第10話 君の声はアリス




 ネメシスV2型。通称をV2と呼ばれるタクティカルギアが、適正試験で都古が登場する事になる機体の名称だ。俗に第二世代型と呼ばれるかなり古いギアで、コスト面の大幅な削減に成功した事例から、同じ世代の中では最も多く生産された量産機でもある。

 第二世代型は最早、実戦で取り扱うには力不足ではあるが、基礎的な操縦はここで確立されているので、練習機として改修を続けながら運用している部隊は多い。もう三十年以上昔の機体にも拘わらず、練習機とはいえ稼働し続けているのは、それだけV2が安定性に優れたタクティカルギアだからだろう。


 全体的に丸みを帯びたフォルムが特徴的で、胸部にある操縦席を守る為に装甲を厚くしている為、妙に上体が膨らんでしまっている事が、見た目的に不格好だと操車達には不評だったらしい。初期型に比べればこの練習機は大分改修されているようで、都古の記憶にあるモノよりは随分とスリムな印象を覚えた。恐らくは模擬試験の為に、薄く軽い装甲に張り返られているのだろう。


「スタンドアップ」


 起動の為のシーケンスを終了し、掛け声と共に左右に握ったレバーを操作すると、前面に展開したモニターが演習場の風景を映し出す。足元のペダルをゆっくり踏み込むと、それに反応して片膝立ちをしていたV2は立ち上がり、モニター越しの風景が数段高くなる。


 背中から臀部にかけて震わせる稼働音に、自然と肌が粟立った。

 久しぶりの感覚に、自然と都古の頬に笑みが浮かぶ。

 モニター越しの正面に映るのは、V2よりも僅かに大型なタクティカルギア、参号魁。初の量産型純国産ギアで、第三世代ではあるが抜群の安定性を誇る名機だ。

 第二世代のⅤ2と第三世代の三号魁。スペックでは明らかに不利だ。


「参号魁か。さて、型落ちのⅤ2で何処までやれるかな」


 コスト無視の試作機や専用機体ならいざ知らず、同じ量産機となれば一世代の差は大人と子供の違いがある。適正を検査する為に、一通りの機動は問題無くこなせるだろうが、模擬戦となると戦力差が甚だしい。ましてや五対一。勝敗は誰の目にも明らかだ。

 だが、都古は特に気負った様子も無く、コンソールを弄り操作系の微調整を繰り返しながら、一時的とはいえ愛機となるV2の感覚を確かめていた。


「外見はともかく、コンソール付近は俺の時代とは大分様変わりしてるな」


 確認の意味で通信機のスイッチを入れた途端、雑音混じり会話が流れてきた。


『……いいか、打ち合わせ通り、徹底的にやるぞ』


 聞き覚えのある声。桜井と呼ばれていた不良生徒だ。


『教官も黙認してくれる。腕の一本くらいなら構わないから、あの生意気に転校生に礼儀ってモンを教えてやるんだ、いいな!』

『でも、桜井さん。一機に対して五機ってのは、やり過ぎじゃないっすかね?』

『それも訓練用の機体じゃなく、模擬戦用の参号魁でだろ? 五機で囲んでフルボッコってのはやり過ぎなんじゃないの』

『はぁ? お前ら、なに言ってんだよ!』


 完全に油断し切った態度の中、声を荒げたのは同じクラスの森永だ。


『あの野郎は俺達を舐めてやがるんだぜ? 特別編入枠の貧乏人の癖に……お前ら、許せんのかよ!』

『森永の言う通りだ』


 鼻息の荒い森永の言葉に、桜井は同意を示す。

『どうせどう足掻いても俺達は機甲科じゃド底辺なんだ。だったらよ、生意気な新入りを躾けて、更にその下に放り込んでやろうぜ』

『……ああ、そうだな。ちょうどこき使える、パシリが欲しかったんだ』

『特別編入枠でも機甲科の男なら、Sランクの連中も文句はねぇだろう』


 状況的にも当然なのだろうが、彼らは負ける要素など全く想像する事無く、自分達が勝つ事を前提に話を盛り上げていた。

 能天気な会話に無言で通信機を切り、都古は呆れたようにため息を吐く。


「オープンチャンネルで無駄話なんぞしてるなよ。全く、ここの教官はどういった指導をしているんだ」


 教導学園が聞いて呆れる。

 通信を聞きながらも確認すべき個所の確認を全て完了し、いよいよ連中が言う『躾け』とやらが始まるタイミングで、演習場にノイズが響き正面の参号魁から外部スピーカーを通して、雑音混じる桜井の声が此方に向けられる。


『準備は出来たか転校生!』

「ああ、問題無い」


 此方も外部スピーカーをオンにして返答する。


『そうかそうか。近衛の流儀はスパルタだ。手取り足取り教えて貰えるとは思うな、身体で、痛い思いをして覚えるんだよ』

「そいつはスパルタだ。で、そろそろ始めても構わないのか?」


 脅かすつもりもあったのだろう。全然、臆する様子を見せない都古の態度に、息をグッと詰まらせる音がスピーカー越しに聞こえた。


『ふ、ふん! いい度胸だな転校生。だったらお前のタイミングで構わない、相手になってやるからかかってこいよ!』


 中央の参号魁が装備したサブマシンガンを構えると、残り四機も同じく銃口をV2に向けた。演習場の規定に合わせて威力の低い弾丸を装填しているだろうが、一斉射撃を受ければ練習機のⅤ2では流石に持たない。

 かかってこいと言いながら、動いた瞬間にハチの巣に腹積もりだろう。

 ちなみにV2の武装は、備え付けの頼りないナイフ一本だけだ。

 圧倒的に不利なのは誰の目から見ても明らか。だが、都古はその頬に笑みを浮かべる。


「上等――行くぞ!」


 視線を横に一閃させた直後、前屈みになりながら右のペダルを躊躇わず全開に押し込んだ。

 瞬間、腰を一段低く落としたV2は、ジャリジャリと砂を削るような音を奏でてから、足元に土煙を起こしながら滑るよう真横へと機動する。動き出すタイミングを狙っていたサブマシンガンの弾丸は、装甲を掠める事なく空を切った。照準が盛大にブレていたのは、予想外の動きをした事に驚いたからだろう。


『ろ、ローラーダッシュ!?』


 外部スピーカーを通して桜井の驚いた声が響いた。

 ギアは高速移動用に、脚部の裏側にローラーを仕込んでいる。基礎的な動作を学んだ後に身に着ける動作なので、まさか転校生である都古が初手で使用してくるとは、桜井達は予想外だったのだろう。

 横にスライドしたV2は、そのまま機体を一回転させるように全身を振り、移動速度を落とさずに大きく楕円型の軌道を描くと、まだ驚きから立ち直れていない一団の、最も右側に立つ一体に急速で接敵する。


「とりあえず、武器が無いと始まらないからな。現地調達だ」


 狙いを定めた一機は虚を突かれる形となったからか、反応が間に合わず棒立ち状態で難なく接近を許してしまう。ナックル装備の無いV2で殴り付けると、指の関節部分が破損してしまうので、装甲の厚い腕の部分で顔面を叩くようにしてメインカメラを破壊する。

 続けて逆手に持ったナイフを肩の関節に、上下に抉るよう押し込む。こうする事により、腕の人工筋肉と疑似神経を切断。操作不能へと追い込んだ。


「貰っていくぞ」


 腕を掴み握った指を引き千切るようにしてサブマシンガンを奪い取った。


『うわっ、くそッ……視界が、腕の操作が……!?』


 モニターが破損しているのに混乱している為か、無理に動こうとしてバランスを崩す相手機体を、腰回りにある装甲の隙間に指を突っ込み、強引に姿勢を断ち直させる。同時に影に隠れるよう身を縮こませると、一瞬遅れて激しい銃声と共に盾代わりとなった参号魁の装甲に火花が散った。


『うわああああっ!? や、止めろ桜井、俺は仲間だろッ!?!?』

『だったらさっさと後ろの奴を引き摺りだぜ! 邪魔だ!』


 銃声に混じりギアが歩行する重量のある音が轟く。音の響き方的に……。


「近づいているのか。迂闊な」


 瞬時に判断して都古はV2の腰を落とし重心を下げると、腰を掴んだまま背中に肩をおしつけながら、再びペダルを踏み込んで足裏のローラーを全開で回した。

 銃弾の乱射を浴びた所為で既に戦意を喪失している参号魁は、此方の突進に抵抗する事なくそのまま盾となって間合いを詰めようと仕掛けていた、桜井機を中心とする一段に突進していく。


『――馬鹿ッ、近づいてくるな!?』

『避けろ、避けられ――ッ!?』


 迂闊に接近していた四機の内、避け切れなかった一機が正面から激突。

 装甲坂がひしゃげるほどの衝撃に、双方の操縦席は激しくシェイクされ、堪え切れなくなった操車は、外部スピーカーから嘔吐する音が聞こえたかと思うと、二機は折り重なるようにして地面へ倒れてしまった。


『な、なんて奴……だ?』

「阿呆が。視線を相手から切らすな、倒れた味方じゃなく敵を見ておけ」


 緊急回避した状態で棒立ちになる機体に向け、素早く旋回したV2が両手で確り握ったサブマシンガンで弾丸の雨を浴びせる。模擬戦用で低威力に調整されている弾丸では、ギアの装甲を貫く事は出来ないが、銃撃されているという事実に反射的な恐怖を呼び起こし、無理な操作をした所為で急激にバランスを崩して後ろに倒れてしまう。6メートル以上あるギアが、無防備に背中から倒れれば、安全装置が作動したところで慣れていない訓練兵は失神してしまうだろう。


『こ、この野郎ッ!』


 直ぐ側にいたもう一機がサブマシンガンの銃口を向け、果敢に銃撃をしてくるが、ただでさえ集弾率が低いサブマシンガンを片手で撃っている為、弾丸は四方にばらけてしまい僅かにⅤ2の装甲を掠める程度にしか役に立たなかった。

 そんな基礎も出来てない射撃を回避する事など容易く、ローラーダッシュで素早く旋回しながら近づき、残り少ない弾薬でも確実に相手を撃破できるよう、銃口を顔部分に押しつけるようにして引き金を絞る。弾丸が爆ぜる甲高い音と共に参号魁の頭部が破裂するよう火を噴くと、黒煙を上げながらその場で立ったまま機能を停止する。


『……がッ。あ、が』


 唯一、残った桜井機からは言葉にならない絶句が音として漏れ聞こえた。


★☆★☆


 瞬く間に計四機、ギアを戦闘不能にした手腕は、少女達を驚愕させるのに十分だった。


「すっご~~~い!!!」


 見守る女性陣の中、タマラ以外で都古に対して好意的だったミサは、自らの審美眼に狂いは無かったと飛び跳ねて我が事のように喜ぶ。

 隣に座るアヤも唖然とした表情で、前のめりになってモニターを見入っていた。


「な、何なのよあの機動、あり得ない。ねぇ、ミサ。アンタ、ローラーダッシュを維持したまま、あんなスケートみたいな動き出来る?」

「無理。基本、ローラーダッシュって前後左右にしか移動出来ないもん」

「そ、そうよね。でも、アイツの動き、明らかにあたしらとは違ってた……まさかあのV2、練習機に見せかけて新型なんじゃ……」

「それは的外れな見解ね、アヤ」


 いつの間にか楽器を、ツィターからステッセルリュートに持ち変え弦を爪弾くユラは、先ほどより幾分上機嫌な様子で鼻歌を交えていた。


「彼の乗っているV2は間違いなく、私達が知っている通常の機体よ」

「じゃあ、あの妙ちくりんな動きはどう説明するのよ?」

「アレは恐らく、ほとんどの操作をマニュアルに切り替えているのさ」


 タクティカルギアの操作は難解だ。その中でも一番難しく、かつ重要なのは重心を維持してバランスを保つ事。例えば人間であっても重心を変えず、じっと立ち続けているのは難しく、下手な体重のかけ方をすれば腰や背中、首などに無駄な負荷がかかってしまう。人間より大きく重量もなるギアになるとそれは如実で、間接部分をロック出来ない起動時は、例え待機中であっても小まめに重心を移動させないと、直ぐに部品が破損してしまうのだ。ただ立っているだけでもそれなのに、移動や戦闘となるともっと繊細な動作が必要となってくる。それらを全て把握しながら操作するのは、無理では無いが非常に高難易度。故に現行、ほぼ全てのギアにはオートバランサーが搭載されている。これを使用すれば例え素人であっても、真っ直ぐ問題無く歩行出来るのだが、半面、制御を越える無茶な行動が取れないよう制限がかかってしまう。


「オートバランサーが作動しているなら、横滑りしつつ機体を回転させ、重心を外に逃がしながら急カーブするような機動は取れない。ローラーダッシュは便利だけど、オートバランサー無しで扱うには中々にじゃじゃ馬だ」


 口調は変わらず落ち着いているが、ユラとは長い付き合いになる二人には、奏でる音色のテンポが速くなっている事で、彼女が見た目以上に興奮しているのを理解していた。

 ユラの説明に同じギア操者として、二人は改めて驚きを表情でモニターを見る。

 しかし、その驚きはまだ『想像していたよりは凄かった』程度のモノだ。

 現にステッセルリュートを奏でるユラの興味は、早々に薄れつつあった。

 観覧席から戦況を見守っていたタマラと昴流も、驚きこそしたモノの、最終的な感想は予想の範疇に収まるモノだった。

 昴流は「ふむ」と、広げた扇子で自分の顔を仰ぐ。


「実に天晴な戦いっぷりじゃ。機甲科の男子と聞いて落胆しておったが、アレだけ出来れば特別編入枠なのは頷ける……故に惜しい」


 残念そうに昴流は首を左右に振った。


「後一世代、生まれるのが早ければ、あの者は戦場で英雄と呼ばれていたであろうなぁ」


 しみじみと語った感想は概ね、この場で適正試験を見ていた者の総意であろう。

 近衛教導学園の機甲科には……いや、この時代で現役として戦うギア操者には、男子と女子の間で決定的な差が存在している。努力で埋められない隔たりを才能と呼ぶのなら、ギア操者にとって性別の違いは才能の一つなのだろう。


「いいえ、昴流様。それは違うかもしれません」


 それを否定したのは誰であろう、昴流が最も信頼する少女タマラだった。

 見つめる眼差しから心配の色だけ消し、幾ばくかの期待を込めた宝石のように青い瞳は、ただ真っ直ぐと機動するV2に注がれていた。

 そしてもう一人、このある意味で一方的な戦いに、意義を見出す少女がいる。


「凄い。あの人、アリスに選ばれたのね」


 抑揚の薄い声で精一杯、仙道神楽は驚いた声を漏らす。

 胸の中に抱いていたぬいぐるみはその腕には無く、熊や猫、犬などの動物を模したぬいぐるみ達が、神楽の心情を代弁するかのように、くるくると少女の周囲を軽快なステップと共に回りながら踊り狂う。


★☆★☆


 圧倒的な数の差とスペック差を覆し、対峙する参号魁は残り一機となった。

 操縦者の動揺が現れるよう最後の一機、彼らのリーダー的存在である不良生徒の桜井が乗る参号魁は、メインカメラのある頭部を落ち着きなく巡らせながら、少しでも安全圏に行きたくて背後へ数歩ずつ後退していく。

 それでも降伏の言葉を発さないのは、彼のプライドが許さないからだろう。


「これで詰みだな」


 最早、勝負は決したと桜井機を行動不能にする為、接敵しようとペダルを踏みかけるが、不意にチリッと首筋に静電気に似た痛みが走る。


(――危ないよ)

「――ッ!?」


 危険を告げる少女の言葉と共に、肩をポンと叩かれた気がした。

 鳥肌の立つような殺気を感じ取った都古は、正面に突撃しようとしたのを瞬時に重心を横に傾け真横に大きく跳躍する。

 瞬間、直前まで都古のⅤ2が立っていた場所に、耳をつんざくような轟音と共に弾丸が豪雨の如く降り注ぐ。数秒に渡り弾幕を張った鉛玉は、衝突した壁が抉れるほどの火花を散らしてからようやくその暴威を治めた。

 V2は一回転しながら停止すると、銃撃が飛んで来た方向、桜井側の格納庫を見る。そこから現れた六機目の参号魁が、銃身が真っ赤に焼けたガトリング砲を抱えるよう構えながら、重苦しい足音を鳴らしていた。


「新手……いや、違うか」


 行動不能になった機体の中で、一機だけ操縦席がオープンになっていた。


『転校生ッ!!!』


 裏返る程の声量で怒鳴る声は、森永のモノだった。

 まだ熱の残るガトリング砲の、赤く焼けた銃身をV2に向けると、モーター音と共にゆっくりと銃口が回り始める。


『ば、馬鹿野郎ッ!? やり過ぎ――んぎゃっ!?』


 本来なら重装備のギアが装備するガトリング砲を扱うには、参号魁は軽すぎる。銃撃の威力を御し切れず銃口は大きくぶれ、あらぬ方向に撒き散らされる弾丸は、仲間の凶行を止める為に近づこうとした桜井機に降り注ぐ。幸い転んで尻餅を突いた事で直撃は避けられたが、腕に降り注いだ弾丸の所為で装甲が破れるように剥がれ、中の骨格部分が丸見えになっていた。

 明らかに演習場の規定外の兵器だ。


「問答無用か。これは少しばかり厄介だな」


 ローラーダッシュで横移動しながら逃げ回るV2に追い縋るよう、ガトリング砲から薙ぎ払うような銃撃が演習場に降り注ぐ。絶え間なく鳴り響く銃声に比例するよう、ガトリング砲からは空の薬莢が飛び散り、周囲を硝煙の匂いと煙で満たす。


「目視での確認で発射速度は毎分二千発。実戦で扱うには低速で威力も軽いが、V2の薄い装甲には中々の脅威だ」


 ギアの操縦技術は都古の方が圧倒的に上でも、やけっぱちに張られた弾幕を突破するのは難しい。森永に冷静な判断力は無いので、弾切れになるか銃身が耐え切れず焼け付くのを待つのが得策なのだろうが、残念な事に現状でその手段は選べそうに無かった。

 壁際に追い詰められかけたV2は、瞬時に機体の前後を入れ替え腰と膝を折り、屈むような形を維持しながら火戦の真下を潜る。

 その際、重心を下で維持する負荷に耐え切れぬよう、膝関節の部位に小さく火花が散った。


「チッ、限界か」


 流石に加速による負荷をかけすぎた。

 相手の弾切れを待つまでも無く、先にV2の膝がイカれてしまうだろう。想定より関節部分の調整が甘かったのが原因だが、元々は試験用の機体なので、都古のようにここまで派手にぶん回す状況は想定外だ。


「昔から整備の連中に、俺は無茶をさせ過ぎだと愚痴られてたモンだ……こんな風に追い込まれるんなら、もう少し穏やかな操縦を学んでおけばよかった」


 軽口を叩きながらも逃げ回るが、足回りの反応速度が徐々に低下していくのがわかった。

 装備したサブマシンガンに弾薬は残っていない。手段を選ぶ必要も無く、森永機を倒すには近接による格闘戦しかないのだが、最初の時とは違いこうもガッチリ銃口を向けられ弾幕を張られていては、正面を向き合った途端にハチの巣だ。


「だが、長々と手段を選んで無駄に膝を消耗させるくらいなら……」


 先ほどと同じよう方向転換しながら火戦の真下を潜り、バチッと一際大きな火花を膝から散らしながら都古はV2の正面を、ガトリング砲を此方に構え直す森永の参号魁に向けた。同時に膝の負荷を無視するよう限界まで加速し、銃口が完全にⅤ2を捉えるまでの一瞬の内に間合いを詰めようと試みる。



「――それは流石に無茶なんじゃないかなぁ~」


 小日向円華は自然と力が入って、咥えていたキャンディーを奥歯で噛み砕く。

 無謀だ。都古の戦いを観戦していた少女達は、誰もが突撃に対してそう感想を抱きながらも、ここまで男子でありながら目を見張る奮闘を見せてきた彼に、もしかしたら間に合うのでは無いか? という期待も込められていた。

 都古に対して冷ややかだった昴流やアヤも、気が付けば手に汗を握る思いで戦いを見守っている。判官贔屓、と呼ぶには都古の腕前は突出し過ぎている感はあるが、劣勢を覆し有利な相手に抗う姿には、胸を打つモノがあるのだろう。


 相手の参号魁は慣れない重火器に振り回され、上手く銃口をV2に向けられずにいる。更には真っ赤に焼けた銃身が熱で爛れ始め、ただでさえ集弾率の悪い弾幕があらぬ方向へ飛び始めていた。対して都古の技術力の高さもあり、最短の距離を最速の加速で走り抜けようとするV2の方が早い。

 しかし、現実はそう都合よく事を運ばせてはくれない。

 目前まで迫りながらもV2の左膝が一足早く限界を迎え、三度火花を散らすと黒煙を吹き、地面を滑りながらガクッと膝を落としてしまう。

 バランスを崩すV2。

 懸命に態勢を維持するが急速な減速は免れず、遂には火線が追い付いてしまう。


「……終わったの」


 残念そうに昴流は息を付く。


「ヤバいって都古君!」

「あ~、これは駄目かなぁ」


 涙目のミサと落胆気味のアヤ。

 しかし。


「いえ、まだです」


 タマラは主の言葉を否定する。


「そのまま突っ込め」


 いつの間にかモニターの前にまで詰めていたユラが微笑みながら楽器を奏でる。

 そして仙道神楽は一人、確信を込めて呟いた。


「そう、アリス。その人を選んだのね」



 追い付いたガトリング砲の銃撃が、バランスを崩し傾くV2に降り注ぐ。


「おいおいおい、流石に不味いぞ!」


 寸前で半身を引き、ギリギリ胸部にある操縦席への直撃は避けたが、弾丸は左腕と左足に降り注ぎ装甲を引き剥がす様に破壊。近距離からの射撃となれば集弾率の悪さは関係無く、左半身から広がるよう銃撃による破壊は進み、いよいよ全身を撃ち抜かれると、奥歯を噛み締め都古が覚悟したその瞬間、脳裏にハッキリと見ず知らずの少女の声が響いた。


『うふっ……ふふっ、見つけた。わたしの王子さま』


 瞬間、残った右腕が自然と正面に向けられ、手の平を開くと同時に空間が歪んだ。複数の数式と何処の言語にも当てはまらない文字列が光となって出現すると、円形を肩形作りV2を守るよう障壁を張った。降り注ぐ弾幕はその障壁に阻まれ、装甲を穿つ事なく火花と化して散っていく。

 まるで魔法陣のようだ。


「――ッ!? 邪魔だッ、人の戦いに割り込んでくるなッ!」


 状況は全く把握出来ない。だが、都古は何者かの意思が介入した事だけを察し、即座に不確定要素は邪魔だとばかりに怒鳴りつけた。


『そう。なら、勝ってみせて。王子さまの力、だけで』


 声が消えるとV2の操作が都古の手に戻る。

 だが、同時に展開していた障壁も消え失せ、弾いていた弾丸が今度こそV2の正面に降り注ぐ。手の平から正面の外部装甲を、鉛玉が激しく爆ぜながら削る。が、焼き切れる寸前のガトリングでは一気にV2を破壊し尽す事は叶わず、ほんの瞬きほどの猶予に活路を見出していた都古は唯一残った右足で思い切り地面を蹴った。

 直前までの加速が壊れかけの機体を後押しし、V2は膝蹴りの形で跳躍する。


『なん、だとぉぉぉ!?』


 驚愕の声と共に反射的にガトリングの銃口を上へと向けるが、それは悪手。通常射撃でも御し切れない反動で大きくバランスを崩し、銃撃は逆にⅤ2から外れて雲一つ無い青空に吸い込まれていく。

 刹那、ほぼ衝突するような形で、半壊状態のⅤ2は膝を参号魁の顔面に突き刺した。


『ば、馬鹿な……――』


 驚愕と共に漏れ聞こえた森永の声は、加速からの一撃を頭部に受け、外部スピーカー事、破壊されてしまう。V2もまた機体強度の限界に達し、頭を失った参号魁と折り重なるように転倒。破壊され尽した左半身、失った両の腕や左足などのあちこちから紫電を上げ、最後は火を吹いて完全に機能を停止する。

 予備電力のよる赤色の薄明りの中、モニターが消失した操縦席で都古は大きく息を吐く。


「未熟者の学生相手に相討ちか……情けなくてハンナには聞かせられんな」


★☆★☆


 適正試験と評した桜井達の私的な制裁は、都古の勝利に終わった。

 しかし、ここは近衛教導学園。実力主義であった過去の学園ならいざ知らず、金と権力が絶対的である支配構造が構築された現在の近衛で、白い物を黒だと覆される事例は決して少なくは無い。


「インチキだ! あの転校生は試験でインチキを、反則をした!」


 機体から抜け出した桜井が仲間達と共に、青ざめた顔で飛び出してきて試験の終了を告げる教官にそう喚きたてる。

 半壊状態のⅤ2からようやく抜け出してきた都古は、彼らの往生際の悪さにウンザリと顔を顰めた。


「今の何処の何を見たら、インチキだの反則だのの話になるんだ」

「決まっているだろッ。適正試験用のⅤ2が、五機の参号魁に勝てるわけが無い……どう考えたって、何かインチキしてるに決まってる!」

「……そりゃ、理路整然とした推理だな」


 言い掛かり以外の何物でも無い主張に、都古は怒りを通り越して呆れかえってしまう。

 しかし、問題なのは次に発した試験教官の言葉だ。


「確かに、桜井君の主張にも一理ある」

「……はぁ?」


 まさかの同意に、都古は「本気で言っているのか?」と教官をマジマジ見つめてしまった。


「俺は今日、転校してきたばかりで、初めて触る機体に乗ったんだぞ」

「それがインチキでは無い証拠にはならない。試験教官として一連の動きを観察した結果、一生徒が行使できる動きからは明らかに逸脱していた。信じられない事ではあるが、何か仕掛けがあると考える方が自然だろう」

「無理矢理過ぎるな。そんな口八丁で納得出来ると思っているのか?」

「それを判断するのは試験教官である私だ」


 此方の意見など聞く耳を持たないとばかりにピシッと遮る。

 金か弱みを握られているのかは定かでは無いが、試験教官が桜井側のスタンスを取っているのは最初からわかっていた事だ。


「それに機体の被害も甚大だ。V2はまだしも、参号魁を六機も破壊したのは、流石に弁護のしようがない」

「あからさまだな。恥ずかしく無いのか?」


 両腕を組んで問うと、試験教官は僅かに言葉を詰まらせるのみだった。


「……不正行為の有無も含めて、私は試験教官として雪村都古の適正に、大いに問題ありと判断せざるを得ない」

「金持ちのガキに尻尾振って情けない限りだ、屑野郎」

「その発言もッ、大きな減点対象だ!」


 眦を吊り上げて試験教官は声を荒げた。

 数による劣勢を覆した余韻に浸る間も無く、状況は都古にとって悪い方向へと転がり始める。適正試験に不可が付けば、特別編入枠で転校してきた自分は、この学園に在籍する事が出来なくなってしまう。

 黙り込む姿を見て、困惑していると判断した桜井達が、引き攣っていた表情にようやく余裕を取り戻し始めていた。


(無視するのは簡単だが、任務に支障が出るのは不味い)


 観戦者が他にいなければ、無理矢理黙らせる方法もあったのだが……。

 チラッと都古は視線を強化ガラスで覆われた観覧席や、壁に埋め込まれるよう設置されたカメラを確認する。光の反射で外からは中の様子を伺う事は出来ないが、人影らしきモノが見えたのは試験が始まる前に確認済み。カメラも作動しているっぽいので、試験の様子をモニタリングしている可能性もある。

 ここは不本意でも頭を垂れて謝罪し、少しでも桜井達の溜飲を下げさせる以外に方法は無いだろうが……。


「自分のインチキを認めて土下座しろ。そうすればこの学園で飼ってやる事くらい許してやるぜ、俺達の奴隷としてな」」


 ニヤニヤと笑いながら発する桜井の言葉に、都古はカチンときてしまう。


「ふざけるなクソガキとクソ教官。テメェらに頭下げる位なら、道端の野良犬とキスする方が百倍もマシだ、くそったれ共」


 言いながら都古は、連中に向かって中指を立ててやった。

 教官を含めて桜井達は唖然とする。その直後、顔を真っ赤に染め額には怒りで青筋が浮かんでいた。


「な、ななな――!?」


 頂点に達した怒りに言葉を詰まらせながら、裏返る程の怒声を都古にぶつけた。


「上等だ転校生! だったら徹底的にやってやるよ。この学園だけじゃなく、お前をこの国に住めなく……!」

『そのイチャモン、ちょっと待ったあああぁぁぁぁぁぁ!!!』


 突如、スピーカーを通して演習場に鳴り響く少女の声に、桜井の怒声が掻き消された。

 キーンと、耳を劈くハウリングに皆が顔を顰め、気が削がれた瞬間を狙うかのよう、飛び出してくるように演習場へと姿を現した少女に、都古は我が目を疑った。


「――お前は!?」


 長い黒髪に特徴的な深紅色の瞳を持つ勝気そうなお姫様。

 彼女は唖然とする桜井達を尻目に、拡声器を片手に堂々と言い放つ。


『この喧嘩はこの私、躑躅森揚羽が預かったわ! 文句があっても聞かないから、そのつもりでまずは挙手しなさい!』


 そう言い放ってから揚羽は此方に視線を向けると、ニカッと白い歯を輝かせ爽やかな笑みを見せた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る