第10話 変化
(なぜ?)
「……ライオンのおじさん、約束だよ。俺達、ずっと友達だって」
(なぜ、奴にだけ?)
「ああ、お前には友を信じ抜く強さを教えてもらった。お前の持つ強さに近づけるように、俺もお前を信じ続ける!」
(なぜ、奴にだけ必要とされる居場所があるのだ!!)
青い月明かりに照らされながら、街のビルの屋上に立つ復讐の猛虎タイガーアベンジャー。友という名の居場所を持つブレイブレオに対し、わずかな嫉妬を感じていたのであった。だが、彼が嫉妬していたのはブレイブレオが居場所を持つことに対してであり、決して人間との繋がりを持っていることに対してではなかった。
(自らの存在意義を人間に委ねる奴などに羨望は抱かん。俺達半獣人の力の前には人間の力など無力。我らの居場所、本当の居場所は獣人達の中にこそある! 人間を滅亡させ、この手で自らの居場所を作ってみせる!)
そう考え、自らの右手の掌を見つめるタイガーアベンジャー。
(そう、この手で……)
自らの右手を見つめていたタイガーアベンジャーの目には、自身の右手が徐々に血塗られたものに見えていた。その途端、フラッシュバックする過去の記憶。
(死なないで!!)
(あなたは……悪くない! だから、いつか……)
(人殺しの化け物!!)
目を固くつぶり頭を振って再度、自らの右手を見つめるタイガーアベンジャーの目に血塗られた右手はもう見えなかった。そして、彼はその右手を握りしめる。
(人間など所詮、決定的に弱く、脆い存在。対等になれる存在などでは、ない!!)
彼の立っているビルの屋上が冷気の力の暴発により一瞬にして凍りつく。
「邪魔をする者に容赦はしない!! 例え、我が同胞であってもだ!!!」
決意を胸に、夜空に誓いの咆哮をするタイガーアベンジャーであった。
……
「ライオンのおじさん、元気かな……」
ブレイブレオ=ゴウキが光の住むアパートを出て数ヶ月、光を襲う獣人は確かにいたものの彼らの邪魔者はあくまでブレイブレオであるためであろうか。実際にはあまり標的とされることは無かった。コウモリ獣人のブレイブレオに関する情報は実際は首領とコウモリ獣人のみで共有されているため当然のことではあるが、そのことを知るよしもない彼らは今の体制を崩すわけにはいかなかった。
小学校の校舎が破壊されてしまったため、現在は20〜30人程の警官隊の防護の元で光達は青空教室に通っていた。ビーストウォリアーズの獣人達、戦闘員達は確かに常人を凌駕する身体能力と異能の力を持っている。だが、肉体は生身であるため警官隊の武装でも戦闘員くらいなら倒すことができた。しかし、獣人達に対してはその身体能力と異能の力で装備を無力化されてしまうことが多かった。よほど人間の手に余る時に限り、タイガーアベンジャーは光の守護者としての役割を果たしていた。
曇り空の下、小学校からの下校中の光は友人と別れてしばらく道を歩いたところで1人つぶやく。光は心配していた。凶悪な獣人達とたった1人で戦い続ける無二の友である異形の戦士を。だが、彼を案ずる心と同時に光は信じていた。異形の戦士の、友の強さを。
(……大丈夫! ライオンのおじさんは強いんだから! 絶対……大丈夫)
ブレイブレオの、光を支えとしているという言葉は光の足手まといにしかならない負い目を軽くしていた。それでも、やはり彼の物理的な重荷を軽くしてあげられない負い目は完全に消えることはない。
(俺にも、力があればな……)
ブレイブレオを心配しているうちに、彼を助けられる力をもつ自身の守護者のことに考えが移る。光は近くにあった路地に入ると、その守護者に声をかける。
「虎のおじさん、近くにいるんでしょ?」
「……何か用か?」
気配を消して光の護衛をしていたタイガーアベンジャーに対し、光が声をかけるとタイガーアベンジャーはどこからともなく姿を現す。
「いや、ただありがとうって言いたかったんだ。おじさん、人間のことが嫌いなのに」
その言葉に対し、彼はその言葉を歯牙にもかけないというふうにフンッと鼻を鳴らし、そっぽを向く。
「別にお前の為にこんなことをしているのではない。俺の望みは獣人達に自らを認めさせること、それだけだ」
「……何で虎のおじさんは、ライオンのおじさんとわかり合おうとしないの? 同じ半獣人同士だし、仲間じゃないか!」
タイガーアベンジャーは、そんな光を横目で睨みつける。
「貴様にわかるのか? 獣頭を持つ半獣人というだけで理不尽に傷つけられ、嫌悪される者の気持ちが! なぜ奴とわかり合おうとしないかだと? わからないのか、俺の気持ちが!!」
「でも、そんなの、ライオンのおじさんだって」
「奴のような偽善者だけが半獣人ではないのだ。俺のように憎しみに生きる者だっている、それは人間だとて同じだろう?」
「……ライオンのおじさんは、本当は虎のおじさんと仲良くなりたいんだよ!」
「そんなに奴のことが好きか? どうせ貴様もいつか奴を裏切るのだろう?」
その言葉に怒りを感じたのか、光はタイガーアベンジャーの目を真っ直ぐ見つめその言葉を否定する。
「ライオンのおじさんは俺の大事な友達なんだ!! 絶対に裏切ったりしないよ!!!」
「どうかな? 人間の気持ちは変わる」
光に背を向け、立ち去ろうとするタイガーアベンジャー。そんなタイガーアベンジャーに対し光も背を向けその場から立ち去ろうとしたその時、
「うわぁぁ!!」
突如光の足元のコンクリートを突き破り、直立したサソリのような獣人が現われ光を捕らえる。光の叫び声にタイガーアベンジャーも振り向き、サソリ獣人と対峙する。
「貴様も奴を仕留めるためにこのガキを狙ったのか?」
「そうに決まっているだろう!! このガキを使えば、あの忌々しい半端者は必ず現われる! そして、このガキを人質にしてあの半端者を殺せばビーストウォリアーズでの地位は約束されたも同然だ!!」
「奴は俺の獲物! そのガキも死なすわけにはいかないが、自分を犠牲に人間を守る気など無い! アクアタワー!!」
タイガーアベンジャーがそう叫び右腕を振り上げると、光とサソリ獣人の足元から水の柱が噴き上がり2人を天高く打ち上げた。その勢いでサソリ獣人は光から離され、空中に打ち上げられた光をタイガーアベンジャーが片腕で抱きかかえ救う。そのまま、街の道路に降り立つタイガーアベンジャーと光、サソリ獣人の3人。
「くっ、貴様、あの半端者と違い人質がどうなってもいいのか?」
「このガキが死なぬよう加減はしたさ。だが、言ったはずだ。人間を人質にしようが、俺は人間の為に自分を犠牲にする気など無い!!」
かなり荒っぽい方法ではあるが、光を救い出したタイガーアベンジャーは光を降ろしサソリ獣人に対しファイティングポーズをとる。
「ガキ、貴様はとっとと逃げろ。足手まといだ」
「わ、わかったよ……」
「人間の血を持つ半端者風情が俺の邪魔をする気か! 丁度いい! あの裏切り者の半端者の前に貴様を消してやる!!」
「消えるのはお前の方だ、獣人。ウォータードラゴン!!」
タイガーアベンジャーは両手を頭上に向けると、龍の形をした水の塊を放つ。
「この力、水属性の能力者か! 半端者にしてはなかなかの力ではないか! だが! ソイルシールド!!」
サソリ獣人がそう叫びその異形の右手を地面に突き刺すと、地面が隆起し土で作られた大きな壁が形成される。その土の壁に水の龍は吸収されてしまう。
「運が悪かったな、水使いの半端者!! 俺の土の力にはどんな水の技も吸収されてしまうのさ!!」
「ほう、ならばこれはどうだ。アイスニードルス!!」
「ギャァアアアア!!!!」
タイガーアベンジャーが右腕を振り上げると突如サソリ獣人の足元から円錐に近い形の鋭利な氷が飛び出し、咄嗟にそれを避けた彼の左腕を切り飛ばす。切り飛ばされた傷口からは緑色の血があふれ出していた。
「おのれ、よくも……俺の腕を!!」
「休む暇は与えん。アイスニードルス!!」
次々と繰り出される氷の円錐をサソリ獣人は右方向に走り、躱す。
「くっ、半端者ごときにこのような深手を!!」
「どうした? 散々半端者呼ばわりした俺から逃げ出すか?」
「……半端者風情が獣人を侮辱するとはな。気が変わった。目的はあの人間のガキだったが、貴様に狙いを変えてやる。サンドストーーム!!」
そう言ったサソリ獣人が残っている右腕を地面に突き刺すと、彼の周囲に砂塵が巻き上がり始める。それはやがて、大きく広がりサソリ獣人とタイガーアベンジャーを含む砂嵐となり一帯を包み込んだ。砂塵の中からの攻撃を警戒し、タイガーアベンジャーは自身の能力で氷の長剣を作り出す。次の瞬間、突如砂塵の中から姿を現したサソリ獣人がタイガーアベンジャーの前方から右腕のハサミを振り下ろすが、タイガーアベンジャーは手に持つ長剣でそのハサミを受け止める。
ガキィィン!!!
「砂嵐で視界を奪えば攻撃があたると思ったか? 俺は気配で相手の位置を把握できる。残念だったな!」
「フフフッ、これでいいのさ。これで」
「何を……」
言っていると言おうとしたタイガーアベンジャーの後ろの地面が下から突き破られ、サソリ獣人の鋭い尾がタイガーアベンジャーの首の後ろに突き立てられた。
「ぐあっ!!」
氷の長剣を支えにして、膝をつくタイガーアベンジャー。サソリ獣人の尾で刺された際に注入された毒の影響か、身体が痺れうまく動かせない。
「砂嵐は確かに目くらましのためだったが、それはこの攻撃を悟らせないため。砂嵐の中からの攻撃も貴様の両手の自由を奪うためさ!」
「くっ、おとりに……まんま……と……ひっかかった……というわけだ」
サソリ獣人とタイガーアベンジャーを包み込んでいた砂嵐が徐々に消滅していく。
「このような自然現象を自らの力だけで発生させるのは、力の消耗が激しい。何より、貴様のような半端者に使いたくはなかったが仕方がない」
サソリ獣人はタイガーアベンジャーからわずかに距離をとると、自らの頭上に巨大な岩石の塊を作り出す。
「このハサミで貴様の首をはねてもよかったが、貴様のような半端者の血など浴びたくはないからな! これでトドメだ!! ヘビーボールダー!!」
巨大な岩石の塊がタイガーアベンジャーに向けて放たれたその時、
「止めろーー!!」
建物の影に隠れていた光がサソリ獣人に向かって飛び出し、サソリ獣人を左から突き飛ばした。サソリ獣人が突き飛ばされたことで、彼の放った岩も狙いがずれタイガーアベンジャーのすぐ横に落下する。
「この、ガキの分際で俺の邪魔をするか!!」
光に近づき、右腕のハサミを振り下ろそうとしたサソリ獣人。だが、
ドズッ!!!
「ガッ、ゴボッ!!」
サソリ獣人の胴体を弾丸にも勝る速さで投擲されたタイガーアベンジャーの氷の長剣が刺し貫いていた。
「そのガキに……手出しは……させん!!」
毒の影響で肩で息をしながら、タイガーアベンジャーは叫んだ。光の粒となりサソリ獣人が消滅する。
「虎のおじさん! 大丈夫!!」
光が駆け寄るが、タイガーアベンジャーは彼に触れようとした光の手を払いのけた。
「俺に触るな!! 人間など、俺の望む世界には不要なのだからな!!」
そう言って立ち上がろうとした彼だが、仰向けに倒れ込んでしまう。
「そう、人間は……対等になど……なれ……ない……」
……
「……ここは?」
タイガーアベンジャーが気がついた時、彼は街の病院に運び込まれていた。変身が解けた状態の彼は黒髪の短髪をしたゴウキに負けないくらいの筋肉質な大男であった。そんな彼の寝ているベッドの隣には、光がいた。
「……なぜ、助けた? 俺に貸しでも作るつもりか?」
「自分を助けてくれた人を放っておけるわけないじゃないか。それに」
「それに?」
「虎のおじさんが死んだら、ライオンのおじさんが悲しむから……」
「……奴のために俺を助けたというわけか。なぜ、そこまで奴を慕う? 奴の異形の姿、異能の力が怖くはないのか?」
「全く怖くないわけじゃないけど、平気だよ! 俺とライオンのおじさんはお互いに強いって認め合ってる友達だから!!」
「認め…あう?」
タイガーアベンジャーは光とは反対側に寝返りを打つ。
「貴様が決めて行動したことだ。礼は言わん」
「……わかってるよ」
「獣人の毒は一時的に身体の自由を奪う程度のものだったようだからな。明日には、貴様の護衛に戻る」
「……でも、今日はゆっくり休んでね虎のおじさん。おじさんに何かあったら、ライオンのおじさんが悲しむからさ」
光が病室を出た後、タイガーアベンジャーは1人考えていた。
(人間に、我らと認め合うだけの強さがあるというのか? ……いや、そんなはずはない!!)
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