ショウちゃんの冒険が始まりました

 女性は、自らを魔王と名乗った。

 名乗る前に、彼女が後ろに控えていた十二人にワーワーと取り囲まれたり、その十二人を彼女が魔法でふっ飛ばしたり、残っていた兵が何かの勘違いをして矢を放って来たり、それを翔一が弾いてついでに爆撃魔法を撃ち込んだり、慌てて飛んで来たギャバンにしこたま怒られた翔一が増えた被害者を癒やしたり、と色々あったのだが、その辺は省略だ。

 魔力の尽きたエレナとギャバンには、先に同盟軍の陣地に戻ってもらう。翔一はまだ一度しか攻撃魔法を使っていないので、今からでも魔族軍を二度目の壊滅に追い込める余力があった。

「ごめんなさい、取り乱して」

 肩をすくめて謝る女性に、地上に下りた翔一も手を振って返す。

「いんや、こちらこそ。そんで、君が魔王なんだっけ?」

「そう……なのかな。いえ、先代の王に一族を託されたから、私がいまの王ね。はいはい、わかってるから!」

 彼女の後ろから、取り巻きのひとりが何か言ったらしい。そっちも大変だね、お付きが十二人とか。こっちは世話役が、おっさんひとりで良かったわー。

 翔一は女性が落ち着くのを待って、気になっていたことを訊いてみる。

「細かい話は置いといてさ。その様子だと、魔族さんたちも召喚魔法を使ったってこと? さっき、地球がどうとか言ってたもんね」

「ええ……そうなの。私は三ヶ月くらい前に、この一族から呼び出された地球人よ。だからか知らないけど、魔法っぽいものが使えるのは私だけ。生まれは合衆国のカリフォルニア州にある、オークランドってところ。いまはロサンゼルスで大学に通っている……いた、んだけど」

「おおー! すっげえ久しぶりに聞く地名だな。良く知らんけど! 俺は日本から来たよ。東京くらいは知ってるでしょ?」

「本当に、地球人だったんだ……良かったあ!」

 女性は涙声で叫ぶと、翔一にぎゅっと抱きついてきた。

 あまり嬉しくはなかった。鎧を着ているので、とても硬くて痛い。

「私もう、このまま戦争で死んじゃうのかと思って……ひとりぼっちだし、周りの人はみんな角とか生えてて、すごく怖くて……でも、敵の国にも召喚された勇者がいるって聞いて、それで頑張ったの! もしかしたら、地球の人かも知れないって!」

「うん、わかったから離してね。色んな部品が刺さってるからね」

「あっ、ごめんなさい!」

 ぱっと身を引いた女性は、誤魔化すように肩まである髪を直した。その髪も明るい茶色で、少しウェーブがかかっている。そばかすの残る小さな丸顔は、日本人の翔一にも親しみやすく可愛らしい表情をしていた。エレナのように目を引く美しさは無いが、仮にこんな子が留学して来たら、男子がそわそわと落ち着かなくなるのは間違いないだろう。

「それで……ショウ、だっけ? あなたは、人間側の勇者なんだよね。なのに、どうしてみんなを生き返らせてくれたの?」

「だってさ、これだけ力の差を見せたら、どう考えたって、こっちの勝ちってわかるでしょ。冷戦とか言うんだっけ? そういうのって、相手のことが気に入らなくても、両方のお偉いさんが軍事力の差を認識するだけの情報があれば充分なんだよね。テレビで見たことあるよ。わざわざ相手が滅びるまで殺すなんて、近代的じゃないし」

「近代的……抑止力とかの話よね、たぶん」

「それそれ。もしかして、お仲間はまだ納得してないの? このまま戦いを続けても、たぶん魔族さんたちは一方的に殺されちゃうだけだよ」

「そうだよね……わかったでしょう? 私なんかじゃ、彼らに対抗する力は無いの。もう、こんな争いは止めようよ」

 女性が振り向いて、お付きの十二人に訴える。揃いの鎧に身を包んだ魔族たちは、苦しげに表情を歪ませて項垂れた。

 反論は無いようだ。まあ、あれだけの大虐殺を見せられたらねえ。あ、違う! 虐殺じゃない! ちゃんとひとり残らず復活させてありますから!

 お付きたちの様子を見て、女性はほっとしたように翔一に向き直った。

「でもね、この人たちの話も聞いてあげて欲しいの。魔族なんて呼ばれてはいるけど、彼らだって好きで人間と争っているわけじゃないんだよ」

「おう、暇だからいいよ」

「……は?」

 翔一は、女性にニカッと笑いかける。

「君も暇なら、ちょっとお茶でもしない?」

 女性の拍子抜けしたような顔は、しばらく元に戻らなかった。



 女性の名はセシル・クラーク。こちらに来てから二十一歳を迎えた、現役の大学生だ。そして、魔王でもある。

 彼女と、ついでにお付きの十二人も拾い上げ、飛行魔法で連合国側の陣地へ戻った。裸で置き去りの兵士さんたちは、残っている魔族軍に任せておこう。面倒だからね!

 十三人は、全員が口も利けないほど驚いていた。

 この異世界で、空を飛べるのは三人だけだ。最初にこの魔法を作った翔一と、エレナ、ギャバンが習得している。

 魔法少年タオは、垂直に浮くことしか出来ない。それでも高度はかなり出せるので、とても優秀な人間砲台だ。キリは、地上五十センチくらいを横に滑るところまで覚えたのだが、すぐに足で走った方が速いと気づいて、それ以上の練習を止めてしまった。

 マッケン? あいつは自力で飛べるからいいだろ。

 さて、そんな飛行魔法だが、他人も一緒くたに運べるのは翔一ただひとりだ。これは、彼がとある目的のために別の魔法を開発していたからで、つい半月ほど前にようやく完成した。

 うんうん、上手く行ってるね。これなら大丈夫かな。

 翔一が魔王とお付きたちを連れて戻ると、人間の同盟国軍は大騒ぎになった。適当に魔法をぶっ放して、ついでに治して黙らせた。

 丸裸にされたら黙るよね! ごめんね!

 静かになった陣地のデーブルセットに、急遽、椅子を追加してもらい、温かいお茶を飲みながら会話すること小一時間。

「大体はわかったけどさー。やっぱり、人間が余計なことをしたせいなんじゃん」

 翔一がお菓子をボリボリ食べながら言うと、魔族の代表として椅子を確保したおっさんAは深く頷き、人間の代表として着席していたミシャ国の偉い人は、背後にいるダゴン国の偉い人を鬼のような顔で睨みつけた。

 ざっくりと説明しよう。

 翔一を呼び出したダゴン国は、魔法の国である。

 様々な魔法を開発する王立魔法協会という組織が存在し、周辺の同盟国からも多数の研究者や見習いが集まる。その中に、ちょっと頭のおかしい男がいた。

 彼は、遥か昔に禁呪とされた召喚魔法を研究しており、そのことがバレて魔法協会を追放される。やっちゃいけません、っていうことを平気でやる馬鹿を、ただ追い出したのだ。それこそ、牢屋にでもぶち込めば良いものを。

 その頭のおかしい男は、流れ流れて同盟の端の国に行き着き、単独で研究を続けた。ただし、協会での勉強が少し不足していたので、彼の行った召喚魔法は規模がかなり間違っていた。

 男は膨大な魔力を集めて召喚を行い、から、呼び出してしまう。

 その結果、彼は魔力切れを起こして半月ほど苦しんだ末に亡くなったのだが、呼び出された方は堪ったものではない。文化も、気候風土も違う、ついでに魔法なんていう意味のわからない物が存在する世界で、呼び出された団体様は頭を抱えた。なにしろ彼らは、その時点で五百人を越える大所帯だったのだ。

 これが、後に魔族と呼ばれる人びとである。

 ちなみに、この事件は百年も昔の話だ。

 よくまあ今まで表沙汰にならなかったな。あ、なるほど。それで、だんご国の人が睨まれたのね。内緒にしてたんだー。こりゃ、後で大変だぞー。俺しーらない!

 魔族たちは、元の世界の気候に近い山岳部に居を移して、しばらくは平和に暮らしていた。ところが百年も経つと、生まれた子供の多くが魔力に影響され、不思議な能力を持つようになる。いや、病気かな?

「この世界の月に合わせて精神が狂い、本人にも抗いがたい暴力に身を任せるようになったのです」

 魔族の代表が、悲しそうに顔を歪める。

「それでも身内だけの問題であれば、力で押さえ込むことも可能ではありました。しかし、我々も数を増やし続けておりましたので、全てには手が回らず……いくらかは、生活のために現地の人びとと交流する必要がありましたから……ある時、数人の若者が麓の村へ下りて、そこの住民を手にかけてしまったのです」

「あー、そりゃ駄目だね。原因はこの世界の人間にあるけど、争いの切っ掛けは魔族の方にあるのか」

 翔一が言うと、現魔王のセシルが身を乗り出した。

「で、でも! 暴れちゃうのは満月の間だけで、いつもは彼らも普通の人と同じなの。この世界の魔力が良くないのよ。いまじゃ同じ病気のひとたちはみんな、満月が終わるまで地下に繋がれて過ごしてるんだよ」

「うーん。それを聞くと、ちょっと可哀想に思えちゃうわねえ」

 エレナが言って、困ったように首を傾げる。

「それだけではない。魔力による病気が、この魔族と呼ばれている異世界の種族に特有のものなのか。それとも、異世界から召喚された者の子孫には、少なからず発現してしまうのか。これは、私たちにも関わってくる問題だ」

 ギャバンの言葉に、キリがふん、と鼻を鳴らす。

「この世界で生きるなら、俺たちは子供を作れないってことか。胸糞悪い話だな」

 翔一は、しんと静まり返ってしまった勇者たちを見渡して、あれ、と思う。

「いやいや、そういう話じゃなくてさ。これ、どっちが勝っても、もう同じ世界には住めないでしょ」

「そうですけど……ショウチャンさんは、魔族のみなさんを殺したくないから、こういう戦い方にしたんですよね」

「うん。自分の敵でもない相手を殺して褒められても、嬉しくないからね」

 タオの言葉に頷くと、彼は当惑したようにまばたきする。

「え、じゃあ……どうしたら、この争いが解決するんでしょう」

「だからさ、魔族のみなさんには、元の世界にお帰りいただけばいいんじゃね?」

「はあ?」

 キリが素っ頓狂な声を上げて、残りの人たちはポカン顔でこちらを見る。

「もう国を潰すほどの戦争をしちゃった後だし、お互いに殺し合った人数も多すぎる。どんなに時間が経っても、そういう恨みはいつまでも残るよ。だからって、魔族さんたちを完全に殺し尽くしたら、今度は同盟以外の国がなにを言うかわからないよね」

 この世界は広い。同盟の六カ国だけが人間の国ではないのだ。

「じゃあここで戦争が終わりとして、今回は人間の勝ちだから、魔族は人間の奴隷にでもなる? 無理だよね。人数が多すぎるし、病気まであるんだから。問題を解決するために、病気の魔族は全員殺して、子孫も生まれないようにする? そんなの絶滅と一緒だし、別の争いの火種になるだけじゃん。だからと言って、この戦争を最後に離れて暮らしましょう、なんて平和ボケした話にはならないだろうし」

「そりゃそうだが……ていうかショウ。お前、真面目な話も出来たんだな」

「失礼だな! キリは俺のことなんだと思ってんだよ!」

「魔法バカ?」

「つらー。マジでつらいわー。俺たちの友情はもう終わりだー」

 翔一がテーブルに突っ伏すと、キュインと謎の音がしてマッケンが口を開いた。

「すみません、ショウチャン。自分にも発言の機会をいただけますか」

「はい来た、マッケン! どうぞどうぞ!」

「ショウチャンは、魔法に関して、誰よりも優秀な異星人であります。それは、ここにいる勇者の全員が認めるところでありましょう」

 マッケンの頭部がくるりと横に回ると、勇者たちは揃って頷いた。

 隣に座っているセシルが、それを見て「え、ロボット? この人ロボットなの?」とか言っていたが、それは無視した。

 テーブルの下で足を蹴られた。ちょっと! この魔王様、手が早いんですけど!

「そのショウチャンが、魔族たちを元の世界へ帰す、と言ったのです。彼は発言が軽い人物のように思われますが、自身の力で可能なことでなければ、決して断言はしません」

「じゃあ……もしかして、本当に出来るの?」

 エレナが呆然と言って、後は大騒ぎになった。

 十分ほどかかって、翔一はどうにか全員を黙らせることに成功した。

 つかれるわー。大勢を相手に真面目に話すのって、マジでダルいわー。なんで俺、勇者の代表なんだろう。だんご国滅ぶべし。

「どっちにも不満はあるだろうけどさ、これしか解決の方法はないって。だから、ね」

 疲労した体に鞭を打って、翔一は笑顔を作る。

 勇者の仲間たち、魔王とお付きの十二人、そして戦場に出て来ていた人間の代表たち。

 全員に向けて、グッと親指を立てる。

「後のことは全部、このショウちゃんに任せなさい!」



「召喚改B−08と、転移改E−01、それにいくつか別のを組み合わせたら、偶然に成功したんだよね」

 言って振り向くと、魔族の代表として実験に参加した老人が、その場に膝を付いて泣き出してしまった。

 老人は魔族の最長老であり、異世界に召喚された当時は十歳だったという。それでも彼は、生まれ故郷の景色を覚えていた。

「確かに……確かに、我らが故郷、ラザーの地であります」

 ひとしきり泣いた後で、老人は翔一の脚に縋り付いて礼を述べる。

「よもや、生きて再びこの地を踏めようとは……ありがとうございます。ありがとうございます、勇者殿」

「いや、ショウちゃんね」

「そうでしたな、ショウチャン殿。貴殿の名は、我らケヒューの民を救いし英雄として、永く伝承に残りましょうぞ」

「それは遠慮したいなあ……」

 実験には老人以外に二人の若い魔族も付いて来ており、彼らは生まれて初めて見る故郷の景色に、放心したような顔で立ち尽くしていた。

 ここは、翔一も知らない別世界。そして、魔族と呼ばれた異星人「ケヒューの民」たちが、元々暮らしていた惑星の某山岳地帯である。

 転移した先は山の中腹であるが、それでもめちゃくちゃ寒い。前方には尖った形の岩山が、赤い肌を晒して何本も突き立っていた。山頂には雪が降り積もり、まるで三角に切ったスイカを並べて上から粉砂糖をかけたような景色だ。

 山には岩だけでなく、赤に黄色にオレンジ色と、暖色ばかりの不思議な形をした植物が生えている。老人はそれらの植物を指差しては、あれが美味しい、あれは生だと腹を下すが乾燥させると良い薬になる、あっちのは家畜の餌といった風に説明をしてくれた。懐かしい景色を歩くうちに、彼の記憶がどんどん蘇っているようだ。

 山を十分ほども下ると、目の前に大地と同じ赤茶色をした集落が見えてきた。家は道に沿って碁盤の目状に並び、全てが平屋だ。四角く削り出した岩を積んで、表面をざらつきのある泥で塗り固めてあり、屋根が平らな正方形をしている。

 なんだろう、どこかで見たような……。

「生チョコだ」

「うん、チョコレートっぽいね……ココア・パウダーをかけたやつ」

 隣を歩いていた魔王セシルが、素直に同意してくれる。いやあ、同じ惑星から来た人って、話が通じやすくていいね!

「でも、誰も居ないよ? ここが、お爺さんたちの生まれ故郷の町なんだよね」

「確かに。人の気配はしないなあ」

 ぱっと見は村の規模だが、セシルが町と言うのは間違いではない。事前に聞いていた話では、ケヒューの民は地下に広大な町を作って暮らしており、地上に出ている部分は家畜の世話や農業、山の恵みを採取するための出入り口なのだそうな。

 召喚された約五百人を合わせて、千人近くが暮らしていたんだからね、そりゃあ町ですわ。

 他にも最長老は、暖かな昼間にシャオシャオという毛の長い家畜を散歩させるのが子供の仕事だとか、万年雪に閉ざされた山頂にデカいトカゲの親分が住んでいて、狩りの得意な男たちが仕留めて来るとその日はお祭り騒ぎだったとか、子供の頃の思い出をたくさん話してくれた。

 だが、この集落には人どころか、家畜の一頭も見当たらない。

 饒舌だった最長老も口を閉ざしてしまい、翔一たちはぞろぞろと集落の中央通りを歩く。ちなみに今回の参加者は、勇者の六人に魔王セシルとケヒューの民が三人、そして同盟六カ国の代表がひとりずつである。

 代表と言っても、国のトップに近いお偉いさんではない。ある程度の裁量を任されてはいるものの、伴侶や子供のいない身軽な男性が選ばれている。

 転移した先で、なにがあっても大丈夫なように、だって! 信用されてないね! 俺、勇者なのに!

 生チョコ風の集落を端まで歩くと、同盟国の代表として付いて来たうちのひとりが、痛ましそうな顔で口を開く。

「ホイス殿。どうやら、お身内はどなたも残っておられないようですが……」

「あ、ああ……いったい、どうしてしまったのだろう。全員ではないのだ。あなたがたの世界に呼び出されたのは、地下の二階より上に居た者たちだけだと、確認が取れておる……」

 どうにかそれだけ言って、最長老はまた口を閉じてしまった。苦しげに寄せられた眉の間に、深い皺が刻まれる。お供をしているケヒューの若者二人も、どう声をかけていいかわからない様子だ。

「ええと……お爺ちゃんたちが転移したのは、あっちの惑星の時間で、百年も前なのよね。別の星と言っても酸素は普通にあるし、重力にもそこまで差は無いから、ここでも同じくらいの年月が経っているわけでしょう?」

 エレナはそう言って、少し不安そうにマッケンの卵型をした頭部を見上げる。彼女は、マッケンの青いランプがチカチカするのを確認して、自信を取り戻したように続けた。

「なら、いきなり住民の大半が居なくなっちゃって、残った人たちも移住したんじゃないかしら。近くに、同じような町とかは無いの?」

「そうか。話にあった町の規模なら、取り残された人数だけでは、以前と同じ暮らしを維持するのは難しいだろうな」

 得心したように頷いたギャバンが、最長老に優しく声をかける。

「希望を失うのは早いですよ、ホイス殿。どうやら、この町は放棄されて長いようです。エレナ嬢の推測を確認するためにも、最寄りの町など教えていただけますか」

「お、おお……そうですな。しかし、儂が覚えておるのはこの町だけなのです。人づてに、他の町との交流を聞いてはおりますが……はて、どの山に町があったのやら」

 最長老の言葉に、全員が周囲を見渡した。尖った三角の山が、どこまでも延々と続く景色を。

 この立ち並ぶ山々のどこかに、同じような町があるとして。全部が赤茶色なんだよねえ。こりゃ大変だ。

「うーん、これは勘で言うんだけどさ」

 翔一は、すぐ隣の山を見つめて言う。

「魔族さん、じゃねえや、ケヒューの民さんたちが暮らしていたのは、地下なんでしょ? でも、出入り口を完全に閉じちゃったら、息が出来なくなるよね」

「だな。換気の設備が無けりゃ、地下で煮炊きも出来ない」

 キリが同意して、地面をじっと見下ろす。

「山奥の地下に住んでいるのは、確か麓にガスが溜まっていて、この標高でないと動植物が育たないんだったか。んで? 空気は新鮮でも気温は低いから、地面を掘って暖かい町を作る」

「こんだけ寒けりゃ、温度差で湯気とか煙が見えないかな? 明るいと無理か……せっかく家があるんだし、夜まで待つ?」

「まあ、急ぐ理由は無いもんね。私たちはそれでいいよ。ね?」

 セシルがケヒューの民たちに確認すると、彼らも日が落ちるまで待機することを了承してくれた。同盟国の代表も、ここまで来たら最後まで付き合うのに異存は無く、勇者たちは言うまでもない。

 全員の了解が取れたので、翔一たちは近くにあった家にお邪魔させてもらった。中は簡素な箱型の空間で、年月に降り積もった砂が床を覆っているが、木製や布製といった朽ちるものが無いので綺麗なものだ。中央には石造りの扉があり、そこが地下への出入り口だと言う。

 だが、彼らは放棄された町には下りることなく、地上の家の中にテントを張って日没を待つことにした。寝床を整えてから竈を作り、昼食のためのスープを煮る。

 火魔法も得意な翔一が、チロチロと燃える火を見つめていると、セシルが隣に腰を下ろして言った。

「さっきは、ありがとうね。あそこで引き返したら、お爺さんもショックで寝込んじゃってたかも」

「いんや? 俺は、思いつきを喋っただけだから。それにさ、変に引き返して、おかしな情報があっちに漏れたら、また同盟の偉い人たちが騒ぎそうじゃん? 単なる時間稼ぎだよ」

「ふうん」

 セシルは片方の脚を立てて腕に抱くと、膝にコテンと顔を乗せた。

「ショウって、たまに頭のいい人みたいになるね」

「おい魔王、これでも大学に行くだけの頭はあるんだぞ。俺をなんだと思ってるんだよ」

「うーんと、魔法バカ?」

 またかよ! その認識やめて! 

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