第11話 上辺

「はぁ、はぁ、やはり……一筋縄では……いかんか」

「くっ、もう止めろ、タイガー!!」


 とある街の海岸、そこで1人の少年をよそに2人の異形の戦士が向かい合っている。異形の戦士の1人はライオンの獣頭をしており、切り傷だらけの身体で拳を握りファイティングポーズを取っている。対するもう1人の戦士は虎の獣頭を持ち、身体の所々が焼け焦げた状態で氷でできた片手持ちの幅広の大剣を構えている。


「ライオンのおじさん、虎のおじさん、もう止めてよ!!」


 そんな傷ついた異形の戦士達に対し、少年は悲痛な叫びを上げる。獣人側につくことを望むタイガーアベンジャーが、人間の守護を誓うブレイブレオに一対一での戦いを挑んできたのだ。ブレイブレオの友であり、タイガーアベンジャーが守護の対象としている光がこの場にいるのは、彼がブレイブレオの友ゆえ獣人達に狙われる可能性を考えれば当然であろう。


「人間などという存在に自らの存在意義を委ね、命すら懸ける偽善者と話す余地など無い!!」

「俺が命を懸けるのは、人間が守るに値する存在だと認めているからだ!! ……いや、少し違うか。俺は、俺に居場所をくれた人間が、俺自身を見てくれて受け入れてくれた光が好きなんだ!!! タイガー、お前は光と共に過ごす中で本当に何も感じなかったのか?」

「……」

「俺はそんな人間を滅ぼそうとする獣人共を絶対許さねぇ!! だがタイガー、お前は獣人共とは違うはずだ。人間の世界で育ったお前なら、人間の強さもわかってるはずだ!! 何より、俺達はこの世にたった2人かもしれねぇ半獣人。だから俺は」


 ブレイブレオの言葉の最後を聞き、タイガーアベンジャーは突如眉を吊り上げた。


「……やはり、そうか。貴様も、今まで俺が出会ってきた醜い人間共と同じだ!!!」


 タイガーアベンジャーは叫び、氷の大剣を構えブレイブレオに向かって走り出す。繰り出される斬撃を紙一重で躱し続けるブレイブレオ。次の瞬間、大剣が突き出されたのに対しブレイブレオはそれを躱しタイガーアベンジャーの右腕をとると自身の両腕に強力な熱を発生させる。


「くっ、ぐあぁぁ……」


 ブレイブレオの腕の強力な熱に耐えかね、タイガーアベンジャーは氷の大剣を手放してしまう。だが、タイガーアベンジャーはブレイブレオに掴まれていない左手を彼に向けると水の弾丸を彼に向けて放った。


「ぐあっ!!」


 吹き飛ばされるブレイブレオ。双方ダメージを負った2人は、傷ついた体で再び戦闘態勢をとる。


「……俺が、半獣人を迫害する人間達と同じだと?」

「そうだ!! そこにいる人間のガキが以前言っていたな。貴様とそのガキはお互いの強さを認め合っている友だと。だが、我らは互いを全く知らない、認め合ってなどいない。そんな者同士が、どうわかりあえるというのだ!!!」

「俺達は同じ半獣人同士。和解したいと願うのに、それだけでは不足なのか?」


 その言葉に対し、タイガーアベンジャーは歯ぎしりをすると青い冷気を身体の周囲に立ち上らせる。


「消えろ!! 俺の目の前から!! アイスウェポンズ!!!」


 タイガーアベンジャーはそう叫ぶと、自身の周囲に無数の武器を出現させブレイブレオに向けて放った。氷でできたそれらは、大剣、短刀、薙刀、槍など実に様々であった。それに対し、ブレイブレオも自身の周囲に無数の炎弾を作り出す。


(なぜ、なぜなんだ?)


 そう考えながらも、ブレイブレオはタイガーアベンジャーの攻撃に対し無数の炎弾を放ち相殺を試みる。すると次の瞬間、ブレイブレオとタイガーアベンジャーの間に漆黒のフード付きマントを身に着け黄金のライオンの仮面で素顔を隠した謎の怪人が現れる。


「ファイヤーウォール!!」


 怪人は自身の左右に青い炎の壁を作り出すと、ブレイブレオの炎とタイガーアベンジャーの氷を相殺する。


「なっ!!!」

「何者だ、貴様!!」


 突如両者の戦いに乱入した謎の怪人に驚きながらも、ブレイブレオはタイガーアベンジャーの様子を伺う。突然の乱入者にタイガーアベンジャーも驚いているようで、少なくとも彼の仲間ではないらしい。青き炎の壁が消失した後、謎の怪人は静かで深い男の声で2人の戦士に問う。


「お前達、こんなことをしている場合なのか? 今こうしている間にも、ビーストウォリアーズの獣人達が攻めてくるかもしれんというのに。そうなれば、お前達は一網打尽だぞ!!」

「……どこの誰とも知れん獣人に、とやかく言われる筋合いは無い!! そこをどけ!!!」


 タイガーアベンジャーは先程とは異なる形状の氷の長剣を作り出すと、謎の怪人に斬りかかる。だが、怪人は青き炎を自身の左腕に集中させると、そのまま氷の長剣を受け止める。


「な、何!!」


 怪人の青き炎を纏った腕に氷の長剣が触れた途端、長剣はあっという間に溶けてしまう。通常タイガーアベンジャーの氷で作り出された武器は、大抵の熱を寄せつけることはない。だからこそ、通常なら有利に立てるはずのブレイブレオはタイガーアベンジャーの氷の武器を炎で溶かすのではなく避け続けることを強いられていたのであった。


「タイガーアベンジャーといったか。そこの人間の子供を連れて失せろ。お前達3人の命を奪うつもりは無い。私はそこの炎使いに少し用があるだけだ」

「……奴は俺の獲物だ! 殺さんというのは本当だろうな?」

「本当だ。それとも、今私と戦い無駄に命を散らすか?」


 まだ何か言いたげなタイガーアベンジャーであったが、自身の能力を無力化する謎の存在を前に撤退を余儀なくされる。


「くっ、俺は諦めんぞ! 貴様らを倒し、獣人の中に居場所を作るまで! 人間のガキ、行くぞ!!」

「う、うん……」


 タイガーアベンジャーに促され、その場を立ち去ろうとする光。だが、途中で立ち止まり戦士達の能力を相殺した謎の存在に敵意の視線を向けると、口を開く。


「ライオンのおじさんを殺さないっていうのは本当に本当なんだろうな?」

「私はこの場にいる者で1番格上の力を持っている。お前の案ずる者を殺す気なら既に殺している。少しは信じる気になったか?」

「なら、あんたはライオンのおじさんの味方なの?」

「……それは、まだ言えん」

「確かに、ライオンのおじさんを殺す気ならとっくに殺そうとしてるか……。でも、もしライオンのおじさんを殺したら、俺はあんたを絶対許さない!!」

「……」


 自分が何を言おうが、獣人相手に力を持たないことは当然理解していた。だが、得体のしれない謎の存在を友達の近くに残していくことはどうしても不安だったのだ。


「ライオンのおじさん、無茶しないでね」

「おう!! またな、光!!!」


 久しく会っていなかった友の少年を前に、異形の戦士も本当はもっと色々話したかった。だが、自身の能力を容易く相殺してみせた上にタイガーアベンジャーの氷をも簡単に溶かす謎の存在を前に、少年をこの場から早急に逃さなければならないという気持ちの方が上回っていた。タイガーアベンジャーと光の2人が空間転移の鍵を使い、光に包まれ海岸を去る。光が無事に去ったことに安堵しながら、ブレイブレオは謎の怪人に向かい合う。


「良い友をもったな……」

「……てめぇは一体何者だ?」

「それも、まだ言えん。私はお前達2人の戦いを止める為にここに来た」

「今の力、明らかに獣人の持つ異能の力だ。なぜ、ビーストウォリアーズの獣人が半端者と忌み嫌う半獣人同士の戦いを止める?」

「お前達2人が、共にビーストウォリアーズと戦うことを願っているからだ」

「!!!」

「怪しんでくれても、信じてくれなくても構わない。だが、私の望みはお前と同じ、ビーストウォリアーズから人間を守ることなのだ」

「……」


(……いきなり現れて戦いを止めたと思ったら、今度は人間を守るだと? 信じられるか!!)


 ブレイブレオは謎の怪人を指差すと宣言する。


「味方かどうかもわからねぇ獣人を信用はしねぇ。格上の炎使いだろうが、人間を傷つけたら即座に殺す!!」

「それでいい、炎使い。だが、私の目的のためにも1つ確認しておこうか。今の戦いを見る限り、少なくともお前の方はタイガーアベンジャーと名乗る自身の仲間と和解したいのだろう?」

「……だったら、どうした」

「ならば、お前はタイガーアベンジャーのことを1人の存在としてしっかり見ることだな。タイガーアベンジャーが怒るのも無理はない」

「どういう意味だ?」

「それは自分で理解すべきことだ。では、またどこかで会おう……」


 謎の存在も空間転移の鍵を持っているのか、光に包まれその場を去っていった。


(……タイガーアベンジャーのことを1人の存在としてしっかり見ること?)


 簡単なようで難しい助言を受け、ブレイブレオはその場でしばらく頭を悩ませていた。


 

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