第11話 躑躅森揚羽は譲らない




 突然、姿を現したのは、道に迷っていた都古に駅までの道のりを教えてくれた少女、躑躅森揚羽だった。

 硝煙の匂いと煙が残る演習場に颯爽と降り立ち、威風堂々と立ち振る舞う揚羽は、一瞬にして場の空気を変えてしまう、何とも言えない魅力を持っていた。これをカリスマと言うべきなのか、第一印象の時にも感じたノーブルとしての佇まいは、この場で絶句する桜井を始めとした男達など比較にならないだろう。

 出会った時とは違い、近衛教導学園の制服を身に纏った揚羽は、此方にチラッと視線を送り微笑んでから、桜井一味と試験教官を見る。


「つ、躑躅森……」

『意見があるなら挙手をしろと言ったわよ』


 キーンとハウリングを鳴らして、至近距離からわざわざ拡声器を使って話す。

 耳を押さえ顔を顰める試験教官は、渋々と言った様子で手を上げ、促されるのを待ってから改めて口を開いた。


「躑躅森さん。唐突に現れてこの件を預かると言われても、適正試験の試験教官としては承諾し兼ねます」

「あら、面白い冗談ね。でも、こうでもしないと、この子を不当な評価にするでしょ?」


 歯に衣着せぬ率直な意見に、試験教官はグッと言葉を詰まらせた。


「ふ、不当とは聞き捨てなりませんね。私は教官として厳選に……」

「厳正に、袖の下から受け取った金額の分だけ仕事をしたと? 教官が桜井家から多額の賄賂を受け取って、色々と便宜を図っているのは調べが付いているのよ」

「――なッ!?」


 試験教官、並びに先ほどまで調子に乗っていた桜井も、一気に顔面が青ざめた。

 ま、当然だろうな。と、都古は特に驚きはしなかった。アレだけ露骨に癒着していれば、後ろ暗い繋がりがあるのは間違いないだろう。

 不意打ち気味に指摘され、言い訳の言葉も述べられず固まる試験教官に近づくと、揚羽は乱れていたネクタイを直しながら、見惚れるような笑顔を覗かせる。


「別に咎めるつもりも無ければ、告発する気も無いわ……教官の奥さま、ご病気で色々と御用入りなのでしょう?」

「そ、それは……」


 口籠る試験教官のネクタイを引っ張り、耳元でそっと囁く。


「ギャンブル依存症。病気の名前にしては、些か体面が悪すぎるわ。婿養子で立場が弱いのはわかるけど、甘やかさずに然るべき施設で更生の為のリハビリを行う事をお勧めするわ。その気があるなら、良い施設をご紹介しますけど?」

「――っ!? ほほ、本当かっ!?」


 必死の形相になる試験教官に微笑みかけると、事前に用意していたのだろう。一枚の名刺を取り出し、彼の胸ポケットへと差し込んでから、ポンポンと軽く手の平で叩く。


「試験結果は正しく、公正に……ね? アリスシステムを起動させた逸材を、まさか適正不可ってわけにはいかないでしょ?」

「アリスシステム……彼は、男だぞ?」

「それでもアリスは手を差し伸べた。戦闘ログも取ってあるわ」

「……ログまで手に入れてるとか、私がどう答えても躑躅森の都合が良い方にしか転がらないじゃないかっ」


 泣きそうな表情でつい、試験教官はモノローグを口に零してしまう。

 しかし、揚羽は怒る事なく笑顔を保ちながら。


「悪いけど私、負ける勝負はしない主義なの」


 と、嘯いた。

 青ざめていた試験教官の顔色が今度は白くなり、錆び付いた機械のような動きで首を回すと、全く口を挟めずにいた桜井達を見る。


「お、おい。教官、アンタ……ッ」

「あら、脅迫するつもりかしら。今回の一件、躑躅森家を通して桜井家に抗議文を出してもいいのよ?」

「――なっ!?」


 顔面蒼白になる桜井の背後で、取り巻きの生徒達も悲鳴のような音で息を飲む。教官を抱き込んで、好き放題やっていているように思えた桜井でも、彼女の家である躑躅森を敵に回すのは恐ろしいようだ。

 しかし、都古には一つ気掛かりがあった。


(金持ちとは思ったがここまでとは。だが、事前の調査で躑躅森なんて名前は引っ掛からなかった……どういう事だ?)


 コネクション作りは都古にとって大切な任務の一つ。その為、事前調査で学園内の財閥、大企業、大物政治家などに連なる生徒をリストアップしていたが、その中に躑躅森揚羽の名前は無かった。単純な記載漏れなら、調査したエージェントに説教をくれてやれば良いだけの話だが、そうで無ければもしかしたら知らずの内に、面倒な事に巻き込まれてしまったのかもしれない。

 都古の思案をよそに、揚羽は試験教官に詰め寄る。

 試験教官は惑うよう視線を忙しなく動かしてから、ゴクッと唾を飲み込み大きく喉を鳴らした。


「わた、私は近衛教導学園の試験教官だ……結果は、規定に則ったモノを報告する。そこの個人の思惑や配慮は存在しない」


 額に浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、試験教官は遠回しだが、桜井達の意向を組んだ試験結果は出さないと宣言した。


 笑顔で頷いてから、揚羽は桜井達を見る。

「と、言う訳だから……わかってるわよね」

「な、何がだよ?」

「今回の一件はこれで手打ち。雪村都古に対しても、教官に対しても報復は許さないわ」


 口調は静かだが迫力ある気配に、桜井は気圧され掛けるが、プライドの高さが邪魔してか素直に折れてはくれない。


「んぐっ。教官の事はともかく、転校生に関してはお前も関係無いだろ!」

「あら、関係あるわ」


 虚勢を張って威圧するモノの、揚羽はあっさりとした態度で流す。


「本日付けで雪村都古はこの私、躑躅森揚羽の庇護下に入るのだから」

「――なッ!?」


 絶句する桜井達。寝耳に水の都も、「おい!」と声を荒げるが、揚羽は真剣な表情を此方に向けてから手で制し、桜井達の方へ顔を戻す。


「ここで手を引くのが身の為よ。貴方達だってトップランを敵に回す気は無いでしょ?」

「トップ!? ふざけるな、何でそうなるッ! 転校生は男だぞッ!」

「アリスシステムに適正を見せた以上、トップランに入れる資格は十分よ。最終的には試験結果しだいだけど、少なくとも彼は現時点で貴方達と同じレベルには存在しないわ」

「……うぐっ。ぐぐッ!」


 都古にはいまいち掴み切れない内容であったが、桜井達には効果てき面な様子で、二の句が継げずきつく奥歯を噛み合わせると、最後は揚羽に対して反論するのを諦めたのか、都古の方に顔を向けて八つ当たり気味に睨み付けてから、「いくぞ!」と取り巻き連中に声をかけ演習場から立ち去っていった。

 残ったのは都古と揚羽。そして荒らされた演習場と、破壊されたギアの残骸だ。


「ど~するんだよ、これ。まさか俺が片付けるとか言わないよな?」

「心配しなくても大丈夫よ。連絡は入れてあるから、後で担当の部署がちゃんと後始末をしてくれるわ」


 表情を和らげながら近づいて来た揚羽は、そうフォローを入れる。

 正面に立つと未だ困惑が抜けきらず、訝しげな表情をする都古に対して、悪戯が成功した子供のように自慢げな表情で鼻を「ふふん♪」と鳴らした。


「一日ぶりね、雪村都古君。その節はありがとう」

「そいつは礼か、それとも嫌味か?」

「勿論、嫌味よ。この躑躅森揚羽さんに向かって、散々言いたい放題言ってくれたわね」


 腰に手を添えながら近づき、若干低い都古を見下ろすよう見つめ合う。


「どう? 少しはこの私がどれだけ凄い存在か、理解出来たかしら?」


 そう自慢げに胸を張る姿に、都古は年甲斐も無くイラッとしてしまう。


「凄いも何も、親の権力を振り翳しただけだろ。連中と何も変わらん」

「ぐっ。そう言われると否定し切れないわね……で、でも。都古君を助けたのは事実なんだから、お礼の一つも述べてもいいんじゃないのかしら?」

「……まぁ、それは確かに」


 両腕を胸の前で組みながら都古は一理あると頷く。

 アレだけやられても突っかかってくる位には、鼻っ柱の強い連中だ。あのまま拳の下ろしどころが見つからなければ、もっと面倒な事になっていたかもしれないし、何よりも連中に頭を下げる屈辱的な展開があり得たと考えれば、目の前の愛らしいお姫様に礼を述べた方が、何倍も精神衛生上によろしいだろう。

 短く嘆息した都古は組んでいた手を解き、真っ直ぐ揚羽に向かって頭を下げた。


「躑躅森揚羽。アンタのおかげで助かった、礼を言わせて貰う」

「ふえっ!? え、えっと……うん。まぁ、わかればいいのよ? うんうん」


 素直に礼を述べられるとは思って無かったのだろう。揚羽は素っ頓狂な声で驚いた後、動揺を隠すようにしたり顔で何度も小刻みに頷いていた。

 態度が緩んだその隙に、都古はさり気なくクルッと背中を向けて。


「じゃ。試験も終わった事だし俺はこの辺りで……」

「ちょっと待ちなさい。何処に帰るつもりかしら?」


 逃がすまいと肩をガシッと掴まれてしまった。

 脱出に失敗して、都古は舌打ちを鳴らしてから振り返る。


「なんだよ、まだ用事があるのか?」

「あるわよ、ありありよ。何の為に私が助けてあげたと思ってるの。アイツらにも言った通り都古君。君は私の庇護下に入るの」

「悪いが必要な……」


 キッパリ断ろうとするが、直前でポケットに入れてあるスマホの着信が鳴った。

 妙なタイミングで言葉を切られた事に、ぐぬぬと不満を露わにしながらも、ちょっと待ってろと揚羽に断りを入れてから、都古はたどたどしい手つきでスマホの画面に触れて着信に応じる。


『躑躅森揚羽の要求を受け入れなさい』


 挨拶も無くスマホの向こう側で、天城桐子は単刀直入に用件を切り出す。どうやら都古の行動は、何処かしらからでモニタリングされていたらしい。


「仕事熱心なのは結構だが、用件だけを短く伝えられてもわからんぞ」

『直ぐ側に躑躅森揚羽が居る状態で、詳しい話も出来ないでしょう。とにかく、今は躑躅森揚羽の要求を受け入れる形で、自然に話を繋げなさい』

「……問題は無いんだな」

『トラブルが起こる事を含めて想定内よ』

「それは大丈夫とは言わないんじゃないのか?」

『それを何とかするのが貴方の仕事でしょう。緊急連絡は以上。後は帰宅後に口頭にての報告と、レポートを提出して貰いますからそのつもりで』


 突然連絡を入れたかと思えは、最後まで一方的に連絡事項だけを告げて切ってしまう。

 勝手な物言いではあるが、直接スマホに連絡を入れるほど想定外の出来事なのは間違いない上に、転んだ方向としては悪くは無いのだろう。ならば兵士としての都古は、指示された行動を忠実に守るだけだ。


「急ぎの用事が出来たのならば、私の方から車を回させるけど?」

「いや、問題無い。早速、家の保護者に俺の素行不良が知れたらしい」

「ふぅん、耳が早いのね」


 スマホをしまい軽い口調で誤魔化す。揚羽も特に不審に思っている様子は無い。


「それで、庇護下ってのはどういう意味だよ」

「あら、話を聞いてくれる気になったの?」

「昨日のアンタを思い出せば、無視して強引に帰るより、話だけ素直に聞いた方が断り易いと思っただけだ」


 不自然では無い形で話を繋げながら、都古は相手の出方を伺った。


「それは殊勝な心掛けね。でも、心配は無いわ。都古君にとって特になる事しか提示しないんだから」


 言ってニヤッと笑ってから、揚羽は人差し指を都古に向けて突き付ける。


「喜びなさい、雪村都古君。貴方は今日から私の主催するチーム・アゲハの栄えあるチームメイト第二号に選ばれたのよ!」


 どや顔で宣言した後、都古のジト目と共に数秒間の沈黙が舞い降りる。

 何を言っているんだろうか、この阿呆娘は。と、思わず率直な罵倒の言葉が喉まで出かかったのを、何とか飲み込みながら、都古は代わりに咳払いを一つ。まだ此方を指さしたまま、どや顔を崩さない揚羽に、困り顔で眉を八の字をする。


「……あ~、事情が全くわからないんだが、何故、俺はお前とチームを組まなければいけないんだ」

「良い質問ね。出来ればもう少し、早めに問い掛けて欲しかったけど」


 揚羽は指をパチンと鳴らす。


「都古君。貴方にはギアの操者になって欲しいの」

「言われるまでも無く俺は操し……操者になる為、この学園に来たんだが?」

「そうね、素晴らしい出会いのタイミングだわ。でも、都古君には凡百のギア操者では無く、最強のシングルアーミーを目指して欲しいの」

「――ッ!?」


 ドクンと心臓が跳ね上がる。

 まさか揚羽は自分の正体を知っているのでは? と反射的に身構えかけてしまうが、それより早く揚羽が言葉を繋げた。


「つまりは私達、チーム・アゲハが企画、設計する最強のタクティカルギアの操者に、私自ら貴方を選んだの」

「……はぁ?」


 予想以上に突拍子も無い返答に、都古は思わず間の抜けた声を出してしまう。

 言葉通りに受け取るなら揚羽が、個人的にタクティカルギアを企画、設計しているという意味になる。都古を操車として指名して来たという事は、ある程度は動かせるレベルにまで機体は完成しているのだろう。

 にわかに信じがたい発言に、流石の都古も直ぐに二の句が継げない。


「……本気で言っているのか?」


 聞き返す言葉にもあからさまな疑問が宿ってしまう。


「当然よ」


 臆する事なく堂々と揚羽は頷く。


「この私、躑躅森揚羽の夢はね……世界最強のタクティカルギアを作り出す事、ただそれだけよ」

「ガキの小遣いで遊べる範疇は超えてるぞ?」

「既に幾つかスポンサーも付いてるわ、近衛教導学園を舐めないでよね」


 なるほど、金持ちの道楽では無いようだ。まだ十代の若さで、日本円で億単位の開発費を捻出するのは、家の名前以上に本人の資質が必要だろう。それだけのカリスマ性を持つ人間なら、小娘とはいえ桐子が緊急の連絡を入れてくるのも頷ける。


「どうかしら。私と一緒に大きな夢、見てみない?」


 そう言って右手を差しだす揚羽。

 答えは決まっている。が、焦らすよう視線を下にずらして、考え込むような素振りをたっぷり十秒溜めてから、差し出された右手を握った。


「話を聞こう、まずはそれからだ」


 揚羽は安堵の息を吐き出してから、満面の笑みと共に大きく頷いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る