最終話: 都道府県戦争
思わず背筋がぞっとして、杉本は再び視線を前に向けた。
顔に貼りついた笑顔でひたすら万歳三唱をロボットのように繰り返す群集。その中心で硬い表情で佇む矢口。彼の肩を強く掴み、課長が激励の言葉をかける。
何かを言わねばならない気がして、背伸びをし隙間を探して何度頭を左右に振っても群集の万歳の山にもまれるだけで矢口に近づく事もできない。
人影から時折見える、ややうつむき加減の白い顔を、強く引き結んだ口元を、杉本と決して交わらない瞳を、ただ見つめ続ける事しかできなかった。
万歳、万歳という声がうるさく耳に響き渡る。
――なんだろう、これをどこかで、
これと似た光景を自分は見た事がある。
人でごったがえした駅のホームで男性を取り囲み万歳を繰り返す人々。敬礼で激励に応える若者。硬い表情に笑みはない。人々が手にする日本国旗が画面いっぱいにわさわさとはためいている。決められた未来。意思なき民衆。モノクロームに彩られた世界は遥か遠いものだと思っていたのに。
あれは我々にとってテレビの中だけの世界ではなかったのか。
我々は知らなかったのだ。
いや、知っていても見ない振りをしていたのだ。
都道府県間で子供を巡る戦争はもう始まっているのだと。
了
都道府県戦争 浅野新 @a_rata
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