ショウちゃんは宇宙を股にかけます

「我が艦隊の空母が、共和国の母港に停泊中であることは間違いありませんか?」

「おう。マッケンのオーラとそっくりな惑星に、つうか、惑星の外側? そこに浮かんでるでっかい建物にさ、お前の記憶と同じ船があるぞ。詳しい場所は、もうちょっと強く想像してもらえると嬉しいかな」

 さらに次の休日。

 翔一たちは、マッケンの希望で簡単な衣服だけを身に付け、手ぶらで集まっていた。これから、勇者のなかで最も謎だった、ロボットな彼の故郷へとお邪魔するのだ。

 この順番も、マッケンの要望だったりする。彼は全ての惑星へ行きたいと発言していたが、翔一と魔王セシルの故郷である地球だけは後回しにした。

 なにか理由があるのだろうか。

「母港はラグランジュシクラカ点第二の、ホロン宙軍基地にありますので、間違いなさそうですね。では、転移先は空母の外周通路、マルサンヨンナナ番でお願いします」

  おお、なんだか聞いたことがあるぞ、と翔一は感動した。マッケンの使っている言語では呼び方が違うらしいが、ラグなんとかは、アニメなどでも頻繁に出てくる単語だ。

「行く先を指定するには、その場所をはっきりと想像すれば良いのでありましたな」

「うん。それで頼むわ」

 翔一が頷くと、マッケンの黒い巨体から、広々とした白い通路の映像が流れ込んできた。壁の丸いトンネル状で、窓も照明も探せないのに、全体がほんのりと明るい。

 おお、SFっぽい。いいね、いいね。

「ほんじゃ、しゅっぱーつ!」

 パッと転移して、それからは全員が口を閉ざした。事前に言われていたとおり、両手を頭の高さまで上げて大人しく待つ。こういう仕草は、どこへ行ってもあまり変わらないんだね。

 しばらくして、トンネルの前方から黒い影が三体、宙を滑るように近づいて来た。こちらは重さを感じる側に足をついているのに、いったいどういう仕組みなのだろう、と翔一は不思議に思う。

 軽く探索魔法を使っているので、背後からも別の気配が近づくのがわかった。だが、振り向いたりはしない。それは自殺行為だと、マッケンに厳しく警告されている。

 二メートルほどの距離を開けて停止したのは、三体ともマッケンと同じ黒い巨体だった。先頭に浮かんだ一体が、頭部のランプから青い光線をマッケンに照射して、キュインと音を立てる。

 残る二体は、同じ光線を翔一たちに照射した。レーザーポインタのようだが目に当たっても眩しくはなく、頭から足先まで、全身を舐めるように探られる。

 そう、探られているのだ。相手にとって、こっちは見知らぬ生命体だからね。未知との遭遇ですよ!

 翔一たちが息を潜めて我慢していると、三体からマッケンに似た男性の声が発せられた。

「機体番号は、ボイク=ウィル=ガー、ヒトマルナナマルハチ。搭乗者は、シューリー=マッケン上等兵曹。生体反応も一致しております」

「所属不明の、人類に似た生命体が六体。ただし、うちの二体は同じ構造であり、残りの四体はそれぞれ異なる構造をしております。常在菌は、全て既知のものと判明しました。はい。洗浄室へ連行します」

「通路の閉鎖と、洗浄班の出動を要請します。はい。了解しました」

 あっれー? 俺たち、洗われちゃうのか。

 まあ、俺の浄化魔法は、鑑定で毒や病原菌と判断したものを弾くだけだからね。こんなに未来な世界じゃ、普通の人間は菌の塊扱いかあ。悲しい。

 黒い巨体は、前方の三体が翔一とキリ、セシルを。背後の三体がギャバンとタオ、エレナを掴み上げて、トンネルの中を運んで行く。もちろん、抵抗などしない。ここは素直に洗ってもらいましょう。

 ゆるく湾曲している通路を五分ほど進み、突き当りを曲がって、また進んで、また曲がった辺りで、目的の場所に着いたようだ。通路の横に丸い入り口が開いて、翔一たちはポイッと中に放り込まれる。

 そこは、引力を感じない四角い部屋だった。力強い腕に放り投げられたが、それほど勢いはついておらず、翔一たちはふわふわと宙を流れて別の腕に捕まえられる。その腕は、壁から直接に生えていた。

 片方の壁に翔一たちが並び、正面にギャバンたち三人が並んでいる構図だ。見ていると、自分たちを捕まえた腕はそのままに、さらに何本もの腕が壁から生えてきた。機械的な形状の腕には器用に動く細い指があり、翔一たちの服をやや乱暴に脱がせていく。

 えっ。ちょっと待って。

 なにも言うなと注意されているので、全員が声を出さずに口をパクパクとさせる。壁際に並ばされた翔一たちは、お互いに顔を見合わせてから、一斉に上や下を向いた。

 こういうのは普通、男女別にするんじゃないんですかね?

 全裸に剥かれて、謎の液体で洗浄されている最中に、翔一はちょっとだけ視線を下げてみた。

 エレナさんの濡れた裸体は、とても眼福でありました。ありがとうございます。

 ようやくご褒美が来たよ! やったね!



 翔一たちは壁に吊るされたまま乾燥され、最後に黒いTシャツとハーフパンツのような衣服を着せられた。サイズは少しゆとりがあるものの、小柄なタオから長身のキリまで、きちんと合わせてある。足には、靴下とマリンシューズの中間といった感じの、ぴったりとした履物だ。

 こんなに短時間で、サイズ違いの服を人数分用意するなんて、すごい未来だね。

 そこで引力が発生し、足元側の床にぽとんと落とされた。いや、これは引力ではなく、人工重力とかそういう類のものであろうか。

「……ええと」

「喋っちゃだめなんでしょ? 大人しくしておきましょう」

 口を開いたタオをそっとたしなめて、エレナが彼の肩を抱いている。彼女も不安なのだろう、二人の距離はいつもより近かった。

 翔一たちも視線を交わすが、声を出せないので、なんとなく部屋の中央に集まってみる。四角い部屋には通路と同様に窓が無く、壁は薄い灰色だ。先程の入り口や、何本もの腕が出てきた穴も見当たらない。光源が無いのに明るいのも不思議だが、真っ暗な中に放置されなかったのは感謝しておこう。

 これで真っ暗闇だったら、泣いて逃げ出しちゃうからね! 地球とかに!

 彼らが落ち着いていられるのは、翔一の転移能力があるからだ。しかし、仮に逃げ出すような事態になった場合、マッケンだけは置いて行かなくてはならない。翔一もまだ、自分の視界に入っていない人や物を転移させる方法は知らなかった。仲間たちが不安を覚えるのも無理はない。

 見知らぬ異世界で、ほんの短期間を一緒に過ごしただけとは言え、自分たちは境遇を同じくする仲間だ。休暇のたびに、それぞれの故郷へ遊びに行って、さらにお互いの親睦を深めた。ここでひとりを脱落させるなど、誰も歓迎しない事態だろう。

 まあ、その時は俺の最終奥義が唸るだけだけどね!

 ぼけっと立ち尽くしたまま、十分は待っただろうか。壁際の床が音もなく盛り上がって、背もたれのあるベンチのような形状になった。

「座ってくれたまえ。こちらはフィシュール共和国宙軍、第四艦隊、空母ヴィギャイ艦長、シジール大佐である」

「おっ、艦長さんが出て来たのか。こんちは! 俺は遠藤翔一だ。ショウちゃんって呼んでね!」

 どこからともなく聞こえて来た声に、翔一は元気に挨拶した。

「そんじゃ、座らせてもらおっか。立ってるのもダルいし」

「ショウ……お前、本当に自由だな」

 キリが呆れた顔で言って、しかし最初にベンチに腰掛けた。先ほど丸く出入り口が開いた通路側だ。何者かが侵入して来るなら、そちらが最も可能性が高いだろう。

 危険な場所に自分から座るとは、実に男前である。

 翔一は、なんの意図も無く真ん中に座った。

 全員がベンチに座ったところで、対面の壁が淡く光る。見ていると、中央辺りに横長の画面が現れて、そこに白いロボットのようなものが映し出された。

 肩から上だけ見せている彼は、頭部が円柱状で、体に入っているラインはオレンジ色だ。階級や所属によって、色が違うのだろうか。背景は真っ暗で、どこにいるのかわからない。

 その白いロボット風の人物は、頭部にあるオレンジ色のランプをチカチカさせて言った。

「先ずは、我が艦隊の貴重な戦力を救出し、遠い異星より帰還させてくれたことに礼を言う。これまでの経緯については、マッケン上等兵曹が持ち帰った資料で確認を終えている。彼女は問題なく、部隊に再編入されるだろう」

「へえ、そりゃあ良かった」

 翔一は、内心「彼女ってなに? マッケンって女の人だったの?」と椅子からずり落ちそうなほど驚いていたが、表面上はにこやかな笑顔で返した。

「で、俺たちはなんで、こんな所で話をさせられてんのかな。これまでの資料ってことは、マッケンが召喚されてから、周囲の出来事を映像とかで記録してたんでしょ? なら、他の星で俺たちがどういう扱いだったかも知ってるよね」

 艦長は、頭部のランプをチカチカさせるだけで答えない。

「大事な家族を連れ帰ってくれてありがとう! ってね。あっちこっちで大歓迎だったわけよ。旨い飯を食わせてくれたりさ。ここじゃ、そういうのは無いの? 艦長さんの権限じゃ、よその星から来た部外者に歓迎パーティとか開けないのかな」

「礼はする。貴殿らには、充分な報奨も与えよう」

「だーから、そういうんじゃなくてさあ。いやね、わかってるよ? 俺には転移の能力がある。意識を失わせようにも、結界魔法を全開にしてるから、ガスや電撃なんていう外部からの攻撃は効かない。この船は、いまものすごい勢いで飛んでるけど、逃げ出すのなんか簡単だ」

 艦長のチカチカが止まった。さすがに、そこまで知られているとは思わなかったのだろう。

「なによ。この船って、動いてるの?」

 エレナが、きょろきょろと部屋の中を見渡した。

「どこへ連れて行くつもりなのかしら」

「目的地なんて無いよ。最初からちゃんと、自分の星の港にいたんだから。たぶん俺の転移魔法が、惑星以外の場所からでも大丈夫なのか確認したいんじゃね? もう結論は出てると思うんだけどね」

「まあ、ここが宇宙空間なら、確かめるまでもないよね……そもそも、惑星だって自転や公転をしているんだし」

 エレナと同じく、進んだ科学知識のあるセシルが曖昧に頷く。他の仲間たちは、まだ首をひねっている状態だ。

「あ、そうか。もしかして、マッケンたちの惑星は宇宙に進出できても、ワープ航法とかはまだの段階なのかな。だから、ショウの能力に目を付けたとか?」

 おお、さすが魔王は頭がいいな。褒めてやろう、心の中で。

「かもね。とりあえずマッケンを人質にして、俺たちがどういう反応をするか観察してるんだよ。あとは、偉い人からの連絡待ちかな。俺たちが、マッケンを出せーとかゴネるのを期待して、時間稼ぎしようとしてるんだね。連絡するのは光の速さでも、人間が相談して結論を出すには、ある程度の時間が必要でしょ?」

 翔一の答えに、とうとう艦長のランプが二つとも消えてしまった。うーん、下手なポーカー・フェイスよりわかりやすいな。あのランプ、無い方がいいんじゃないの。

「でも、俺って頭悪いからさあ。そういう駆け引きとか、とりあえず逃げてからマッケンを救出しようとか、面倒で嫌なんだよね。だから、簡単に決着付けていい?」

 左右の仲間たちに視線を向けると、全員が頷いて返す。

「んじゃ、ちゃちゃっと済ませますか」

 そして翔一は、空母ごと転移した。

 自分の召喚させられた惑星に近い、遙かなる宇宙空間へ。

 これが俺の最終奥義、人質を取られたら、より多くの人質を取ってやれ! である。参ったか!

 ケヒューの民の引っ越しが苦痛になってきたため、転移魔法で運べる重量を増やそうと、ものすごく訓練した翔一である。この程度、朝飯前であった。

 面倒くさがりは、時に人一倍の努力をするのだ。自分が楽をするために。



「ショウチャンを相手に、我々が民間人に対して行うような交渉は危険であると、警告はしたのですが……」

 マッケンは頭部を傾けて、横に座る白い巨体を見上げた。

 二人が並んでいると、その大きさの違いがよくわかる。艦長の円柱状をした頭部は、マッケンより五十センチも上にあり、体は一回り以上も大きかった。

 その白い頭は、軽く下を向いている。二つのランプも消えたままで、人間で言うなら、しょんぼりと俯いている状態だろうか。

「艦長、諦めてください。この記録を提出すれば、上層部も理解してくださるはずです。計算機ラカの結論も同様であったのですから」

 チカチカとランプを光らせて、マッケンが翔一に向き直る。

「申し訳ありませんが、艦長や隊員たちをお許しいただけますでしょうか、ショウチャン。彼らも、命令によって動いていたに過ぎないのです」

「いいよー。こっちも、よその星の船を乗組員ごとやっつけるなんて、面倒なことしたくないし」

 ニカッと笑って返せば、艦長の頭部が真っ直ぐになって、ランプが勢い良く点滅しだした。

「いやいや、冗談だって。ごめんね!」

「そういった、たちの悪い冗談は止めていただこうか。現状ですら、我々には受け入れがたい非常事態なのだ」

 艦長は、少しすねたような口調で返した。常に平坦に話すマッケンと違い、艦長ともなると感情の乗った喋り方をするんだな、と翔一は感心する。

「だが、我々が交渉を焦るあまり、エンドウ=ショウイチらに不愉快な思いをさせたことは事実だ……私からも謝罪しよう。済まなかった」

「いんや? 面白かったから、もう気にしてないよ」

 とても素晴らしいご褒美もあったしね!

 翔一が軽く返すと、艦長のチカチカもようやく普通の速度になった。

 あの後、翔一が「マッケンも込みで話をさせてくれないと、その気になるまで艦内のを壊したり、あちこちに転移させるよ」と脅すと、艦長以下の全乗組員が、快く全面降伏してくれた。やったね!

 彼らは現在、ミシャ国に用意された勇者用の屋敷で、翔一の部屋に集まりテーブルを囲んでいる。マッケンたちのロボット風な体は、下半身がすっきりと細いため、きちんと椅子に座れるのだ。

 使用人が用意してくれたお茶をひと口飲み、翔一は切り出した。

「まずは確認なんだけどさ。マッケンが俺たちの星を後回しにしたのって、上の人たちに地球の場所を知られないためなんだよな」

「はい。ほかのみなさんも素晴らしい能力をお持ちですが、ショウチャンの魔法には計り知れない価値があります。自分は、記録した情報を隠すことができません。これを知れば、共和国はショウチャンの身柄を確保しようとする可能性がありました。もちろん、それは現実となったわけですが」

 マッケンは、ランプのチカチカを少し止めて、また点滅させる。

「共和国では、意思を持つ個人に対して、脅迫や洗脳を含む、あらゆる強要を禁止する条約が存在します。しかし、この条約が共和国以外の惑星住民に対しても適用されるかは、自分の計算でも判断がつきませんでしたので」

「なるほどねー。ってことは、他の星はだいたいの場所が掴めてるのか」

 翔一が言うと、艦長がくるりと頭部を回転させた。

「結論を弾き出すまでの時間が、計算機ラカなみに早いな。そのとおりだ。マッケン上等兵曹の持ち帰った記録映像により、この惑星を含む五つのエイダ型惑星は、全て同じ銀河系に属すると判明した」

「え? ちょっと待って、どういうこと?」

 セシルがテーブルの上に身を乗り出して言うと、エレナが顎に手を当てててうなる。

「自分の国以外の人間には、脅迫や洗脳もするかも知れない……そのくらい、ショウの能力が魅力的、ってことよね。それで、他の惑星、つまり私の生まれた星なんかは、場所がわかってる。ああ、そういうこと」

 エレナの目が、すっと細められた。

「銀河系って確か、ものすごく広いのよね。端から端までの距離を光の速さで測るくらい。そして、あなたたちの技術では、宇宙に艦隊を進めることは出来ても、ワープシタール航法が使えない……いえ、使えるんだわ。ただし、それを行うには、目的地の正確な位置が掴めないといけない。そうでしょう?」

「そっか。他の惑星になら行けても、地球の位置がわからないと意味が無いんだ。だって、必要なのはショウひとりなんだもんね」

 セシルも理解できてきたらしく、むっとした顔で艦長を見上げる。

「マッケンで駄目なら、他の惑星。それでも言う事を聞かなきゃ、地球を人質にするつもりだったんだ。マッケンは、そこを見越して地球には行かなかったんだね。そうまでして、なんでショウを手に入れる必要があるの。もしかして、どこかと戦争でもしているとか?」

「待ってくれ。君たちは、いったいなんの話をしている?」

 慌てた口調で割り込んだ艦長は、エレナとセシルを交互に見つめた。二人は、じとっとした目で艦長を見返した。

「悪い異星人が、別の惑星から来た人間兵器を手に入れようとして人質をとったけど、あっさり失敗したんじゃないの?」

 からかい気味に言って、首を傾げてみせるセシル。

「お前らの惑星の位置は知っているのだぞ! 母星を攻撃されたくなくば、いますぐにショウを差し出せ! とか言い出すつもりだったんでしょう?」

 芝居っ気たっぷりに声を太くして言うと、エレナがふん、と鼻を鳴らす。

「違う。とんでもない誤解だ。戦争もしていない。我が共和国は、惑星の統一国家なのだから」

 艦長のランプが、素早く点滅してからぴたりと止まった。

「いや……そうとも取れる行動だったのだな。わかった。ひとつずつ説明をさせてくれ。我々は確かに、エンドウ=ショウイチの協力を仰ぐために、彼と親交のあるマッケン上等兵曹を利用しようとした」

 そこで艦長の右手が伸びると、テーブルに用意されたお茶のカップにかざされる。彼も喉が乾いたのだろう。右手が戻されたとき、カップの中身は半分になっていた。

「だが、君たちや、その出身惑星を武力で制圧しようなどという意図はない。最初の交渉が決裂した時点で、我々にはもう他の手段など残されてはいなかった……それは不可能なのだ」

「うん? でも、ワープは出来るんじゃないの?」

 翔一の問いに、艦長は頭部を回転させて返す。

「君たちの言うワープ航法、そして、そちらの彼女が発言したシタール航法が、共に似た技術を指すとしよう。我が共和国では、この技術をサ=トゥム転移航法と呼んでいる。宇宙空間で航宙機を光速の八十パーセントまで加速させた後で、このサ=トゥム転移を利用すると、最長で五十光年先まで機体を移動させられる、というものだ」

 そこで間を置くと、艦長の声は、実に人間らしく沈んだものになった。

「何度も無人機での実験が繰り返され、ついに五年前、最初の有人機が試験飛行をしたのだが……この機体は戻らなかった。原因は不明だ。実験機には二度のサ=トゥム転移が可能な燃料と、乗員が五年間は生存できるだけの資材が積み込まれている。我々は待った。待ったのだ、この五年という長い時間を」

 円柱状の頭部が、かくりと前に倒れる。それはおそらく、艦長にとって頭を下げるのと同じ仕草なのだろう。

「エンドウ=ショウイチ。君の能力に関する情報を得た時、上層部はすぐさま母国の計算機シカと協議し、君をこの実験機の捜索に当てようと結論を下した。私は、その交渉役として選ばれたのだが……」

「なーんだ。そのくらいのことなら、軍隊式にしなくても協力してやるのに」

 翔一は、気が抜けて椅子の背に沈み込む。

「警戒して損した。早く言ってよ」

「私が説明する前に、君が空母を拿捕したのではないか!」

 うわあ、艦長がキレた。

 翔一は、ごめんごめん、と謝った。

 だが、もちろん警戒は解かない。当然だよね。

 この程度の話が本題だったら、マッケンがあれほど警告する理由が無いんだから。



 結論から言うと、実験機は翔一の鑑定なんちゃら魔法で、あっさりと発見された。

 それも、予定されていた五十光年どころではなく、なんと母星から百八十光年も離れた場所で。そりゃあ見つからんわ。

 乗員もギリギリだが生きていた。それがわかったのは、マッケンと似た黒い巨体を横たえ、頭のランプをわずかに点滅させていたからだ。彼らは、いきなり船内に現れた翔一を見ても驚く気力すら無いほど衰弱していたが、命があるなら問題ない。翔一は、十二名の乗員をささっと治癒魔法で回復させてから、船ごと母港へ転移して戻った。

 めちゃくちゃ喜ばれた。それはもう、国を挙げて、いや、星を挙げての大歓迎で、翔一は初めて見る普通の人間に似た姿のフィシュール共和国人たちから何度も礼を言われた。ロボット風なのは、どうやら軍人さんだけらしい。

 共和国のある惑星エイダに招かれての大感謝パーティや、大歓迎パーティが七回を数える頃になって、翔一はほうほうの体で逃げ出した。そりゃ、旨いもんくらい食わせろとは言ったけどさ。やりすぎだろ!

 ぐったりして戻ると、ミシャ国で待機していたマッケンが、部屋にやって来て言った。

「ショウチャンの発言から、ひとつ疑問が生じていたのであります」

「ふーん? なんだろ」

「転移に必要な魔力を計算するためには、それぞれの地点の距離を測らなければならないのでしたね。鑑定魔法に、波動魔法を組み合わせた計測魔法を利用して」

「そうそう。マッケンに、魔法が使えたらなー。記憶力があって頭もいいから、俺の代わりくらいすぐ出来そうなのに」

「しかし、不思議なのです。ショウチャンは、その計測魔法を光センサと表現しました。この語から推測するに、発想の元となったのは、物質に光を反射させて距離を計測する機器ではありませんか?」

「そうだよ。俺の星に、そういう機械があるんだ。まあ、詳しくは知らないんだけど」

 マッケンは、キュインと音を発して続ける。

「我々、勇者たちの惑星は、とても離れて存在します。この惑星に最も近いのはキリの惑星ですが、それでも約八十光年の距離があると計測されました」

「へえー。マッケンの科学力ってすごいな。俺はそのへん感覚でやってるから、ちゃんとした距離とかわかんねーんだわ」

 適当に返しつつ、翔一はベッドに寝転ぶ。この部屋で寝るのも、そろそろ半年か。さっさとケヒューさんたちの引っ越しを終わらせて、地球に帰りたいものだ。

「八十光年ねえ。マッケンの国のワープが安定しても、一回で飛べるかどうか、かな」

「はい。しかし、問題はそこではありません」

「うん? じゃあどこ?」

 寝転んだまま見上げると、マッケンは青いランプで翔一をじっと見つめていた。

「最も近い惑星でも、光の速度で八十年かかる距離にあるのです。その距離をショウチャンは、瞬時に計測しました。これが、光センサという機器と同様の魔法であるはずがありません」

「うーんと……ああ、うん。確かに」

 なるほど。

 翔一は、疲れた頭で考える。言われてみれば、その通りだ。八十光年も先と言えば、光が行って帰って来るのに合計で百六十年もかかる。

 あれ? じゃあ、光センサとは違うのか。

「良くわからないけど、魔法ってすごいね」

「そうですね。本当にすごいです」

 マッケンは、くすっと笑った。

 翔一は、驚いて身を起こす。笑った。まるで人間のように……いや、人間なのだろうが、これまでロボットのように平坦な口調で喋っていたマッケンが、初めて感情を込めて笑ったのだ。これが驚かずにいられようか。

「自分は母星で精密検査を受けましたが、ショウチャンから脳の改造魔法を受けた後でも、なんら異常は見つかりませんでした。そこで、ひとつお願いがあります。光速をも越えて距離を測れる魔法を生み出したショウチャンならば、必ずや成し遂げてくださると期待するのでありますが」

「お、おう……なに?」

「我々が別々の惑星に別れた後でも、お互いに連絡を取れるような魔法を作っていただきたいのです。脳に組み込むことができ、魔法の使えない自分にも運用が可能なものを」

 静かにこちらを見下ろしているマッケンは、ランプをチカチカさせたり、頭を回したりせずとも、期待と不安に息を潜めているとわかった。翔一には、そういった感情が、いつの間にか読めるようになっていた。

 うん、ロボットじゃないな。マッケンは、やっぱり人間だわ。

「おう、いいぞ」

 翔一は、ニカッと笑って親指を立てる。

「つうか、そういう魔法はもうあるからな!」

 マッケンの頭部から、キュインと音がした。

 そして彼女は、ついに声を立てて笑ったのだった。

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