・エクスキューショナーに力を込めた。すると刀身が黄金色に輝いた!」
「か、輝くんですかっ」
「約束された勝利の魔剣なんだ」
「な、なるほど……」
「おれは剣を振り抜いた――『エクス、キューショナァァァァァ!』その一撃は山羊頭の首を斬り落とした。『グワァァァ! 実は我は首を落とされると一撃で死ぬぞォォォ!』そして山羊頭は死んだ。世界に平穏が戻った。おれは魔剣を収め、こう言ったんだ」
「ごくり」
「――また、つまらぬ物を斬ってしまった」
「ふああ」
リズは何とも言えない歓声をあげ、キラキラした瞳でおれを見ている。
その無垢な視線は嬉しいし、背中がこそばゆいのだが、いや、でも、あのさ。
「……何回も聞いてて飽きない?」
「ぜんっぜん、飽きません! かっこいいです!」
リズはぶんぶんと首を振って、両手でベッドを叩いた。
ここはおれの部屋である。時間はもちろん夜だ。
あの山羊頭との一戦を終えて一週間以上が過ぎているが、リズに嘘をつくのは罪悪感がすごかったので、わりと早い時期に「ふたりだけの秘密だぞ」という殺し文句で大雑把に説明をした。
それからというもの、リズは毎日のようにこうして話をせがむようになったのだ。
「おとぎ話みたいで、でもジローさんが主役で、何度聞いても楽しいです!」
「お、おう。そうか」
それならいいんだけど。
話すたびに内容が少しずつ変わっていることは気にならないらしい。
「はーっ、今日もどきどきしました」
ベッドの上にちょこんと座るリズは、にこにこと笑った。
お風呂上がりでしっとりとした髪の毛はまっすぐ下ろされている。淡い桜色のパジャマ姿は実に愛らしい。少し大きめのようで、手足の先がちょっと隠れていて、だぼっとしているのもポイント高し。
じゅるり。
「あ、ごめんなさい。ここにいたらお邪魔ですよね」
「いや、邪魔じゃない。むしろ素晴らしい組み合わせだ。ハッピーセットだ」
「はっぴー?」
はっぴー。
「じゃあ、あの、えとえと。ここに寝転んでもらえませんか?」
言って、リズが自分の横をぽんぽんと叩いた。
なんだろうと思いつつ、おれはソファから立ち上がって移動した。
リズが場所をあけてくれたので、普通に寝転んでみる。
「あ、うつぶせでお願いします」
はーい。ごろん。
……なんだ?
と、背中にやんわりとしたものが乗っかった。
「お邪魔します……あの、重くないでしょうかっ!」
「リンゴ二個分くらいだけど」
「軽いっ。それはそれで複雑な気持ちです」
「どったの、いきなり」
振り返ろうにも、おれの首はそこまで回らない。
リズの両手がおれの首のあたりに触れた。
――ま、まさか、殺られる!? 痴情のもつれ!?
「ジローさん、がんばってくれたので、その、お礼です。お父さんとお母さんで練習したので、たぶん、大丈夫だと思うのですが」
「お、おお? おおお?」
そして始まったのはマッサージだった。
小さな手がぐにぐにと首から肩を押し、親指がぐりぐりとコリをほぐそうと動いている。
あ、お……ああ……あひぃ……はぁん……。
「弱くないですか? 痛かったりしないです?」
「ああ、大丈夫だ。気持ちいいよ」
きりっ
「本当ですかっ。よかった」
あっ、そこそこそこ……ひぃぃ……。
久しぶりに肩を揉まれるというのは、最高だった。
ああ……癒される……。
「きもちええ……」
「たくさん気持ちよくなってくださいね。がんばりますから」
なんだこの生き物……リズは天使だったのか……?
首を揉まれ、肩を揉まれ、背中を揉まれ、腕を揉まれ――そしておれは、あまりの気持ちよさに寝たのだった。これだけでもう、頑張った甲斐があるってもんだ……素晴らしい。
スヤァ……。
第二章「力の流儀」 了
おれたちの戦いはこれからだ――!
異世界でおれは楽がしたい。 風見鶏 @effetline
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