ショウちゃんだって働いています
「通信の魔法、か。それで、あれから連絡はあったのか?」
キリが、垂れそうなチーズに苦戦しながら、デカいピザにかぶりつく。
「いんや。たぶん、あの時の会話も記録してたんだろうし、マッケンは軍人だろ。上からの命令が無いうちは、勝手に連絡してこないんじゃね?」
翔一もピザを取るが、三角に切り分けたピースの端が紙箱に残ってしまう。おのれ、食い物の分際で人間様に反抗するとは。
「そのマッケンとか言うロボット兵士は、上等兵曹だったな?
難しい顔をして親父さんが言い、ペットボトルのコーラをぐいっと傾ける。グラスを使わないんですね。さすが魔王の父、豪快だなあ。
翔一たち勇者の五人と魔王セシルは、アメリカ合衆国の西海岸にある海沿いの町、オークランドにいた。セシルの両親が住む家は、住宅街にある小さな庭付きの一戸建てで、地球へ遊びに来るならこちらの方が広いから、と案内されたのだ。
そう、五人の勇者である。
マッケンとは、翔一が拿捕した空母を元の宙軍基地へ戻した際に別れている。周囲を白い巨体の兵士たちに取り囲まれ、頭のランプをチカチカさせながら「すみません、ショウチャン。自分はここまでです」と言った彼……ではなく彼女は、そのまま基地の奥へと連れて行かれてしまった。
翔一なら、転移魔法でマッケンだけを拉致することもできた。だが、彼女自身がそれを望んでいない。自分は勇者だというのに、連れ去られて行く仲間を見送るしかなかったのだ。
不甲斐ないなあ。まあ、魔王も倒せなかった勇者だ。しょうがないか。
照り焼きチキンのピザを時間をかけて食べてから、翔一はセシルの父親さんを振り向く。
「そんなもんすか」
「そんなもんだろ」
頷いて返す親父さんは、スキンヘッドで筋肉質の大柄な男だが、特に軍事に詳しいわけではない。彼は、近くの博物館に長年勤めるキュレーターさんなのだ。専門は歴史だそうで、自宅の居間にも本棚に入り切らない書籍があちこちに積んであった。
「話を聞くに、どうもその友好国ってのが怪しいな。フィシュール共和国とやらは、惑星の統一国家まで進んだ文明に、ワープ航法にあと一歩まで近づくほどの科学力を持っているんだろう? となれば、次は惑星外への進出だ。ところが共和国は、別の国と合同で軍事訓練をしている。かなりきな臭いぞ」
「うーん。ガンダムみたいに、出身は同じ惑星だけど、宇宙に出てった人たちの国があるとか? あとは、どっか宇宙の彼方から怪獣が攻めて来ているとか、そういう可能性は無いですかね」
「お前さんは、面白いことを考えるな」
目をパチクリさせて、親父さんがピザに手を伸ばす。彼の掴み上げたピースは、翔一が取りこぼしてしまった欠片も一緒に連れて行った。ぐぬぬ。さすがは魔王の父、やりおる。
「怪獣、ね。人類と似た異星人とは、別の知的生命体か。そんな脅威があるなら、戦争の予定もないのに軍事訓練はしている、という説明にも筋が通るな」
「ショウは、しばらく共和国に招かれていたでしょう。その時に、謎の友好国について聞いたりはしなかったの?」
セシルが、茶色い豆を煮た料理をつつきながら訊く。彼女は、テーブルいっぱいに広げられたピザには手を付けず、サラダや豆料理といった野菜ばかりを食べていた。色々と気になるお年頃なんですね、わかります。
翔一はなんら気にすることもないので、次はサラミのピザを手に取った。
「それがさ。あそこでのパーティって、偉い人たちが綺麗な服を着て集まるやつばっかりだったんだよね。軍人さん相手なら多少の無茶はするけど、何も知らないで感謝してくれるだけの一般人には、変に手出しも出来ないでしょ」
「そこは、普通に質問しなさいよ……どうして、脅すか黙るかの二択なの」
「だって、俺の基準だと、あいつらはまだ敵なんだもん」
「……どういうこと?」
煮豆を掬っていたスプーンを下ろして、セシルが眉間に縦じわを寄せる。翔一は、ひとまずピザを食べ切ってから答えた。
「パーティに出ていたほとんどの人たちは、地位があるだけの一般人だったと思うよ。たぶんね。俺が異星人だってことも知らないみたいで、とりあえず「おめでとう」とか「ありがとう」って言うけど、後は放置だし。ま、俺の方も飯に集中できたから、それは良かったけど」
ピザで汚れた手を紙ナプキンで拭い、右手をテーブルの上に差し出す。料理を食べながら話を聞いていただけの仲間たちも、釣られたように視線を集めてくれた。
「行方不明の飛行機が見付かっておめでとうの会、だっけ? それだって、最初の二回までだ。後は、こっちが目的だったんだと思う」
手のひらに力を込めるよう念じれば、黒い砂のようなものが浮き出て来る。いくつかは半透明で、蛍光灯の明かりをチカリと反射した。
「うわ、気持ち悪い……なにこれ?」
「あっちで出された料理に入っていた、なんか機械みたいなやつ。鑑定では毒じゃないって出てたから、目に付いたの片っ端から飲んできた」
「機械だって? ちょっと見せてくれ」
身を乗り出したのは、セシルの隣に座っていたロランドとかいう男だ。黒髪で肌の色が濃いラテンな感じの兄ちゃんで、セシルの恋人なのだとか。
いやいや、おかしくね? 魔王って、俺に対してやたらと距離が近かったよね。気軽に蹴ったり叩いたりしてきたし。いい雰囲気な時もあったじゃん。あれって、フラグじゃなかったんですかねー?
くそう。やはり、魔王は滅ぼしておくべきだった。
翔一は勇者としての不手際を後悔しつつも、ロランドが見やすいよう、手のひらの黒い砂を新しい紙ナプキンの上に乗せてやる。あ、ちょっとこぼれた。まあいいか。
ロランドは紙ナプキンをそっと受け取って、目の高さに持ち上げた。
「肉眼では、細かい砂にしか見えないな……これが、どういった用途の機械なのか、君は知っているのか?」
「うーん、そこまでは。ただ、胃の中でも溶けなかったし、血管に入ってからも、細い部分に入り込んだりはしなかったよ。俺の魔法じゃ良くわからないけど、定期的に変な波動を出してるから、機械なのかな、って思ってるだけで」
「口から入ったのに、血管に到達したのか。どうやって。しかも、このサイズで自律型とは驚いたな」
やたらと食いつかれたので、翔一はこの機械が胃壁から体内に侵入したこと、太い血管を探して張り付き、その内側に潜り込んで体中に分散したことなどを伝えた。ロランドが興味を持つのは当然で、彼は大学の機械工学科で学んでいるのだ。そちらの知識も借りようと思い、翔一は彼にも異星への召喚などを話してあった。
「大動脈の血流は、かなり速いはずだ。他の血管や臓器に流れ込む道も沢山ある。それに逆らって任意の場所に定着するんだから、この中に吸着するための部品と動力、ひょっとすると推力まであるかも知れない。細い血管には入らなかったんだろう?」
「そうだね。鑑定魔法で見てたら、血の流れに逆らって、かなり自由に動き回ってたよ」
「すさまじいな……これ、うちの研究室に持ち帰ってもいいか?」
「どうぞどうぞ。まだ、いっぱいあるから」
勇者仲間たちは会話から置いてけぼりになっているが、エレナだけはテーブルにこぼれた機械を指先に取って、しげしげと見つめながら言う。
「すごいわね。小さいとは言え、目に見える大きさの機械が、胃や血管に穴を開けるなんて。ショウの内臓は大丈夫だったの?」
「うん。穴はちゃんと閉じてくれたからね。その中に、灰色っぽい半透明なやつがあるでしょ。それが他の機械のために通り道を作って、傷を修復するだけのやつ。黒いのも見た目は同じだけど五種類あって、それぞれ働きが違うみたいだよ」
「完全にルフィシュじゃない……私の惑星でも、まだそこまでの技術力は無いわ」
「ええと……そちらのお嬢さんが言ったルフィシュってのは、ナノマシンと同じような意味なのかな。翻訳の魔法を通してもそのまま聞こえるのは、確か人名や地名といった固有名詞と、訳すのに適切な語が無い単語だったか」
セシルの親父さんが、マカロニチーズをモリモリと食べながら言うのに、翔一は頷いて返した。
「そうっすね。俺の場合は自分にも翻訳魔法があるんで、頭ん中でナノマシンにルフィシュって振り仮名があるように聞こえますけど」
「なかなか興味深い現象だな……どれ、ちょっとその翻訳魔法ってのを俺にも……」
「止めときなさいよ、ジョシュ」
それまで静かに話を聞いていた魔王の母親が、夫の二の腕をポンと叩く。
「せっかく三ヶ国語が読み書き出来るのに、魔法なんかで翻訳するようになったら、すぐにサボって忘れちゃうでしょ。そうでなくともものぐさなんだから、言語くらい自分で勉強しなさい」
親父さんは、悲しそうに肩を落として返事をしなかった。
うーむ、強い。魔王セシルは、このお母さんに似たのかな?
翔一は自分の皿にマカロニチーズを取って、食べながら話題を変えた。お、なかなか美味いな。
「とにかくさ、マッケンの国はひとまず忘れとこう。あいつもピンチになれば、すぐに連絡してくるだろうし。それより問題なのは、俺の未来だよ。地球に帰っても、高校卒業から二年以上も遊んでたら、ろくな仕事に就けないっての」
「あれ。ショウって、大学生じゃなかったの?」
のんきにサラダをもしゃもしゃやっているセシルを睨んで、翔一はふてくされながら続けた。
「大学に入る前に、あっちに召喚されたんだよ。ギリギリ学費を払う前で良かったわ」
「へえー、それは残念ね。日本の大学って、確か春に入学なんだっけ」
「魔王だって、のんびりしてられないんだからな。こっちの大学は、夏くらいに始まるんだろ」
「夏じゃなくて、九月からよ。来期までは余裕がある、って言ったでしょ。私はあなたと違って、復学するだけだから楽なんだよね」
むふふ、と笑うセシルに、恋人のロランドが不思議そうな顔で振り向いた。
「いや、セシル。そろそろ準備をしておかないと不味いぞ。あと二ヶ月も無いんだから」
「え……あれ? なんでよ。この前こっちに来た時は、まだ冬で……」
混乱しているらしいセシルに、翔一はほくそ笑んだ。やっぱりなあ。気づいてなかったぞ、こいつ。
「魔王様。大変にお気の毒ですが、こちらとあちらの惑星では、一日の長さが違うのです。我々がなぜ薄着で転移して来たのか、疑問には思わなかったのですか?」
「うそ……え、冗談でしょ。って、冷房が入ってるの?」
セシルは勢い良く立ち上がって、居間の壁に取り付けられた空調の吹き出し口を振り向いた。
「なんで? じゃあ、もう六月とか?」
「七月だ。お前は昔から抜けてたが、一年近くも向こうに滞在していて、気づかなかったのか」
重々しく首を振る親父さんに、お母さんも困ったように同意する。
「私はてっきり、準備が出来ているから遊び呆けてるんだと思ってたのに。ほら、あなた前に来た時にも、やたらと眠いだとか体調がおかしいとか言っていたじゃない。あれ、時差ボケよ」
「えーっ! じゃあ、本当に不味いじゃない。ちょっと、ショウ。そういうことは、早く言ってよ!」
「なんで俺のせいなんですかねー。あ、ちなみに、向こうの一日は三十時間くらいあるからね。いちど寝て起きれば、誰でも気づくっての。なー、タオ君」
翔一が話しかけると、バーベキュー味の焼きトウモロコシを齧っていたタオは、可愛らしくコクンと頷いて返した。
「そうですね……僕も、一日の感覚が少しおかしいかな、と思っていました。三十時間、というのがどのくらいかはわかりませんが、僕の星と比べても、一日が長かったように感じます」
「私のところは、向こうと同じくらいね。おかげで、あまり不便は無かったんだけど」
エレナが言って、タオが汚した口の周りを紙ナプキンで拭いてやる。
「ギャバンのところは、一日がもっと長いわよね。夜中に、二度も目が覚めちゃったもの」
「ああ。向こうに召喚されてしばらくは、眠る時間がなかなか取れなくて苦労したよ。体感で、二半刻は短かったように思う」
ギャバンは、なんとなくという風にキリに視線を向けたが、彼は豚のスペアリブに齧り付きながら肩をすくめるだけだった。
「ええ……なんでみんな、そんなことに気づくのー」
愕然とした顔でソファに戻ったセシルに、ロランドがスマートフォンの電卓を叩きながら追い打ちをかける。
「一日に六時間も違うと、一年で七十三日の誤差になるのか。セシル、君はもう向こうへは行かずに、このまま復学の準備をした方がいいぞ」
「なんでよ! 私まだ、日本へ遊びに行ってないのに!」
その言葉に、翔一は驚いてセシルを見つめた。
「おい。なんでお前まで、日本に行くことになってんだ。連れて行くわけねえだろ、面倒くさい」
「えー、連れてってよ! パスポートも入国ビザも要らない日本旅行なんて、二度と無いかも知れないのに!」
「いや、普通に考えて、もう時間が無いだろ。ケヒューの人たちだって、そろそろ引っ越しが終わるんだから」
「やだー。ねえ、お父さんもなんとか言ってよ! ちょっとだけだから! すぐに戻るから!」
「え、なんで俺が……」
外見だけは勇ましいのに、心根は優しいらしい親父さんが、娘に肩を揺すられてタジタジとなっている。お母さんの方は、呆れ返ってため息をつくばかりだ。
翔一は、仕方なく奥の手を使った。
「魔王のお父さん。ひとつ、朗報があります」
「お、なんだね? その、魔王の父ってのは止めて欲しいんだが……」
「例の翻訳魔法ですが、文章にも対応しています。しかも最新版は、オンとオフの切り替えスイッチも付いた、バージョン三となっております!」
「な、んだと……?」
親父さんは目を見開いて、ゴクリとつばを飲み込んだ。
「そ、それはつまり、他言語の資料を先に翻訳して読み、オフにしてから元の文字や単語を確認する、といった使い方も……?」
「はい、可能です。すでに四つの惑星と、五つの言語で実証済みです」
翔一が他の惑星の文字を読んだのは、五回だけだ。召喚されたダゴン国と、長期に滞在していたミシャ国の資料、そしてタオの通っている魔山の掛け軸に、エレナの都市にあった街路表示や店での案内など。キリの屋敷に居た執事さんからは、酒を置く棚の設計図まで見せてもらったが、そこに書いてあった数字まで、きちんと翻訳されていた。
もっとも、長さの単位が地球とは違うため、あまり役に立たなかったのだが。
「さらには、聞き取りのみオン、読み取りはオフといった使い方も出来ます。お父さんは、歴史を専門に研究されておられるとか。いかがでしょう。この便利な翻訳魔法があれば、お仕事がぐっと楽になること請け合いです」
「しかし、お高いのでは……?」
「あなた。楽を覚えると、ろくなことにならないからね」
魔王のお母さんが釘を刺すが、親父さんは止まらなかった。
「いや、これほど便利な魔法はないぞ! 考えてもみろ。今や消滅の危機にある先住民族の言語を、通訳を介さずに生きた話者から聞き取れるとなれば、文化保存の作業がどれほど楽になるか。そもそも俺は、英語公用語化運動には反対で……」
しめしめ、釣れたぞ。
翔一は、口をパクパクさせているセシルの顔は見ないふりで、そっと身を乗り出した。
「いえいえ、お代など頂きません。ただ今後、かの国で後始末を行う都合上、魔王様、つまり娘さんの存在はいささか不都合でありまして」
「なるほど……このまま遊ばせておくと、学業にも支障が出るだろうしな」
「お父さん、大丈夫だから! まだ二ヶ月あるんでしょう? ちょっと日本に行って、ディズニー・シーとか見てくるだけだから!」
おいこら、魔王。誰がいつ、お前をディズニーになんか連れて行くと言った。こっちは二度もタクシー代わりをした上に、前回のホテル代まで自腹だったんですけど?
翔一はセシルを睨んだが、そこは要らぬ心配だった。親父さんは、縋り付く娘の肩をそっと押しやって座らせると、断固とした口調で言ったのだ。
「セシル。お前はもう、一年も無駄にしているんだぞ。遊ぶのは、秋学期を問題なく終わらせてからだ。期末テストの結果が良ければ、冬休みは好きにしていいから」
「そんなあー」
しおしおとソファの背に寄りかかったセシルの様子に、親父さんは優しく微笑んだ。
「なに、しっかり勉強しておけば、遊ぶ時も気が楽だろう?」
「うー。そうだけどー」
「お祖母ちゃんにも長いこと顔を見せてないんだから、暇なうちに、ちょっと出かけて来たらどうだ。ほら、ロランド君と一緒に」
「暇なうちに、遊んでおきたいのにー」
行け、そこだ、親父さん。もうちょっとですよ!
翔一が心の中で応援していると、親父さんがくるりとこちらを振り返った。
「それに、ショウ君の用事も長くはかからないだろう。冬休みになれば、日本のディズニー・ランドに連れてってくれるから。な、ショウ君!」
はい?
「そうね! ショウには、まだ仕事が残ってるんだし、邪魔しちゃいけないよね!」
いきなり復活した魔王は、翔一に満開の笑顔を見せた。
「ねえねえ、日本のディズニー・シーって、パーク内にホテルがあるんでしょう? 今から予約しておいてよ。さすがにホリデー・シーズンは混むだろうから、一月の中旬くらいでお願いね」
「なんでだよ! つか、どうして俺が、お前の観光に付き合わなきゃならないんだよ!」
「え? 別に、ホテルの予約と送り迎えだけしてくれれば、後は放って置いてくれていいよ」
セシルが、ふふんと鼻で笑う。
「だいいち、ショウがあの国からお金を貰えたのって、私が魔族さんたちを説得したからじゃない。そうでしょ、魔王を倒した勇者様?」
「お、お前というやつは……」
やっぱり、こいつは悪辣で非道な魔王だった! 滅ぼしておくべきだったのに! 俺のバカ!
翔一が怒りに震えていると、自分の焼きトウモロコシを食べ終えたタオが、きょとんとした顔で口を開いた。
「あの……セシルさんがそこまで行きたがる、でずにーしーって、どういう場所なんですか?」
やめて! タオ君、それは禁断の質問です!
そこからは、猛然とキャラクター性の高い遊園地について熱弁するセシルと、素早くスマートフォンで日本のディズニー・リゾートを検索するロランド、そしてタオ少年と遊べる気配に敏感なエレナによって、あれよあれよと観光の予定が立ってしまった。
「お前たちは、こんな子供っぽい遊技場に興味があるのか。しかも、なんだこりゃ。黒穴熊のお化けか?」
仲間たちから回って来たスマートフォンを手に、キリが眉をしかめている。ですよねー。やっぱりあんたは、心の友だったぜ。
翔一が、キリだけは居酒屋あたりで誤魔化そうと考えていると、横からセシルが余計な事を言った。
「大丈夫ですよ、キリさんも楽しめますって。日本のディズニー・シーは、お酒の飲めるお店もありますから」
途端に、キリの目が輝く。あっさりと敵に寝返った友を見て、翔一は色々なことを諦めた。
もうね、こんな大魔王との間に、フラグとか立つわけが無かったんですよ。最初から人の足を蹴ってきた女だもんね。地球に残しておけるだけ、良しとしましょう。
「だから、後はみんなも自分の家に帰っていいんだけど」
再びの説得に、残る勇者たちは全員が首を横に振った。
どうでもいいけど、こういう仕草って宇宙で共通なんだね。似たような外見の生き物に進化すると、身振り手振りも似通ってくるのかな。
「何度も言わせるな、ショウイチ。私はなにも、別の星への観光がしたくて残っていたわけではない。同じ境遇にある仲間として、この馬鹿げた混乱の行く末を見届けたいのだ」
ギャバンは、いつもの生真面目な表情ではなく、どこか子供を諭すような顔で言った。
まあね、わかってるんだけど。ひとりでやりたいのは、俺のわがままなんだし。
「私は、観光目的もあったけど……やっぱり、どういう結末になるのか確かめないで帰るのは、ちょっと落ち着かないわね」
エレナは相変わらず自分の願望に正直だったが、隣に座るタオに対しては、促すように首を傾げるだけに留めた。彼女もそろそろ、大好きなタオ少年との別れに向き合っているのかも知れない、と翔一は思う。
転移という便利な魔法があるので、仲間たちに今度も会える機会はあるだろうが、元の生活に戻ってしまえば、いまのように一堂に会するのは難しい。エレナとキリは仕事があるし、ギャバンは遅れていた成人の儀式を終えれば、すぐに剣士としての旅が控えていると言う。どんな旅なのか、詳しくは聞かなかったが。
タオは、少し緊張した顔で言った。
「僕は初めから、ショウチャンさんに最後までお付き合いするつもりでした。家族や魔山の師にも伝えてあります。こちらでの生活は、勝手に呼び出されてのものでしたけど……」
そこで、チラリと背後を振り返るタオに、険しい顔をした民族衣装の男性が重々しく頷く。
男性の仕草からなにを読み取ったのかはわからないが、タオは少しだけ肩の力を抜いて翔一に向き直った。
「カリーダさんは、とても親切にしてくれました。ここで放り出して帰ったら、彼にも迷惑がかかってしまいます」
「まあ、マッケンは先に帰っちゃったんだけどね!」
「ショウチャンさん……」
タオがおろおろとして視線を向ける先には、ホニャララ国から派遣されたマッケンの世話役が、どんよりとした顔でうなだれていた。
「あいつはしょうがねえさ。元の国でも軍人だったんだからな」
だらしなく椅子の肘掛けにもたれたキリが、ニヤニヤと笑いながら自分の世話役を見上げる。
「そういう都合を無視して、勇者召喚なんていう、てめえにだけ都合のいいもんに飛び付いたんだ。結果だけ見りゃ大成功でも、戦争なんて一大事の責任を他人におっ被せたのだけは褒められねえな」
「もっともなご批判です、キリ卿」
キリの世話役は、老年に差し掛かった長い髭の男性だ。額に深く皺を寄せて、ターバンを巻いた頭を傾ける。
「そも、召喚魔法はダゴン国においてすら、長らく禁呪であったはず。エンドー卿で成功していたとは言え、なぜ我が国までが、封印されし魔法に手を染めたのか……」
「うーん、その理由なんだけどね。たぶん俺、わかっちゃったんだなー」
翔一は、自分の横に立っていた世話役のおっさんを振り向いた。
「ね、おっちゃん。例のアレ、調べてくれたんでしょ?」
「はい、ショウちゃん。文書や記録の多くは処分されておりましたが、召喚にまつわる書類だけは、すべて禁書庫に保管されておりました」
世話役のおっさんは、手にしていた金属製の筒を開けて、中から丸めた紙を取り出す。テーブルにそっと広げられたのは、茶色に変色して端の傷んだ、やたらと古そうな三枚の書類だった。
「中でも、最古のものがこちらです。年号によると、いまから百二十五年前と百二十一年前、そして百七年前ですな」
「禁書庫だと? いったい、どうやってこのような呪文書を手に入れたのだ」
他の世話役がテーブルに身を乗り出して、三枚の書類に目を細める。軍人のような服を着て、皺深く青白い顔をした老人は、確かエレナの世話役だったか。
老人は懐から拡大鏡を取り出すと、記号の多い数式に似た、細かな魔法呪文の列を丁寧に読み込んでいった。
「なんと複雑な……我が国に伝えられた召喚魔法とは、まるで違うではないか。二箇所に、浮遊の魔法が組み込まれておる。こちらの呪文書は、暗黒魔法が三重に絡んでおるぞ」
「へえ。それって、浮遊っていう魔法だったんだ。俺はてっきり、飛空魔法だと思ってた。ちょっと見せてね」
翔一はテーブルの一枚を手に取ると、翻訳魔法を切って異世界の文字を直に読んでみる。
この世界の魔法呪文はすべて、三種類の文字と、ひとつの数字で書かれている。どんなに簡単な魔法でも、自分に対して作用するもの、周囲に対して発動するもの、それらを混雑させないフィルターの役割を果たすものとで記述が違うのだ。翻訳をしてしまうと、その区別が難しい。
もっとも、翻訳魔法を使わないのは、この三種類を区別するところまでだ。どの記述がどんな働きをするのかさえ掴めば、後は翻訳でざっと理解してしまえる。
そうでもしないと、勉強の苦手な俺には、魔法なんて理解できなかっただろうからね。翻訳魔法って素晴らしいなあ!
「うーん。けっこう無駄な部分が多いな。ここと、こっちの光魔法はまとめて後の方に組み込めるし、結界魔法の範囲が狭すぎるぞ……ああ、なるほど。波動と鑑定を一緒にして、障壁を利用した反射板で何度も打ち込むのか。で、角度と速度を調整するために、二つの暗黒魔法が必要になる……」
「お前、良くこんなものをスラスラと読めるな」
キリはテーブルに残っていた呪文書を引き寄せたが、すぐに顔をしかめると、隣のエレナに手渡す。エレナも呪文書を受け取ったものの、一読してテーブルに戻してしまった。
「だめ、わからない。そもそも私は呪文書が読めなかったから、剣を習わされたんだもの」
「ショウチャンさんが日本語で書き直したものより、ずっと複雑ですね。あっちは、これよりわかりやすかったんですけど」
そう言いつつも、タオは目を凝らして呪文書を読んでいた。学者先生を目指す彼にとって、異世界の魔法呪文はとても興味を惹かれるものらしい。ギャバンも同じく、老人の手にした呪文書を横から観察していた。
翔一もしばらくは、おっさんが盗んで来てくれた三枚を真面目に読む。確認したい部分は二箇所ほどだが、それでも全体を把握しておく必要があるので。
「やっぱりね。これじゃ無理だわ……俺の予想が当たりっぽいよ。三枚とも呪文の組み方が似てるし、文字の癖もそっくりだな。おっちゃんから見てどう? これを書いた人は、同じ人でいいんだよね」
「ラガシュ、であります」
「うん?」
翔一が首を傾げると、世話役のおっさんは、とぼけた顔で片方の眉を上げた。あら、器用ですね。
「私はおっちゃんではなく、ラガシュ・クーランと申します。ショウちゃん」
そこで、ニヤリと歯を見せて笑う。
「もちろん、馴染みの筆耕士に筆跡を検めさせております。彼によれば、間違いなく同一人物の筆であるとのことでしたな」
「お、おう……ありがとう。そう言えば、おっちゃんの名前を聞いてなかったね。ごめんなあ」
なんとなく居た堪れない気持ちになって、翔一は、おっちゃん改めラガシュの顔をじっと見つめた。
あの、簡単に終わってしまった戦争から半年。すぐにでも妻の待つ国元へ帰りたかっただろうに、彼はずっと翔一のために細かな仕事をしてくれていたのだ。
彼だけではない。勇者の六人を繋ぎ留めていた世話役たちと、転移魔法の実験に同行した六人も、それぞれの国から隠れて、翔一からの様々な要望に応えてくれていた。
理由はそれぞれだろうが、ひとつだけ、共通の目的がある。翔一と仲間たちも、ただ遊んでいたわけではないのだ。
「こんなに長いこと、無理言って付き合わせちゃったのにね。えっと、ラガシュ……くーりゃん?」
「クーラン、であります。妻の名は、ヒュリアと申しましてな。彼女も、亡き息子たちの弔いになるならと、エンドー卿の元で働くことを許してくれました」
腹から湧き上がる衝動に、翔一は立ち上がってラガシュの手を掴んだ。どうしても、そうせずにはいられなかったのだ。
ラガシュの手は骨ばって乾いた感触だったが、力強く握り返してくれる手のひらからは、彼の情熱が痛いほど伝わってきた。
「ショウちゃん……どうか、我々の愚かな世界から、召喚の魔法を消し去って下さい。百年前の過ちも、先の戦争も、この魔法ひとつが無ければ起こらなかった悲劇でありました」
「うん。でも、召喚魔法があったおかげで、俺はみんなとも会えたし、この世界に魔法があるおかげで、二度目の戦争では誰も死なせずに済んだよね。おっちゃ……ラガシュの変な鎖が無ければ、転移魔法改だって作れなかったと思うし」
「おかげ、と申されますか」
握手の上から、ラガシュはもう一方の手も添え、深々と頭を下げてくる。
「我々のせいで、危うく皆様の未来すら失わせるところでありましたのに……」
「その辺はさ、アレよ。終わり良ければすべて良し、ってやつで! あんま細かいこと気にすんなって!」
な! と言って振り返れば、勇者の仲間たちは、それぞれに変な顔をして頷き返してくれた。変な顔ってのは、あれだ。ちょっと恥ずかしがっているような、真面目な空気に戸惑っているような、そういうやつ。
うん。働いてはいたんだけど、合間にちょっと遊びすぎたからね。わかるよー、その気持ち。
翔一も少し恥ずかしくなってきたので、いつものとおりにニカッと笑って、お決まりの台詞で誤魔化しておいた。
「最後は、勇者らしくバシッと決めるからさ。このショウちゃんに、任せなさい!」
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