『――まもなく2番線に電車が参ります。黄色い線の内側に、お下がりください――』

 あー、たりー。

 いやね? もうそんな暑い季節じゃないんだけどさー。なんていうかもうそんな問題じゃないわけよ。過ごしやすい季節だからこそ、逆にたるんじゃうみたいな。

「お前、それ、夏入る前も似たようなこと言ってたよな?」

「うるせー。ほっとけ。っていうか人のモノローグにツッコミ入れんな」

 隣にいる悪友が二カっとした笑顔で言う。いつもは羨ましいこいつの記憶力が、こういうときは憎たらしいってもんだ。

「にしても、秋だな……」

「ああ、秋だな」

 僕の悪友――友紀とものりが空を突然見上げたので、僕もそれにつられて空を見上げた。

「………………」

「………………」

「だからどーしたよ! なに!? それだけ? お前は何かあって呟いたんじゃないの!? 短編小説において無意味なセリフは致命的だぞコラァ!」

「ちょっ、おまっ、落ち着けって。突然どーした?」

「ああ、いや……。今なんか信託的なものがな……。なんか即座にツッコめとのお告げがあったんだ」

「ふーん、大変だな。お前も。

 でさ、別に意味なく見上げてたわけじゃなくて、なーんか、突然思い出しちまって」

「思い出す? 何を?」

「うーん、小学生の時の事とか……な」

「また性に合わないことを……」

「ははっ、信託的なものがな……

 でもさー、小学生の時とかはなんか気楽だったよなー。まあ高校生活もそれはそれで楽しいんだけどさー、なんというか、やっぱり小学生特有の気楽さとか……」

「まあ、分からないでもないかな。やっぱり高校じゃあ勉強のこと気にせずにはいられないし、そろそろ受験とかも考えなきゃだしね」

「あの頃はよかったなぁ」

「僕達はいつのまにかジジ臭くなっちまったな……」

「そうだな……」

 そうしてまた二人で空を見上げる僕ら。

 ああ、駄目だ。やっぱり結構末期な気がするぜ。


「これも彼女がいないのがいけないと思うんだ」


 ……………………は?

「いや、『は?』じゃなくてさ、だからー、小学生の時は彼女がいるとか気にしなくてすんだじゃん? あんときは友達とバカできたらそれだけで十分だったけどさ、やっぱり高校生にもなったら彼女っていう要素を気にせずにはいられないよなぁ」

「よーし、待て。僕が勉強とか受験とか言ったのをお前は聞いていなかったのかと問いただしたいし、それに彼女のみで高校生活が左右されると思ったら大間違いだし、そもそもお前に彼女ができるなんて想像できないし、僕のモノローグを勝手に読むんじゃねぇ!」

「おお、相変わらず滑舌いいな」

「黙れ、今はそんな話はしていない」

「じゃあ聞くぜ! お前はこの3年間っ、いや、17年間一度も彼女がいないというその人生、『彼女いない歴何年?』『年齢と一緒』という人生でいいのか!?」

「…………っ」

 その問いに、僕はまともに声を出す事もままならない。

「分かったか? 俺の気持ち」

「まあ、釈然としないけど、頭で理解するよりも先に経験で理解できる……」

 そうなのだ。確かに『彼女いない歴何年?』『年齢と一緒』はツライものがある。

「それで? 何か対策を練ろうってか?」

「その通り! 流石親友! 俺の思う事はお見通しだな!」

 まあ少しぐらいはな。お前ほどじゃねーよ。

 僕にはお前のモノローグが全く読めないからな。

「俺はさぁ、守備範囲が狭かったんじゃないかなって。俺は年上はあんまり得意じゃないし、まあマイナス1ぐらいまでを範囲にしてたわけよ」

 なるほど。確かに守備範囲を広げるというのは中々にマトモなアイデアだ。友紀にしては考え方が――

「だから俺は、守備範囲を小5まで下げようと思う!」

 普通じゃなかった――――――っ!

 っていうか、よし。決めたぞ! 俺はコイツの親友とやらを今すぐ、即座に、全力で止めてやる!

 だって、こいつと一緒にいたら捕まりそうだもん。犯罪に巻き込まれそうだもん!

「だから、一緒に小学生を狙おうぜ♪ 親友っ」

「狙おうぜ♪、とか言わないでくんない!? お前がきちんと語尾に『♪』←これつけたのわかってんだからな!」

「流石親友!」

「誰か俺とコイツの縁を切ってくれ! 頼むから!」


   ◇◆◇◆◇◆


 ということで、この朝にあったことと言えば、まあ昔からの親友が犯罪者になり変わったことと、昔からの親友が友達になり変わったことぐらい――

「はぁ、小学生――か……」

 それと、小学生の頃の思い出に触れてしまったことぐらいだ。

 休み時間、空をボーっと見る。まるで今にも雨が降りそうだ。

 そういや、あの子は雨が好きだったっけ。

「おい、冬稀ふゆき。お前、目がロリロリしてるぞ。お前がロリコンだったなんて初めて知ったぜ」

「お前に言われたくねぇし、ロリコンじゃねぇし、『ろりろり』って言葉なら『興奮しているさま』っていうれっきとした日本語があるし」

「でも、お前、『小学生――か……』とか呟いている奴に釈明の余地はないと思うぜ?」

 なん、だと……?

 自分の言ったことをもう一度再生して、それを客観的に見てみる。

 た、確かに、これは危ない人だ。高校でこんな人間がいたらまず間違いなく変質者だろう。いや、僕は違うけど。

 いや、だから違うってば。信じてよっ。

「そんなんじゃなくてさ、ちょーっと小学生の時に気になる娘がいてさ――」

「ほう。でもフラれたと」

「違ぇよ!」

「ああ、告白してねぇのな。お前はヘタレだからな」

「そもそも恋してたとかそういうのじゃないんだって。ただ、ちょっと仲がよくて休み時間によく遊んでたってだけだよ」

「でも何年もそんなの続けば普通恋に発展するもんだろ? それとも一年しか一緒のクラスじゃなかったのか?」

 ははっ、一年も一緒にいられたらよかったんだけどな。

「仲良くなってから半年で会えなくなった。転校しちまってよ――」



 始まりは、まあ些細なものだったと思う。

 あの日は、朝から雨が降っていて面倒くさいなって思ってた。基本あの頃の僕は外を走り回るのが好きだったし、それに傘を差して歩くのもあんまり好きじゃなかった。

『校舎鬼やろーぜ!』

 おおっ、それは名案だ!

 なんて子供らしくない思い方はしなかったけど、それに近い事は思った気がする。

 ルールはほとんど普通の鬼ごっこと同じで、行動範囲は上履きで行けるところ。

 皆が言いだしっぺの男子のところに集まって行き、僕もそれに加わりに行こうとした――けど、その前に。

「ねぇ、水無瀬みなせさんもやらない? 校舎鬼」

 僕は隣の女の子に話しかけたんだ。いつも読書してて、あんまりお喋りしていたりするイメージの無い娘だった。だから、校舎鬼に誘ったのだ。

 今思えば、この頃の僕は随分と自分勝手な奴だな。もっと相手の気持ちも考えてから言えよ。まあ、でも今の僕にはそれをする勇気さえ無くなってるのだけれど。

「あ……水谷みずたに君。えっと、でも私……」

「ほらっ、たまには一緒に遊ぼう!」

 そう言って無理矢理席から立たせる。

 ああっ、もう! なんだこの頃の僕は!

 ムカつくぐらいに他人の事を考えて無くて、イラだつぐらいに自由で、ウザったいぐらいに羨ましい。

 とまあこんな感じで誘ったのだ。

 まあこの後は苦笑するしかないような状況になるのだが……。

 彼女の性格から、運動とかもあんまり得意じゃないのかなぁと思ってたのに、全くもって期待というか予想を裏切られた。

 彼女が鬼になると他の人を追いかけるのが怖いのか、僕のことばっか狙って来て、しかも案外足が速いという。

 それから次の日も、その次の日も僕と彼女は校舎鬼を続けた。雨が上がってからは普通の休み時間に二人でやった。

 毎日毎日、追いかけては相手を捕まえて、逃げては相手に捕まって……

 僕達にとって授業はただのインターバルでしかなく、チャイムは開始と終了を知らせる合図でしかなかった。

 そんな毎日がそれこそいつまでも、いつまでも続くと思っていた。

 でも、それもそんなに長くは続かなかった。

 ある日、彼女から転校のことを聞いて、あっけなく終わってしまったのだった。



「リア充爆破死ね」

「酷くね!?」

 なんでだろう? 『リア充爆発しろ』よりも若干エグい気がする。

「で? 冬稀君はそれ以降その娘と連絡取ってるの?」

「遠距離恋愛とか?」

「水谷、お前俺を裏切ったというのか!?」

「待て、さっきのロリコン説はどうなった?」

 こ、こいつら……っ。

 いつの間にか僕の周りには皆が集まっていて僕に質問を連射してくる。

「まあまあ、皆落ち着けって」

 おお、友紀、助け船を出してくれんのか。

 やっぱこいつは僕の――

「こいつヘタレだから」

『そうだよな~』

 ――ただの友達らしい。

 ああ、にしても。元気にしてるかな……水無瀬さん。

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