第3話 相反
「光、もうあのライオンの獣人に関わらないで! あの獣人に関わったら、光まで危険な目に遭うんだから」
「ライオンのおじさんは獣人じゃなくて半獣人だよ!」
「どっちでも同じ! 獣人だろうと半獣人だろうと、一緒にいたら危険なの! わかるでしょ」
住まいであるアパートの自室で光の母親は、光に対してもうブレイブレオに関わらないように話していた。彼女にとって獣人と戦うブレイブレオは、人間を守る守護者であろうと命を奪う破壊者であろうと近くにいれば息子を危険な目に遭わせる迷惑な存在でしかなかったからだ。彼女はブレイブレオとは対照的に、危険なことや面倒事からは逃げた方が良いという考え方の持ち主だった。他人を交通事故から助けて亡くなった男を夫にもっていた彼女は、危険や面倒事は避けた方が良いという考えを持つようになったのである。
「嫌だ! ライオンのおじさんは俺にとってヒーローなんだ!」
そんな母親の考えとは裏腹に、光はブレイブレオが獣人と戦うたびに戦いの現場に向かってヒーローの戦う姿を応援するようになっていた。ブレイブレオに対し、憧憬の念を抱くようになった光は危険とわかっていながら孤独に戦う異形のヒーローに積極的に関わるようになっていた。
「とにかく、もうあのライオンの半獣人に関わってはだめ!」
「絶対嫌だ!!」
ヒーローに純粋な憧れを抱く息子を前に、彼女は溜め息をついた。
……
一方、偶然同じアパートに住んでいたブレイブレオは自身を応援する少年について考えていた。
「嬉しい……か? 単純だな、俺も」
ブレイブレオの方は自身を応援してくれる少年を前に彼をなるべく危険な目には遭わせたくないと思いつつも、彼の存在が自身の存在意義になりつつあることを感じていた。半獣人ゆえに獣人と人間双方から疎まれてきた彼からすれば、光の存在は半獣人と知ってもなお自身を受け入れてくれた初めての存在だったからだ。光はブレイブレオの人間としての姿と半獣人としての姿を同一人物だとは知らないが、それでも彼は嬉しかった。自身が強き者として認めた人間に受け入れてもらうという願い、その願いが小さな形でではあるが叶ったからだ。
「光、俺は改めてお前に誓う! 俺を受け入れてくれたお前、そして強き心を持つ人間を守りぬくと!!」
孤独な異形のヒーローの心に燃える炎が宿った瞬間であった。
「あっ、やべぇ、バイトの時間が。そろそろ、出るか!」
ブレイブレオはアパートの自室から出て生活費を稼ぐためにアルバイト先に向かおうとした所で、ちょうど2階のアパートの自室から出てきた光と会う。
「ゴウキおじさん、こんにちは!」
「ああ!!」
ブレイブレオの人間の世界での名前は、「ゴウキ」ということになっていた。ゴウキは自身の正体が半獣人の異形のヒーロー、ブレイブレオであることを秘密にしていた。自身の普段の姿が獣人達に知られてしまった場合、普段の生活も命を狙われることになる上、それに伴い自身の周囲の人間の命も危機に晒されるからという考えからであった。光はアパート近くの道路で車にひかれそうになった所をゴウキに助けられたことがあった。それが縁で、光はゴウキ=ブレイブレオであるということこそ知らないし、ブレイブレオの姿の時ほどではないがゴウキとしての彼もある程度慕っていた。
「おじさん、獣人達から俺達を守ってくれるライオンのおじさんを知ってる? 俺、ライオンのおじさんに関わるなって母さんに言われたんだけど、やっぱりその方がいいのかな?」
「……お前の母さんはお前が心配なんだろ。それは当然だと思うぞ。だが、危険な場所に近づくのは止めてもそのライオンの半獣人は応援してやれ。仲間がいないってのは、結構堪えるもんなんだ」
「おじさん、何でライオンのおじさんが半獣人だって知ってるの?」
「お、俺もそいつに助けられたことがあってな! その時に教えてもらったんだ」
「ふーん、でもそうだよね。母さんは俺を心配して言ってるんだよね。でも、ライオンのおじさんを応援するのは止めないよ。俺にとってはライオンのおじさんはヒーローなんだから。じゃあ、仕事頑張ってねおじさん!」
そう言って、街の方へ向かう光を見送るゴウキ。
「ヒーロー……か。そんなご立派なことをしてるつもりは無いんだがな……」
……
その夜、アルバイト先から帰宅し、ひとっ風呂浴びた後眠りにつくゴウキ。ヒーローと一般人の二重生活で疲れていた彼は、自身の部屋に音もなく侵入した謎の存在に気がつかなかった。
「ごぉー、ぐぉーー」
まるで野獣のようないびきをかきながら眠り続ける彼のベッドに忍び寄る大きな人影。その人影は無防備に眠り続ける彼に近づくと、その大きな手で彼の太い首を突如締め上げた。
「ガッ、ハッ!! な、何もんだ、てめぇ!!」
いきなり首を締め上げられ、目を覚ますゴウキ。突然のことに驚きながらも、なんとか侵入者の手を自身の首元から引き剥がし、その人影をベランダに放り投げる。
ガシャーン!!
ガラスの割れる大きな音が響いた後、彼は月明かりに照らされた襲撃者を見据える。
「なっ!!!」
その襲撃者の姿を見て驚愕するゴウキ。それもそのはずである。なぜなら、その姿はブレイブレオの人間体、ゴウキと瓜二つだったからだ。だが、投げ飛ばされベランダに叩きつけられたショックからか、ゴウキと瓜二つだったその姿は組織の戦闘員へと姿を変えた。
「てめぇは、組織の戦闘員! 一体何のつもりだ?」
「ククク、人間風情に教えたところで何の意味も無いだろうが、殺す前に教えてやろう! これは我らビーストウォリアーズの新たな作戦、人間と我ら戦闘員を入れ替え、人体実験に使う人間を確保しようという作戦だ。そうすることで実験体を手に入れ、無数に潜伏した我ら戦闘員が獣人と協力し貴様らの守護者を気取っている半端者の半獣人を数で圧倒し始末するという素晴らしい組織の計画だ!!」
「じゃあ、このアパートの住人達は……」
「既に我ら戦闘員と入れ替え済みだ! このアパートで残る人間はお前1人! さあ、無駄な会話は終わりだ。貴様も我らの組織の実験体になってもらうぞ!」
そう言って、ゴウキに飛びかかり彼を捕らえようとする戦闘員。ゴウキは握り拳を胸の前でぶつけ、ブレイブレオに瞬時に変身すると向かってくる戦闘員を容易くあしらい羽交い締めにした。
「き、貴様は裏切り者の半端者! あれが普段の姿だったのか!」
「……答えろ。戦闘員共と入れ替えた人間達をどこへ連れ去った?」
憤激を押し殺し、静かに詰問するブレイブレオ。
「お、教えるものか!!」
「言え!! さもねぇと、てめぇの命はねぇぞ!!!」
怒りを抑えきれず、殺気を放ちながら声を荒げるブレイブレオ。
「わ、わかった。教える。街の南にある廃工場の中だ。そこに今まで入れ替えた人間達全員が捕われている」
「このアパート以外の場所にも手を出したのか? どうなんだ!!」
「い、いや、組織の計画はこのアパートから開始することになっていた。このアパート以外にはまだ手を出していない」
「嘘じゃねぇだろうな?」
「下級戦闘員の俺でも命は惜しい! 本当だ!!」
「……約束は守りてぇが、てめぇは俺の正体を知っちまった。だから、お前には消えてもらう」
戦闘員が抗議の言葉を放つ前に、ブレイブレオは彼にとどめの一撃を放った。光の粒となり、消滅する戦闘員。ブレイブレオは焦燥感に駆られる心を必死に押し殺し、アパートの部屋を飛び出した。
「光、無事でいろよ!!」
一方、廃工場の中では雷を操る獣人、キリン獣人が捕われた人間達を前に組織の科学者達と話していた。
「なぁ、これからここには戦闘員共と入れ替えた実験体の人間達が沢山集まるわけだろ? だったら、1人くらい俺様の食料にしてもいいだろ?」
その言葉を聞いたブレイブレオと同じアパートに住む住人達は震え上がる。
「首領様がなぜ人間達の人体実験にこだわるのかはわかりませんが、まだ指示された人数の半分も集められていないのですよ。もう少し、我慢してください」
「1人くらいいいじゃねぇか。見ろよ、あの人間のガキなんかはかなりうまそうじゃねぇか」
そう言われた少年、光は内心では恐怖に怯えていたがブレイブレオが助けに来ることを信じ強がる。
「そ、そんなこと言ってられるのも今のうちだ! 絶対にライオンのおじさんが助けに来てくれる。そしたら、お前なんか」
人間を下等生物としてしか見ていないキリン獣人はそんな光に対し、
「俺様の雷の力であんな半端者は一瞬で丸焦げさ。生意気なガキだ。1人くらいなら実験体が減ったってかまわねぇだろ。こいつはいただくぜ」
そう言うと、光に近づこうとするキリン獣人。その時、
ドガーーン!!!
凄まじい音と共に廃工場の天井を突き破り、激しい怒りを押し殺した異形のヒーローが姿を現す。
「ライオンのおじさん!!」
姿を現したブレイブレオは、光と彼に近づこうとしていたキリン獣人の間に割って入る。
「ヒーローさんのご登場か。よかったな人間共! 貴様らのヒーローが無様に殺される所を見れるぞ!」
「……じゃねぇよ」
「あぁっ、何だって?」
「俺の大切なものに、手を出してんじゃねぇよ!!」
凄まじい怒りと殺気を露わにするブレイブレオを前に、思わず後ずさるキリン獣人。
「は、半端者の分際で俺に殺気を向けるとはいい度胸じゃねぇか! 俺の雷で一瞬で丸焦げにしてやるよ! スパークリング・パワフル・サン」
ボゴォ!!
「グッ、ゴボォ!!」
吐血するキリン獣人。ブレイブレオが自身の誇る常人の150倍の身体能力を最大限に発揮し、一瞬のうちに間合いを詰めその剛腕でキリン獣人の腹をぶち抜いたのだ。光の粒となり、消滅するキリン獣人。
「……悪かった。今回の獣人達の作戦は俺を狙っての面もあったからな。人間をさらってどうするつもりなのかは知らねぇが、危ねぇ目に遭わせちまった」
廃工場に残っていた組織の科学者、戦闘員達を一掃した後、自身が原因で守るべき人間を危険に晒してしまった面もあるとして、彼らにわびるブレイブレオ。
「あなたが獣人達と戦うことで救われる人がいるのはわかります。でも、今回のようにあなたがいるから巻き込まれてしまう人もいるんです。なるべく私達には関わらないでください」
「母さん、ライオンのおじさんは俺達を助けてくれたんだよ!! そんな言い方」
「あなただってもう少しであのキリンの獣人に食べられていたかもしれないの! 私は、あなたのように獣人達と戦うこと、向き合うことが正しいとは思いません。たとえ恥でも、彼らからは逃げた方がいいと考えます」
「……確かに今回のことは俺のせいである面もあった。だが、逃げ出すことが正しいとは思わねぇ!! 俺は半獣人。逃げてばかりいたら、獣人達に対抗できる力を身につけることはできなかった。困難には向き合ってこそ意味があるんだ!!」
「それは違うと思います!!」
自身の信じる信念を否定され、声を荒げるブレイブレオ。だが、光の母親も一歩も引かずブレイブレオの目を真っ直ぐ見つめ返す。
(この目には、全く迷いがない。人間の中には、困難から逃げ出すことが最善と考えるやつもいるのか! だが、物事から逃げ出さねぇことは俺の信念、生き方そのもの。たとえ、守ると決めている人間のいうことでもそれは変えねぇ!!)
人間達に背を向け、立ち去ろうとするブレイブレオ。
「ライオンのおじさん、助けてくれてありがとう! 俺、おじさんをずっと応援してるから!!」
光の言葉を聞き、わずかに振り向いた彼。
「ありがとよ……」
そう言い残し、ブレイブレオは跳躍し廃工場を後にした。
(そう、絶対に変えねぇ! 俺の生き方も、人間を守るという誓いも)
人々が立ち去り誰もいなくなったと思われた廃工場の中で、動く者がいた。ブレイブレオに致命傷を負わされながらも、かろうじて生きていた1人の戦闘員であった。
「半端者……め! よくも……我らの…………計画を! だが……あのガキ……半端者のやつを……えらく……慕っていた……よう……だったな。半端者も……あのガキに……わずか……だが……思い入れが……ありそうだった。あのガキを……使えば……奴を……倒せるかも……しれん!」
瀕死の戦闘員はどこからか通信機を取り出すと、組織の科学者の1人に今見たことを報告する。
「それは興味深いデータですね。その子供、私の計画に利用できるかもしれません」
「ど……どうか……奴を……必ず……」
言葉を言い切る前に、瀕死の戦闘員は光の粒となり完全に消滅してしまう。
「このことは私だけの秘密としておきましょう。手柄は誰にも渡しません」
光の存在に目をつけたその科学者は、不気味な笑みを浮かべながら通信を切った。
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