第4話 上野のスイパラ
…やけ食いがしたい。
あーもー。
むすっとしながらそう思った。
委員長が言ってたのはもっともだ。正しい話だ。
でも、納得できていない。
そりゃその通りだ。
でもね、でも…。
むう。
むしゃくしゃ。
これはおいしいものをたくさん食べないと、気持ちが収まらないぞ!
同じクラスの委員長に女装した姿で出会ってしまい、いろいろ言われたあの日から1週間が過ぎた。布団の中にいるのもそろそろ飽きてきた頃合い。
その間、姉さんは、松浦さんから同級生にあったと聞いて、察してくれたのか「気にしないでいい」、「行きたくなったら行ってきなよ」とだけ声をかけられた。
松浦さんは、僕が女の子の格好になっていたことは伏せていてくれた。どうせまた「それは家族の問題だから」「君のかわいい姿を知らせるのはちょっとくやしいからな」とかいじわるなことを思っていたのに違いない。でも少しうれしかった。少しだけ。
腹が立つとおなかが減る。これは当然あるべき自然の姿。
とは言うけれど、お店で何皿も料理を頼むのはいかがなものか。ここはあまり目立たず大食いがこっそりしたい。
だって恥ずかしいじゃないか…。
うーん。
いい方法はないものかな…。
そういえば松浦さんが言ってたっけ。出張先のホテルの朝食でカレーを食べ過ぎたって。
ああいう感じならいいんじゃないのかな?
いろいろスマホで検索していたら、バイキングとかビュッフェスタイルというものらしい。
たくさんある料理をちょっとずつ取り、なんでも好きなものをたくさん食べられる仕組み。
これじゃないか!
ホテルのスイーツバイキング、自然食系ビュッフェレストラン、などなど、とかく女性に人気である。いろんなものをちょっとずつ食べられるからだ、とか分析的に言われるけれど、たんに欲張りさんなのだ。女の人は。ふふ。
まあ、僕は男ではあるけれど…。
いろいろなお店はあるのだけど、やはり、ここは行かねばなるまい。
スイパラに!
スイパラである。スイパルでもウイハルでもない。スイパラはスイパラであってスイパラ意外の何物でもない。「スイーツパラダイス」の略称がスイパラなのです。つまりここが乙女の最上決戦の場所。天下分け目のわけわかめなのです。
ふんぬー。
なぜか怒りながら上野のスイパラにやってきた。見上げるは白いファッションビル。その最上階に目的地はある!
スイパラは、ケーキを中心としたビュッフェスタイルのお店だ。若い女性向けのお店で、男性が単独で最も入りにくい食べ物屋さんとされているらしい。当然、女装しながらご飯食べてるような僕にも敷居が高い。でも怒りに身を任せた僕には、気後れはなかった。洋服も松浦さんが「おっ、かわいいな」と言ってくれた、ひまわり柄のワンピースに薄黄色のカーディガンにした。
これなら大丈夫。きっと。
ぎゅっと服の裾を握る。
エスカレータでどんどん上へあがっていく。ここは、東の109と呼ばれているだけあって、それぞれのフロアには、女の子向けの洋服やアクセサリーがたくさん売られている。
あ、あのワンピースかわいい、ゴスロリっぽいのもかわいい、きぐるみぽいけれどこれもかわいい!
フロアが変わるたびに頭の中がかわいいものでいっぱいになったけれど、まだ怒りの炎はしっかり心の中で燃えていた。
最上階。その端にその店はある。
ついに来ちゃったぞ…。
ここが…、あのスイパラ…。
時間帯もそうだったのか、お姉さんたちや同い年ぐらいの女子高生しかいない。みんなキャハキャハ言ってる。ここに紛れてごはん食べるのかと思うと、ちょっと…。気後れしてしまう。
しかし、しかし…。
僕は、やけ食いがしたいんだ。
勇気をもってお店に入ろうとすると、入り口に券売機でチケット買えと書いてある。
あ、券売機があった。ここでチケットを買うっぽい。ちょっとうれしい。声を出さなくて済むことにほっとする。
チケットを買うとレシートが出てきた。そこに書かれているのは「あと1時間30分」。
いいじゃないか。
よし。時間いっぱい暴れちゃる。
「こちらの席をどうぞ」
にこにこしたお店のお姉さんが通路側の席に案内してくれる。
僕はちょっとむすっとしてたかもしれない。
「当店のシステムについては、わかりますでしょうか?」
僕はよくわからないままうなづく。あまり声を出したくなかったから。
「それではお時間までお楽しみください」
お姉さんがレシートを見えるところにおいていく。この時間まではここにいていいということだろう。
僕は席に座りながら考える。
さあ、ここからは戦だ。
何をどう攻めるのか。どうすればこのお店を味わい尽くせるのか…。うーむむ。
まあ。
むずかしく考えずに。
ケーキだよケーキ。
わあーい。
早速ケーキが置いてあるショーケースへ向かう。
パァァァァ。
うわわ。
そこに並べられたのは、たくさんのケーキ。いろいろなケーキ。おいしそうなケーキ。
ショートケーキ、チョコケーキ、チーズケーキ、イチゴのスフレ、桃のタルト、マスカットのミルフィーユ、フランボワーズのムース、ミニシュークリーム…、などなどなど。
うーん、みんなおいしそう。
たぶん僕、いま目がハートになってる。
とりあえずちょっとずつ…、いやおいしいそうなのから…。
チリリリン。
鈴の音がする。
「季節限定のココナッツバナナタルトができましたー」
お店の人が声を上げ、空いたところに新しいスイーツが補充される。
そこに群がってくるライバルたち。
瞬く間に消えていくココナッツバナナタルト。
ああん、おいしそうだったのに…。
もう空になってる。
負けていられない。
ちゃんとたくさん食べなきゃ。
はちみつレモンババロアとチーズケーキ、ショートケーキ、と目についておいしそうなものをお皿に取る。
紅茶もいっしょにドリンクバーからもらってきた。
さあ宴はそろった!
いざっ。
あむっ。
あむあむ、むはむは。
ひゅゅーん。
あまーい! おいしいーっ!
はちみつレモンババロアは、レモンの香りが効いてて、すっきりして、さっぱりして、まったりとおいしい。
チーズケーキはチーズ濃いめな感じで香ばしく、これもまたおいしい。改めて食べると、私はレアチーズケーキよりべ行くとチーズケーキのほうが好みだな。うん。
ショートケーキは、いちごの甘酸っぱさ、そしてクリームの甘さ、スポンジの触感、まさに三味一体。いつでも誰でも満足するケーキオブケーキ。ここのはクリームが軽めで、たくさん食べられそう。
あ、また、チリリリン。
次はラズベリーのタルト!
次から次へといろんなケーキが出てくる。
これこそパラダイス!
うーん、いいなここ。ここに住みたい…。
…と思っていたのも、つかの間。
口がだんだん甘々になってきてつらい…。
こんなはずでは…。
おしるこに柴漬けや塩こぶをつけてくれるお店があったけれど、ああいうのが欲しい…。切実に…。
チリリリン。
「パスタが茹で上がりました!」
ん! パスタがある!
頭の中でふくよかなイタリアおばさんから「パスタをお食べよ!」って言われた気がする!
でも、パスタは置いていなかったような…。
もう一度ケーキが置いてあるところに近づくと「パスタはスタッフに声をかけてください」と書かれていた。
声出すのか…、ちょっと嫌…。
お店のお姉さんが気が付いたぽくて近づいてくる。
仕方ないか…、やけ食いのためだ…。
少し勇気を出して言う。
「これ…」
ばれないかな…。ちらっとお姉さんを見る。
「クリームサーモンパスタですね。茹で上がりましたら声をおかけしますので、お席でお待ちください」
そういうと、お姉さんは棚の奥にある調理場にオーダーを通していた。
ほっ。変に思われていないかな…。
席に戻りながら、またワンピースの裾を握る。
ほどなくしてパスタができた。
一口食べたら…。
もっちもちー。
生パスタってこんなにもちもちするんだ…。うどんぽいけれど、うどんほどじゃなく。
アルデンテってこういうことかな。これはおいしい。
ソースはバターの風味が効いてて、かなり好みのクリーミーな味。
パスタをひとくち。ケーキをひとくち。
ひぎゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅ!
甘い。
しょっぱい。
甘いー。
うわわっっっ、続いてきちゃうよおお。
なんか満足しちゃってる。
ちらちら頭に映る委員長の顔をもう忘れなくちゃね…。
怒りの炎は、もうだいぶ小さくなっていた。
紅茶を飲みながら、周りを少し見る。みんな誰かと一緒に来てる。
話しては笑い、うなづいて、それから…。
僕もこんなふうに友達とご飯を食べるようなことはあるのかな…。
まあ、気にしない。
気にすることはないんだ。
さて、お茶を飲んで、もう一皿行ってみよう。
「あれ、やっぱり、ふっちーじゃんかー!」
ぶはっ!
げぼっげほっ!!
後ろから誰かに肩を叩かれた。
「あ、わりぃ」
な、なんてことすんの?
って、あれ。
「あははは! ウケる。どしたん、その格好」
「…」
「いじめかなにかなん?」
「……」
「おーい、クラスメイトの丸山だよー、覚えてる?」
「………」
人間、イザというときはまるで言葉がでないものなんだと、ぼんやり思う。
イマふうの女子高生である丸山は、クラスでも休み時間になったらいつも笑ってるにぎやかな奴だったと覚えていた。
そしていつもいっしょにいるおとなしそうな玉川さんも、当然のように横にいた。
「まるー、ダメだよ、これいじっちゃダメなやつだよ…」
玉川さんが丸山さんの袖を引く。
「えー、だってウルトラスーパーレアキャラに会ったんだよ。声ぐらいかけなきゃ」
「でもさー」
玉川さんが僕をチラチラと見る。
僕はいたたまれなくなって、小さく声を出す。
「…ふっちーってなんだよ」
「ほらやっぱり、渕崎じゃんか。なー」
「なーって言われても…。ごめんね、渕崎君。
あ、『さん』と言ったほうがいいのかな」
委員長に続いてまたしても…。
学校からわざわざ離れた上野に来たというのに…。
「でさ、でさ、ふっちー、ここのはちみつレモンババロア、おいしくね?」
なんかこうなんでもないように声をかけてくる。さすが丸山さん。
「…うん、香りがいいよね」
「そうそう、はちみつとレモンってやっぱり最高だよね」
「たまに自分でレモン絞って、レモネード作るよ」
「えー、何それおいしそうじゃん。今度飲ませてよ。ホットにするん?」
丸山さんはなんというか…。
空気を読まないという人というか空気がない人というか。
「ふっちー知ってる?
ここのスイパラ、パンダのケーキもあるってよ」
「うん、パンダの頭おいしかった」
「あははは、頭ー。
切り分けたらぐちゃってなってキモイよね。ゾンビ映画かって。うけるー」
ゲラゲラ笑う、丸山さん。
つられて玉川さんが笑う。
僕もなんだか笑ってしまう。
「玉っちはショートケーキ、5個も食ってやんの」
「もう、まるー」
「玉っち、川上に告ったんだけど、ふられたんよー」
顔色を変えた玉川さんが慌てて遮る。
「ちょ、ちょっと、まるー、それ言っちゃダメ」
「だからやけ食いー」
「こらー、もー」
玉川さんが丸山さんの頭をぺしぺしする。必殺ナントカチョップとか言いながら。
これなら僕も言えるかな…。
「ぼくも…似たようなもんだよ」
「なんか嫌なことあったん?」
丸山さんが玉川さんからの攻撃を避けながら、僕に顔を向ける。
「委員長に会った。この格好で…」
「「あー」」
二人でハモられた。
たぶん想像がついたのだろう。
「いろいろ言われて…。
だからやけ食いしに来たんだ」
「まあ、あの委員長じゃねー」
「委員長は天敵だもんねー、まるー」
「そうそう、偉そうにいろいろ言うくせにさー」
「委員長被害者の会を作ったら、絶対入るよねー」
「たぶんほかに10人ぐらいはメンバーになるね」
二人でウンウンうなづいている。
委員長ってそんな人だったのか…。
あんまり学校に行ってないからわからなかったけれど。
「うーんうーん。委員長と戦ってきた先輩から言えるアドバイスとしては…」
丸山さんが身を乗り出して、僕に言う。
「まあ、あんなの、気にすることないっしょ」
え…。
僕はただただびっくりした。
「そうなの?」
「どうでもいいじゃん。気にしたほうが負けなんよ」
「でも、こんな格好だし…」
「それは言い訳」
「言い訳…」
言い訳か…。
僕は誰に何の言い訳をしていたんだろう…。
ワンピースの裾をぎゅっと握る。何度もまた…。そしてあいまいに手を離した。
「気になるよ…。人の目は…」
丸山さん僕をじっと何か見極めるように見つめた。
「自信持ってええよ。かわいいし。
玉っちもそう思うっしょ?」
「まあね…。もっと髪をまとめて、ちょっとチークを足せば…」
「おっ、玉っちの姉属性に火が付いた」
「なにそれ」
「この髪だって玉っちがやってくれたじゃんかー」
「そうだけどさー」
…なんかいいな、この雰囲気。
僕はふたりを見ながら、ほわほわとした不思議な気持ちになっていた。
「あっ、まるー、もう時間ないよ」
「わお」
玉川さんが持ってたレシートに書かれている時刻は、もうとっくに過ぎてた。
「ごめんね、渕崎くん、まるはこんな奴だからさ」
「じゃあー、ふっちー、ちゃんと学校来るんだぞー」
彼女達が手を振る。僕は手を小さく振り返す。
僕はケーキを食べる。甘いケーキをモリモリとパクパクと。
またしょっぱいもの食べたいな。そしたらまた甘いものを。次はどうしよかな…。
今はなんか体が甘くてしょっぱくて、いっぱいになってる。
女装めしっ! 冬寂ましろ @toujakumasiro
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