第3話
目が回る。
1月から2月にかけて、筆記試験とESの提出、選考直結セミナーの毎日。
分かってはいたし、覚悟もしていたが、それでもなかなかのボリュームだ。
既に何社も面接を受けていて、業界の中堅どころからは内定を得ている。
当然第一志望群は大手なので、そこから内定を得るまで手綱を緩める気はない。
労働条件とか、ブランドとか、同窓のあいつを見返すとか、いつの間にか俺はそういうことを考えなくなっていた。
いや、それは嘘だ。結構考えている。
しかしそれ以上に、俺という人間が全力で努力したら、結果はどうなるのか。
それを確かめたい気持ちが強くなっている。
軽蔑から始まった。
どんなに不健全なスタートでも、人間はそのうち健全な動機で努力することができるのかもしれない。
今日はゼミメンバーと情報交換会をするため、都内の飲食店で集まっている。
結論から言うと、これは失敗だった。
言うまでもなく俺の就職活動は順調だが、他のメンバーまで同じとは限らない。
例えば、今まさに日本の政治や新卒就活のシステムについて論じている彼。
もう何分話続けているのだろう。演説が止まらない。
彼一人が騒いでるだけならまだいいんだが、一部の奴らも同調している。
なるほど、こういう話を好む層の中には、彼らのように追い詰められた人間も含まれるということか。
こういう話を聞いても俺は、「だから何だ」と思う。
今まさに崖から落ちかけている時に、その崖が危険だとか立ち入り禁止にすべきだとか、一生懸命論じてもしょうがない。
そんな危機に直面した人間がすべきなのは、落ちないように身をよじることだけだ。
それすらせずに崖から落ちるのだとしたら、結局自分の人生を狂わせてるのは自分自身なんじゃないのか。
今俺達がすべきことは、少なくとも日本の問題点を論じることじゃないだろう。
実の無いことをしているから、更に追い詰められることにもなる。
まさか、自分の身を犠牲にしてでも周囲を啓蒙しようとしているのだろうか。
聖人だな。
確かに今の就職市場は悪いと思う。
しかし、悪い環境には悪い環境なりの、良い環境には良い環境なりの競争があって、その中で優劣がつくわけだろ。
競争は常に相対的なものだ。
今の環境で勝てない人間に良い環境を与えたところで、相対的にはどうなるもんでもない。
それに、俺達は文字が読めなかったり、明日食う飯に困るような状況でもない。
中学や高校卒業後すぐ働くことを求められるような家庭に生まれたのでもない。
外に出たら危険だらけな治安というわけでもない。
机があって、ノートやペンがあって、テキストがあって、ネットも書籍もあって、時間になれば講義が始まる。
これだけの環境を与えられて、社会の動乱に対して無防備な奴ってどうなんだ。
俺は、彼のヒステリーも負けず嫌いの一種だと思う。
自分が勝負に勝てそうもないなら、環境や勝負そのものを批判する。
俺は言うまでもなく勝ち負けを気にするタイプだが、環境や勝負を強く批判する彼も
大概だ。
負けず嫌いも色々あるもんだと感心する。
いや、そう言えば昔、そういう奴いたな。
小学生くらいの時だったと思うが。
完全にアテが外れた。
もう少し有意義な情報交換会になるかと思ったが・・・。
これじゃただのヤケ酒だ。関わるべきじゃない。
「なぁ、そろそろ解散・・・」
「よー!お前ら就活大丈夫か~?」
・・・なぜこの人がこの場に来るのか。
うちのゼミの4年生だ。誰が呼んだんだか・・・。
先輩達から得られる就職情報はありがたいものだが、その質や方向性は様々だ。
時には真逆のことを言われたりもする。
その中から自分に合った助言を聞き入れればいいのだろうが、俺がどうしても関わりたくないのがこのI先輩。
昨年、この大学の就職実績は本当に酷かったらしい。
業職種や企業規模に関係なく、正社員というだけで一目置かれてしまうような状況。
異常だ。
このI先輩も、“どこかの企業”に正社員で内定を得ている。
俺は関心があったので調べたが、その結果、“どこかの企業”という認識で問題無いことが分かった。
本人は気づいてないかもしれないが、大卒の意味が無い就職だ。
そんな就職であっても、「就職氷河期のFラン大生」という予防線のおかげで、I先輩は一定の評価を受けている。
また、良く言えば面倒見の良いタイプであることから、ゼミ内でも一部の後輩に慕われている。
客観的に見てI先輩よりも結果を出している先輩もいるのだが、そういう人は就職後を考えて自己研鑽に励んでいるので、普段はなかなか会えない。
話を聞きたければ、俺のように自分から伺うしかない。
I先輩のような人に限って、用も無いのに俺達と関わりに来るんだよな・・・。
「就職活動なんて簡単だ。こうすればいいんだよ。」
・・・始まった。
この人はいつもこうやって、独特すぎる就職テクニックを振りまいては上機嫌で帰っていく。
ノリ、勢い、嘘、ギャグ、一発芸、他色々。
特に「就職活動では演技をしろ」と、力強く言うもんで辟易する。
I先輩、今日も絶好調みたいだが、さっきから自分が言ってることを紙にでも書いて見直してくれないか。
嘘を嘘じゃないと思い込めとか、そういう人間になりきれとか、プロの役者みたいなこと言ってるぞ。
そういうことができる学生もいるのは認めるが、少なくともあんたの就職は、大卒としては「失敗」に分類される。
これは一種のテロだと思う。
しかし、奇抜で、状況を一発で打開してくれそうにも思えるその手法を、一部の学生はキラキラとした目で聞いている。
運次第のギャンブルでもなければ、結果には必ず過程がある。
一発逆転を目指すならばむしろ過程が重要だと思うが、努力をしたことのない人間はそれを理解できないのだろうか。
「面接はな!ノリがいっちばん大事だぞ!こう、勢いでな?」
・・・この人達と関わりながら就職活動をするのは危険かもしれない。
俺はOを誘ってこの場から離れることにした。
「あいつらに関わるとロクなことなさそうだな。」
「ああ、そうだね・・・。」
「なぁ、P社のES出した?」
「えっ?P社?」
「志望業界じゃなかったっけ?今月締め切りだっただろ。ギリギリで提出しない方がいいと思うよ。」
「あー・・・。いや、出そうと思ったんだけど間に合わなくてさ。二次募集で出そうと思う。」
「あ、そう・・・。」
同族特有の直感が働いた。
「Oさ、筆記は大丈夫か?落ちたりしてない?」
「うーん・・・。落ちたり、通ったりかな。」
「・・・。」
「・・・。」
「俺もまだ少し不安だから、ちょっと勉強会しようぜ。」
「あ、ああ・・・。」
下衆の勘繰りが当たった。
問題を解くペースが遅すぎる。
こいつ、筆記対策をほとんどしていない。
大体、ESだってもっと・・・
「なんで・・・」
・・・いや、そうじゃない。
Oは友人だが、戦友ではなかった。
Oも、彼らも、“そうじゃなかった”ということだ。
俺は何を期待していたのか。
望みがあるとでも思っていたのか。
大間違いだ。馬鹿。
弱者同士寄り集まってできることは、協力じゃない。
傷の舐め合い。足の引っ張り合いだ。
一人でやれ。
この大学の連中と群れて就職活動なんてするな。
自分のことを助けられるのは自分しかいない。
他人を助けることだってできない。
10月。
就職活動は4月に終わった。
涙が出るほどの感動は無く、あれだけやってきたのだから、結果は当然という気持ちの方が強い。
一喜一憂せず、目標に向かって淡々と、粘り強く努力し、勝つべくして勝った。
得たのは、単純な就職先ではない。
先を見て、情報を取捨選択し、必要な準備をして、実行する。
この“当たり前”を人生で初めてやり遂げ、結果を出した。
これは、今後の人生でも有用だと思う。
それが俺にとって最大の報酬であって、目先の就職結果はオマケに過ぎない。
そもそも、勤め続ける気も無い。
就職氷河期の経験者というのは、社会や企業に頼れないということを肌で理解するのだと思う。
まぁそれでも、分不相応の企業で働くことになるのだから自己研鑽は必須。
それについても抜かりない。
そんな俺が今していることの一つは、過去のツケの清算だ。
1年の時に単位を落としすぎた。
前期は就職活動があったので、後期に講義を詰め込んでいる。
俺は2年生の頃から、講義を最前列で聞くことにしている。
特に大きな意味は無い。ただ気持ちの問題だ。
同じ空気を吸うところまでは仕方ないとしても、彼らを視界に入れたくない。
これも、同族嫌悪の一種だと思う。
好成績を目指すのも、彼らの後塵を拝したくない気持ちからだ。
Fラン大生と言えば問題児だらけかのように思われがちだが、それは違う。
確かに、講義を10分も静かに聞けない奴、四則演算も怪しい奴はいる。
今更取り返しもつかないくらい、致命的な奴ら。
ただ、そんなのが大半というわけでもない。
普通だ。
話してみれば、結構普通の奴らばかり。
にも関わらず、多くのFラン大生が自然と道を外れていく。
俺は、この事実が最も狂気じみていると思う。
周囲の環境、文化、習慣、常識、情報・・・。
人生において、これらがいかに重要かが分かる。
思い返せば、馬鹿から馬鹿にされ続けた大学生活だった。
講義に積極参加する人間への冷笑、謗り、シラけた態度。これは辛かったな。
人間が集まると、一種の“流れ”のようなものが作られる。
口にせずとも、彼らが作る“流れ”はいつも一つのメッセージを発し続けていた。
要するに、「頑張るな」だ。
前に「無駄だから」、後に「空気読め」が加わることもある。
この“流れ”に逆らうのは大変で、仮に健常者であっても、目的意識の無い者、気の弱い者はズルズルと引き込まれる。
まるで沼地だ。
しかし、この沼でそういった弱者に共感や配慮なんてしていてもキリがない。
弱者を掻き分けても進む覚悟が無ければ、とてもここから這い上がれないと思う。
また、この沼には厄介な生き物が生息している。
精神的に自立していない人間は、自分の弱さを餌に他人を引き込もうとする。
負けず嫌いを拗らせた人間は、勝負や環境を批判し、いつも仲間を探している。
関わる人間は選べ。
小・中学校では何か違うことを教わった気がするが、俺は心からそう思う。
這い上がろうとする弱者ほど、そうするべきだ。
だから、この世で最も弱者に冷淡なのは、沼から這い上がった“元”弱者じゃないかと思う。
最後のゼミ。
ゼミメンバー10名。
うち、正社員として就職できたのが俺を含め3名。
非正規2名。
無職3名。
他行方不明。
連絡のつかない者以外は卒論も終わっており、今日は進路報告といったところだ。
正直、手短に終わらせたい。
正社員組はやはり余裕がある。
正社員だから安心というわけでもないが、それでも相対的には上手くいきやすいだろう。
非正規組は顔色が悪いが、それでもマシな方だ。
この大学内では別に珍しくもないし、特別な劣等感もないだろう。
その中にはOも含まれている。
彼の意欲は表面的だった。
肝心な場面でコツコツやれないのに、大手志望だけは捨てられず、結果としてそこに落ち着いた。
ばつが悪そうなのは無職組。
その内訳は、公務員試験に落選した者1名、民間就職に失敗した者2名。
彼らについて思うことは色々とある。
まず公務員志望者。
目指すのは自由だし、実際この大学から公務員に就職する者も一定数いる。
ただ、目指すならちゃんとやればいいのだ。
彼のように、筆記試験で全滅するのは何なんだ。
なぜ対策しないのか。甘く見るのか。
それに、彼はいつも公務員公務員と言ってたが、具体的に公務員のどれを目指しているのか、最後の最後まで曖昧だった。
公務員だったら何でも良かったのだろうか。
その曖昧さが対策を遅らせ、徹底を欠かせたのではないかと思う。
彼が受験前に話していた楽観的な憶測の数々が、今彼に突き刺さっているように見える。
民間就職に失敗した二人は、半分被害者でもある。
まず、I先輩達の言ってることを真に受けすぎた。
就職活動を嘘つき大会と勘違いし、在学中の自己研鑽をなおざりにした結果だ。
そんな対人能力で、面接ではどんな演技をしたのだろう。
おままごとを見させられた面接官には同情する。
噂によると、I先輩に言われるがまま酒を飲んで面接に臨んだらしいが、まさかな。あり得ない。
次に、大学やメディアに影響を受けすぎて、「隠れ優良中小企業」という名札のついたブラックボックスを追いかけ続けたのも悲劇だ。
当然、青い鳥は見つからなかった。
さらには、中小企業縛りでの就職活動を敢行。
大手に落選した学生達は下へ下へ降りていく。
端から下を目指したポンコツは、上から降りてきた彼らに淘汰された。
志の低さが身を滅ぼすこともあるということだろう。
赤点回避を目指して赤点を取るようなものだ。
彼らの生態をよく知っているのも考えものだ。
自業自得な部分までひっくるめて知ってしまっているので、ほとんど同情できない。
しかし、惨状と言うべきこのゼミも、大学内では最も良い結果を出していると思う。
全員無職、あるいは行方不明の、地獄のようなゼミもあるくらいだから。
そして俺の進路報告。
教員には報告済みだったが、他のメンバーは凍りついた。
だから手短に済ませたかった。
彼らにとって俺の就職結果は、誇りでも救いでも希望でもない。
むしろ、困惑や絶望などに類する。
これがどこぞの中堅企業とか、大手の非総合職とかなら、彼らも受け入れられるし、
「すげーじゃん」の一言くらいかける余裕もあるだろう。
しかし俺の内定先は、うちのキャリアセンターも、先方の人事部長ですら、過去にこの大学から就職した例を知らない。
つまり、ゼミメンバーの持つ“常識”を真正面から否定する結果だ。
彼らの口が開くのはゼミが終わってからだった。
開口一番、コネがあったのか聞かれた。当然そんなものは無い。
しかし、解せない様子だ。
次に聞かれたのは学歴フィルターについて。
この返答は困る。
彼らは筆記やESが原因で落選しているだけで、彼らが思っているほど学歴フィルターで落選していないと思う。
就職市場のシステム的には、Fラン大生もしっかりと大卒扱いを受ける。
これは、ちゃんと就職活動をしたことのあるFラン大生に限って分かる事実だ。
しかし、そもそもちゃんと就職活動をしたFラン大生などそう多くないので、いつまでも学歴フィルターに関する勘違いが蔓延している。
大体、彼らは大手を受けたのだろうか。
大手を受けてもいないのに、学歴フィルターを経験しようもないはずだが。
彼らがなぜここまで学歴フィルターの存在を気にするのか、同族の俺には分かる。
人間は、可能性があると言われるより、可能性が無いと言われた方が救われることもある。
「Fラン大生なのだから、大手企業への就職は不可能だし、しょうがない。」
就職活動を終えた彼らは、そう思いたがっている。
確かに、単純な実力不足と言われるよりは救いがある。
今更どうしようもないことだし。
「運が良かっただけだよ。」
俺はそう答えた。便利な言葉だ。
一生誤解していた方が幸せなこともある。
彼らを見ていると、腹の底からそう思う。
俺は挨拶もほどほどに教室を出た。
これから彼らがすることは察しがつく。
就職に成功した先輩達がやられていたことと、全く同じことが起きるだろう。
それで彼らの自尊心が守られるなら、それでも良い気すらしてきた。
関わりたくはないが。
・・・ん?高校生?
ああ・・・見学か・・・。
俺はこの大学に感謝している。
良い教員に出会い、職員にもお世話になった。
教育資源も確かにあった。
ただ、サルの群れの中で、それに染まらず自らを律することの難しさも知っている。
努力し、這い上がれる人間が多くないことも知っている。
漫画でもない。ドラマでもない。淡々と流れる現実をどう過ごすのか。
もしこの大学に入るならば、努力する理由なんて何でもいい。
たとえ、それが軽蔑だとしても。
軽蔑から始まった エフ @f1001
★で称える
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