第5話 自責

「……許せない。光を危険に晒しただけでなく、守り切れなかった? そんなこと、許されるわけない」


 ヒーローに対する激しい怒りと動揺を押し殺した不自然なほど静かな声で、光の母親は怒りの言葉を口にする。ブレイブレオ=ゴウキは自身の失態を光の母親に報告していた。彼がブレイブレオの姿をしていないのは、面と向かって謝罪することを恐れたからではない。むしろ逆で、彼は自身の失態を面と向かって罵倒されたかった。そうでもしなければ、自分自身を少しも許せなかったからだ。だが、ブレイブレオの姿で光の母親に会うことは光と同じように彼女も獣人達に目をつけられる可能性が高まるということである。それゆえ彼は、自身がブレイブレオと鷲獣人の戦いを偶然目撃したということにして、一般人としての姿ゴウキとして彼女に自身の失態を報告していた。


「申し訳ない。俺が近くにいながら」


 そう言った彼の言葉は、ゴウキとしての言葉ではなくヒーロー「ブレイブレオ」としての言葉であった。だが、彼の正体を知らない彼女は当然別の意味で受け取る。


「あなたが謝ることはないですよ。悪いのは、獣人と光を危険に晒したあのライオンの半獣人なんですから」

「……」

「でも、あのライオンの半獣人、なぜ直接話に来ないのでしょうか? 自分のせいで光が攫われたのに」

「……それは多分、光のようにあなたを危険な目に遭わせないためですよ」

「私があの人の立場なら、たとえ多少の危険があっても面と向かって謝罪します! 人間を食料と見ている野蛮な異世界人に息子を攫われた親の気持ちが、あの人にわかるわけない」

「……」

「世間ではブレイブレオなんて名前で呼ばれているようですけど、面と向かって謝罪に来ない彼は私にとっては卑怯者です!!」


 卑怯者。


 ゴウキは自身の失態が原因とはいえ、卑怯者呼ばわりされたことで湧いた怒りを拳を握りしめることでなんとか堪える。光を守り切れなかった自身への怒り、卑怯者呼ばわりされた怒りを押し殺しながら、彼は口を開いた。


「あのライオンの半獣人、言ってましたよ。俺にとって光は存在意義そのものだと。理由は知りませんが、光はあのライオンの半獣人にとって本当に大切な存在のようでした。だから、奴は絶対に光を助け出そうとする、そんな気がします」

「あなたに言っても仕方ないですけど、彼は私にとっては迷惑な存在でしかないんです。困難には向き合ってこそ意味があると以前彼は言っていましたけど、獣人という困難に向き合った結果こんなことになるなら、息子には獣人に関わってほしくありません」


 その言葉を聞き、ゴウキは思った。


(そうか、以前逃げた方がいいと言っていたのは自分の保身のためではなく、光を危険に巻き込みたくねぇからか。光の母さんにも、俺とは逆かもしれねぇがちゃんと信念があったんだな)


「すいません、光の母さん。俺、そろそろ」

「ごめんなさい。本当に怒りをぶつけたいのは、あのライオンの半獣人なのに。あなたに言っても仕方ないのに」

「いいですよ。じゃあ、また」


 光の母親と別れたゴウキは同じアパートの自室に戻った。靴を脱いで部屋に入ろうとしたゴウキだが、玄関から2、3歩進んだ所でうつ伏せに倒れ込んでしまう。


「畜生ぉ、この程度の傷で……」


 鷲獣人の猛攻に対し、ダメージを無視して戦い続けたヒーローの身体はボロボロであった。本当なら、鷲獣人を倒した直後すぐに光の救出に向かいたかった彼であったが、鷲獣人の攻撃でダメージを受けすぎた身体では獣人達に戦いを挑んでも勝ち目がないことは目に見えていた。身体の傷を癒やすために光救出を翌日に決行すると決めた彼は、ボロボロに傷つき疲労した肉体を引きずりなんとかこのアパートまで戻ってきたのだった。


「しっかり……しやがれ! まだ何も……終わってねぇぞ!」


 拳を床に打ちつけ、なんとか立ち上がると部屋の中に入り自身の身体の手当てを始めた。


「……」


 ボロボロに傷ついていたのは身体だけではなかった。自分が原因で自分の最も大切な存在である光を戦いに巻き込んでしまった上、獣人から守り切れなかった彼の心は傷つき後悔と自責の念に支配されていた。


「結局、光の母さんの言った通りだったな。俺は獣人と人間、どちらも不幸にする疫病神だ……」


 だが、そんな傷ついた心を彼は無理矢理奮い立たせる。


「だが、あいつだけは絶対助け出してみせる! 俺の命を懸けてでも!」


 そう言うと、彼はズボンのポケットから普段から携帯していたある物を取り出した。


「こいつの力を使えば……」


 人間の世界に破壊者としてやって来たビーストウォリアーズの戦士達には、末端の下級戦闘員に至るまで獣人の世界への帰還の際に使うある物が支給されていた。クマ獣人の見せた組織の科学者が開発した空間転移の力を秘めた鍵状の物体である。この鍵の力を使えば、1つの鍵につき1度だけ対象となっている1人を別の世界に転移させることができた。人間を守ると決めたブレイブレオはこの鍵を敵から奪うことで日本各地に現われるビーストウォリアーズの獣人達と戦っていた。


「まさか、もう一度あの世界に戻ることになるとはな」


 獣人達の本拠地にのりこむことはたった1人で戦うブレイブレオにとっては自殺行為であったが、彼の光救出の誓いは固かった。


「光、頼む、無事でいてくれ!!」


……


 翌日、決意を固めたゴウキはアパートの部屋を出る。


「光、待ってろよ! 今助けに行くからな!!」


 彼が駆け出そうとしたその時、


ドガァーン!!


 街の中心部で大きな爆発音が響き、黒々とした黒煙が上がる。彼は足を止め、街の方へ顔を向ける。だが、それを無視するように顔を正面に向け直す。


「俺にとって一番大切なのは、あいつ、光だ! 光の救出を後回しにしてまで、他の人間を、俺を化け物扱いする連中を助ける義理はねぇ!」


 再び駆け出そうとする彼だが、立て続けに響く爆発音を前に彼は拳を握りしめる。


(何迷ってやがる! 俺にとって一番大切なのは光だ! そうだろ! こうしてる間にも、あいつに何が起こっているかわからねぇんだぞ! 光以外の人間が、強き心を見せたことがあったか? 俺を受け入れてくれたか? そんな人間はいなかったじゃねぇか! だったら、今他の人間を見捨てて、あいつの救出に向かっても誰にも文句を言われる筋合いはねぇじゃねぇか!!)


 凄まじい力で自身の拳を握りしめていた彼だが、やがて走り出しアパートを飛び出した。そして、彼は走り出した。街の中心部へ。


「光、すまねぇ! もう少しだけ、待っててくれ」

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