第17話 希望
光の母親と和解した後、ゴウキは光のアパート部屋で自分がなぜ異世界でたった1人で生きる事になったのか。その経緯を伝えられていた。
ライオン獣人によると、自分は人間に換算すると4才位の頃まで父であるライオン獣人、人間の母と共に、ビーストウォリアーズとライオン獣人、虎獣人が戦い続ける中、人里離れた森の中で3人で暮らしていたのだという。だが、ライオン獣人と虎獣人がビーストウォリアーズの戦力を大半倒し撤退に追い込んだ際、母親から離れた一瞬の隙をつかれ戦っていた首領の最期の力で異世界へ無作為転移されてしまったのだと言っていた。
合点がいく話だった。それなら、自分は両親の事を覚えていないはずだからだ。
それでも自分の息子であるという責任感から、自分を人間世界にやってきた時から見守り続け、自分が獣人側として人間を襲う気であれば自ら手を下すつもりだった。そう、ライオン獣人は言っていた。以前、光とタイガーアベンジャーを助けてくれた時、移動先となる街を知っていたのは自分を常に見守ってくれていたからなのだろう。
幼少時代気づけば既に1人だった自分は、異世界の森に育っていた木の実や果物、川の水等で何とか生き長らえてきたのである。
全ての経緯を話し終えた後、ライオン獣人はゴウキに頭を下げた。
「今更親と名乗ろうという気は無い。事情があったとはいえ、お前を長く放置し耐えがたい孤独を与えてしまった。親の資格など無い事は理解している。だが、1つだけ信じてくれ!! お前が父と母から愛されて生まれた存在だという事、必要とされていた事。それだけは信じてくれ!!」
「…………もう、憎んじゃいねぇよ。元々俺は、境遇や物事から逃げない事を信念としているからな。それでも、今まで憎んでなかったと言えば嘘になるが、事情もわかったんだ。もう、親父達を憎んだりしねぇよ」
「……お前につけた『ブレイブレオ』という名は、半獣人という宿命に負けない勇気を持つ者に育ってほしいとの意味を込めて母さんと決めた名だった。お前はその名にふさわしい立派な男に育ってくれた。今度は、私がお前の為に何ができるかを考える番だ」
「……だったら、俺や光、タイガーに本当の危機が迫った時は、助けてくれ。ビーストウォリアーズの真の目的は、人間の獣人化だと光の母さんは言った。獣人の中にも親父のように、分かり合える者もいる。それが人間達に伝われば、奴らの作戦を挫く事も可能かもしれねぇ。だから、頼む」
「ああ、約束する」
***
短期間借りる予定のアパート部屋の中。ゴウキは床に横になりながら、数日前のライオン獣人との会話を思い出していた。
(俺は今、幸せだ。俺自身を見て認めて心配してくれる友が、和解できた同じ境遇の仲間が、俺をずっと見守ってくれていた親父がいてくれる。これからは、あいつらの為にも自分をもっと大事にしねぇとならねぇな。俺はもう、1人じゃねぇんだから)
ゴウキの顔は無意識に柔らかな笑みを浮かべていた。孤独の中で冷え切った心から硬くなっていた表情が、徐々に柔らかな物に変わっていたのだった。
「!!!」
それまでゴウキは、心が満たされ幸せを感じるあまり携帯ラジオの内容を聞き流してしまっていた。そんなゴウキの耳に、携帯ラジオから信じられない情報が流れていたのだ。
「ブレイブレオが……人間を……殺害……した?」
そんなはずはない。なぜなら、今自分はここにいるのだから。しばし呆然としていたゴウキだが、すぐにアパート部屋を出る。人気の無い路地に入り、即座にブレイブレオに変身すると空間転移の鍵を掲げる。
(ビーストウォリアーズの新たな作戦か!! 俺が今まで築き上げてきた、人間達との信頼を奪おうってのか!!!)
***
移動先の街は、逃げ惑う人間達で阿鼻叫喚の地獄絵図であった。民家の屋根やビルの屋上を跳躍しながら移動する中で、彼の姿を目にした住民達は悲鳴を上げる。
「いやあぁぁーー!!!」
「来るなぁああーー!!」
「やっぱり奴も獣人の仲間だったんだ!!」
ブレイブレオは悲鳴を上げる住民達から目を伏せ、歯ぎしりをする。
(俺は今まで人間の為に戦ってきた。なのに、信頼ってのはこんな簡単に崩れちまう物なのか?)
逃げ惑う人間達の悲鳴に晒されながら、遂にブレイブレオは偽物のブレイブレオを発見する。空中を跳びながら、ブレイブレオは敵の姿を確認する。見間違えようもない。その姿は自分と瓜二つだった。偽物のブレイブレオは、人間の1人を後ろから貫手で貫いている。
「止めろ、止めろ!! 止めろぉおおーー!!!」
飛来したブレイブレオが偽物のブレイブレオに殴りかかる。だが、偽物のブレイブレオは人間を貫いていた右手を引き抜くと、ブレイブレオから即座に距離を取る。残され倒れた人間をブレイブレオは抱き起こすが、既に息は無かった。その人間を静かに寝かせたブレイブレオは、偽物に対して憎悪の視線を向けた。
「殺す前に1つ聞かせろ。てめぇ、一体何者だ? 何が狙いでこんな真似を!!」
偽物のブレイブレオは、その問いに醜悪な笑みを浮かべる。そして、ブレイブレオと瓜二つだった姿を直立したカメレオンの姿に変化させた。
「決まってるだろ!! 貴様の人間達からの信頼を失墜させるのが目的さ! これもコウモリ獣人が立案した作戦の一環でな!!」
「あのコウモリ野郎か!!」
「ケケッ、それはそうと、これで貴様の信用は地に落ちたも同然!! どうだ、今からでも我らの側へ寝返る気はないか? ここで寝返っておいた方が、貴様にとっては得策かもしれないぞ?」
「……」
ブレイブレオの心が、一瞬だが揺らぐ。だが、彼の脳裏に悲しそうな顔をした光が思い浮かぶ。そして、いつか光と交わした約束を思い出す。
(俺は約束した。光の友であり続けると。そして、光を信じ続けると。……俺は、死んでも友は裏切らねぇ)
「……断る。俺はてめぇを倒して、身の潔白を証明する。そして、もう一度人間の信頼を取り戻して見せる!!」
ブレイブレオは言うと、カメレオン獣人に殴りかかった。だが、カメレオン獣人は擬態能力で周囲に同化し姿を消してしまう。
「ここまでして、逃げるだと!! 畜生!! 戦いやがれぇぇーー!!!」
天を見上げたブレイブレオの悲痛な叫びが、辺りに響いた。
***
「……ライオンのおじさんが人を殺すわけない。あのライオンのおじさんは、絶対偽物だよ!!」
小学校からの帰り道、光は人気の無い路地にいた。そして、自身の護衛を務めていたタイガーアベンジャーを相手に昨日の事件について話していた。光はブレイブレオを信じていたし、瓜二つの偽物が人間を殺したと信じて疑っていなかった。
「人間に賛同するのは癪だが、俺も同意見だ。あれほど人間を守る事に必死だった奴が、今更人間を殺すはずなどない。……ところで、貴様人間の友がいるのではなかったのか? 貴様は俺が護衛を始めた頃から今まで、ずっと人間の友と下校していたではないか」
「…………虎のおじさん、心配してくれるの?」
「違う。ただ、気になっただけだ」
(それを心配してるって言うんだと思うけど)
内心思った光だが、何があったのかを正直に話す。
「昨日の事で俺のクラスにいる全員が、ライオンのおじさんを裏切り者とか言って急に獣人と同じだって言いだしたんだ。俺があのライオンのおじさんは偽物に決まってるって言ったら、またクラスから仲間外れにされちゃってさ。今まで友達だった奴とも、またただのクラスメイトに戻っちゃった。でも、俺は後悔してないよ!! 俺にとって一番大事な友達は、ライオンのおじさんだからさ!!」
寂しそうな表情をしていた光だが、最後には笑顔を作っていた。タイガーアベンジャーにも強がりの笑顔である事は理解できた。だが、後悔が無いという言葉にも嘘偽りが無い事も同時に伝わる。
「……貴様も人間なら奴を、レオを裏切ればよかったではないか。そうすれば、その友達とも今まで通りでいられたのだぞ」
「言ったじゃないか!! 俺にとって一番大事な友達は、ライオンのおじさんなんだよ!!」
タイガーアベンジャーは光を疑いの目で真っ直ぐ見る。
「貴様は怖くなかったのか? 多くの人間達の中で、自分の意志を貫く事が。人間は異端の存在を排除する。貴様はこれからまた学校で孤立し、いじめられるかもしれないのだぞ」
その言葉に、光はタイガーアベンジャーから目線をわずかに逸らす。だが、すぐに目線を戻すとはっきりと告げる。
「そんな事わかってるよ!! でも、俺はライオンのおじさんと友達であり続けるって約束したから!! 俺だって、ライオンのおじさんを助けたいんだよ!!!」
「!!!」
(人間は同調圧力や恐怖に簡単に屈する。今まで出会ってきた人間達は皆そうだった。だが、このガキは孤立する事を承知で、しかも自分とは異なる半獣人の友のために自分の意志を貫いたというのか?)
「……光」
「虎のおじさん!! 今、俺の事名前で」
「どうやら俺は、お前の強さを全く理解できていなかったようだな。今まで貴様を守っていたのは、レオとの約束があってこそ。だが、貴様の覚悟分だけはお前を認めてやる。レオとの約束とは関係なく、これからはお前自身のためにも戦ってやろう」
「……ありがと」
「光、お前の強さはきっとレオの力になるはずだ。今奴を支えられるのは、お前と俺だけかもしれん。だから、今すぐ奴の所へ行き支えになってやれ!!」
「うん!!」
タイガーアベンジャーは敵獣人から奪った空間転移の鍵を光に行きと帰りの2本渡す。そして、2人はブレイブレオとゴウキ両者を頭の中に強く念じるのだった。
***
光とタイガーアベンジャーが転移した先は、ゴウキが短期間借りる予定のアパート部屋の中だった。突然沸き起こった光に身構えていたようだったゴウキだが、相手が光とタイガーアベンジャーだとわかるとファイティングポーズを解いた。
「光、タイガー……」
「ゴウキおじさん……」
ゴウキは光の目を真っ直ぐ見る。
「光、信じてくれ!! 俺は人間を殺しちゃいねぇ!! あのブレイブレオは、擬態能力で俺に化けたカメレオン獣人なんだ!!!」
「……俺は、おじさんを疑ったりしてないよ。最初から、あのライオンのおじさんは偽物だって思ってたから。皆おじさんを裏切り者だって言ってたけど、俺はおじさんを信じてたんだよ」
「レオ、光は、小学校の連中がお前を一転して敵視する中でお前の味方をしたそうだ。それまでの友を失い、再度孤立する事を承知の上でな。お前との約束とは別に、俺も光の強さを知った。だから、これからは光自身のためにも戦ってやろうと思っている」
ゴウキは光の言葉に安心して息を吐き出していたが、次のタイガーアベンジャーの言葉を聞くと光の眼前に近寄る。
「光、お前が俺の味方をしてくれた事は、本当に嬉しかった。だが、今すぐショウガッコウの奴らの所へ行って謝るんだ。俺のために、お前まで傷つく事はねぇ!!」
「俺は、おじさんの力になりたくて」
「光。俺は、これ以上俺が原因でお前に苦しんでほしくねぇんだ!! 今まで友達のいなかったお前が、やっと作る事ができた友なんだろ? 俺のせいで、また孤立する事はねぇ!! だから光、今すぐ」
「だって、俺にできる事なんてこんな事くらいじゃないか!! おじさんがボロボロになって戦ってくれても、俺にはおじさんを助けられる力が無い。俺だって、おじさんを少しでも助けたいんだよ!!」
「俺の事はいい!! だから光、今すぐショウガッコウの奴らに謝りに行け!!!」
「絶対に嫌だ!!!」
ゴウキは光に対して、獣人に叫ぶ時と同じくらいの声で叫んだ。だが、光も負けじと大声で叫び返す。ゴウキと光が友となって、初めての喧嘩であった。
「おじさんの馬鹿!!」
光は叫ぶと、タイガーアベンジャーから渡されていた帰りの鍵を使いゴウキのアパート部屋から去ってしまう。そんな2人のやり取りを見ていたタイガーアベンジャーは、光を擁護する。
「レオ、お前は理解しているのか? 光が小学校の連中からお前を庇ったのは、相当な勇気がいる事だったと思うぞ。大勢の人間がいる中で、自分を貫く。これも1つの強さだと、俺は思うぞ」
「タイガー、これがあいつのためなんだ。俺のために、これ以上光が苦しむ必要などねぇじゃねぇか……」
タイガーアベンジャーはゴウキの顔を見る。友と初めての喧嘩をしたゴウキの表情は、後悔こそ無いが寂しげであった。
「俺の信用を失墜させるのが目的なら、もうカメレオン野郎は俺の姿では現れねぇかもしれねぇ。だが、今度現れたら、その時は俺自身の手で必ず潔白を証明してみせる!!」
***
だが、数日後偽物のブレイブレオは再び姿を現した。日本のある大都市で破壊活動を行っているというのだ。肉体の鍛錬に励みながら携帯ラジオに聞き耳を立てていたゴウキは、立ち上がった。
(もう現れねぇかもしれねぇと思っていたが。……何かの罠か? だが、やるしかねぇ!! 奴を倒し、俺自身の手で潔白を証明してやる!!)
ゴウキはアパート部屋の中で決意を固めると、即座に路地に入り変身すると握っていた空間転移の鍵を掲げる。
(俺が身の潔白を証明すれば、光だってまた友と仲直りできるかもしれねぇ。たとえ信頼が壊れやすい物だったとしても、だからこそ失いたくねぇ物だ。人間達に失望を感じる事はねぇ……)
***
「ケケケッ、身の潔白を証明しに来たというわけか?」
「そうだ、俺は貴様を倒して潔白を証明する!! そして、人間達の信頼を取り戻してみせる!!!」
現れた2人のブレイブレオに、都市の人間達も困惑する。
「ブレイブレオが……2人?」
「どっちが本物だろうと、どうでもいい。逃げようぜ!!」
人間達の言葉に、ブレイブレオはファイティングポーズで作っていた拳を強く握る。そこへ、一瞬の光と共にタイガーアベンジャーが姿を現す。
「レオ、加勢するぞ!!」
血塗れのブレイブレオに敵意の視線を向け、タイガーアベンジャーはもう1人のブレイブレオに叫ぶ。
「悪いがタイガー、手を出さないでくれ!! こいつだけは、俺自身の手で倒さなければ意味がねぇんだ!!」
ブレイブレオが偽物に向かって駆け出そうとしたその時、突如彼の足元にある影からコウモリ獣人が姿を現す。コウモリ獣人はブレイブレオの左首筋に自身の鋭い牙を
突き立てた。
「ぐぁ!!」
鋭い牙を突き立てられた事で痛みは感じるものの、ブレイブレオはすぐに力づくで引き剥がそうとした。
(半端者、私の声が聞こえるか?)
ブレイブレオの脳内に、コウモリ獣人の精神感応能力を使用した声が響く。
(コウモリ野郎、今はてめぇの相手をしてる場合じゃねぇ!!)
(今私の牙には、貴様の中にある人間の血を一時的に失わせる薬を塗ってある。貴様は人間の血を失い、獣人と化す。そして、その手で人間共を殺す事になるのだ)
(な、なん……だと)
(理解するがいい。この私の計画を)
コウモリ獣人は精神感応能力を使い、ブレイブレオの脳内に自身の企みを伝える。
(全人類の獣人化には、獣人達を使い人間共を襲わせていた事もあり『獣人に対する』憎しみを抱いていなければ獣人化できないのでな。カメレオン獣人を使い貴様に対する負の感情を人間共に抱かせた後で、貴様を獣人化させ人間を殺させる。そうすれば、人間共の貴様への親愛の情は失われ、逆に憎しみを抱くだろう。どうだ、半端者? 自らが原因で人間共を支配される気分は)
ブレイブレオはコウモリ獣人の顔を力づくで引き剥がすと、強引に投げ飛ばした。
「そんな計画が上手くいくか!! 俺は、絶対に、お前達から……人間……を」
ぞっとした。自分の中にある人間を守護する事への誇り、タイガーアベンジャーへの強い仲間意識、光との思い出と何物にも代えがたい友情が別の何かに置き換わっていくのが分かったからだ。いや、何に変化しているのかは嫌でもわかる。
……壊したい、殺したい、奪いたい!! 目につく者全ての命を奪い、殺したい!! そのためなら、自分に残された理性など捨ててしまっても、構わない!!
だ、駄目だ……。俺は……人間を守りたい。だから、絶対……に……。
「グッ、ガアァ」
ブレイブレオの目から光が消え、赤く染まる。
「ガアァァァアァァアア!!!」
ブレイブレオは理性を感じさせない赤い瞳で、頭上を見上げて咆哮する。その姿は、獲物を求めて暴れるだけの獣のようであった。
そんなブレイブレオの目に、1人の人間の男が目に入る。ブレイブレオが男に向かって目にもとまらぬ速さで近づいた。
「レオ、一体何を!!!」
次の瞬間、ブレイブレオの右腕が男の胴体を貫いていた。鮮血を吐き出し、男は倒れ込む。
獲物を探すかのようなブレイブレオの目が、他の人間達を捉える。そちらに向かって駆け出そうとしたブレイブレオを、突如現れたライオン獣人が背後から羽交い絞めにする。
「すまない!! 戦闘員共に阻まれ、援護が遅れた!! タイガーアベンジャー、私がレオやコウモリ獣人達を抑え込んでいる間に早くあの人間の治療を。頼む!!!」
「ど、どうしたんだレオ!! おい、コウモリ獣人!! レオに一体何をした!!!」
偽物のブレイブレオと並び立っているコウモリ獣人に対して、タイガーアベンジャーは問いただす。
「ただ奴の中にあった人間の血を、薬で一時的に失わせただけさ。所詮、半獣人。その脆弱な肉体は、父であるライオン獣人の血に耐えられない。奴の中から人間の血が消えれば、奴は容易く理性を失い暴走するだろうな」
「な、なんだと!!」
「これも我が計画に必要な事なのでな。奴には自らの手で、人間共を殺してもらう」
「……俺は人間を救う気など無い。だが、俺の居場所である者の心を壊させるわけにはいかん。その傷つけられた人間には、生きてもらわねば困る!!」
タイガーアベンジャーは即座にブレイブレオに傷つけられた人間に駆け寄る。そして、回復能力を持つ霧でその人間を包み込んだ。
「させん。人間共の信頼を得ている奴を獣人化している今なら、この都市にいる人間共くらいなら一気に獣人化する事も可能だ。私が取り出した人間の持つ負の感情を固形化した物体。それに動物の細胞を溶け込ませた物体が、人間の身体に打ち込まれる。そうすれば、人間の獣人化は可能だ」
「そんな事が……」
「可能だ。私の能力である、影に干渉する力を使えばな。影とは、いわばその者の闇を象徴する存在。私が人間共の影に干渉して、影から負の感情を固形化して取り出す。その物体に様々な動物の細胞を打ち込み、人間共の身体に打ち込む。既にこの都市には人口と同程度の戦闘員を結集させている。戦闘員共に動物の細胞を打ち込む作業を行わせて、あとはその物体を私が遠隔操作で元の人間に打ち込むのさ。完成した獣人化技術のお披露目というわけだ」
コウモリ獣人の言葉に対し、ライオン獣人はブレイブレオを羽交い締めにしていた腕を放す。そして、人間達に向かって駆け出そうとした彼に対して両手を向ける。
「フレイムトルネード!!!」
ライオン獣人が叫ぶと、ブレイブレオは炎の竜巻に包まれ見えなくなった。
「レオ!!!」
「安心しろ!! 炎の竜巻に閉じ込めただけだ。これ以上我が息子に人間達を傷つけさせるわけにはいかん!!!」
ライオン獣人は傷ついた人間の男を治療し続けているタイガーアベンジャーを背にして、ファイティングポーズをとった。
「コウモリ獣人、カメレオン獣人。貴様達は私が倒す!!」
「老いぼれのライオン獣人如きが。半端者を抑え込んでいるあの技には、かなりの力を注ぎこんでいるのだろう。そんな状態で私とカメレオン獣人、両方を相手にする事などできると思っているのか?」
「私は、息子に何もしてやれなかった……。今こそ、私がするべき事をする時なのだ!!」
***
「ガァァアァア!!!」
理性を失い暴走し続けるブレイブレオは、湧き上がる炎の力を使い青き炎の
竜巻から脱出を試み続けていた。長年獣人達と人間達に迫害される中で抱き続けていた孤独感、疎外感から解放された彼の心は、軽く、楽しく、あらゆる重荷から解き放たれていたのだった。
後先考えずに炎の異能を使い続けた彼の肉体は、既に肉体的負担に耐え切れず所々肉が裂け血を流し始めている。それでも、ブレイブレオは残っている異能の大半を身に纏わせる。そして、跳躍すると全身をドリルの如く回転させ始めた。
「グォオオォオオオオ!!!」
ブレイブレオは青き炎の竜巻に突撃する。以前ならば歯が立たなかったライオン獣人の炎にも、完全な獣人と化した今のブレイブレオならば突破は容易かったのだ。
赤き炎の竜巻が青き炎の暴風を突き破り、姿を現す。
「くっ、まだこの人間の治癒は終わっていないというのに!! おい光!! お前が鍵の力で駆けつけたところで、今のレオは獲物を求めて動くだけの獣と変わらん!! 今の俺はお前を守る程の余裕は無い!! 殺されるぞ!!!」
タイガーアベンジャーが放った必死の叫びに、ブレイブレオが反応する。理性を感じさせない赤い目が、瀕死の男を治療し続けるタイガーアベンジャーを捉える。
獲物を捉えたブレイブレオに、光は話しかける。
「俺、まだおじさんの強さを信じてるから。おじさんが獣人達の作戦に負けたりしないって、信じてるから!!」
「無駄だ光!! 早く逃げろ!!!」
タイガーアベンジャーに向かって、ブレイブレオは目にもとまらぬ速さで近づき拳を振り上げる。そんな二人の間に、光が立ちはだかった。
「ライオンのおじさん……ブレイブレオ!! 止まれぇえええーー!!!」
ブレイブレオの瞳に、わずかだが光が戻る。
(あ……き…………ら……)
ブレイブレオの拳が、光の左頬をわずかに掠める。だが、ブレイブレオが傷つけたのはそれだけであった。彼の放った拳は、光にもタイガーアベンジャーにも致命傷は与えていなかった。そして、彼の体内にあった薬品の効果がようやく切れ、ブレイブレオは正気に戻る。
「あ、あ……きら」
ブレイブレオは光の左頬近くに右腕を突き出した状態で、光の左頬から流れる血を呆然と見る。
「ライオンの……おじさん。よかった。元に……戻ったんだ……ね」
光はわずかに笑みを浮かべると、その場で気絶し倒れ込んでしまう。
「おい、光!! 光!!!」
ブレイブレオは光に声をかけるが、光は起きなかった。そして、タイガーアベンジャーが治療し終わった人間の男を見ると愕然とする。認めたくないが、全て覚えていた。破壊衝動に負けて全てを壊し、殺そうとした事。1人の人間を深く傷つけて命を奪いかけた事。
猛烈な恐怖心と後悔の念に支配され始めていた彼に、一発の銃弾が彼の頭部目がけて放たれる。ブレイブレオは咄嗟に炎の力を集中させて、銃弾を溶かし防ぐ。銃弾を放ったのは、遅れてやってきた自衛隊員の1人であった。
「あんたは、俺達人間の味方じゃなかったのか? あんたは獣人の仲間だったのか?」
問いかける自衛隊員の男に、ブレイブレオは考えていた。
(今俺が獣人の仲間だったと言えば、獣人に対する憎しみを抱いていなければ人間の獣人化はできない奴らの計画を挫く事も可能だ。俺は半獣人だからな。……だが。……光は、こんな状況だったのか? 周り全てを敵にする事を覚悟で、俺の為に約束を果たしてくれたってのか? そんな事も理解できずに、俺はあいつの覚悟を……。やはり、馬鹿で弱ぇんだな、俺は)
「どうなんだ!! ブレイブレオ!!!」
(……獣人を殺す事で光のような人間が救われるなら、俺だけが傷つけばいい!!! こんな馬鹿で弱ぇ俺でも、そんな人間を救えるのなら。自分を捨てるんじゃねえ!! 自分の命を、活かすんだ!!!)
ブレイブレオは拳を強く握ると、自衛隊員の男に無表情で答える。
「ああ、そうさ。俺は最初から獣人側の存在さ。首領の狙いは、全人類を憎しみの心を用いて獣人に改造する事だからな。俺が人間の信頼を得た上で獣人となり人間を裏切れば、獣人化に邪魔な親愛の情を無くさせて人間を一気に獣人化させる事が可能だ。全ては半獣人である俺が、完全な獣人になるための計画だったのさ!」
ブレイブレオがそう言った直後、ブレイブレオとタイガーアベンジャーに対して無数の銃弾が浴びせられる。タイガーアベンジャーは氷の盾を作り出して防御するが、ブレイブレオは自身の異能で防ごうとはしなかった。
「おい、レオ!! 何をしている!! 早くガードを!!!」
防御を放棄したブレイブレオに無数の銃弾が浴びせられようとしたその時、満身創痍のライオン獣人が彼に顔を向ける形で立ちはだかる。
「ぐぁあああぁああ!!!」
「親父!!」
ライオン獣人は荒い呼吸のまま立ち続けると、命を投げ出そうとした息子に話す。
「勝手な事をして……すまない。レオ、お前の選んだ道を止める権利は、誰にも無いというのに。だが、それでも私は、お前に死んでほしくないんだ……」
ライオン獣人の肉体が光の粒となり消滅し始める。
「……ああ、本当に勝手だよ。そう思うなら、これからも俺の事を見守っていてくれよ!! いざという時は、助けてくれよ!!!」
「すまない。だが、私は今幸せだ。最期に、一度でもお前を守る事ができたのだから。お前の、力になれたのだから……」
ライオン獣人は満足の言葉を残して、消滅した。最期に優しげな笑みを浮かべて。ブレイブレオはその場に膝をついた。そして、パンタロンのポケットから空間転移の鍵を一本取りだす。
「うわああぁあああぁ!!!」
ブレイブレオは空間転移の鍵を掲げると、絶叫と共に姿を消してしまった。
***
「光。おい、光!!」
「…………虎の……おじさん」
目覚めた時、光は病院のベッドに寝かされていた。傍には、人間の姿となったタイガーアベンジャーが立っており、わずかに心配そうな表情を浮かべていた。光は周囲に視線を向けるが、いるはずだと思っていた人はいない。
「レオなら、お前が気絶した後どこかへ姿を消してしまった。自分が人間を傷つけたのは、全て自分の意志だと言ってな」
「!!! ライオンのおじさんが、自分の意志で人間を傷つけるわけ」
「ああ、俺もそう思うぞ。だがな光、全ての人間がお前のように奴を真っ直ぐ信じられるわけではないのだ。どんな考えがあったにせよ、レオは自らの意志で人間を傷つけたと、全ては半獣人である自分が完全な獣人になるためだと認めた。今後奴に近づけば、お前も俺も迫害される事は確実だろう」
タイガーアベンジャーは病室のドアに向かう。
「待ってよ、虎のおじさん!! 俺も一緒に行くよ!! ライオンのおじさんがいる所に」
ドアに顔を向けたまま、タイガーアベンジャーは答える。
「力がある俺はいい。だが、何の力も無いお前が今後奴に関わるのは危険すぎる。だから、おそらくここが潮時なんだ。俺も、お前が弱い人間だとは既に思っていない。だから光、お前を大切に思うレオの為にも」
光はベッドから降り、立ち上がる。
「友達が絶望してるかもしれない時に、何もしなかったらそんなの友達じゃないよ!!! 自分と対等だって認め合って、支えたり支えられたりするのが友達じゃないか!! 俺だって、ライオンのおじさんに助けてもらってばかりは嫌なんだよ!!!」
「……もっと早く、お前のような人間に出会えていたらよかったのにな。そうであれば俺も、人間に絶望せずに済んだかもしれないな」
タイガーアベンジャーは口元にのみ笑みを浮かべると、振り返った。
「行くぞ!! 俺達の大切な友を助けるために!!」
「うん!!」
光は誕生日プレゼントとして渡されていた鍵の内、二本となっていた残りの鍵一本を握った。
***
(これでよかったんだ……。俺は俺が認めた強い人間を守るために、戦ったんだからな。たとえ、全てを失ったとしても。……友を失ったとしてもだ)
ブレイブレオは近くに灯台がある、とある砂浜にいた。青い月明かりを正面から受け、ブレイブレオは自身に言い聞かせる。そんな彼の後ろに、一瞬の光と共にタイガーアベンジャーと光が現れる。
「ライオンのおじさん!!」
「何の用だ? 小僧」
後ろに現れた光を振り返らずに、ブレイブレオはまるで他人のように光に返す。
「おじさんにただ会いに来たんだよ。俺はおじさんを信じてるし、一人じゃ誰だって寂しいじゃないか」
「殺されたくなければ、俺に近づくな!! 俺は獣人側の存在だ。人間を殺める事など、何とも思っちゃいねぇ!!」
ブレイブレオの脅しに対して、光は一歩一歩彼に近づいていく。
「来るんじゃねぇ!! 殺されてぇのか、小僧!!!」
「何でそんな事心配するの? 本当に殺す事を何とも思ってないなら、殺せばいいじゃないか」
ブレイブレオは自分のすぐ後ろまで近づいていた光の首を掴む。そして、高く持ち上げた。
「光!! おいレオ、本気か!!!」
「わかったか小僧!! 俺は自分を完全な獣人にしてもらうために、人間を傷つけた。俺に殺されたくなけりゃ、今すぐ」
「……だって……おじさん……泣いてるじゃ……ない……か」
そう言われ、ブレイブレオは自分の目元を拳でこする。確かに、彼は泣いていた。
「俺だって……一人は……寂しかった……から。それは……おじさん……だって……同じだろ?」
ブレイブレオは、光をゆっくり下ろした。そして、両膝を地面につくと光を強く抱きしめる。
「…………ああ。光、お前の言う通りだ。一人は、寂しいよな……」
抱きしめられる光の身体は、ブレイブレオが流す大粒の涙で濡れていた。ブレイブレオが初めて見せた弱い姿を前に、光は彼の背中をポンポンと叩いていた。
それからブレイブレオは、光とタイガーアベンジャーに全てを話した。全てはコウモリ獣人の作戦から人間達を守るためであった事を。全てを話し終えた後、ブレイブレオは光に向かい合うと聞いた。
「光、なぜなんだ? なぜ、お前の心はそこまで強い? 俺がお前の立場なら、お前のように俺の暴挙を捨て身で止めて、俺の元へ来る事ができたかわからねぇ。一体なぜ、そんな強さを持てる?」
光は、笑顔を見せて答えた。
「……俺は、おじさんが思っている程強くはないよ。俺が信じられるのは、相手がおじさんだからなんだよ!!」
「!!!」
(……俺は、まだまだ弱い。目の前にいる友の半分にも満たない程に。だが、これからも俺は戦う!! 人間のために!! 目の前にいる真の友のために!!!」
「光、俺は改めてお前に誓う。何があっても、お前と、お前の生きる世界を守り抜くと!! 絶対に約束だ!!!」
ブレイブレオは言うと、光に自身の拳を差し出す。
「俺も誓わせてもらう。人間共を守るのではない。あくまで、お前達二人を守る事を!! お前達の存在が、俺の居場所なのだから」
突き出される二つの拳に、光も自身の拳を差し出した。そして、三人はそれぞれの拳をぶつけ合った。
三人の間には、今や確かな絆が生まれていたのだった。
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