319帖 いつの間にやら完全包囲
『今は昔、広く
昼食を食べ終わった僕らは、バザールを見て回る。いろんな店にちょっかいを掛けては店主と話しをした。
どの店でも、
「ジャポンから来たんや」
と言うとめっちゃ歓迎される。これも先にやって来てた日本の医療団のお陰やんな。チャイを飲ませて貰ろたり、食品を売ってる店では試食をさせて貰ろたりして、2時までミライとバザールを楽しんだ。
2時をちょっと過ぎたけど、タクシーを降りた公園へ戻り、ベンチに座る。
さっき、南に向かって飛んで行った飛行機は、轟音を残して次々と北へ戻って行く。果たして戦況はどうなってるのか、めっちゃ気になってた。
ほんまに、ここに居て大丈夫なんやろか?
実際にここ
ほんでも隣に座ってるミライは、なんの心配もなさそうにバザールで貰ろた葡萄を頬張り、美味しそうに食べてる。それを見てると、そんな心配も忘れてホッコリするわ。
「フムっ。おにちゃんも食べる?」
「ああ、僕はもうええよ。さっき沢山食べさせて貰ろたし」
さっき、バザールの店先で一房貰ろて食べてた。
「それにしても、タクシーは遅いわね」
「そうやなぁ。あのおっちゃん、2時に来るて言うてたのに」
もしかして……、後部座席に忘れたカメラ3台とレンズ2本、売り捌いてトンズラしたか? 日本製やし高こう売れたんちゃうやろか……。
今度はそれに不安になりながら、葡萄を食べるミライの姿をボーっと眺めてた。
房から一粒ちぎり、口へ運ぶと中身だけを吸い込み、ほっぺたを膨らませて種だけ取り出す。そして徐ろに果肉を味わう顔は嬉しそうやった。それがまた可愛くて、見てて飽きへんかったわ。
ファーッ、ファーッ!
急に近くの道路でクラクションが鳴る。
そっちを見てみると、あのタクシーのおっちゃんが、窓から身体を乗り出し、後ろへ乗れって仕草をしてる。それを見てホッとしたわ。
疑って堪忍やでー。
二人で後ろに乗り込む。カメラはちゃんとあったし、おっちゃんは申し訳なさそうな顔で謝ってた。
「済まない。少し寝過ごしてしまったんだ」
「いえいえ。構いませんよ」
「次は、何処へ行こうか……」
「それより、今の戦況ってどうなってるか分かりますか?」
「ああ、大丈夫だ。問題ない」
問題ないって、ほんまかなぁ。
「そうなんですか……」
「よし。それなら
「行けるんですか?」
「おお、任せておけ」
そう言うとおっちゃんはタクシーを動かし始めた。
めっちゃ近くにあるやん!
建物の奥は荒れた土地が広がり、軍用車両が数台留まってる。まぁ見た目はタダの空き地やけど、既に出撃した後か、人は
「ここは元々、政府軍の基地だったんだ」
「そうなんですね」
「今は、
「へー、なるほど」
僕がタクシーを降りると、続いてミライとおっちゃんも降りてくる。
基地の隅っこには戦車が置いてあった。近寄ってよく見てみると、既に壊れた残骸みたい。履帯も切れてる。
ミリタリー知識を引き出して、どこ製の戦車か考えてみる。
すると、その横からおっちゃんが、
「これはソ連製だ。あっちのは中国製だな」
と先に言われてしもた。
「これは、ペシュメルガが使ってたヤツですか?」
「いや、これは政府軍が使ってたやつだな。ペシュメルガがやっつけたんだぞ」
そうなんやぁ。
その戦車の残骸の写真を撮ってるとサイレンが鳴り響き、救急車が基地から飛び出して行った。勿論マークは赤新月社。赤十字ではない。
前線で負傷した兵士やろか?
それを見ると、ここに居ったらあかん様に思えてくる。ほんで、タクシーに戻ろうとしてたら、兵舎の方から近寄ってきた兵士に声を掛けられた。
まずい。怒られるんやろか。もしかして、スパイ容疑でまた捕まるかな?
それには、タクシーのおっちゃんがクルド語で対応してくれた。その後、その少し年配の兵士は僕に話し掛けてくる。
「お前は、ジャポンか」
「はい、そうです」
「おお、良く来たな」
と、笑顔になって握手をしてくれる。
それで僕は、軍事秘密で教えて貰えへんかも知れんけど、
質問をしてみると、そんな心配を他所に老兵さんはペラペラと話してくれる。勿論英語で。
老兵さんに拠ると、今、アルビルの南20kmの地点で戦闘が起こってるらしい。
昨日見た、砂煙がそうなんやろう。
更に、
もしかして、あの砂漠の山の村で遭遇した政府軍はその先遣隊やったんかな。あの村の人達は、まだ洞窟に避難してるんやろか。ほんで、みんな無事なんやろか心配になってしもた。
それに、もう少し僕らの移動が遅かったら……、戦闘に巻き込まれてたかも知れんと思うとゾッとして、背筋が冷たく感じた。
更に老兵さんは語る。
今、北部の
敵も、なかなかやるな。うん! あれ?
老兵さんの話しをまとめると、つまり
そんな話をしてると、ミライが僕の袖を引っ張ってくる。
「ねえねえ。サルサンクへは帰れるのかしら……」
心配そうな顔で聞いてくる。
そやし僕は老兵さんに、
「ここから、サルサンクや
と尋ねてみる。
「ダメだ! それは危険だ! 今はアルビルを出ない方がいいぞ」
「そうなんですか」
「そうだ。今、アルビルの郊外は大変危険だ!」
「では、アルビルは安全ですか?」
「ああ、アルビルは安全だ。我々が守っているからな」
そう言うと、老兵さんは自慢げに笑ろてる。
と言う事は、当分このアルビルからは出られそうに無いって事かぁ。
僕らは、お礼を言うてその場を去った。その間にも救急車が1台、基地からサイレンを鳴らして出て行く。
タクシーに乗り込むと、おっちゃんは、
「次は、何処へ行きたい?」
と聞いてくる。
僕はミライの顔を見てみる。そやけどミライの表情は、しんどいと言うか、不安そうな顔やった。
そやし僕は、
「そろそろホテルへ帰りたいですね」
とお願いした。
つづく
広く異国のことを知らぬ男 すみこうぴ @sumikoupi
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