318帖 戦闘機か攻撃機か

『今は昔、広く異国ことくにのことを知らぬ男、異国の地を旅す』



 おっちゃんは、城壁の回りをグルっと1周してくれた。

 こんな街の中心にも中堅クラスのホテルや安宿、それに昔ながらの古い建物の中にアーケードのバザールがある。

 1周するとおっちゃんは右折して城壁を離れ、市街地の中へ戻って行く。幾つかの有名らしきモスクを回った後、大きな緑地がある公園の前で停まった。


「この先に、Mudhafariaムダファリア Minaretミナレットがあるだ。二人で行ってみるといいぞ」


 もしかしたら、ホテルのベランダから見えてたヤツかな?


 タクシーから降りるとモワッとした空気が襲ってくる。

 するとおっちゃんは、


「2時にまた、ここへ来るから」


 と言うて去って行ってしもた。


 おいおい、大丈夫かぁ?


 さて、この公園。流石に観光客は居らんけど、地元の人が歩いてたり、何人かの人は木陰で休んでたりしてる。こんなに熱い日差しの中を歩くのは流石に躊躇う。

 そやのにミライは布を頭から被り、行く気満々や。


「行くのんか?」

「うん、行こう。散歩しようよ」

「ほな、行こかぁ」


 公園の散策も兼ねて歩いてみる事に。


「あっ!」

「どうしたの?」

「カメラをタクシーの中に忘れてしもたわ」


 アホやった。なんの為のカメラやんねん。そやけど、ほんまにあのおっちゃん、戻って来てくれるんやろか?


「タクシーを探す?」

「それは……、無理やな。まぁええわ」


 ほんまに迂闊やったわ。熱い中・・・を歩いて行ってもミナレットの写真を撮れへんやん。


「そや! カメラが無かったら、ミライの写真も撮れへんわ」

「あぁ、いいよ。また明日撮ってよ」

「そうやなぁ……。まだ明日もあるからなぁ」

「そうだよ。それじゃ行こう」

「うん」


 なんかめっちゃ落ち込んでしもたわ。


 芝生というか、雑草の中を進んで真っ直ぐミナレットへ近付く。カーキ色のただの塔やと思てたけど、レンガでしっかりと組まれてて、下の方は多角形を組み合わせて作られてる。テラスの様な所から上は円柱状で、高さは30メートル位あるやろか。歴史も感じられて見応えはあったけど、セットになってるはずのモスクは周りに無かった。取り敢えずミナレットの周りをミライと一周し、直ぐに木陰へ入ってベンチに座る。


「それにしても暑いなぁ」

「そうね。ね、おにちゃん。それよりお腹空かない?」

「そういえば……。もうお昼を過ぎてるやん」

「それじゃ、おにちゃん。食べに行きましょ」

「おお、そうしよ」


 僕らは、きつい日差しの中を再び歩き始める。公園を出て道路を渡り、建物のある方へ向かって歩く。


 空から大きな音が聞こえてきたんで見上げると、飛行機が2機、南の空へ飛んで行った。シルエットでは良う分からんけど、戦闘機か攻撃機って感じ。


 また、戦闘が始まったか……。


 昨晩は静かで安らかな夜を過ごせたのに、ジェットエンジンの音を聞いて少し緊張してしもた。

 ミライはと言うと、そんな事も気にせず、頭に被せたスカーフを靡かせてトコトコと歩いてる。


 建物の横の開けた公園まで来ると、ミライは振り向いて話し掛けてくる。


「おにちゃん。そこの木陰のベンチで待っててよ」

「どないしたんや」

「あそこのバザールで何か買って来るわ」

「僕も行くで」

「いいの。暑いから、私が一人で行って来るわ」

「そっかぁー」

「うん。任せて!」


 僕は公園の中程にある大きな木の下のベンチに腰掛ける。木陰に入ると幾分涼しい。ミライの姿が見えん様になったんで僕はベンチで横になった。

 すると、生暖かい風が僕の頬を掠めて行った。


 平和やなぁ~。


 と、思てたのも束の間、猛々しい音と共にまた飛行機が飛んで行く。しかも、かなりの低空飛行やし、戦闘が激化してるんが伺える。

 急に緊張感を覚え、僕はベンチからさっと飛び起きた。


 もしかして、ミサイルとか飛んで来るんとちゃうやろか。ミライは何処へ行ったんや?


 と、不安になる。爆撃され、はなばなれになってしもたらどないしよと、焦った。


 ミライを守らな!


 バザールのある建物の方へ歩き出そうとしたその時、こちらへ向かって小走りにやって来るミライの姿が見えた。


「おにちゃん、おまたせ!」

「お、おおきに……」


 この緊迫した空気の中、平然としてるミライをボーっと眺めてた。


「何をしてるの。座って食べようよ」

「そ、そうやな」


 ベンチに座ると、ミライは紙袋の中からコーラとサンドイッチを出して渡してくれる。


「食べてね」

「おおきに」


 サンドイッチは、ナンを袋状に開き、その中に羊肉と野菜や香草が入れられて、非常に食べやすそう。お腹が空いてるし、早速食べてみる。


「うん、うまい」

「うふふ。良かった」


 ケバブのハンバーガーって感じかな。ナンで出来てるし、僕は「ナンバーガー」と名付ける事にした。美味しくてあっという間に平らげると、今度はコロッケの様なもんを出してくれる。


「これも食べてね」

「これはなんや?」

「イチリキョフテよ」

「何が入ってるん?」

「まぁ、食べてみて」

「わかった」


 ラグビーボールの形をしたコロッケの様なものを食べてみる。

 中には羊肉のミンチ、玉葱、香草に胡桃の様な木の実がカレー風味の味付けでまとまってる。ジャガイモは入ってないみたい。外側の衣にもミンチや玉葱が混ぜてあって微かにトマトの味もした。


 うん。これは絶品!


「美味しいなぁ。イチョリ……」

「イチリキョフテよ。まだあるから、沢山食べてね」

「おおきに」


 イチリキョフテをもう一つ手渡して貰ろてたら、また飛行機が飛んで行った。


 それにしても今日はよう飛んでるなぁー。


 轟音で僕はビビってるのに、ミライは相変わらず平然としてる。

 それでもたて続けに飛んでいくとミライは、


「五月蝿いわねー」


 って言うけど、空すら見上げへん。それに飛行機の音で余り恐怖は感じてへんみたい。


「そやけど、大丈夫かなぁ」

「何が?」

「いや、ミサイルでも飛んで来えーへんか心配ちゃう」

「大丈夫よ。こんな所まで飛んで来ないわよ」


 と、ミライは普通に笑ろてた。



 つづく

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