ショウちゃんは説明します

「百年ちょっと昔に、魔法の天才がいたんだ。名前は忘れちゃったけど」

「ハワラ=カン・ゴウシ三位であります」

 翔一が適当に喋り出すと、背後から世話役のおっさん、改めラガシュが丁寧に補足してくれる。

「幼少期からダゴン天文舎で学び、数々の古代魔法を解析した功績が認められ、後年、国の魔士舎にて三位の地位に就きました。現在のダゴン王立魔法協会は、このゴウシ三位を中心とする魔法使いが発足した、魔法舎が基礎となっております」

「そうそう。まあその、すんごい偉い人? がさ、古代魔法だっけ。その中から色んな魔法を発掘して、なんやかんやあって、この召喚魔法を再現したわけだ」

 ばさりと例の書類をテーブルに広げれば、部屋に集まった同盟各国の重鎮たちが、揃って身を乗り出した。

 乗り出したところで、内容を確認できるほどの距離でもないのだが。

 翔一と勇者の仲間たちは、細長いテーブルで横並びに座っている。対するは、六つの国から急遽集まってもらった国王たちと、召喚魔法に関わった役職付きの男女。そして、実際に召喚を行った魔法使いたちである。

 彼らが集っているのは、ミシャ国の王城にある、いちばんデカい客間だ。客間と言っても、食事と会話のために集まるお洒落な部屋とは違い、巨大なテーブルと椅子があるほかは一切の家具を省いた、ただの長方形の空間だった。出入り口はドアひとつで、窓もない。床に敷物もなく、色鮮やかなタイルで精巧に描かれた障壁の魔法陣が剥き出しになっている。

 国の重要な会議をするために使う秘密の部屋という触れ込みだったが、翔一は少しだけ不満だった。

 盗聴や透視を警戒して障壁を張るってんなら、俺がちゃちゃっと展開してやるのにさあ。信用がないよね。それに、家具が無くて人の出入りも禁止されているから、お茶の用意すらないんだぞ! まあ、勝手に持ち込んだけど!

 その、勝手に持ち込んだペットボトルのお茶を飲みつつ、翔一は説明を続ける。

「魔法使いさんたちならわかるかなあ。これね、何年もかけて改良はしてるんだけど、無駄な魔法が多いから、めちゃくちゃ魔力を食うんだよ。仮にこいつを使えたとして、ええと……距離の辺りは上手くできてるから……重さ三十キロくらいの品物をよその星から取り寄せるのが精一杯、かな」

「この召喚魔法では、対象の星を指定する術は無いのだったな」

 事前に翔一たちの一派から簡単な説明を受けていた魔法使いの爺さんが、一枚の呪文書を凝視しながら言う。

「だが……ふむ。確かにこれは複雑だ。わしでも、これを発動するには苦労しそうだぞ」

「しかし、現にこうして勇者様方は召喚されておるではないか。諸君らは、どうやって彼らを呼び寄せたのだ」

 国王のひとり……えっと、誰だっけ。浅黒い肌にターバンを巻いているから、キリを呼び出した国の人かな? が、困惑げに魔法使いの爺さんを振り向く。だが彼はもちろん、魔法使いたちは全員が、三枚の紙に夢中でその問いに答えなかった。

 無視された国王が、しょんぼりと肩を落としたので、翔一はそっと新しいペットボトルを差し出してやった。まあまあ、お茶でも飲んで、のんびりやりましょうや。

 この頃には、現地の人たちも翔一が持ち込む地球の品物にすっかり慣れていたので、彼はぱっと笑顔になると、いそいそとボトルのキャップをひねる。本日ご用意しましたのは、日本の某有名メーカーご自慢のミルクティーでございます。すごく甘いからびっくりしないでね。あ、ミシャ国の王様もですか? はいはい、どうぞどうぞ。

 魔法使いたちは、その間も古い召喚魔法の呪文書を囲んでわいわいとかしましい。

「あの召喚魔法には、こちらの光魔法二つ、暗黒魔法のひとつが欠けておりましたわ。それに、結界魔法の組み方がまるで違います」

「この数式はなんだ? 召喚に波動魔法が必要だなどと、聞いたことがないぞ」

「障壁が浅い。これでは、浮遊に足るだけの魔力が……」

 いつまでも続きそうな会話に、翔一は少し声を張り上げて割り込んだ。

「とまあ、皆さんなにやら騒いでおりますが。平たく言うと、俺たちを召喚した魔法と、この昔の魔法は別物なんだよね」

 左右の仲間たちから一斉に催促の視線を受けてしまったので、翔一はテーブルの上にドサドサとペットボトルの小山を作りながら続ける。見てよ、この早さと滑らかさ。これぞ召喚魔法よ。いやあ、実家に新しい冷蔵庫買っておいて良かったー。この飲み物代って、後で請求できるのかな?

「古代魔法でもない。この、百何年だか前の改良魔法でもない。俺たちを呼び出したのは、ものすごく頭のいい人が、特定の惑星だけを狙って作り出した、新しい召喚魔法なんだ」

 翔一の言葉を正しく理解したのは、一部の魔法使いと、国王のひとり……ダゴン国で勇者を最初に呼び出す決定を下した本人のみだった。

 いくつかの鋭い視線と、いまいち意味を掴めていない大勢の視線が、ダゴン国王に集まる。

 その間にも、翔一の前に積まれたペットボトルの山は、仲間たちの手で全員に配られていく。うん、我が親愛なる勇者たちよ。余裕があるのは結構ですけど、少しは説明を手伝ってくれませんかね。

 翔一は、真面目委員長ことギャバンに目配せをした。

 ギャバンは素知らぬ顔で、ペットボトルのキャップをひねった。

 くそう。やりゃあいいんでしょ、やれば!

「えっとー。もう面倒だから、すっごく簡単に説明するね」

 お茶でも飲みながら聞いてね、と翔一は両手を広げる。

「この辺りで、いくつもの国が同盟を組んでいるのは、大昔に魔王が大暴れしたからだよね」

 振り向いて世話役のラガシュを見上げれば、彼は神妙に頷いて返事をくれる。

「はい。歴史書にも記されている通り、かつてこの大陸はひとりの悪意ある大魔法使い……後に魔王と称された男と彼の率いる軍勢によって、戦乱の世を迎えました」

「うん、まあそう。ただの異星人だったケヒューの人たちが魔族って呼ばれたり、召喚されたセシルが魔王扱いされたのも、その歴史があったからだ」

「その後、別の魔法使いが勇者なる人物を召喚します。魔法使いの名や、召喚された勇者がどのような人物であったかは、もはや知る術もありませんが……この勇者によって、魔王は討伐されました」

「残念だよねー。貴重な歴史書が、みーんな処分されてたんだもんね。いや、この辺は重要じゃないからいいんだけどさ」

 にわかにざわついた人びとを宥めるため、翔一は片手をひらひらさせてからお茶を飲んだ。

 本当に、先が長いのよ。いくつか昔の書物が焼かれたくらいで、そんなに大騒ぎしないで欲しい。

 大事なのは、これからの歴史なんだからさ。

「んで、魔王をやっつけた勇者は、大陸でいちばん偉い人になった。つっても、王様とかじゃなくて……ええと?」

「勇者は、国や政治には関わらなかったとされています。数十年をかけて大陸を旅した彼は、戦後処理が滞りなく成されたのを見届け、何処かへとその身を隠匿しました。その後の消息は不明です」

「すごい人も居たもんだよねー。勝手によその星から連れて来られて、勇者だー、魔王を倒すんだーなんて言われて、ちゃんとやり遂げてさ。その気になればこの大陸どころか、星ごと乗っ取れただろうに。本当にすごいわ。めちゃくちゃ褒めてあげたい」

 口が疲れて来たのでペットボトルを傾けるが、ミルクティはその一口で最後だった。翔一は少し考えて、しかし新しい飲み物は召喚しないままに話を続ける。

「俺には真似できないや。面倒だし。ムカつくし」

 すでに周囲の視線はダゴン国王から逸れ、全てが息を潜めて翔一に向けられていた。

 誰かの喉が、緊張につばを飲み下す。

「んで、まあ何百年も経ったのよ。魔王が出て、勇者が召喚されて、大陸に平和が戻りました、っていう物語だけ残してね。この勇者が偉いのは、ついでに召喚魔法を禁止したこと。大陸を救った英雄の言葉は強いよねー。ついこの間までは、召喚魔法を発掘しようなんて馬鹿、どこにも居なかった」

 翔一は、ぼんやりと天井を眺めながら喋っていたので気づかなかったが、そこでダゴン国王が不安げに視線を揺らした。まるで、叱られる前の子供のように。

「でもほら、何百年も経っちゃったから。なんだっけ、さっきの天才魔法使い……」

「ハワラ=カン・ゴウシ三位、でありますな」

 ひとり落ち着いた風情のラガシュが、翔一の役に立たない記憶力を補佐してくれる。

「そうそう。そのゴーシだかいうおっさんが、大昔の勇者の言うことなんか知るかー、って、召喚魔法を発掘しちゃった。それが、この三枚ね。他にもあっただろうけど、残ってるのはこれだけだから、ゴーシさんが使えた召喚魔法はこの程度だったとして話を続けます」

 よっと身を起こして、翔一は手っ取り早く結論を口にした。

「ゴーシさんの召喚魔法では、俺を召喚できません」

 応えはない。

 部屋は、咳きひとつも無く静まり返っている。

「もちろん古代魔法とかいう大昔の魔法でも、当時の勇者を召喚できません」

 魔法使いの数人が、さっと顔を青くする。

「理由は簡単。この星の人たちは、生きるために魔法が必要なんだよね。息を吸うにも、体を動かすのにも魔力を使っている。だからさっきも言ったように、この召喚魔法じゃ、せいぜい重さ三十キロくらいの品物しか呼び出せないんだ。この中でいちばん体重の軽いタオ君でも、三十五キロくらいあるんだから無理だよね」

 ようやく説明が終わりそうだ。

 翔一はほっとして笑うと、正面に居並ぶ人びとをぐるりと見渡した。

「さて、では問題です」

 笑いかけたというのに、なぜか、ほとんどの人びとが怯えたように身を引いた。

「俺たちを召喚したのは……重たい人間ひとりを召喚出来るような魔法を使ったのは、いったい誰でしょう?」

 その言葉は、広い部屋にしばらく漂った後で、静かに消えて行った。

 翔一は待った。

 ものすごく待った。

 五分くらい経ったんじゃないかな?

 それでも、誰ひとり回答ボタンを押さない。いや、ピンポン鳴る機械なんて置いてないけど。

「……誰でしょう?」

 仕方なく、もう一度だけ訊いてみる。

 右を見る。エレナが、ため息をついて肩をすくめる。

 左を見る。ギャバンが、無言で首を左右に振る。

 翔一は、がっくりと項垂れて呟いた。

「ええー。そこも説明しなきゃ駄目なのー?」

 勘弁してよ、もう。

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ショウちゃんの大冒険 三六拾八 @round36

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