第9話 約束
「光、また俺のせいで!!」
日が沈み始めた夕暮れ時。建物の屋根から屋根を跳躍する1つの大きな影がいた。その影の顔は野蛮な肉食動物であるライオンそのものであり、筋骨隆々の鍛え抜かれた身体に似合わない敏捷さで建物の屋根から屋根を移動していく。獣人の組織ビーストウォリアーズと戦う半獣人の戦士、ブレイブレオだ。獣人達と戦う戦士である彼だが、今の彼は冷静さをほとんど失ってしまっていた。以前の戦いでコウモリ獣人に知らぬ間に心を読まれてしまったことで、ブレイブレオ=ゴウキの素性は敵組織に知られてしまい彼の唯一無二の友である少年、光が獣人に拉致されてしまったのだ。コウモリ獣人の操る小型コウモリに下校中の光を拉致したことを知らされたゴウキは即座にブレイブレオに変身し、指定された街の北にある廃工場へと向かっていた。
「コウモリ獣人、本当にあの半端者はここへ来るのか?」
「間違いなくな。それより、貴様の方こそ大丈夫なのだろうな? カエル獣人」
「ククッ、俺の能力であの半端者ももう終わりさ!」
街の北にある廃工場では、光を拉致したコウモリ獣人とその仲間のカエル獣人がブレイブレオの到着を待っていた。
「……また、俺を利用してライオンのおじさんを倒そうとしてるんだな!」
「そうさ、人間のガキ。私はあの半端者の心を読み、お前があの半端者の心の支えとなっていることを承知している。だからこそ、貴様を狙ったのだ」
「本当にこんなガキがあの半端者にとって大事な存在なのか、コウモリ獣人。ただの足手まといじゃねぇか」
その言葉を聞き、廃工場の柱に縛り付けられている光は以前から感じていた後ろめたさを感じる。
(ライオンのおじさんは絶対助けに来てくれる。でも、俺にはライオンのおじさんを助けられる力は無い。今だって、こうして人質にされてる。結局俺はライオンのおじさんの……)
ドゴォーーン!!!!
廃工場の扉が鉄拳で勢いよくぶち破られ、息を切らした異形の戦士が姿を現す。
「光、無事か!!!」
「よく来たな半端者、わざわざ死にに来るとはな!」
「コウモリ野郎! なぜそいつを狙った! 狙うなら俺を狙えばいいじゃねぇか!」
「以前の貴様との戦いで貴様の血を吸血した際に精神感応で心を読ませてもらった。貴様の素性を全て私は知っている。首領様に対しても報告済みだ」
「……」
「ショックか? 貴様にはもはや安住の地など存在しないのだからな。貴様と関わったがためにこのガキも狙われるようになるだろう。全ては貴様が原因なのだ!」
「……俺がやることに変わりはねぇ。光もそれ以外の人間も全て俺が守る!!」
そう言って、コウモリ獣人とカエル獣人に殴りかかるブレイブレオ。
「ククッ、無理だよ、貴様はここで我らに寝返るのだから! イリュージョン・フォッグ!!」
カエル獣人は叫ぶと、口を開き白い霧のようなものを放出した。それに対し、ブレイブレオは自身の周囲に円形のバリアーを張るが、自身の影に飛び込みブレイブレオの影から転移してバリアー内に侵入したコウモリ獣人がブレイブレオの左の首筋にその鋭い牙を突き立てる。
「ぐあぁ!!」
コウモリ獣人の吸血攻撃で集中が途切れバリアーを解除してしまったブレイブレオは、カエル獣人の吐き出した白い霧を吸い込んでしまう。その途端、ブレイブレオは意識を失いうつ伏せに倒れ込んでしまう。
「ライオンのおじさん!!! おい、カエルの化け物! おじさんに何をしたんだ!!!」
「クッ、見てりゃわかるだろうさ!!」
……
気がつくと、ブレイブレオは白い霧の中にいた。
「ここは?」
周囲を見回すと、2人の人影を見つける。1人の顔は見慣れない顔であったが、もう1人の顔はよく見慣れたあの少年の顔だった。
「光! 無事だったのか、良かった!」
ブレイブレオは霧の中の光に声をかけるが、光はもう1人の少年と一緒にブレイブレオに背を向け歩いて行く。
「おい、光! 待て!!」
追いかける彼の声に光は応えず、隣の少年と一緒にどんどんブレイブレオから遠ざかっていく。
「光!!」
ブレイブレオの声にようやく光は振り向くが、その目を見てブレイブレオは凍りつく。ブレイブレオに向けられる光の目は、親しい者に対して向けられる目ではなかった。他者を見下す、無価値と思う者に対して向けられるあの冷たい視線。半獣人であるブレイブレオが今まで散々向けられてきたあの冷たい目であった。
「うるさいな、半獣人」
「おい、光。今なんて……」
「半獣人って言ったんだよ、ライオンの化け物。それとも、そのライオンの耳じゃ俺の声もよく聞こえないの?」
わずかの間呆然としていたブレイブレオだが、我に返ると笑い出した。
「……くくっ、そうか。お前は本物の光じゃねぇ。これは幻覚だ!!」
「何でそう言えるの? 俺、ずっとあんたのこと迷惑だと思ってた。あんたと関わるせいで、いつもいつも獣人達から狙われる。実際獣人にさらわれて死にそうな目にもあった」
「……」
「それに、今の俺には半獣人のあんたとは別の人間の友達がいる。あんたと関わってた時より、今の方がずっと楽しいんだ。人間でもない半獣人のあんたは友達なんかじゃない」
ブレイブレオは膝をつき、頭を抱える。
「……やめろ」
「じゃあね、ライオンの化け物!」
「やめろぉぉーーー!!!」
……
一方、現実の世界ではブレイブレオはいまだうつ伏せに倒れたままであった。だが、白目をむいているその目からは涙が流れていた。
「光……俺を……見捨てる……の……か?」
うわごとを口走る彼。
「俺がライオンのおじさんを見捨てる? おい、カエルの化け物! 一体何を?」
「今この半端者は自分が最も恐れる悪夢を見ているのさ。俺のイリュージョン・フォッグの力でな。この半端者はどうやらお前に見捨てられることを一番恐れているようだな」
「そんな……」
「この半端者の心が俺の見せる悪夢に完全に屈した時、こいつは俺の完全な傀儡、操り人形になるのさ。ありがとうな、人間のガキ! 貴様のおかげでこの半端者を仕留めることができる!!」
「カエル獣人、貴様に半端者の弱点を教えてやったのも、援護してやったのもこの私だ。手柄は山分けだぞ」
「わかってるよ、コウモリ獣人。貴様に半端者の弱点を知らされなければ、俺もこの半端者と戦うつもりはなかった。俺の霧の力は、こいつの炎使いの力とは相性が悪いからな。その気になれば、この半端者は自身の炎で俺の霧を完全に蒸発させ無力化できたはずだ。だが、そんな強力な熱を発すればこの人間のガキも巻き添えを食らう。つくづく、このガキに感謝だな!!」
「……俺のせいで、ライオンのおじさんが」
(俺が人質にされたせいで、ライオンのおじさんはやられたんだ。俺がいなければ簡単に倒せる相手に。俺のせいで……)
「今まで我らを散々手こずらせてきた半端者がこんな弱者だったとはな。いや、元々人間の血を持つ半獣人だ。身も心もくそ弱ぇのが当然か!」
ブレイブレオを弱者と嘲笑するカエル獣人。
「おい、カエルの化け物。もう一回言ってみろ」
「あぁ、何だ人間のガキ?」
「ライオンのおじさんが、弱いだって?」
「何か間違ったことを言ったかガキ? 貴様のような脆弱な存在のために自分より格下の敵にやられた半端者だ! どこからどう見ても弱者じゃねぇか!」
顎でうつ伏せに横たわっているブレイブレオを指し、カエル獣人は言った。
「……確かに、ライオンのおじさんは半獣人だ。でも、ライオンのおじさんは人間のために自分が疲れてボロボロになっても戦ってくれた。自分より格上の敵だっていたはずなのに。俺が獣人に洗脳された時だって、俺の攻撃で全身傷だらけになっても助けてくれた。そんなおじさんが、弱いわけないだろ!!」
「はっ、何を言い出すかと思えば。現にこいつは俺にやられてるじゃねぇか! これが全てだ!」
「俺を人質にしてライオンのおじさんを倒したお前と、どんな敵が相手でもどんな攻撃が来ても逃げずに戦ってくれたライオンのおじさんのどっちが強いと思うんだよ!!」
今までのブレイブレオと過ごした日々を思い返し、光はカエル獣人に言い返す。
「この半端者の心が強いとでも言いたいのか、人間のガキ! 俺の能力でこの半端者の心は既に屈したというのに」
「ライオンのおじさんはお前なんかに絶対負けない!! おじさん、起きて! ライオンのおじさん!!」
「無駄だ!!」
「おじさんは弱くなんかない! 俺がいなければ、おじさんは勝てたんだ! それに、おじさんは何があっても俺の友達だから! 半獣人だなんて関係ない! おじさんは俺にとって大事な友達なんだよ!!」
……
ブレイブレオは暗黒の中、両手両膝を地面につき失意に沈んでいた。
(そうか、俺はまた、1人に戻っちまったんだな……)
そんな彼の前から、突如かすかな光がさす。
「おじさんは俺にとって大事な友達なんだよ!!」
(あ……きら?)
失意に沈んでいた彼は、顔を上げる。
「おじさんが負けたのは、俺のせいなんだ! おじさんは強いんだよ! だから、立って! ライオンのおじさん!!」
(俺が負けたのが……あいつの……せい?)
ブレイブレオは歯ぎしりをする。自身への怒りから。
(違う!! 俺にとって、あいつは支えであり存在意義そのものなんだ! 俺は自分のことで手一杯で、あいつの気持ちなんて全く考えてなかった。あいつは俺の足手まといでも、弱点でもねぇ。畜生!! 何やってんだ、俺は!」
ブレイブレオは立ち上がり、咆哮する。
(あいつは俺の大切な友! そんな負い目を感じることはねぇと、俺はあいつに伝えなきゃならねぇ!! 俺は、絶対に勝たなきゃならねぇ!!)
……
うつ伏せに倒れているブレイブレオの指先がピクッと動く。そして、彼はゆっくりと立ち上がった。
「ライオンのおじさん!!」
「ば、馬鹿な! あの状態から意識を取り戻しただと! 貴様の心は俺の能力で食い尽くされる寸前だったはず!!」
「……光の声が聞こえた。本物の光の声が。俺は自分が見捨てられることばかり考えて、光の気持ちなんて全く考えてなかった。友を疑ったことを、友に負い目を感じさせたことを俺は謝らなきゃならねぇ!!」
そう言うと、ブレイブレオは柱に縛り付けられている光の元へ一瞬で移動する。そして、彼を縛っているロープを引きちぎった。
「光、少しだけ待ってろ!」
「……うん!」
光を背に、カエル獣人とコウモリ獣人に向かい合うブレイブレオ。
「こ、こうなったらもう一度! イリュージョン・フォッグ!!」
「光は傷つけさせねぇ! フレイム・カバー!!」
ブレイブレオは光に両手を向け光の身体の周囲に薄い炎の膜を張って守るが、自身はカエル獣人の吐き出した霧を再度吸い込んでしまう。
「ククッ、今度こそこの半端者の最期……」
ブレイブレオは霧を吸い込んだにもかかわらず、平然とカエル獣人に近づいていく。
「な、なぜだ!! なぜ俺の技が効かない!!」
「光が、友の存在が俺の心を強くしてくれたんだ! こいつは俺の弱点じゃねぇ!! 心の支えなんだ!!」
光を背にかばいながらカエル獣人に近づくブレイブレオは、カエル獣人の胴体を拳でぶち抜いた。光の粒となり消滅するカエル獣人。
「次はてめぇだ! コウモリ野郎!!」
「カエル獣人、所詮は低級獣人だったか。だが、貴様の弱点を知った以上まだまだ作戦の立てようはある。今日のところは退くとしよう」
「逃がすか!!」
ブレイブレオはコウモリ獣人に殴りかかるが、コウモリ獣人は自身の影に飛び込んで姿を消しブレイブレオの拳は空を切る。コウモリ獣人が去った後、しばらく立ち尽くしていたブレイブレオと光だったが光が先に沈黙を破る。
「ライオンのおじさん、ごめん」
「なんで、お前が謝る?」
「俺が人質にされたせいで、おじさんはあとちょっとで負けちゃうところだった。おじさんが俺を助けてくれても、俺にはおじさんを助けられる力は無い。それどころか、今みたいに足手まといにしかならない。本当にごめん」
ブレイブレオは光の頭にその大きな手を乗せると、静かに話し始める。
「謝るのは俺の方だ、光。俺は、お前に人間の友ができたと聞いた時から、お前が俺を見捨てると思っていた。お前は俺を見捨てるどころか、俺の足手まといになることを心配してくれてたってのにな。友であるはずのお前を疑ったんだ。ごめんな」
「そんなこと、気にすることないのに……」
「光、お前は俺に半獣人の同胞がいたと聞いた時、なんとも思わなかったのか? 俺みたいに、俺がお前を見捨てるとは思わなかったのか?」
「全然。だって、おじさんのこと信じてたから」
「信じてた?」
「おじさんは絶対にそんなことする奴じゃないって信じてた。ちょっとはずかしいけど、信頼してたってことかな」
ブレイブレオは光の言葉に自分には無かった強さを感じる。
(人間の強さは、恐怖に向き合う心だけじゃねぇんだな。相手のことを信じ抜く強さ。人間にはこんな強さもあるのか)
「光、やはりお前は強いな」
「……ありがと」
「だが、間違ってることもあるぞ。光、お前は俺の足手まといでも弱点でもねぇ。お前は十分俺の力になってくれてる。お前は俺の正体を知ってて、その苦労もわかってくれてる。自分のことをわかってくれる相手がいることは、それだけで支えになるんだ」
「俺は、おじさんを助けたいんだよ……」
「だから言っただろ、お前は俺の支えだって」
「でも……」
「……だったら、1つだけ約束してくれ」
「約束?」
「ただ、俺の友であり続けてくれ。それが俺の願いだ。お前がいてくれるだけで、俺は強くなれるんだ」
「わかったよ! じゃあ、おじさんの方も約束して! 俺の友達であり続けるって」
「ああ! 約束する!!」
光はブレイブレオに自身の拳を差し出す。
「?」
「ライオンのおじさん、人間の世界ではさ、男同士の約束をする時は拳と拳をぶつけあうんだよ!」
「……わかった」
ブレイブレオと光はその大きさの違う拳をぶつけあった。
「約束だよ、ライオンのおじさん!」
「ああ、約束だ!」
「貴様ら、そんなことをしている場合か?」
突如響いた自分達を呼ぶ声にブレイブレオと光は廃工場の窓を見る。その声の主は、ブレイブレオと同じ半獣人でありながら獣人側につくことを望むもう1人の半獣人、タイガーアベンジャーであった。
「タイガーアベンジャー! お前、いつから?」
「貴様がこの廃工場に突入してからさ。気配を消して、貴様達を観察していた。貴様が以前言っていた『居場所』とやらを見に来たというわけだ」
「……気は済んだか?」
「貴様、自分の置かれている状況がわかっているのか? 貴様の素性は全てビーストウォリアーズに知られてしまい、このガキが貴様の弱点であることもばれている。今の戦いを見る限り、貴様はこのガキを必ず守り通そうとするだろう。かといって、他の人間を見捨てる気もあるまい。このガキを守りながら、全国に現われる獣人達と戦うことなどできると思っているのか?」
「……」
無理だ、という答えしか用意できない自分に対する怒りから拳を握りしめるブレイブレオ。
「貴様の力にも限界というものがある。それでは、万全の貴様を倒しビーストウォリアーズに自らを認めさせるという我が望みがかなわん」
「お前、さっきから何が言いてぇんだ?」
「俺がこの人間のガキの護衛を買って出ようというのだ」
「!!!」
「貴様はこのガキを危険に巻き込まないために、各地を渡り鳥せざるを得ないだろう。その間、このガキが獣人に襲われたら俺が守ってやろうというのだ」
「万全の状態の俺を倒すためにか?」
「そうだ。このガキを守りながら、全国に現われる獣人と戦うなど無理な話だ。それこそ、貴様は傷つき疲労して万全の状態ではなくなるだろう。それでは困るのだ」
「……光に手を出したら、てめぇは殺す!!」
タイガーアベンジャーに対し、殺気を向けるブレイブレオ。
「心配するな。貴様との決着がつくまではこのガキは絶対傷つけさせんし、傷つけん」
「ライオンのおじさん、各地を渡り鳥するって……」
「すまねぇ光、敵に俺の素性がばれちまった今、もういままでのようには暮らせねぇ」
「そんな……」
「心配するな。ビーストウォリアーズが壊滅すればまたいままでのように暮らせるさ。それまでは、お別れだ……」
「……ライオンのおじさん、約束だよ。俺達、ずっと友達だって」
「ああ、お前には友を信じ抜く強さを教えてもらった。お前の持つ強さに近づけるように、俺もお前を信じ続ける!」
タイガーアベンジャーはそんな2人を背に、廃工場を後にする。
(あれが、奴の居場所。なぜ、なぜ奴だけが!!)
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