ビーストウォリアー
ネガティブ
邂逅編
第1話 異形
「ギャッハハ!! 逃げろ、逃げ惑うがいい人間共! そうすることで、我ら獣人の恐怖に晒される時間はさらに長くなるがな!」
時は現代の日本、人々は突如現われた異世界から来たという異形の獣人達の組織「ビーストウォリアーズ」に蹂躙されていた。異世界の支配者たる彼らの首領が、支配下にある獣人達に人間の住むこの世界の存在を伝え侵攻してきたのだ。彼らの首領は言った。人間を滅ぼすと。首領の言葉に従い、獣人達は人間の世界を無差別に襲い始めた。ある者は自らの超能力で、またある者は単純に自らの食料にすることで人間の数を減らしていった。人々が希望を失っていく中で、その獣人達に抵抗する者がいた。
「首領様の命令だ! この世界、手始めにまずはこの『ニホン』とか言う国を我らの手中に収める! さぁ戦闘員共、この世界の人間を殺して殺して殺し尽くせ!!」
曇天の下、破壊され一部が砕け、黒煙を上げ燃え続ける建物。悲鳴を上げ、逃げ惑う人間達。その人間達には他者を思う心は見受けられない。自分が追い詰められた時、人間は本性を見せる生き物なのだ。そんな人間達が逃げ惑う中、全身黒タイツで目だけは人間を思わせる下級戦闘員達に指示するワニのような獣人。
「しっかし、腹減ったなー! おっ、あの女のガキ、うまそうじゃねぇか! どうせ殺しちまうなら、1人くらい食料にしちまってもいいよな!!」
建物の瓦礫で足を痛めたらしいその少女は、泣きながら必死に逃げようとする。そんな少女に鋭い牙の生えたその口を開け、涎を垂らしながら近づいていくワニ獣人。
「そこまでだ、ワニ野郎!!」
怒号と共に少女の後ろから飛び出したその影は、ワニ獣人に強烈なドロップキックを浴びせる。吹き飛ばされるワニ獣人。ワニ獣人を吹き飛ばしたその影は、少女とワニ獣人の間に降り立つと、ワニ獣人に対し咆哮した。普通のヒーローものならば、助けられた少女は安堵するところであるが少女の顔は恐怖で引きつったままであった。だが、少女を救ったその怪人の姿を見れば無理はない。その怪人の、仮面ではない本物のライオンの獣頭、筋骨隆々の鍛え抜かれた裸の上半身に真紅のパンタロンとシューズを下半身に履いている姿は、少女から見ればたった今吹き飛ばされたワニ獣人と何ら変わらない異形の怪人でしかなかったからだ。
「や、やだ! 獣人が、また増えた!!」
背後から恐怖のこもった言葉を言われたその怪人は少女を一瞥した後、正面に向き直り自嘲の笑みを浮かべた。
「邪魔すんじゃねぇ!! この裏切り者が!! 半端者のてめぇが獣人を相手にしてかなうと思っているのか! 今からでも我ら獣人と首領様に許しをこえば、てめぇの居場所はあるかもしれねぇぞ?」
「……俺には、獣人側だろうが人間側だろうが居場所なんて元からねぇんだよ!!」
「ハッ、そうだったな半端者! てめぇは半獣人! 人間などという脆弱な存在の血を持つ、我ら獣人の面汚し!! そんな面汚しの半端者に居場所など、最初からあるわけなかったな!!」
ライオンの獣頭を持つ怪人に侮蔑の言葉を浴びせるワニ獣人。
「そうさ、俺は半獣人。今も昔も、仲間なんていねぇ。だがな、人間を傷つけるてめぇら獣人共の中に今更居場所なんて求めてねぇんだよ!!」
「言いやがったな、半端者! 気が変わったぜ、そこの女のガキの代わりにてめぇを食ってやる!!」
そう叫んだワニ獣人とライオンの怪人は、怒りの感情を剥き出しにして激突する。
……
ポタ、ポタ、ボタタッ。
ライオンの怪人はワニ獣人を倒すが、戦いの中、ワニ獣人の鋭い牙と強靱な顎で左腕の上腕に噛みつかれ半獣人の特徴である赤い血を流しながら、片膝をつく。
「ぐっ、痛ぇ……」
激痛にライオンの顔を歪める彼は、傷口を押さえながら少女の無事を確認する。
(よかったな、女のガキ。だが、怯えてるだけじゃどうにもならねぇぞ……)
彼が少女に声をかけようとすると、母親らしき女性が息を切らしながら駆けつけた。その女性はライオンの怪人が少女を助けたとも知らず、彼に対し敵意の視線だけを向けると少女を背負い走り去った。後には、傷を負い疲労した身体の、感謝もされず仲間もいない孤独なライオンの怪人だけが残る。
「ハハッ、また逃げられちまったな。人間を傷つける意思なんて、とっくの昔に捨てたんだがな……」
戦場となった街を1人寂しく立ち去る異形の怪人。そんな寂しげな怪人の背中をわずかな風が励ますように優しく撫でた。
……
その夜の、とあるアパートの古びた一室、その浴室で1人の大男が毛深い身体にシャワーを浴びている。戦いの汗を流しているのだ。男の顔は見たものを威圧するような鋭い目、少し長めのボサボサの黒髪と鼻下から顎、もみあげまで黒く短い髭がある。裸の上半身は厚く大きな胸板、割れた硬い腹筋、盛り上がった肩、逆三角形の広い背中、下半身は太くどっしりとした脚など逞しいという言葉では表現しきれないほど鍛え抜かれていた。その肉体の上には、髪の毛や髭と同じく漆黒の体毛がぼうぼうと生えており、身体中には激しい戦いの代償とも言えるたくさんの傷痕が残っていた。ワニ獣人に噛みつかれた左腕には厚く包帯が巻かれていたが、それ以外の傷にズキンと水がしみ、彼はその顔をわずかに歪める。
「痛ぇ……」
男は人々を傷つける異世界から来た獣人達の組織、「ビーストウォリアーズ」と戦うヒーロー、「ブレイブレオ」であった。ライオン獣人の男と人間の娘の間に生を受けた混血児であり、半獣人である。しかし、半獣人ゆえに常人の150倍の筋力を誇る彼はその身体1つで獣人達と激闘を繰り広げてきたのである。彼自身も元は異世界から来た破壊者であったが、とある人間の心の強さを目の当たりにしたことで人間を認め破壊者から守護者になった経緯を持つ異形のヒーローである。
「俺は獣人でもなければ、人間でもねぇ。本当に、1人っきりだ」
彼は心の強さこそ、その者の価値と考える男であった。半獣人ゆえに獣人達に虐げられてきた彼は力の劣る部分を長年の修行で補った経緯から、その境遇や物事から逃げない強い意志、心こそが最も価値があるという価値観の持ち主であった。その考え方ゆえに獣人を裏切り、人間側についた彼であったが、異世界の獣人達からは半獣人であるという理由で半端物扱いされ、人間達からは元々獣人達の先兵としてこの世界に現われた経緯から化け物扱いされているヒーローの心は孤独だった。半獣人ゆえに獣人と人間双方から拒まれてきた彼は、自身が強き者と認めた人間に受け入れられることを心の奥底で望んでいた。それゆえに、人間とは違う自身の存在に対しては疎ましさを抱いていた。
「仲間ってのは、いいもんなんだろうな」
シャワーを浴び、タオルを腰に巻いて浴室を出ると洗面台にある鏡に自らの顔が映る。威圧感を感じる厳つい男の顔。だが、紛れもなく人間の男の顔だ。
「……」
しばらく己の顔を見つめ続けていた彼だが、両手で握り拳を作り、胸の前でぶつけると叫んだ。
「変身!! ビーストウォリアー!!!」
彼の身体が赤い光に包まれ、姿が変わる。ライオンの獣頭、漆黒の体毛が消えた裸の上半身、下半身に真紅のパンタロンとシューズを身につけたヒーローとしての姿に変わる。
「……」
鏡に映る自身の獣頭を見つめる彼。どこからどう見ても、茶色いたてがみを持つ野蛮な肉食動物の顔そのものである。彼は節くれだった太い指で己の獣頭を掴み、引き剥がそうとする。まるで、そのライオンの獣頭が作り物の仮面であることを願うように。だが、当然その獣頭は離れない。そのライオンの獣頭は仮面ではなく、生身の肉体の一部なのだから当然である。彼は獣頭からその手を放し、変身を解いた。元の厳つい外見をした、タオルを腰に巻いただけの裸の男に戻る。彼は一度だけ溜め息をつくと部屋着を着て、別室のベッドへ向かう。
「何くよくよしてやがる! 俺はあいつに誓ったじゃねぇか! 強き心を持つ人間を守りぬくと」
そう言いつつ、昼間の激闘から疲れきっていた彼はベッドに倒れ込んだ。
「そう……あいつは……俺……の……」
疲労していた彼は、いつしかそのまま眠ってしまった。
……
彼は夢を見ていた。自身がまだ人間の守護者ではなく、破壊者として暴れていた日々のことを思い返していた。異世界から来たブレイブレオは、当初人間を価値ある存在とは認めていなかった。心の強さこそ、その者の価値と考える彼の目には、人間は異世界から来た獣人を見て恐れおののくだけの弱き者でしかなかったからだ。この世界の人間という種族は、自分より弱ぇ生き物を傷つけることしかしねぇのか? どいつもこいつも、獣人から逃げ回るだけの腰抜けばかりじゃねぇか。そのような考えを抱いていた時、彼はあの少年と出会った。ブレイブレオは獣人の1人、クマ獣人と共に異世界から人間の世界に襲来し、獣人の先兵の1人として破壊活動を行っていた。そんな中、足をくじいて逃げ遅れた女性とその家族らしい少年がクマ獣人の目に入る。
「半端者、その虫けら2匹を殺せ!!」
「俺に命令するな、クマ獣人。人間など、相手にする価値はねぇ」
「獣人と同等の力を持つからと調子にのるなよ、半端者! お前のような半端者に、居場所があるだけでもありがたいと思え! 数十年前の、この世界へのビーストウォリアーズ侵攻の際、我らを裏切り人間側についた忌々しいライオン獣人の男と人間の女との間に生まれた存在。それがお前だ。強さを示し組織に身を置いているとはいえ、裏切り者の獣人の血と脆弱な人間の血を引くお前は組織の邪魔者、面汚しでしかないのだからな! お前が首領に認められているのは、その強さのみ。誰もお前自身のことなど認めてはいない。それに半端者、お前人間の世界の破壊はしていてもまだ直接人間を手にかけてはいねぇな! さあ、首領の意思に背き自らの居場所を無くすことが嫌なら、さっさとその虫けら2匹を殺せ!!」
ブレイブレオはクマ獣人の言葉に無言で従うが、内心ではクマ獣人、ひいては獣人そのものを軽蔑していた。
(ケッ!! 格下だった半獣人の俺を散々傷つけ侮辱しておきながら、格上の存在である首領にはビクついてやがるてめぇら獣人共のことなど俺は認めちゃいねぇんだよ!!)
ブレイブレオは首領に対し恩義など感じてはいなかったが、かりそめとはいえ居場所を与えてくれたことには借りを感じていた。それゆえに、首領の命令には従っていたのであった。獣人の指示に表向き従っているのも、心のどこかでそのかりそめの居場所をわずかとはいえ失いたくないと思っていたからなのであった。
「母さん、立って!!」
「駄目……足が動かない……あなただけでも逃げなさい!」
「俺の家族はもう母さんだけなんだよ!!」
「いいから逃げなさい!!」
そんな2人に対し、その命を奪おうと近づいてくる異形のライオン怪人。
(確かに、逃げられるものなら今すぐ逃げ出したいよ。でも)
少年はブレイブレオの目を怒りの感情で満ちた目で見返す。
(でも、もう母さんを守ってあげられるのは俺だけ。俺のために今まで頑張ってくれた母さんが何でこんな獣人に殺されなきゃならないんだよ!!)
彼はブレイブレオと母親の間を隔てるように立ち塞がった。彼の身体は震えていたが、その目はブレイブレオの目から目線を逸らそうとはしない。
「おい、ライオンの化け物。母さんに、近づくな!」
「お前ごときに俺を止められると思うのか、小僧。お前を殺すことなど、簡単なんだぞ」
「そ、そんなことわかってるよ! でも、ここで逃げたら母さんが死んじゃう。だったら、俺は逃げたくないんだ!」
そう言って、自身の割れた硬い腹筋にパンチし続ける少年。無論ブレイブレオには痛くもかゆくもない攻撃だったが、ブレイブレオの心には驚きが満ちていた。この小僧、俺が怖くないのか? いや、確かに俺を恐れている。
そんな少年の首を掴み、高く持ち上げるブレイブレオ。
「小僧、俺が怖ぇだろ? だったら、人間らしく怯えたらどうだ? 追い詰められた時こそ、人間はその脆弱な本性を現す生き物じゃねぇか」
「た……確かに……怖い……よ。でも、母さんが……死ぬ……よりは……怖くない!」
そう言ってブレイブレオの目を真っ直ぐ見返す少年。
(この目は、怯えている目ではない。敵と戦おうとする闘争の目! こんな小僧が俺に対して闘争心を抱くのか! これほどの恐怖を堪えてまで、母親を守ろうとする人間がいるのか!)
ブレイブレオは少年の首を掴んでいた手を離した。
「ゲホッ、ゲホッ、ケホ」
「何をしている半端者? なぜ、その人間を殺さん? さっさとその虫けら2匹を殺せ!」
「……断る。この人間は獣人よりはるかに強い。だから、殺さねぇ」
「狂ったか、半端者が! 人間が獣人より強いだと? だったら、俺がその強い人間様を殺してやるよ!」
そう言ったクマ獣人は少年に近づくと、その鋭い爪で少年を引き裂こうとする。だが、ブレイブレオがクマ獣人の鋭い爪の生えた巨大な手を彼の手首を掴んで止める。
「邪魔する気か? ビーストウォリアーズを裏切って、生きていられると思っているのか!!」
「クマ獣人、あんた人間の立場だったら獣人と戦うか?」
「あぁ? 逃げるに決まってるじゃねぇか!」
その言葉を聞いて、ブレイブレオは人間の強さを確信する。
(そうだよな、獣人が人間の立場なら逃げ出すのが当然だよな。だが、この小僧は俺から逃げ出さず、闘争の目で俺の目を見つめ返してきた。人間は強い! だから、死なせねぇ!!)
「クマ獣人、やはりあんたは弱い。この小僧のように、自身より力で勝る者に向き合うことができねぇ以上はな!!」
その言葉に対し、クマ獣人は口元を歪めブレイブレオを嘲笑する。
「やはり人間側についたか、半端者! 首領の警戒していた通りだったな! お前は半獣人。首領は人間の血を引く貴様が人間側につくことを警戒し、貴様を最初から捨て駒にしていたんだよ!!」
「何……だと?」
「我ら獣人達には故郷である異世界へ帰還するための空間転移の力を秘めた鍵を渡されている! だが、貴様はどうだ? 任務達成と同時に何らかの形で帰還の手段を与えるとでも言われていたんじゃねぇか? 残念だったな! 我らの異世界への帰還手段はこの空間転移の力を秘めた鍵だけだ!!」
そう言って、クマ獣人は懐から1本の細い鍵を取り出してみせる。
「……かりそめの居場所を失っただけのことだ。この小僧のような強き者を、強者に媚びるだけのてめぇら獣人共に殺させるわけにはいかねぇ!! 俺は人間側につく!!」
「身の程をわきまえねぇか、半端者!! 丁度いい、そこのガキと一緒に反逆者のてめぇも一緒に消してやるよ!」
(力のあるものが戦えるのは当たり前だ。だが、力の無いものが戦うのは強き心と覚悟の表れ! おい小僧、俺はお前が気に入ったぞ!)
……
死闘の末にクマ獣人を倒したブレイブレオ。獣人特有の緑色の返り血を全身に浴び、血まみれの自身の右手を見つめブレイブレオは覚悟を決める。
(これで、もう後戻りはできねぇ。だが、俺には最初から仲間なんていねぇ。俺を必要とする奴なんていねぇ。俺は、最初から1人っきり。だったら、自分が強き者と認めた人間のために最後まで戦ってやる!!)
クマ獣人の身体とブレイブレオの身体の返り血が光の粒となって消滅し、ブレイブレオは見つめていた右手を握りしめる。しかし、ブレイブレオはこの時気がついていなかった。自分が人間を守る決意を固めることができたもう1つの理由、半獣人であるがために自分の命すら軽視している自分の心を彼はまだ自覚していなかった。
「ライオンのおじさん、どうして俺と母さんを助けてくれたの?」
「お前の強さを気に入ったからだ。おい小僧、名前はなんて言うんだ。教えてくれ」
「……光(あきら)」
「光(あきら)か。おい、光。これからこの世界には人間を滅ぼそうとする獣人が次々と襲来するはずだ。だが、獣人が人間滅亡を諦めるか、獣人が滅亡するまではお前達は俺が守ってやる」
「嘘だ! 獣人の仲間で、人間を傷つけてたおじさんが人間を守るなんて嘘に決まってる!」
「信じなくても構わねぇ。だが、1つだけ言っとくぜ。俺はお前が気に入った!」
そう言い残し、いずこかへ立ち去るブレイブレオ。
「気に入ったって……どうせそれも嘘だ」
……
目を覚ましたブレイブレオ。自分が人間を守る理由を思い出し、彼は自らの存在への暗い気持ちを振り払う。そうだ、俺は誓った! もう俺には居場所なんかねぇ。受け入れられなくてもいい、わかってくれなくてもいい。自分が認めた強い人間を守ると!
その後、ラジオで獣人が街で暴れていることを知ったブレイブレオは少し長めのその髪をゴムで1つにまとめると街へ向けアパートの部屋を飛び出した。自身が愛する人間に受け入れてもらうという願いを胸に秘めて。
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