9-3 それでも道は続くから
私、私は、こんなぼんやりですから、人に好きとかそんなことを言われたこと、一度もありません。初めてです。もちろん、自分から言ったこともありません。自分にはそんなことなんて何も起こらず、独り身のままおばあちゃんになるのかな、なんてことすら思っていました。
だから、ぽかんとしてしまって。
「お前大丈夫か。馬鹿みたいな顔をしているぞ」
逆に心配されてしまいました。だって、仕方がないではありませんか。私は店長のことが大好きだけど、店長の方が私のことを好きでいてくれていたなんて、そんなの予想外すぎたのですから。
「そ、その馬鹿みたいな顔が、店長の好きになった顔なんですけど!」
「うるさい」
何を言い返しているのでしょうか。もう、私、何がなんだかわからなくて、でも。
「うれしい」
それだけ、口からほんのり温かな言葉がこぼれ落ちました。
「うれしい、うれしいです」
私の気持ち、細かな凹凸のある気持ち。どう扱えばいいのかわからなくて、外からクレムがはやすのもなんだか違っている気がして、でも。
今ちょうど、ちゃんとぴったりの穴に、綺麗にはまりました。ようやく、ようやくです。
店長もそうなのでしょうか。だとしたら、こんなに素晴らしいことって他にありません。
「そういう……お前は……」
店長は、呆れたような顔で、肩をすくめます。
「うれしい時、ちゃんと笑う奴なんだよな」
年相応の若い人みたいな口を利く店長は、なんだかとても新鮮で、だから私、心から微笑みました。
私、この人が好きです。仏頂面で、実は寂しがりで、心の奥に素直な、優しい気持ちを隠し持っていて。こんな素敵な人、きっと町の外の広い世界を探しても、他にはどこにもいません。
「ああ、さっきの話だ。もし、お前が良ければ、だ。うちの建物は上の方は空いている。住み着いても構わん。片付けて好きに使え、と言いたかったんだ」
なるほど、それは確かに順番が大事かもしれません。
私は店長の左手を取って、ぎゅっと握りました。店長の手が少し戸惑ったように逃げそうになって、それから確かに私の手を強く握り返しました。そうして、私達はふたりで肩を寄せて、時計塔の上からの景色を眺めます。
店長。店長のお父さんは間違いだったって言っていたけど。昔の人は大勢亡くなったけれど。私の願いは大変なことになったけど。それでも。
それでも私、ギフトが何もかもあってはいけないものだったとは、やっぱり思っていません。私はギフトのおかげで店長のことをもっと知ることができました。クレムは危険があれば何度だって飛ぶでしょうし、真治さんも、きっと誰かのために力を振るうはず。
願うことは、誰にも止められないのですから。
クレーター広場は今日も賑わっている様子。小さく何か飛んでいるのは、あれは買われていったドローンではないでしょうか。デパート跡地にはいつものように露店が出ているのでしょう。遠く温室では安藤さんの身体が眠り、大学公園地下には、その心が今日も元気に生きています。
私は町の栄えた過去と、滅びた時を知りました。知って、そうして、やがて来る明日を自分の速度で生きます。時間は前にしか進みません。止まっていられないのならば、動くしかありません。
カメラを持ってくれば良かったな、と思いました。ほんの少しだけ広くなった私の視界を、四角く切り取って安藤さんに見せたいです。
町は、きっと変わります。人も。景色も。ギフトは残りました。これからさきわい町がどうなっていくのかは、誰にも何もわかりません。良いことも、悪いことも、たくさん起こるでしょう。悪いことの方が多くても、何も不思議ではありません。
でも、私は怖がらないことに決めました。ええ、もう怖くありません。だって、一番大切な人が傍にいてくれるのですから。だから、きっと大丈夫。
大事なのは、少し、ほんの少しだけ、素直に気持ちを話すこと。
私と店長は、そっと小部屋を出て、また昇降機に乗りました。ぐんと降って行く先は、クレーター広場。そこから歩いて商店街、奥の小さな通りへ。
「店長。私、教わりたいことがあるんです」
商店街の入り口、ギフトを持つ人も、そうでない人も、にぎやかに人の行き交う道端で私がそう言うと、店長が不思議そうに私を見ます。私は続けました。
「あの機械の言葉をもっと知りたい。もっと機械と話したいんです」
店長はどこか優しく目を伏せます。お父さんに教わったこと、お父さんのプログラム。そんなことを、思い出してでもいるのでしょうか。あの時の私のコマンド入力の手並み、どうだったのか、いつか聞いてみたいです。
「……ああ、教えよう」
私と店長は一歩ずつ、一歩ずつ、前に向かって歩いて行きました。過去の遺したひび割れの道を踏みしめて、明日の話をしながら、前へ。
さきわい町の商店街、隅っこのがらくた通り、小さな古道具屋『がじぇっと』。
猫耳の店長と私と、まだ反抗期のカートさんがお待ちしています。
本日は午後から開店。古くて愛おしい機械達を、各種取り揃えております。
良かったら一度、お立ち寄りください。ね。
がらくた通りと猫の耳 佐々木匙 @sasasa3396
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます