第4話
「ヘイウッド! 僕は飛行機に乗るぞ!」
戦争が三年目に突入すると、戦車だけでなく飛行機が飛び交うようになった。戦争が始まったころは実用的でなかった軍用機だったが、性能が向上し、今では戦場の主役だ。穴蔵でじっと潜む塹壕戦とは対照的だった。
「きみ、不器用だろうに。テストで落ちるさ」
大尉に昇進したヘイウッドは鼻で笑ったのだが、ハリーは真剣だった。
三度目のテストで合格し、パイロットの訓練を受ける。予想以上にきつかったものの、目標に向かってひたすら耐える。二度ほど、訓練中、墜落しそうになったが、不時着で終わった。一度目は幸運。二度目はおのれの機転と、技量で助かったのだと信じる。
半年後、ついに戦場へと飛び立つときがきた。エンジンを入れ、兵士がプロペラを回すと、じょじょに力強く回転した。滑走し、機体がふわり、と浮かぶ。
前線まであと十分の距離になる。
フランスの大地を眼下に、ハリーは進路をずらした。エンジンの不調といわんばかりに、じょじょに低空飛行する。青い森が迫ってきた。
――神よ、われを護りたまえ!
衝撃。器械が壊れ、樹木が裂ける音。大量の煙。
意識はある。身体は痛いが、動いた。胸が苦しい。
壊れた飛行機がひどく熱い。
――爆発する!
「うぉぉぉっ!」
――ここで死ぬわけには!
くるったように叫びながら、脱出する。太い木の枝に機体は挟まり、折れかけていた。
地面まで何フィート?
一瞬、とまどう。
ぱっと炎があがった。同時に飛び降り、地面にしたたかに身体を打ちつけ、草むらを転がった。
戦争が終わった一ヶ月後。ハリーとエイミーは結婚した。
戦後の食糧難もあり、身内だけで簡単な披露宴をすませる。質素なアダムズ家の食卓には、花嫁と花婿の家族がいた。
あれだけ反対していた父と母だったが、戦争が終わる直前、許しを得ることができた。「戦死しなかっただけでも、わたしはうれしいの」
涙ぐむ母の肩を抱きながら、父がしみじみと祝福した。
「おまえが墜落した、と聞かされたときはもうだめかと……。好きな娘と結婚する姿を見られるだけで、僕は幸せだ。反対などバカらしいじゃないか」
「そうね、あなた」
アダムズ夫妻は顔をぐしゃぐしゃにして、息子夫妻を祝った。
そんな両親を、ハリーは複雑な思いで見守る。
――計画的な墜落だったんだけどな……。
ハリーは泥沼の塹壕戦を回避するため、軍用機のパイロットに志願した。前線へ行く前、故意に墜落したのだ。衝撃を和らげるため森へおのずから突っこんだ。
ふたつに割れた機体は燃えたが、爆発しなかった。肩の骨折と打撲だけですみ、無事、救助される。
そして医師の診察時、墜落の衝撃で記憶を失った演技をした。
何もかも忘れ、言葉も不明瞭なパイロットは役に立たない。軍務と解かれ、実家でまた療養することになったのである。
ドイツ軍が西部戦線を撤退したニュースを聞いた日から、じょじょに記憶をとりもどす演技を忘れなかった。その三ヶ月後、終戦。
「ありがとうございます。お父さん、お母さん」
白いドレス姿のエイミーは、にこやかに姑と姑に礼を告げる。
故意に墜落し、記憶喪失が嘘だという秘密は、エイミーだけ知っていた。手紙にも書かず、ハリーが戦場へ旅立つまえ、ふたりでそっと計画を練ったのだ。
新婚夫妻は顔を見合わせ、ほほ笑む。
無言で誓いあった。
――この秘密は墓場まで持っていこう。
と。
おわり
エイミー 早瀬千夏 @rose
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