次の日、下校中の電車の中でまたもや寝て、次に気付いたのは降車駅の1つ前だった。

「そんな……、嘘、だろ……?」

 いや、待て、落ち着け。

 もしかしたらそんな連続で行けるような場所じゃないかもしれないじゃんか。たまたまここ3日連続で行けたってだけで。

 ……とりあえず、帰ったらネットで調べてみよう。



 くそっ、どうなってやがんだよ。

 あの希薄世界に行けなくなってから2日が経っていた。ネットで調べたり友紀に聞いたりしてみても有力な情報は入ってこず、都市伝説なのだからしょうがない気もするのだが、状況が状況だけに苛立ち度が半端じゃない。

「はぁ」

「お前ここ数日ため息ばっかだぞ。近くで聞かされる俺の身にもなってみやがれ」

「うるせぇ。今こっちはもう意気消沈とかそういうレベルを超えてんだよ」

「灰色列車に入れなくなった事か?」

「うん」

「まあもしかしたら都市伝説とか全く関係なくて、ただ同じ夢を連続で見ただけかもしんないぜ? だからそう落ち込むなよ」

 夢……

 あの、夢のような日は実際に夢でしかなかったのだろうか。

 道を二人で歩いた事も、

 校門をよじ登った事も、

 校内を見て回った事も、

 二人で校舎鬼をした事も――

 全部――夢……?

「違う……」

「ん?」


「あれは、夢なんかじゃない!」


 その瞬間、クラスの視線が僕に集まる。

 突然声を荒げたからだろう。友紀も目を丸くしていたし、皆も驚いたような顔つきで僕を見ていた。

「……悪い。大声出して」

 席に座る。

「い、いやぁ、別にそれはどうってことないけどよ……

 冬稀、お前、大丈夫か?」

 それは本当に親友の事を心配してくれている目で、それは最初に少女と出会った時と同じ言葉で、それだけに、辛かった。

「うん、大丈夫」

 だから、このときの僕の言葉ほど、信用に値しないものは無かったと思う。


   ◇◆◇◆◇◆


 結局、その日もその次の日も、そして一週間ぐらい灰色列車には入れなかった。

 入れない日が重なれば重なるほど、あの世界での出来事に靄がかかっていくような感じで、どんどんと現実感が失われていく。

 このままじゃあ、ホントに夢と区別がつかなくなりそうだった。

 それがどうしようもなく、怖い。

 折角の水無瀬さんとの思い出が、あの校舎鬼が、夢となってしまうのが怖い。

 だって、夢になったら、そのまま忘れてしまいそうだから。

 あの2日間の出来事と一緒に、水無瀬さんのことも思い出せなくなりそうで、それがたまらなく怖かった。

『――まもなく2番線に電車が参ります。黄色い線の内側に、お下がりください――』

 帰りの電車が来る。

 扉が開いた。僕がいつも座っている席はいつも通り空いている。

「………………」

 でも、そこには座らなかった。いや、座る勇気が無かった。

 もし、あそこに座って、また入れなかったら――

 そんなことを考えるととても座るなんてことはできない。

 先頭車両の一番前。乗務員室を見ると制服を着た運転手がいて、マスコンを操作している。

 そこには勝手に動くマスコンもないし、ここは電灯がしっかり点いているし、空は黒い雲が広がっていて、雨がポツポツと落ちてきている。

 もちろん体気が光を含んでいるなんてあるわけもなかった。

 そろそろ、潮時なのかもな。

 もちろん、あの出来事も水無瀬さんのことも忘れようとは思わないけど、あの2日間が夢だと思うぐらいの時間は経ってしまったのかもしれない。

 窓の外では雨から身を守るために、道行く人が傘をさしている。

 そういえば、なんで水無瀬さんは雨の日が好きだったんだろう?

 前にそれを聞いたけど教えてくれなかったんだよな……



「あの…………」



 後ろから声が聞こえた。

 あと数秒で、夢の中の物になりそうだった声。

 ずっとずっと聞きたかった声。

 それはついこの間からなんかじゃなく、別れたときから心の奥底で思い続けた声。

 僕はゆっくりと振り向いた。

 そこには何年も前に別れて、でもついこの間再会して、それでも今では久しぶりという言葉を出してしまいそうなほどに待ち焦がれた顔があった。


 ああ、彼女の目から光がこぼれてる。

 約束したじゃないか。もう泣かないでって。

 でも、どうやら僕も、その約束は守れなかったみたいだけど。

 だって、もう、どんどん、彼女の姿がぼやけて見えなくなってるもん。

 ははっ、二人で約束破ってるんだから世話無いよなぁ。

 僕はその涙を手の甲で拭って一生懸命にこう言った。



「すいません。ヒロインですか?」



 僕の声は震えていて、頼りなかったけど、頑張って出した。

 精一杯、力を振り絞って、またすぐに涙が出そうになるのをこらえて。


 そうだ。この後、彼女にもう一度聞いてみよう。『君は何で雨が好きなの?』って。もしかしたら、今度こそ答えてくれるかもしれない。

 ああ、どういう理由なのか、楽しみで仕方が無い。


 でも、その前に彼女――水無瀬さんの答えを聞かなきゃな。

 彼女の薄いピンク色をした唇が、ゆっくりと開いて、僕と同じように、震えながら、でも力強く言葉を紡いだ。



「――――はいっ」


   〈了〉

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灰色列車 四葉くらめ @kurame_yotsuba

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