退勤『道のり』

 怪奇万能魂式会社、略して怪社という妖怪が運営する企業の社屋の裏で、一人の少年が石を積み上げていた。最近入社した怪社初の人間社員だ。

 尖った石の多い大地だったが、戒十は上手く形のあった石を積むと、一つの祭壇の様なものを作った。そして、それに一枚の布切れを置いた。裏に粘着性のある布、湿布だった。

「まだ当分妖怪にはなれそうにないよ。ごめんね」

 戒十は祭壇に向かってそうつぶやいた。そして立ち上がり、出来た祭壇を見下ろしながら、さらに言葉を続ける。

「地獄に行くのもまだ先だ。キッカケも有力な情報も掴めてないからね。だけど、今度こそ約束は守れるようにするから」

 言いたいことを全て言い終わったらしい戒十は、ポケットに手を突っ込みながら、社屋の表へと回っていく。しかし、小さな祭壇が見えなくなる前に、彼は頭だけ振り返り、祭壇にまた言葉をかけた。

「これが、唯一僕が出来る“人間らしいこと”だから。これ以上は期待しないでね」


 表に出ると、二本足で立つ二匹の仔狐妖怪『妖仙狐』が、玄関の前をほうきで一生懸命掃除していた。そして、戒十のことを見ると、扉をノックして誰かに合図をする。

「戒十さんがきましたー」

「戒十さんが来られましたー」

 という二人の声を聞いて、扉から重たそうな巨大がま口財布を背負った鼬が現れた。この企業で最も一番儲けや報酬にうるさい社員、銭鼬である。

「なんか用事っていうなぁ済んだんか?」

 戒十は頷いて答えた。そして、逆に銭鼬に別のことを聞き返した。

「御影さんを見ませんけれど、どうしたんですか?」

「何か、自分も親が恋しゅうなったけぇって、三日ほど故郷に帰られとるんじゃけぇの。就職早々有給休暇たぁ、すごい度胸じゃ、ホンマ」

 銭鼬は、鼻息も荒くそう彼女に対する不満を漏らした。戒十は特に同調しなかった。

 会話が一瞬途切れて、取り繕うようにして、銭鼬が思い出したように戒十へと質問した。

「そういえば前から気になっていたんですけれど、戒十さんはどうして妖怪になりたいんですか?」

「話していませんでしたか? いろいろな目的を総合した結果、妖怪になるのが一番良いと判断したからです」

「で、その細かい理由は一体なんですか?」

「へぇ、聞きたいですか?」

 と、思わせぶりな様子で戒十が笑った。銭鼬は、その不敵な笑顔に怯まされ、やっぱり良いですと後へと引く。

「まあ良いですよ。銭鼬さんにだけ特別に、一つ理由を教えましょう」

「ほ、本当ですか? では、早速聞かせていただきます」

「それほど大した理由ではないです。自分のことが人間だと思えないから、自分に合った器の存在になりたいと思った。そんな安易なキッカケが、妖怪になりたいと考えた一番最初の理由です」

「……はあ、そんなことで妖怪になりたいと思うものですか」

「そう思ったから、僕は違う存在になろうと、そう考えたんです」

 銭鼬は、結局納得できないような顔をして、終始首をかしげて考え込んだ。戒十の考えがわかるようなわからないような、複雑な表情だ。

 そんな彼の考察を遮り、この話題を早く終わらせようとするかのように、戒十は銭鼬に話しかけた。

「ところで、今日の仕事はどちらですか?」

「ええ、戒十さんお得意の人間相手のご商売じゃ。腕の見せ所じゃよ~!」

 と、戒十を張り切らせようとしてるのか、妙にアクションをつける銭鼬に対して、彼は一寸考えてから、唐突な希望を伝える。

「もし早く仕事が済んだら、何かご褒美をくださいよ。妖怪になりたいっていう依頼に少しも近づいてないんですし」

「手厳しいの。うーん。例えてゆぅたら?」

「そうですねえ。例えば、豪華な食事を奢ってくれるとか」

「……それって、ワシだけ店に入れんっちゅうオチがつくんじゃなぁんか?」

「さて、僕の作戦がバレたところで、行きましょうか」

「……はぁ」

 銭鼬は不服そうにしながらも、行き先も知らずにどんどん行ってしまう戒十の後を必死に付いていった。

「なら私でもいけるところにしましょう。通な妖怪が通う、ワインの美味しいバーなんていかがですか?」

「僕は未成年です」

「ここは妖界。未成年が飲んじゃいけないなんて法律、ありませんよ」

 という彼に対して、戒十はゆっくり振り返りながら言った。はっきりと一言一言、噛み締めるように言った。

「僕はまだ……人間なんですから」

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怪奇万能魂式会社~怪社~(2008年版) 灯宮義流 @himiyayoshiru

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