ショウちゃんの悩みは尽きません
「ようこそ、芸術の都ルマンドへ!」
大きく両腕を広げて、エレナがくるりと振り向いた。
「ここは、あらゆる娯楽を提供する、一大観光都市よ。きっと気に入ってもらえると思うわ」
二度目の休暇で訪れたエレナの故郷は、なんと水上にあった。
翔一だけは、ルマンドという名称にくすっと来たが、他の人には通じない話なので黙っておく。うーん、メンバーに日本人が欲しいね。
この惑星には、見慣れた緑色の植物が生えていた。その豊かな緑色をした森の中に巨大な湖があり、中央にコンパスで描いたような真円の島が浮いている。薄茶色をした丸い土台には、真っ白な建物が螺旋状に建ち並び、中央へ向かうにつれ山形に盛り上がっていた。なんとなく、カタツムリの殻っぽい。
おそろしく未来的な印象のある景色だ。地球でも、ここまで計画的に造られた都市はなかなか無い。ヨーロッパなどで、建物の外見を揃えた均一的な都市もあるにはあるが、それらは古い時代の建物を残した小さな街だ。
目の前の都市は、土台になっている人工島から建物までまるごと、都市をデザインする一社よって設計されたものであるらしい。つるりとした白い建物は均一的を越えて、すべてが同じ形をしている。四角い柱を高さの順に、偏執的なドミノ倒し職人が精密に並べた感じ、と言えばわかりやすいだろうか。
勇者たちと魔王の七名は、人工島を見下ろす森の中の展望台にいた。春の陽気で暖かく、そよぐ風も穏やかだが、周りが木々だけの広場は駐車場のようで味気ない。座る場所も店も無いからか、人っ子ひとり歩いていなかった。
翔一は、素直に疑問を口にする。
「へえ……で、どうしてこんな場所に転移させたの? 遠くね?」
「ここから見るのが、いちばん綺麗な眺めだからよ! 文句あるの?」
エレナは、腰に手を当ててふんぞり返った。
本当にお披露目だけの目的だったらしく、エレナのお国自慢を拝聴した後で、翔一は全員を都市の入り口まで運んだ。面倒くせえ女だな、おい。
都市へと繋がる橋もまた巨大で、新幹線のような車両が走る下部と、宙を浮く自動車の走る中央部、そして徒歩用の上部の三層構造だ。
浮いて走る丸っこい車とか、マジで未来じゃん! これは期待できそうですね。
エレナの提案で、この辺りの民間人に近い服装を誂えたのは正解だった。容姿のまちまちな異星人の六人は、立て襟がある筒型の上着と、幅の広いパンツやスカートで、難なく観光客の流れに溶け込む。マッケンだけは黒い巨体でずんずん歩いていたが、不思議と注目を浴びなかった。
その理由は、都市に入って数分で判明した。
未来的だとは思っていたが、まさか街中にロボットが歩いているとは。マッケンよりも巨大な戦闘マシン的な奴から、ペットらしき四つ足の小さいロボットまで、当たり前のように見かけるのだ。
案内役として先頭を歩くエレナには、タオが興奮もあらわに引っ付いている。
「ロボット、ですか? 生き物じゃなくて」
「そうよ。
「人形なのに、喋るんですか! すごいです」
「でしょう。でも、まだまだ知能は低くて、ほとんどがペットか作業用なんだけどね」
「作業用ってのは、荷物を運んだり、っていう意味ですか?」
「ええ。他にも、体の不自由な人のお世話をしたり出来るわ」
「はぁー。魔法も無いのに、そんな人形が作れるんですね。エレナさんの星って、すごく発達してるんだ」
「むふふ。もっと褒めて」
ど田舎から来たタオの素直な反応に、エレナが満足そうに笑み崩れている。お前がすごいわけじゃねえだろ、なんだそのドヤ顔。
他の仲間も、真っ白で窓の無い建物や、宙に浮く自動車、だだっ広い歩道を行き交う観光客の多さに、圧倒された顔でキョロキョロしている。お上りさんっぽいね。そんな感じの人がたくさんいるから、目立たないけどね。
ひとり、この惑星よりも文明の発展している所から来たらしいマッケンは、ランプをチカチカさせながらつぶやく。
「人工知能、でありますか……計算機は道具であり、知能などというものは、我々の幻想に過ぎないのですが」
「おや? マッケンのとこは、ロボットとかいないのか」
「はい。知能を宿す
「うーん? 良くわかんねえな。それ、ロボットとどう違うの?」
言うんじゃなかった。
翔一は、エレナが目指す劇団の寮に着くまで、延々とマッケンの講義を聞く羽目になった。頭がパンクしそうだよ!
劇団の寮は、螺旋の街を少し入った所にある、やはり四角くて真っ白な建物だった。とは言え、橋の辺りから歩いて二十分もかかる。
建物の自動ドアをくぐると、中は広いホールになっていた。片側にホテルの受付のような場所があり、五十代くらいの女性が座っている。ビシっとしたスーツ風の服を着て、引っ詰めたお団子の髪には後れ毛ひとつ無い。
うん、ものすごく真面目そうだ。ギャバンの上を行くな、あれは。
「ウラーイ、ヴィルダ! 帰ったわよ!」
エレナは、女性に向かって大きく手を振った。
「久しぶりねえ。元気だった?」
「まさか……リャリャ・エレナ。いったい……あなた、いままでなにをしていたんです!」
女性はエレナを認識すると、勢い良く立ち上がって彼女を怒鳴りつけた。
「あなたがいなくなって、私がどれだけ迷惑したことか! いまさら戻っても、あなたの居場所なんてありませんからね!」
「ええ……そこは、無事で良かったとか、心配したとか言うところじゃないの?」
「夏公演を前にリャリャが失踪しておいて、言い訳が許されると思いますか! とんでもない損失が出たんですよ。反省なさい! だいたいあなたは、昔から遅刻はするわ、門限は守らないわ……」
女性の矢のような抗議に晒されて、エレナは青菜に塩状態になっていた。翔一たちは、そっと距離を空けて嵐が通り過ぎるのを待った。
「ひどいわ。助けてくれてもいいじゃない」
涙目のエレナに文句を言われるが、知ったことではない。
その後は、タオの故郷の村でやったように、エレナとギャバンが中心になって女性に経緯を説明し、なんとか怒りを静めてもらう。女性が理解したのは、失踪ではなく、何者かによる誘拐であった、くらいの内容だが。
「とにかく、あなたが団に戻れるかどうかは、私の裁量では決められません。部屋はそのままにしてありますから、身なりを整えて、団長にご挨拶なさい。彼には、私から連絡しておきます」
「はい……わかりました」
しょぼんとしたエレナが部屋に上がって行って、翔一たちはホールのテーブル席に通される。そこには、いつの間にか冷たい飲み物が人数分用意されていた。なんだこれ、手品か?
女性はヴィルダと名乗り、全員が落ち着いたところで、口元に薄く皺を作るくらいの笑顔を見せた。
「そんなに構えないでくださいな。さっきのは、寮長としてのちょっとした演技です。団の花形であるリャリャが、突然いなくなってしまって……みんな、本当に心配したんですよ」
寮長ヴィルダは、翔一たちに頭を下げてから、そっと目頭を押さえる。
「こうして無事に帰って来てくれて、どんなに安心したか……いえね、前にも一度、おかしな男があの子を拐おうとして、大騒ぎになったもんですから」
さらりと恐ろしいことを言って、ヴィルダは翔一に向き直った。エレナは翔一を「ここまで連れてきてくれた人」とだけ伝えていたが、その表情を見れば、彼女が言葉以上のなにかを感じ取ったのだとわかる。
「あなたが、エレナを救ってくださったんですね。本当に、ありがとうございます」
「いえっ、そんな。当然のことをしたまでです!」
なんてったって、勇者ですから! 誰にもその扱いをしてもらってないけど!
「それに、向こうじゃエレナさんも、すごく頑張ってくれましたからね。後で、たくさん褒めてあげてください」
「そうですか……ええ、もちろんです。リャリャは団の宝。これからも、大切に育てていきます」
空気が軽くなったので、翔一たちはヴィルダから色々な話を聞いた。エレナは田舎の農家を十歳で飛び出して、いきなり劇団に入れてくれと押しかけたのをヴィルダが世話してやったとか。雑用をサボって叱られると、ヴィルダに泣きついたとか。舞台で台詞が飛んで怒られると、ヴィルダに泣きついたとか。初恋の相手に振られて、ヴィルダに泣きついた挙句に真夜中まで酒に付き合わせたとか。
あれ? ヴィルダさん、エレナを甘やかしすぎじゃないですかね。そういう育て方をすると、ああいう自信たっぷりでマイペースな人に育つのか。ほー。
新しい服に着替えて戻ったエレナは、翔一たちがニヤニヤして迎えると、びくっとして後ずさった。
「なによ、みんな。変な顔して」
「いやいや。エレナさんも、可愛いところがあるんですねー」
翔一がからうと、すぐにギャバンも乗ってきた。
「私も意外だったな。夢ひとつで家出をした少女が、下積みから苦労を重ね、やがて劇団の花となる。美しい話ではないか」
「姉ちゃん、イケる口なんだって? たまには付き合えよ。泣きながら歌い出すとか、面白い酒じゃねえか」
「な、な……」
キリの台詞に、エレナは真っ赤になって口をパクパクさせる。最後に、タオがいつになく真剣な顔でエレナを見上げた。
「エレナさん。あまりヴィルダさんに心配かけちゃだめですよ。ご家族と不仲なら、この人はエレナさんのお母さんみたいな存在じゃないですか。もっといたわってあげてください」
「ち、違うのよ! え、ていうかなんで? なにを聞いたの? タオくん、お願いだから私の話も聞いて!」
だが、エレナに弁解の時間は与えられず、ひとりヴィルダに連行されて行った。
ヴィルダ寮長はとても手回しが良く、エレナが団長に絞られている間の気晴らしにと、翔一たちに案内の人を付けてくれた。こちらは、とても人当たりの良い中年男性だ。
「リャリャ・エレナは歌も演技も素晴らしいのですが、彼女もしばらくは舞台に立てないでしょう。代わりと言ってはなんですが、うちの劇団の公演で、評判のいい演目をご鑑賞ください。その前に、軽くお食事でもいかがでしょう」
「えっ、いいの?」
食事、の言葉に食いついた翔一に、男性は笑顔で頷く。
「もちろんでございます。リャリャ・エレナの恩人である皆様には、ルマンドでの滞在でご不便の無いようにと、シュシュ・ヴィルダより承っております。他にもご要望がございましたら、なんなりとお申し付けください」
執事? この人、執事さんなの?
「なんだ。あの姉ちゃん、言うだけあってそれなりの地位なんだな。そんじゃ、お言葉に甘えて腹ごしらえといくか」
「キリさん、失礼ですよ。あ、あの。よろしくお願いします」
慌ててキリの前に出たタオが、男性にペコリと頭を下げて、六人は寮を後にした。
「あのさあ……あの建物って、どう考えても単なる劇団の寮じゃないよね」
隣を歩くセシルが、翔一にこっそりと囁いてくる。
「ヴィルダさんも寮長って言うわりには、すごく権力がありそうだったし。あの男の人にしたってさあ……」
「あんまり細かいことを気にすんなって。ハゲるぞ」
「なっ。ハゲるなら、あんたの方でしょうが!」
「残念でしたー。我が一族はフサフサの民なんですー。魔王の父ちゃんみたいに、ツルツルの人はいませんよーだ」
「あれは剃ってるの! ハゲじゃないからね、違うからね!」
よし、魔王も余計なことは忘れたようだな。
どうせ何日もいないんだし、アレコレつつかなくてもいいじゃん。それより飯よ、飯。だんご国を出てから、どこへ行っても食事が美味しいから嬉しいね。タオ君の実家だって、すげえ具沢山の鍋とか出してくれたんだぞ。だんご国滅ぶべし。
食事は、おそろしく高級そうなレストランで、ひとつひとつは小さな軽食がコースで出てきた。翔一たちはもちろん、マッケンまで大満足で腹を満たした。マッケンの、手をかざすと食べ物が消える食事風景は、この頃には全員が見慣れてしまっていた。
キリも色々な酒を味見させてもらいつつ、ご機嫌で銘柄をメモしていた。
また仕入れに付き合わされるんだろうなあ。ほどほどにしないと、金貨が無くなっちゃうよ?
劇団の公演も面白かった。二足歩行で言葉を話す猫が主人公で、彼がうっかり、立って歩く姿を人間のお婆さんに見つかるところから始まる。気難しいお婆さんと、離れて暮らす家族と、孫娘の婚約者と、婚約者を陥れようとしている町の悪い奴と、ほかにも色々出て来たが、最初から最後までドタバタのコメディで、みんなが幸せな大団円に終わる。歩く猫の正体に、誰も突っ込まないのがいいね。
寮に戻れば、エレナと寮長ヴィルダが待っていて、エレナがこれからも劇団の女優として雇ってもらえると報告してくれた。一緒に団長だという初老の男性もおり、しきりに頭を下げられた。
ルマンドでの休暇は、費用のすべてを劇団持ちで遊び尽くした。ホテルは広くて綺麗で居心地が良く、六人で行きたい場所が違えば、きちんとそれぞれに案内人を付けてくれる。エレナだけが終始不機嫌だったが、そこは我慢してもらおう。せっかく戻って来たのに、またしばらくは出かけたままになるのだ。挨拶回りはきちんと済ませないとね。
最後の日。翔一はひとり、アスレチック競技場のような場所に案内してもらった。様々な障害物の並ぶコースは、一周が約三百メートル。昼間はスポーツ・ジムの一部として解放され、週末の夜になると、プロ選手による賭けレースが行われるそうだ。
翔一は公式コースを二週目で、歴代最速タイムを更新した。
ジムの経営者とトレーナーと見学していた選手たちに取り囲まれ、ぜひともプロ契約を! と懇願されたが、案内人の背中に隠れて逃げ出した。
やっぱりなあ。そうじゃないかと思ってたよ。
魔法は、一切使っていない。身体能力を強化する魔力の使い方もあるのだが、そういったズルもしていない。
翔一はかつて、陸上の短距離走者だった。ギリギリ全国大会に出られる実力があったので、大学の推薦入試を使うことも出来た。簡単な学力試験は受けたが。あ、そっちもギリギリね。
ルマンドで見かける人びとは、エレナと同じく普通の人間らしい外見をしている。コースで練習していた選手の動きも、地球のプロスポーツ選手と差があるようには見えなかった。大気の違いや、体に感じる重力がおかしい、といった感覚も無い。
だが、翔一はプロ選手の記録をあっさりと塗り替えた。純粋な身体能力そのものが、勇者として人外の領域にまで鍛えられてしまったのだろう。これでは地球に帰って大学に入り直せたとしても、陸上選手にはなれない。それどころか、体を使うスポーツや格闘技の全般がだめだ。さっきの障害物コースでも、翔一は軽く体をほぐそうと思って走っただけなのだから。
困ったなあ。将来はどうしよう。俺、本当に頭が悪いからなー。
やっぱり、タオ君が学者先生になるのを待って、雇ってもらおうかね!
次の休暇を前に、翔一はギャバンに呼び出された。
「すまない。少し時間をもらえるか、ショウイチ」
「おう。暇だからいいぜ!」
「お前は、相変わらず軽いなあ……」
やれやれ、とため息をつくが、ギャバンの顔はすぐに真剣なものになる。ミシャ国に用意された彼の部屋で、二人はテーブルに向かい合って座った。
両の肘をついて前かがみになったギャバンは、少し迷うような時間を置いてから切り出す。
「お前の、魔法に関する異常な才能を見込んで、ひとつ相談したいことがある」
「異常はやめてね。そこまでおかしくないからね、俺」
「では、天才的な才能と言い直そう。いや、そういう話ではなくてだな……もしも、私が故郷でも治癒魔法を使えるようになりたい、と言ったら、それは可能なのだろうか」
「うん。出来ると思うよ?」
「そうか……は?」
「だから、出来ると思うよ。たぶん」
翔一は、懇切丁寧に説明した。
ギャバンは両手で顔を覆い、熟考に沈んだまま戻らなくなってしまったので、仕方なく置いて出た。
さて、ギャバンの故郷である。
「クローンかな?」
「いや、違うだろ。よく見ると、似てるだけだぞ」
「同じ顔にしか見えないけど……」
セシルが言うのももっともだ。
ギャバンの住んでいた町は、森の中にあった。てっぺんが見えないほどの大木に、木製の階段がぐるぐると絡みついている。三角屋根の家は太い枝の上に密集して建てられており、それらの小さな集落を繋ぐ空中通路もあった。木々の葉は緑色で、樹皮も茶色だ。地球人の目に優しくていいね。
先に町へ入ったギャバンは、三十分ほどで戻って来た。背後に、同じくらいの背丈で、同じような顔をした、しかし年齢は少し上の男女を引き連れて。似ているのは顔だけではない。髪や肌の色も同じな上に全員がショートカットの七三分けなので、服が違わなければ翔一にもギャバンを見分けるのは難しかっただろう。
「事情は話してある。これから、ハリン族の
「あっ、はい」
服が同じになっちゃうのかー。これ、見分けられるかね?
ギャバンと一緒に来た人たちに案内されて、地上から十メートルほど登った家で男女別に着替える。
最初に丸裸にされ、香りの良い温水で体を洗われた。代わりの服は紐で締めるトランクスみたいな下着に、白い長袖のチュニックとカーキ色のズボンだ。どれも綿のような素材で、靴は柔らかな革製だった。たぶんね。革だと思うけど。
マッケンだけは、白いマントを肩に羽織るだけで終わった。こいつ、デカいからね。どこへ行っても裸だし、そもそも服を着る習慣が無いっぽい。
その後は登ったり下りたり、グラグラ揺れる通路を渡ったりして、ようやく長の家に着く。たくさんの視線を感じたが住民の姿は見えず、案内をしてくれたのもギャバンひとりだった。
長の家は枝の上にあるとは思えないほど大きく、使われている木材は白っぽい色で統一されている。太い柱や手すりには、繊細な模様が彫刻されていた。セシルが小声で「エルフの里じゃん! すごいね!」とはしゃいでいた。
ギャバンは家の扉を小槌のような物で叩くと、そっと開いて中に呼びかける。
「シャイダー様。異国の友人をお連れしました」
「うむ。入るが良い」
おい、やっぱり宇宙刑事じゃねえか! 騙したな!
そんなわけはない。長は、ギャバンにそっくりな顔をしているだけの、普通の老人だった。
広々とした居間に通されると、円座を置いた床にシャイダーとギャバンが並び、向かい合わせに翔一たち六人が座る。
最初にシャイダーが、あぐらをかいた前に両手の拳を置いて、深々と礼をした。
「あなた方が、わがハリン族の子ギャバンを助け、共に戦ったという異国の勇者様でありますな。私は、この一族を治めておりますクラウ・シャイダーと申す者。このたびは、遠き地より我々の子を無事に連れ戻していただき、心より感謝いたします」
「いえいえ。じゃあ、ギャバン委員長は、また一族に戻れるんですね。良かったな!」
「はい……その、いいんちょー、とは?」
「長、その話はいずれ」
やはり委員長に引っかかった老人をギャバンがなだめて、翔一をキッと睨みつける。
うおお、余計なこと言ったか。ごめん、ごめん!
すでに大まかな話は通っていたのだが、シャイダーは好奇心旺盛な老人で、翔一たちにあれこれと質問をしては興味深そうに異国の話を聞いていた。途中から同じ顔の女性たちが現れて、全員にお茶とお茶菓子を出してくれた。
だが、召喚された先での戦争については、誰からも質問されない。魔法についてもだ。この件は、おそらくギャバンと長のシャイダー、そして翔一だけの話になる。
その夜は長の家に泊めてもらい、翌朝。
翔一はひとりでギャバンに案内され、遠く離れた大木へ向かう。残った仲間たちには、ささやかな宴会が用意されているそうだ。ええー。俺もそっちがいいー。
着いた先は、平屋の大きな家だ。中に入ると、ギャバンと同じくらいの年齢か、少し上くらいの男女が床の布団に寝かされている。いつもは看護も付いているのだが、その人たちには席を外してもらった。
いや、男女なのだろう。ギャバンの言う、分化を済ませた後なのだから。それでも、翔一には性別の違いがあまりわからない。
彼らハリン族は、性別が未分化のままで生まれる。この星での二十年くらいを性別が無いままに育ち、その後は個人の希望に合わせて、特別な樹液を飲むことで性別が固定されるのだとか。これが分化の儀式で、いわゆる地球の成人式に当たる。
「彼らは分化の樹液が上手く働かず、性別が曖昧なままになっているのだ。このままだと、いずれ衰弱して命を落とす。昔から、こうした病を発症する者はいたのだが……ここ十年ほどで、急に人数が増えた。すでに、三十人余りが亡くなっているのだよ」
「なるほどねえ。アレルギーとか、そういう反応なのかな」
「あれるぎー、とはなんだ?」
「えっと、ほら。食べ物とか飲み物でさ、体が痒くなったり、喉が痛くなったりする人いない? 果物で口の中がイガイガしたり」
「ああ……私も、桃が食べられないな。味は好きなのだが、口にすると喉が詰まったようになるのだ」
ギャバンは自分の喉をさすって、納得したように頷く。
「そうした反応が、あれるぎーという病気なのだな」
「だね。もっとひどいのになると、少し食べただけで死んじゃったりするらしいよ。そば粉とか……そば粉は、こっちには無いか」
これまで色々な星へ出かけたが、蕎麦の実や粉はおろか、細い麺類も見かけなかった。うう、思い出したら食べたくなってきた。ラーメンにうどんにそば、いいよねえ。麺類だいすき!
「つまりさ。その樹液ってやつが、体質に合わなかったんじゃね? 原因はわからないけど、そういう体質の人が急に増えたんだと思うな。ギャバン委員長の治癒魔法なら体内の毒物を外に出せるし、それで無理なら蘇生魔法でいけると思う」
「ああ、そうだな……飛空と鑑定、念力、そして浄化に治癒の複合魔法か。あの複雑な仕組みの魔法に、このような使い方があったとは」
翔一の蘇生魔法は、粉微塵に吹き飛んだ人まで治してしまえる。実験に付き合ってくれた野生動物たちの、多大なる犠牲のおかげだ。本当にごめんなさい。安らかにお眠りください。
この蘇生魔法を身に付けるには、最初に飛空魔法を習得する必要があった。飛行まではなくていい。自分が浮く感覚を応用して、鑑定した人間ひとり分の部品をマーキングし、念力で浮かせながら集める。
人間の体は口から肛門まで、内側がものすごく汚い。医療技術の未発達な昔は、腹を刺されて内臓が傷ついたら、中身に血液や他の臓器が汚染されて、たとえ傷を塞いでも患者が死んでしまっていたくらいだ。
そこで登場するのが、浄化の魔法だ。動物は少しくらいなら断食できるので、食べたり飲んだりしたものを中心に、不純物をすべて排除する。この時に、アルコールや毒物、がん細胞なども弾き出されるようだが、騎士団のおっさん数人に試しただけなので断言はできない。地面に染み込んだ血液なども回収し切れなかったりするが、そこは誤差の範囲だ。鑑定ってすごいね。
そうして、綺麗になった部品に治癒魔法改C−12をかける。これはダゴン国の治癒魔法をさらに強化させたもので、動物なら一時間以内、人間だと三十分以内で、記憶も欠けずに蘇生する。これが、翔一の蘇生魔法の仕組みである。
時間を置くと、動物でも動きがおかしくなったり、寝たまま起きなくなったりした。人間の三十分以内は、翔一が勝手に言っているだけで、厳密なタイムリミットではない。もっとも、そこを試すつもりはないが。
「必要なのは、鑑定と浄化、そして治癒の部分だな」
「そうそう。で、覚悟はできたの?」
「ショウイチは、すでに私の頭に干渉しているのだろう? いまさらだ。覚悟はできている、やってくれ」
「りょーかい」
ギャバンが翔一の話を聞いて動揺したのは、この脳への干渉を打ち明けた部分が大きかった。
考えてもみて欲しい。
魔力の無い別の惑星に、それぞれ違う惑星から来た仲間を連れ歩いて、なぜ言葉が通じるのか。もちろん、ひとりだけ魔法の使える翔一が、翻訳魔法を同行者にインストールしていたからである。
勝手にやりました! ごめんね!
いまから行うのは、例の首輪の魔法を改造した、通信魔法というか、ホースを繋げて魔力を取り込む魔法というか、まあそういうやつをギャバンにも使えるようにする手術だ。手術かな? まあ、細かいことはいいよ。俺にも良くわかんねえし。
脳を直接にいじって、強制的にあの惑星から魔力を取り入れられるような回路を組み込むのである。いかに幼少期から剣士として鍛えられていたギャバンとは言え、これを受け入れるには相当の覚悟が必要だったようだ。
「んじゃ、お邪魔しまーす……はい、できた!」
「も、もうか? 早いな」
「おう。前にも練習したし、上手くいってると思うよ」
「そうか……待て、練習した?」
「うん。先にマッケンに頼まれて、あいつにも回路を組み込んである。頭っていうか、胸辺りに組み込んだんだけど。あいつは魔法が使えないのに、なんでこんなのが必要なのかね?」
「そうか……いや、感謝する。確かに、ここでも魔力を感じるようになった」
ギャバンは自分の両手を広げて、じっとそこにあるなにかを見つめた。そしてギュッと手を握ると、大きく深呼吸をして、床に寝ている病人のひとりに近づく。
その人は、ずっと戸口に立っていた二人を不思議そうな顔で眺めていたのだが、ギャバンが横に座ると、目をしょぼしょぼさせながら苦しそうに口を開いた。
「あれ、ギャバンじゃないか……すごく久しぶりだな。どこに行ってたんだい?」
「少し、遠くの国で修行をしていたんだ。ルーダが、まだ生きていてくれて良かった。私はみんなの病気を治すために、不思議な術を覚えて帰ったんだよ」
「不思議な術? それで、本当に……この病気が治るのか?」
「ああ。すぐに良くなるとも。私が、ルーダやみんなを治してやる」
「そうか、ありがとう……」
翔一は、二人を見てなんとなく察した。もう、お前ら付き合っちゃえよ! どっちが男か女かわかんねえけど!
ギャバンは、最初から蘇生魔法を使うことにしたようだ。青白い光が、ルーダをふわっと包み込んで、鑑定に弾かれた毒物や異物を体内から排出する。ただ取り出しただけではその辺りが汚れてしまうので、弾き出されたものは微粒子レベルにまで分解されて、念力によって窓の外に捨てられた。
翔一には全てが見えているので、ギャバンの蘇生魔法が成功しているとわかる。だが彼は、まだ心配そうにルーダの額を撫でて、優しく問いかけた。
「どうだろう……気分は変わらないか? 体が痛くなったりは?」
「いや、痛くはない。なんだろう、すごく体が軽いな……ほら、腕が簡単に上がる」
ルーダは右の腕をゆっくりと垂直に持ち上げて、ギャバンに笑いかける。似たような顔だが、すっかり衰弱していたルーダは、蘇生魔法の後で少しだけ肌の色が良くなっていた。
「あと、ものすごくお腹が空いているな。どうしてだろう。まるで、朝食を抜いてしまった日の午後みたいだ」
「そうか。そうか……良かった。本当に良かった」
ギャバンが、ルーダを抱きしめるようにして泣き出したので、翔一はそっと建物を後にした。
あっという間に道に迷った。おかしな所に入ってしまい、住民にめちゃくちゃ怒られた。ごめんって!
結論から言うと、ハリン族の若者を苦しめていた病気に、ギャバンの蘇生魔法はてきめんに効いた。
ただし樹液の効果まで失われてしまうため、分化は自然に任せるしかない。これには個人差があり、遅い人だと三十代になってようやく男女が決まるそうだ。アレルギーのみなさんには、強く生きて欲しい。
彼らは今後、腕の内側に薄めた樹液を塗る、パッチテストを行うことにしたそうだ。ギャバンが生きているうちは治せるが、いつまでも彼だけには頼れないので。
夜には翔一も宴会に招かれて、美味い料理と酒に、ハリン族の歌と音楽を楽しんだ。大小の太鼓に笛、種類の違う弦楽器を使った音楽は、始めのうちは静かでゆったりと流れ、歌い手が加わると派手な盛り上がりを見せた。
すぐにエレナが食いついて、得意の歌を披露する。楽団も器用に合わせて、惑星を越えた新しい音楽が陽気に流れた。
キリは、ここでも酒をあれこれと試しては、真剣にうなっていた。
「くそ、選び切れんな。どれも旨い」
「あのさあ。いいかげん、自分でも転移できるように魔法を勉強すれば? もう金貨も残ってないでしょ」
「馬鹿を言え。そんな変てこな魔法を覚えたら、あの島でまともに生きていけなくなる。お前という道具を使って高い金を払うから、まだ自重できてるんだ」
「道具扱いかよー。俺たちの友情は、今日を限りにおしまいだー」
「良し、決めたぞ。今後は、俺の国の金貨で支払う。どのみち、溶かして換金するんだろう? 同じ金属なんだから、文句を言うなよ」
「まあ、いいけどね」
キリはおそらく、都市ルマンドでは普通に金貨を換金して、現地の金を払ったはずだ。報奨金の金貨はかなり質が良かったので、ケヒューの民とタオの村、そしてこの町でも金貨がそのまま使えるだろう。
一方で翔一は、異星の飲食物になど興味は無い。必要なのは地球のお金だ。そこで、集めた金貨を溶かして不純物を取り除いた状態から、銀と銅を混ぜてK18くらいに加工しておいた。配分をネットで調べただけなので、上手くいっているかは謎だが。その後、国の偉い人から職人を紹介してもらい、無難な無垢の指輪やネックレスを作ってもらう。
アメリカに行った際に試したが、貴金属の買い取りをしている店に行って、店員さんにアブラカタブラーと幻覚魔法をかけたら、あっさりと現金に替えてくれた。
職人さんへのお礼や、買い取りの差額など、まあ損をしている部分はあるのだが、なにしろ報奨金の額がすごい。ドルだけでも、すでに三十年は遊んで暮らせる計算だ。
でもなー。なにか仕事をしていないと、俺の性格じゃゴロゴロして遊んじゃうからなー。
本当に、将来はどうしようかね?
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