ガタンゴトン ガタンゴトン――――――

「――――――あ?」

 …………ん? ここは――どこだ?

「ああ、電車か」

 どうやらいつの間にか電車で寝ていたらしい。

 なんだか懐かしい――ギャルゲの夢を見た気がする。

 というのは冗談で、

 流石に僕の頭も随分と空気を読める奴のようで、話の流れを汲んで夢は小学生の頃の夢だった。

 あ――、眠いなぁ。っていうか今どこら辺だろ? あれなんだよな。こういう時に慌てて降りたりすると大概失敗するっていうオチなんだよなぁ。

「あれ……? っていうかホントここどこだ?」

 なんか違う。いや、なんかとかそういう曖昧なレベルじゃない。

 電車の中はいつの間にか暗くなっていて天井を見ると電気が点いていなかった。いや、節電で消えてるんじゃねーのとか、そういうんじゃねーから。

 それでもあまり暗さは感じないのは外が明るいからだろう。立ち上がって窓の外を見てみると、しかし青い空は全く見えなかった。

 空には薄灰色をした雲が広がっていて光なんてほとんど入ってこないように見える。

 それでもこの世界はやんわりとした光に満ちていた。まるで空気中の分子一つ一つがほんの少しだけ発光しているような、そんな感じ。

 そういえば、人がいない。

 電車なのに、少なくとも僕の乗っている先頭車両には僕以外の人影は見当たらない。

 気になって乗務員室を見てみればやはり誰もいなかった。誰もいないのに、マスコンだけが動いている。

 もう何だろう。なんとなく映画の世界というか、ジ○リワールドに巻き込まれたような感覚だ。

 あれだな、そろそろヒロイン的なキャラが出て来そうな感じだな。あれ、でもそもそもジブ○って女の子が主人公になることの方が多くね?


「あの…………」


「うおわっ!」

 なんだなんだ! 敵襲か!?

 いきなりの背後からの声に情けない声を出してしまう。

「えっ、あ、あ、すいませんっ。驚かせてしまって」

 後ろを振り向くと、時間が止まった。

 つややかに流れる黒色の髪。えーっと、なんて言うんだっけ。こういう色。ああ、あれだ。濡羽色だ。濡羽色の髪。

 そしてそれに対抗するかのような、漆黒の双眸。

 その二つの黒を引き立てるかのような白い肌に、薄いピンク色をした唇。

 顔の形は驚くほど整っていて、もしかしたら僕は死んでしまって、ここは天国だったり、あるいはマジで○ブリワールドに入ってしまったのではないだろうかと一瞬疑いを抱いてしまうほど。

「あのー」

「すいません。ヒロインですか?」

「え、いや。違うと、思いますけど……。大丈夫ですか?」

 ヒロイン――じゃなくて、少女が心配そうな顔を向けて話しかけてくる。

 ああ、そうか。ヒロインじゃなかったらやっぱり前者か。天国の方か。なら、言う事はこれしかないな。

「大丈夫です! もう現世に未練はありませんから!」

 そう言って僕は思いっきり親指を突きたてた。


   ◇◆◇◆◇◆


「いっそのこと殺して……」

 僕はシートに座って項垂れていた。駄目だ。顔が上げられない。

 っていうか恥ずっ! なにあの僕!? 恥ずすぎるわ!

 初対面の女の子に向かってアレは無いだろ……

「も、もう落ち着いて下さいよ。ほ、ほら、えっと――、可愛かった、ですよ?」

「はぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――」

 それ、逆に心抉ってくるよ。もうスプーンで抉られたアイスの気分だよ。

「あ、え、えーっと、そうだ! 貴方は何でここに?」

 話題を変えてくれた。うん、最初からそれをしてくれたら僕の心の傷も少なくて済んだかな……

 顔を上げると窓の外が見える。やっぱりこの世界は現実と似ているけど違う。

 まるで配色を間違えた世界みたいだ。

「別にどうしても何も、いつの間にかいたしなぁ。多分下校中に電車の中で寝ちゃったんだと思う」

「やっぱりそうですか。私も初めての時は驚いちゃいました。

 今回は貴方がいてくれて嬉しいです」

 そう言って花のような笑顔が僕に振り向けられる。

 ああ、ヤバいって。また暴走しちゃうって。

 ん……? っていうか『初めて』に『今回は』?

「君は何度もここに来てるの?」

「ええ、今回で5回目です」

「じゃあここの出方も知ってる?」

「ああ、それなら安心して大丈夫ですよ~。20分ぐらいしたら眠くなって気づいたら元に戻ってますから」

 そうか。そうか。それなら安心。

「じゃあ僕は夢でこんな美少女が出るまで末期なのか……」

 いや、だってこれどう考えても夢だろう。どうせ、電車の窓ガラスに頭ぶつけて目が覚めるってオチなんだろ? そもそも僕がこんな美少女なんかと知り合いになれるなんて変だと思ってたんだ。畜生が。

「えーっと、私は私ですけど……。すいま、せん。もう、眠くなってきちゃいました……」

 隣の声が途切れ途切れになってきたと思ったら、肩にコテンと重みが加わる。

 はぁ。ったく。

「僕は、末期だなぁ」

 そこで僕も気を失った。


   ◇◆◇◆◇◆


「っていうのが昨日あったわけよ」

 あの後結局電車の中にいた。何駅か乗り過ごしていた。やっぱりガラスに頭をぶつけた。地味に痛かった。

「末期だな」

「末期ね」

「末期だよ~」

「あきらめろ」

「残念」

「ドンマイ」

 エトセトラエトセトラ

「ええい! 黙れ! お前ら!」

 っていうかいつのまに集まって来てんだよこいつら!

「ほらほら、皆そう言うなって」

 おおっ、友紀が援護に出てくれる――

「こいつヘタレだから」

『そうだよな~』

 わけねーよな!

「でもさぁ、それアレじゃねーか? えーっと、そうそう、銀河鉄道39スリーナイン

「うん、その名前は即座に変えるべきだと思う」

「別に誰も999なんて言ってないぜ?」

「今言った! 今お前が言っちゃならないことを言った!」

「冗談だよ。ホントの名前は『希薄世界の灰色列車』。つっても、俺達が勝手にそう呼んでるだけだけどな」

 希薄世界の、灰色列車……

「話によれば、電車の中は電気が点いてないんだけど、外からの光で灰色に見える。でも空は雲が覆っていて、光なんて入ってこない。

 ただ世界全体がなんとなく光を薄めたような感じとかなんとか。

 冬稀の言う世界とかなり近いよな?」

 確かに……

 いわゆる都市伝説ってやつか。今までそんなの全く信じてこなかったけど、自分が実際に味わって見るとなぁ。あれを単なる夢として片付けちゃいけないような気がしてきた。

 それに、夢だろうがなんだろうがもう一度あの少女に会えるんならそれもまたいいかもしれない。


   ◇◆◇◆◇◆


「こんにちは。また会いましたね」

「うん、一日ぶり」

 ということで、今日もいつのまにかこの電車――希薄世界の灰色列車にいた。

「もうすぐ駅に着くみたいですし、ちょっと外を歩きませんか?」

「え? 駅とかあるの?」

 と、なんか電車に乗ってる人間として変な疑問を放ってしまったが、そもそもどこかの駅から乗ってきたわけではないのでしょうがないと思う。

「ええ。電車を降りると眠くなりませんから、ゆっくり見て回れるんですよ?」

 どうやらこの少女は既に電車を降りたことがあるらしい。

 なら、まあ大丈夫かな。

 それからまもなく、電車はゆっくりとブレーキを掛けながら停止し、扉が開いた。

 少女が先に出て、僕も後をついて行く。

 外の世界もやっぱり電車の中と同じでどことなく灰色。だけど暗いイメージは全く無く、なんとも奇妙な世界だった。

「私もここの駅で降りるのは初めてだから何があるか分からないんですけど」

「駅っていくつぐらいあるの?」

「3つですよ。この駅に来るのも2回目です。まあ初めて来たときは怖くて降りなかったんですけどね」

「ふ~ん」

 僕は周りを見回しながら彼女の隣を歩く。

 なんとなく、現実の世界と似ている感じがする。

 似ている気がする……? 見た事ある気がする?

「あ、あれ小学校じゃないかなぁ」

 少女が指をさした先には確かに小学校らしき建物が見える。

「ねぇ、ちょっと行ってみません?」

 別に断る理由もない。

 それにしても小学校か……

 あれ、たぶん、僕の小学校だよな……


   ◇◆◇◆◇◆


 校門は堅く閉ざされている。

 いや、だからなんだと言われても。

 言いたかっただけだよ。

「あの……、ちょっと向こう見ててくれます?」

 閉ざされた校門を前にして、少女がいきなりそんな事を言いだした。

「なんで?」

「えっ? いや、その、えーっと……門をよじ登ろうかと思うんですけど……、その私スカートですし……」

 と、かなり申し訳なさそうな顔をしながら顔を赤くする。

 って、そうだよ! 『なんで?』じゃねぇ!

「ごご、ごめん! うん、むこう向いてるね!」

 そしてすぐさま回れ右。

 でも大丈夫かな? なんとなく性格というか喋り方からしてあんまり運動とかは得意じゃないような感じがする。いやまあすっごい偏見なんだけどさ。

 …………ん?

 なんだろう?

 なんか違和感というか、引っかかるものがというか。なんかモヤモヤすんな。

「あ、もういいですよ~」

「あ、ああ。うん、じゃあ僕もそっち行く」

 とりあえず思考は停止させて僕も校門をよじ登った。

 その後昇降口から校舎内に入り――なぜか昇降口は開いていた。なら校門も開けとけよ――1階から順に見て回る。

 1階には放送室とか校長室、給食準備室、保健室など。2回には職員室があって3階から5階までが生徒の教室。

 見て行くうちにやっぱり僕の通っていた小学校だと確信する。

 最後に体育館に入ってみる。ああ、やっぱり――

「懐かしいなぁ」

 しかし、僕が心の中でつぶやこうとした一言は、少女に取られてしまった。

 しかし、なぜだか次の瞬間驚いたような顔をして、それから後悔したような顔をする。

 なんなんだ?

「君もこの学校の出身なの?」

 しかし、僕がそう言うと、同時にその顔がほころんだ。

「貴方はこの学校の出身なんですか!?」

 そして一気に僕に近づいて聞いてくる。

「あ、ああ。まあ世界の感じが違うから絶対とは言い切れないけど、多分ここだと思う」

「あ~、そうだったんだ~。私は、まあこの学校出身とは言い切れないんですけど、大体そんな感じです」

「言い切れない?」

「…………私、途中で転校しちゃったんですよ」

 ――!?

 転、校、だと?

 いや、待て、落ち着け。別に転校しちゃった人ぐらい毎年に一人ぐらいはいたじゃないか。だから慌てるな。落ち着け。

「親の都合で?」

「ええ、お父さんの会社の都合で」

『お父さんと一緒にね、引っ越さなきゃいけないの』

 蘇る。水無瀬さんの、あの泣きそうな声が。

 まさか…………

「転校か……。じゃあ新しい学校ではまた友達とかできたの?」

「うん! 仲のいい友達もできて、楽しく過ごせました」

 そっか…………

 別にこの子が水無瀬さんかどうか分からないのに、もしかしたら全然、全くの別人かもしれないのに、凄い安心してしまった。

「それは、よかったね……」

「ええ……」

 そのまま数秒間僕達は視線を交差し合って、どちらからともなく目を逸らした。

 何の考えもなしに歩いて辿り着いたのは水無瀬さんと僕を引き合わせてくれた教室。そこで何気なく、いや意図的に? いや、やっぱり何気なくあの頃の席に座る。

 彼女も僕の隣、すなわち水無瀬さんの席に座った。


「…………おかげなんですよ」


「え?」

「こっちの学校での、大切な、本当に大切な友達のおかげなんですよ。私が転校した後も友達が作れたのって。

 私、小さい頃はすっごい内気で、今はそんな事も無くなって来たんですけど、昔はすごく激しくて……だから、あんまり友達っていうような友達もいなかったんです。

 でも、ある日隣の席の男の子が遊びに誘ってくれて、それで私も皆と遊んで、その男の子ともたくさん遊びました。ううん、クラスの皆とよりも、その男の子と遊んだ時間の方が全然長かったかも……」

 彼女――水無瀬さんは僕が僕だと知って話しているのだろうか。それともただ昔話をしているだけなのか。

「それにね、その男の子に転校することを話して、私が泣きじゃくっていたら頑張って励まそうとしてくれて、それで最後に約束してくれたんです」

「その約束で、元気になれたんだ?」

「ええ、もうそれは凄く。あの約束をしてくれた時はとっても嬉しかったです」

 ああ、こんなこと言われちゃうと嬉しさで顔がにやけてしまいそうだ。いや、もう遅いかもしれない。もしかしたら知らないうちににやけまくってしまっているかもしれないし、微かに震えているかもしれなかった。

 だから、別にしようと思ったわけじゃない。

 なんでそうなったかと言われても、手が勝手に、としかいいようがない。

「タッチ」

「え?」

「知ってるか? 校舎鬼。範囲は上履きで行けるところまで。よーい、スタート!」

 言い終わったと同時にすぐに椅子から立ち上がり、床を蹴る!

「ああっ、いきなりなんてズルイです!」

 慌てて彼女も走り始める。

 校舎内を駆け抜ける。

 追いかけられて、捕まって、追いかけて、捕まえて。

 お互いが、お互いを。

 二人だけの校舎鬼。


   ◇◆◇◆◇◆


「ふふっ、もうクタクタです」

「あー、ホント疲れたー」

 灰色列車に戻って二人して、お互いの頭が向き合うようにシートに寝っ転がっている。

 疲れた上に寝っ転がっているからか、それともタイムリミットが近いのか、だんだんと寝むくなってきた。

「また、明日も……遊びましょう?」

「うん……また、明日――――」

 ああ、いい日だな。まるで――――


 夢みたいだ。

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