第5話 年下の姉は意地悪で不機嫌




 最初に言い訳を述べるなら、雪村都古は決して方向音痴などでは無い。

 歩くのも一苦労な重装備で敵勢力下のジャングルから、一週間かけて脱出した事もあれば、必要最低限以下の装備、その上コンパスも地図も無い状況で、熱砂の砂漠を脱水症状に陥りながらギリギリで踏破した事もある。北半球と南半球の違いはあるが、月と太陽と星の位置さえわかれば何とかなるモノだ。


 だから、目的地である近衛市に到着した頃には、予定時間を大幅に過ぎて日がどっぷり暮れてしまったのは、都古が道に迷ったからでは決して無いのである。あえて言い訳という名の理由を述べるなら、十五年後の世界というのは都古が思っている以上に、興味深い進歩を遂げていたという事だ。


「ようやく到着したか」


 空港に到着時より大きく膨らんだスポーツバックを担ぎ直し、都古は街灯に照らされ浮き上がる目の前の建物を見上げた。

 小奇麗な六階建てのマンション。新築らしい真新しさ以外は、何の変哲も無い。

 ここはヴァンガード社が所有する建物であり、都古が近衛市を中心に日本で活動する為の拠点と言える場所だ。繁華街からは離れた住宅地の奥にある為、利便はともかくとして静かで人の出入りが少ない。


 職業柄、非戦闘地区で目立つ事を好まない都古達にとっては、人の目が少ないのは非常にありがたいし、近くに住む住人達もまさかマンション丸々一棟に、戦争を専門に扱う傭兵集団が潜んでいるとは思わないだろう。ここら辺の危機感の薄さは、非戦闘地域に住む日本人特有のモノと言える。


「さて、夜風もまだまだ染みる。小言を言われるのは面倒だが、腹も減ってきたしさっさと中に入るか」


 中で待ち構えているであろう人物を思い出し、ため息を漏らしながらマンションの入り口まで足を進める。

 マンションの入り口はオートロック式。しかも指紋認証だ。

 前もって登録は済ませてあるので、インターホンで住人に呼びかける必要は無い。読み込み用のリーダーに親指を押し付けて数秒待つと、エントランスに続く自動ドアが静かに開いた。

 そのまま中へ入り正面のエレベーターに乗り込み、目的の階層を目指す。


「えっと。最上階、六階だったな、確か」


 念の為、住所が書かれたメモで確認してから六階のボタンを押す。

 ドアが閉じると、重々しい音を立ててエレベーターは上の階層を目指して動き出した。

 余談だがこのエレベーターは、ヴァンガード社が発注した特別性で、敵勢力やテロリストに襲撃された時、籠城出来るよう銃撃、砲撃、爆撃にも耐えられるよう箱自体が強化素材で作られているそうだ。その所為か重量があり普通のエレベーターより、動く速度が若干ゆったりとしていた。

 無駄な事に金を使っているなと、慎重なクルーガーの性格に苦笑する。


「拠点に攻め込まれた時点で放棄、撤退すべきだろうが。日本語では何と言ったか……石橋を叩いて渡る? ダグの奴は、歳食ってその辺が過剰になったんじゃないのかね」


 本人に指摘すれば、呆れ顔で「お前は無鉄砲過ぎる」と苦言を呈すだろう。

 どちらにせよこのエレベーターを、籠城目的で使う状況下に置かれるのはゴメンだ。最も世界でも屈指の安全区域で、砲撃が飛んでくるような戦闘が行われるような異常事態は、日本という国家の存亡に関わるのだろうが。


 無駄な事を考えている内に、エレベーターは目的の六階に到着する。

 ベルの音が鳴った後、開かれた扉を抜けると外廊下から吹き抜ける冷たい風に、都古はブルッと身体を震わせた。

 六階から見渡す街並みは夜の闇に沈み、緑地を隔てた先にある繁華街方面は、これからが大人の時間だと示すよう、ギラギラとした明かりが照らされていた。

 外廊下を真っ直ぐ進み最奥にある扉こそが、都古の最終的な目的地となる。

 バックアップとの合流地点であり今後の活動拠点兼、都古の住居となる場所だ。


「……間違いは、無いな」


 一応、メモで部屋の番号を確認してから、都古はインターホンを押した。恐らくは目の前のドアも防弾性になっているのであろう。耳を澄ましても外からでは足音も聞き取れないので数秒、ドアの前で待つと、鍵が外れる音が聞こえ、ドアがゆっくりと開かれた。

 暖房が効いているのか、ちょうどよい温かさの風が最初に都古の頬を撫でる。

 次に視界が捉えたのは、玄関口に佇む和服姿の美しい女性だった。


「……おおっ」


 思わず都古は、目を見開いて息を飲む。

 派手すぎない藍色の着物に、前髪を眉の辺りで切り揃え、サイドを肩口で揃えた独特な黒いロングヘアーの美女は、温かな室温とは対照的な涼やかな視線で、驚くに止まる都古を出迎えた。


「随分と、遅い到着でしたのね」


 ぞくっと、底冷えがするような冷たい声に、都古はハッと我を取り戻す。


「あ、ああ。済まない。少しばかり道草が過ぎてしまったモンでな」

「そうですか。ならば、連絡の一つも入れるのが大人としての常識では無いのかしら。もしかして身体だけではなく、お頭の方も子供になってしまったのかしら。だとしたらゴメンなさい」


 独特なウィスパーボイスに刺々しいまでの毒が宿る。

 声色だけ聞けば穏やかなだけに、言葉のギャップが普通に毒舌を吐かれるより心に突き刺ささった。

 上から目線の物言いにむっとくるが、堪えて都古は大人の対応を。


「悪かったな。定時連絡はするべきだった……しかし」

「なにか?」

「俺はこんな姿になってしまったが、お前は随分と大人になったな、アンバー」

「……覚えて、いたのね」


 意外だとでも言うよう、彼女は目だけを見開いた。


「勿論、覚えているさ、忘れるわけが無い。お前は俺が知る中で、もっとも優秀な人間の一人だからな」

「そう。そうね。まぁ、当然でしょうね」


 遅刻した罪悪感もあって過剰な褒め言葉を口にすると、彼女は俯いて言葉を呟くと小刻みに肩を震わせた。表情はわからないが、喜色の滲む声色から気分を害したわけでは無いだろう。

 喜んで貰えたのなら幸い。事前に教えられていなければ、あまりの変わりように気が付かなかっただろうが、それを口に出して不況を買うほど馬鹿では無い。


 機嫌が直った事に安堵しつつ、都古は玄関口に入るとドアを閉めた。正面を向くと一段高くなっている場所から、彼女が仁王立ちで此方を見下ろしているので、都古は玄関口から進む事が出来ない。見上げて訝しげな顔をするも、彼女からは退く気配は感じられなかった。


「……出来るなら、部屋の方に上がりたいんだが」

「あら。ドアに鍵までかけて妙齢の女性と二人きりになりたいだかんて、いったいどんなふしだらな事を考えているのかしら、厭らしい」

「ガキの頃からの顔見知りだぞ。今更、そんな気を起こすか」

「……ふん。どうかしら」


 一転、不機嫌そうに彼女は眉根に皺を集め、都古は困り顔で頭を掻いた。

 昔から難しい性格の女性であったが、歳月が過ぎてそれが加速しているようだ。もしくは懐かしがっているのは都古だけで、相手に取っては警戒の対象なのかもしれない。


「なぁ、アンバー……」

「雪村桐子」

「は?」

「今作戦においての私のコードネームよ。名義上、貴方の姉で保護者的な役割と務めるわ」

「お前が保護者、ねぇ」


 顎を摩りながら彼女……コードネーム雪村桐子を上から下まで観察すると、桐子は文句でもあるのかと言った風に睨み返してくる。ハンナ同様、年齢が一桁の頃から知っている娘が、仕事とはいえ姉を演じるのは色々と複雑な心境ではあるが、自分の姿を顧みればその判断も致し方ないだろう。

 嘆息しつつ「了解」と肩を竦めると、桐子は溜飲を下げるよう軽く顎を上げる。


「納得したなら着任の挨拶を。一応はこの拠点に到着するまでが、任務の一環なのだから」


 確かに。と、都古はもう一度肩を竦めたから、背筋を伸ばしてお手本のように綺麗な敬礼をして見せる。

 踵を勢いよく揃えると、靴底が地面に当たりコツンと音を立てた。


「コードネーム雪村都古。規定行動を遂行後、ただいま着任致しました!」

「着任を確認します。現在時刻を持って天城都古は作戦フェイズ2へ以降。戦闘警戒レベルをDからEへ引き下げ、以後の作戦指示に従って下さい」

「了解しました! ……ってとこでいいか?」


 敬礼を維持しながらも、力を入れていた全身をふっと脱力させる。

 一応の形式を守ったのにも関わらず、桐子は物言わぬ冷たい眼差しを向けると、そのまま反転して都古に背を向けた。


「上がってリビングまで来なさいな。今後の事も話も含めて、立ち話で済ませて良い話題では無いのだから」

「そんだな。それじゃ、ま、邪魔させて貰うよ」

「……雪村都古」


 静かだが叱りつけるような怒気の籠った声で名を呼ばれ、自然と動きかけた身体が止まる。玄関口から上がり込もうとした態勢で硬直していると、一歩だけ前へ踏み出した状態で停止した桐子は、肩越しに此方を振り返った。


「名目上、着任を確認した時点でこの場所は貴方の家よ。お邪魔します。という日本語は、適切では無いわ」

「……そいつは悪かったな。次からは気を付ける」

「それと」

「まだあるのか?」


 流石に面倒になってきて声色に不機嫌さが混じるが、桐子は気にも留めず視線を下へ落とす。


「日本の家屋は土足厳禁よ。覚えておきなさい」


 視線を追うと靴を履いたまま、廊下に踏み出している都古の右足が。


「……失敬した」


 そっと下ろしてから都古はいそいそと、靴を脱いでから改めて家に上がり込む。


「靴は揃えて逆向きに置きなさい」


 母親のような叱責に都古は、無言で言われた通りにしゃがみ込んで靴を揃えた。


★☆★☆★☆


 玄関から続く廊下を真っ直ぐ進み、突き当たったドアを開いた先がこの家のリビングだ。

 部屋の間取りは3LDKなので、正確にリビングキッチンと言うべきだろう。オープンカウンター式のキッチンに、フローリングの床のリビングは広々としており、奥には青色のカーテンが敷かれていた。リビングの真ん中には大きなテーブルと四脚の椅子があって、上にはラップがかけられた料理が、逆さになったグラスと共に並べられている。


「時間も時間だから一応、夕食の準備をしてしまったわ。まさか、来る途中に買い食いをして食べられないなんてほざかないわよね」

「いや、ありがたく頂こう」


 食事を目の前に、胃袋が急激に活動を始め都古はゴクッと生唾を飲み込む。

 促されて近場の椅子に腰を下ろすと、桐子は対面へと座り、料理の皿にかけられたラップを取り除いていく。時間が立って水滴が付着した為、最初は気が付かなかったが、皿に盛られた料理は色とりどりで、見た目だけでも都古の胃を更に刺激する。


「これは、お前が作ったのか?」

「当然ね」


 取り除いたラップを丁寧に畳みながら、桐子は特に気負う事なく肯定する。

 エビフライやとんかつなど揚げ物に、付け合わせの千切りキャベツは山盛り。小鉢に盛りつけされた肉じゃがは、ソースの濃い味付けに対する箸休めとして、薄口の醤油でさっぱりとした仕上がりとなっている。野菜がキャベツだけでは味気ないと思ったのか、胡麻のドレッシングで和風に仕上げた海藻サラダも綺麗に盛り付けてあった。汁物としてシジミの味噌汁に、白いご飯も都古が席についてからよそられた物なので、ほかほかと温かな湯気が立っている。

 素朴で派手な料理では無いが、一から作ったとなればそれなりに手間がかかるだろう。


「美味そうだな。酒が欲しくなる」

「駄目よ。バックアップとして身体に悪影響を及ぼす酒、煙草類は認めないわ」

「少しくらいは構わないだろう。ガキじゃあるま……ああ、今はガキだったな」

「お箸の方は使えるかしら。無理ならスプーンを用意しるけれど」

「いや、大丈夫だ」


 都古は用意された黒塗りの、艶々した箸を右手に握る。正しいと言うには不格好な箸の持ち方で、右手に注がれる桐子の視線が僅かに険しくなったが、注意しないという事は許容範囲だったのだろう。


「日本風には何と言ったかな……えっと」

「いただきます」

「そうそう。いただきます」


 箸を持ったまま一礼して、都古は料理に手を伸ばした。

 まず箸の先端が捕えたのは、美しい小麦色の衣に包まれたエビフライだ。

 身が確りとしているのか、箸で掴むとずっしりと重みのあるエビの先端を別皿に分けてあるタルタルソースに付けてから、半分まで口の中へと突っ込む。噛み切ると、サクッと香ばしい音を立てて衣が口内で弾ける。


「ほう。こいつは美味い」


 おべっかなどでは無く、素直な感想が自然と口から零れた。

 天ぷらと違いエビフライは子供が食べる物と舐めていたが、ほどよい酸味のタルタルソースと相まってすっきりとした味付けに仕上がっている。

 揚げ物らしいこってり感を味わいたいなら、もう一方のとんかつだ。

 別の小皿に添えられた濃い目のソースに付けて齧り付くと、衣に包まれた肉々しいジューシーな油が、口の中を満たしてくれる。肉自体にも下味が付けられているので味自体は濃いが、米と一緒に食べるなら、これくらいの塩梅がちょうどいいだろう。

 肉じゃがも箸休めとは呼べないくらいに上品な味わい。強い味付けと油に飽きてきたら、シジミの味噌汁やサラダでさっぱりと口直しも出来る。

 空腹もあって都古は思わず任務の事も忘れ、一心不乱にがっついてしまう。


「まるで犬のようね。ふふっ、うふふふ」


 茶碗を片手に食事を口一杯に頬張る姿に、桐子は皮肉を交えながらも、顔を合わせて初めて唇に微笑を浮かべた。

 ようやく本来の任務を思い出した頃には、皿や茶碗の料理はほぼ空っぽになっていた。

 エビの尻尾まで噛み砕き、茶碗に残った米で胃の中に流し込むと、都古は箸を置いて満足そうに大きく息を吐き出す。


「ふぅ……しまった。美味すぎて一心不乱に食い漁ってしまった」

「それはお粗末様。粗末次いでに、粗茶よ」

「重ね重ね悪いな。あちっ」


 手早く空いた皿を流し台に置いてきた桐子が、湯飲みに注いだ温かいお茶を、都古へと差し出した。

 火傷するほど熱いお茶を啜ったところで、ようやく腹持ちが落ち着いた。


「さて。満足したのなら、お仕事の話をしたいのだけれど。それとも、お風呂が済んでからの方がよろしいかしら」

「ずずっ……いや、このまま始めてくれて構わない」

「そう。では、改めて」


 自身も飲んでいた灰色の湯飲みをテーブルに置くと、一拍の間を空けて空気を変化させた。それに呼応するよう、都古の表情にも真剣な色が浮かぶ。


「現在、ヴァンガード社が掴んでいるオリジナルのソウルマテリアルの行方……今後はオリジンジョーカーと呼称するけれど、それの行方は日本の何処かにあるというだけ」

「島国と言っても人探しをするには日本は広い。もうちょっと詳しく調べられないのか」

「事前に言ってある通り、極東に優良な情報を得られるようなコネクションを、残念な事にヴァンガード社は築いていないわ。だから、現状最優先で行わなければならないのは、日本国内において有力者とのコネクションの構築よ」


 聞いた途端、都古の表情に渋いモノが浮かぶ。


「交渉事か。苦手な分野だな」

「直接的な交渉はサポーターの私が執り行うわ。最悪、クルーガー大佐にも来日して貰えるよう許可も頂いているし」

「なるほど。なら、俺の役割は?」

「日本国内でジョーカー……雪村都古に遂行して貰いたい任務は、コネクション作りのきっかけを得る事よ」

「どうやってだ? 国会議員の子供でも誘拐するか?」

「やるなら財閥か大企業の関係者の方がいいわね。日本内なら、そちらの方が影響力が強いから」


 冷たく返され、都古は冗談だよと肩を竦める。


「なら、どうするつもりだ。お役所仕事に乗っかって、裏金と接待漬けにして便宜を図って貰うか?」

「最終的にはそれらも視野に入れるべきでしょうね。けれど、貴方に担って貰いたいのは、それの更に前段階」

「と、言うと?」

「有力者の近親関係と接触し、友好関係を築くこと」


 聞いた途端、都古の表情が思い切り渋くなる。


「この場合の友好関係とは、友人関係を意味するわ」

「……俺は給金を貰ってまで、友達作りをせにゃならんのか」

「そうよ」


 呆れ交じりの皮肉にも、桐子は真面目な顔付きで肯定した。

 もう一度、深々とため息を吐く。

 任務だと言われれば、不服があったとしても承諾するしかない。それが兵士であり、戦士というモノ。それは戦場で名を馳せ、伝説の傭兵とまで謳われたジョーカーである、雪村都古とて例外では無い。


「単独行動が基本の貴方でも、友好関係の構築は過去何度もこなしてきた筈よ」

「そりゃ、な。だが、苦手な事には変わらん」


 渋い表情のまま、ズズッと音を立ててお茶を啜る。

 苦味が強いが嫌いでは無い味。日本茶も悪く無いなと、関係の無い事で思考を誤魔化す。

 工作員や諜報員の真似事なら、本職では無いが何度も経験はある。


「それで俺は何処に潜入すればいい。一般企業か? それとも政府直轄の省庁か?」

「近衛教導学園」

「噂に聞いた兵士の育成機関か」

「それだけでは無いわ。近衛学園は軍事だけではなく、政治、経済に関しても厚い教育を施しているわ。故に多くの企業や政治家の子息、子女が通っている」

「なるほど、な。確かに俺向けの職場だ。軍事に関わる育成機関なら、本職の俺が教官として潜り込んでも怪しまれる事は無い。なぁに、ガキの一人や二人、簡単に騙せるくらいの話術は持ち合わせているさ」

「何を一人で勘違いしているのかしら?」


 一人納得していると、何故か桐子が酷く冷めた視線を都古に向けてきた。

 努力もせず夢を語る駄目男を蔑むような目付きに、何かおかしな事を口走ったのかと自分の発言を振り返るが、彼女にそんな目を向けられる事は言ってなかったはずだ。


「なんだその目は。言いたい事があるなら、ハッキリと言え」


 いわれのない蔑視に不快感を滲ませる声で抗議すると、桐子は肩を上下させて思いっ切り息を吐き出してから。


「近衛教導学園には教官としてではなく、生徒として通うのよ」

「……は?」


 想像もしていなかった一言に、都古は苛立ちを忘れて顎を落とす。

 そんな間抜け顔にも眉一つ動かさず、桐子は死刑囚に刑の執行を告げる刑務官のような淡々とした口調で説明を繰り返した。


「貴方の見た目で教官は無理よ。既に手続きは済んでいるわ……明日より雪村都古は、近衛教導学園の機甲専攻科の生徒として潜入しなさい……ご愁傷さま」


 最後の一言だけ嘲笑を交えるよう頬を吊り上げる桐子だったが、ショックを受け過ぎた都古には皮肉で返す余裕も無かった。

 齢六十を越えた身で、ガキ共と一緒に机を並べてお勉強をする。

 あり得ないと思いつつも、命令に逆らえないのが兵士の常。たっぷりと思案した果てに、苦渋の決意で「了解」と呟いたのは、それから十分後の事だった。




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