ショウちゃんの悪巧みがバレました

 キリの故郷である島には、すでに何度もお邪魔したので慣れたものだ。だが翔一は、青く輝く海と白い雲、自然豊かな入江に建つ白壁の家々を前に、まるで初めて目にしたかのように振る舞った。

 要は、いつもの通りになんでもない顔をしておくだけである。俺、演技とかできないし。

 そんな気づかいも、五分で無駄になった。

 海沿いの道を歩いていた七人に、前から歩いて来た現地の男性が片手を挙げながら陽気に声をかける。

「やあ、親方。いい天気ですな! 今日はお連れさんが多いんですね、珍しい」

「う、うむ。たまにはな」

「ショウさんも、お久しぶりです。また、旨い魚を見繕っておきますんで!」

「お、おう。ありがとう」

「……ショウ、説明して」

 男性が通り過ぎると、後ろからセシルが二の腕を抓ってきた。この暴力魔王め、痛いからやめなさい!

「不思議だな。なぜショウイチは、この島に顔見知りがいるのだ?」

「なんだか、秘密の匂いがするわね。あんたたち、コソコソと悪いことしてたでしょう」

 ギャバンとエレナは、その場に立ち尽くす翔一とキリを両側から挟んで逃げられないようにする。すごいコンビネーションだね。さすがは看護師コンビ!

「自分は、彼らの動向に気づいておりましたが。我々の不利益になるような話ではありませんよ」

 マッケンが言って、頭をくるりと回す。

「キリは、以前から異星の酒を買い集めていたのです。輸送にはショウチャンの能力が必要なため、彼らは結託して惑星間での密輸を行っておりました。とは言え、まったく交流の無い異星へ、個人が消費できる程度の飲料を運んだだけですから、大した問題ではありません」

 その説明に、エレナが爆発した。

「大した問題よ! なにそれ、うらやましい! だったら私も、うちの団に仕入れたい品があったのに! ねえねえ、報酬はいくら? ちょっと相談しましょう、そうしましょう」

「ハリン族の食糧問題についても相談がしたいな。いくつかの穀類と果樹は、我々の森でも育ちそうだ」

「わたしもー! 私も欲しいものがあるの! お金はあんたが払ってよ。私は金貨とかもらえなかったんだからね!」

 ギャバンとセシルまで、とんでもないことを言い出す。つうか魔王、お前はなにを当然のようにタカろうとしてんだ。

「あの……あんまりショウチャンさんを困らせないであげてください。それに、食べたり飲んだりしちゃえる物でないと、他の人に見付かったら困りませんか?」

「タオ君はええ子やなあー。この島に、めちゃくちゃ美味しい焼き魚を出す店があるから、後で一緒に食べようねー」

 翔一は、タオの頭を撫でて癒やされた。

 うん、ちょっとだけエレナの気持ちがわかるな。タオ君は世界、いや、宇宙の宝だね!

「そうですね。異星の品を安易に持ち込むことは、かなりの危険を伴う行為です。経済や文化への影響、現地の動植物への汚染、また、その惑星では未知の病原体といった存在も考慮すると、あまりおすすめはできません」

 また謎のキュイン音を立てたマッケンが、少しだけ頭部を傾けて翔一を見下ろす。

「もっとも、ショウチャンならばその辺りの問題も、すでに解決していると考えますが」

「うおーい! 余計なことまで言わんでいい!」

 思わず黒い巨体に張り手で突っ込むと、翔一はエレナたちに拘束されてしまった。

「これは、お話が必要よね」

 それ、物理的なやつじゃないよね? 勘弁してよ。



 キリが親方と呼ばれているのは、そのままの意味だ。

 この島には、もっと大きな大陸から出張している貿易会社の支社があり、キリはそこの代表なのだった。

 地球で言う近世くらいの文明があるこの惑星では、海を越えて貿易を行う商社は、自社で造船も行っている。キリは、どちらかと言うと造船や航海に能力を発揮しているようで、職人や船の乗組員たちから「親方」と親しみを込めて呼ばれているのだ。

 ちなみに、船長は別にいる。翔一は薄々、キリが勝手に船に乗っているのだろうな、と予想していた。

 彼は、自分でもボートくらいなら日曜大工感覚で作れるそうで、社員はもちろん、島の漁業関係者にまで好かれている。入江を見下ろす高台に立派な屋敷を構え、週に三日は釣りと昼寝の休日をとっても、悠々自適に暮らせる大金持ちなのだ。うらやましい!

 とは言え、翔一が最初にキリを故郷へ送って行った際には、やはりそれなりの大騒ぎになった。若き代表が突然に姿を消して、五ヶ月近くも音沙汰がない。誘拐か、失踪か、はたまた海に落ちて亡くなったか。だが、身代金の要求も無ければ、遺体や遺留品すらも発見できない。本社や、キリの出生地まで社員が総ざらいし、地元の漁師は波の高い島の裏側まで船を出して捜索した。帰宅がもう少し遅れていたら、キリは代表の座を失って路頭に迷っていただろう。

 ケロリとした顔でキリが戻ったとき、関係者全員にそりゃあもう怒られた。一緒にいた翔一まで、めちゃくちゃ責められた。そして、最も怒り狂ったのは彼の妻だった。

「夫は、新しい取引先を見付けたと説明していたんですけどね。まさか、誰も信じちゃいませんでしたよ」

 キリの妻はリョ▽Π=※ンマナ◯と名乗ったが、誰も聞き取れないので「マナと呼んでください」と微笑み、大きなお腹をひと撫でする。そう、キリは身重の妻を置いて、あの異世界に召喚されてしまっていたのだ。なのに、翔一の能力を知って最初にすることが、酒の仕入れとかね。

 そりゃあ怒られるわ。

「地下の酒蔵では追いつかなくなって、いまではこの通りです。なんにせよ、実際の話が聞けて安心しました。容赦なく、とっちめてあげてください」

 ニッと獰猛に笑うと、マナは夫の背を押して、仲間たちに生贄よろしく差し出す。健康的な小麦色の肌と黒い巻き毛の彼女は、キリにはもったいないほどの美女だった。地中海風の肉感的な美人が怒ったときの笑顔は、その迫力も相まって背筋が凍るほど怖い。

 翔一が震えていると、マナは「どうぞ、ごゆっくり」と言い残し、捨てられた子犬のような目をしているキリを置いて立ち去った。

「これのどこが、個人で消費できる量なのよ……まったく馬鹿じゃない? 店を開くんじゃないんだから」

 扉を開いた蔵の前で、エレナが頭痛を堪えるように額を押さえる。

 キリの屋敷に隣接した蔵は、平たい屋根をした白い石造りだ。大きさは日本の土蔵くらいで、横並びに三棟が全て酒蔵になっている。

 あっれー? 俺、いつの間にこんな量を運んだんだっけ。

「おい、うちの親戚が作っているモカ酒やコロロ酒があるぞ。いつ買ったんだ」

 蔵に入ったギャバンが、床に並んでいる酒カメに似た容器を指差した。ハリン族の酒は、大きな木の実の殻で熟成されるのだが、その殻の底が尖っているので、倒れないよう穴を空けた木の板に並べて置いたのだ。うん、思い出した。

「おばあちゃんちの花酒があります。桃酒と、お祭りの時に飲む白雪酒も。こっちのはなんだろう」

 タオが見上げているのは、頑丈な棚に並んだ大小の酒樽や、陶器の壺だ。あの村では、秋に咲く赤い花の蜜で作る花酒が主流だったのだが、魔山へ顔を出した時に、キリは別の酒樽も目にしていた。酒好きの鋭い嗅覚には、まったく恐れ入るね。

 はい。村を中心に、あちこちの地域へ飛んで、特色豊かな地酒を買い漁りました。今ごろ、タオの故郷は異国の金貨で潤っているんじゃないかなー。外貨獲得ですよ、外貨獲得。ちょっと違うか。

「まさか別の惑星で、見慣れたウイスキーやブランデーの銘柄を見るとは思わなかったよ。チリのワインに、フランスのシャンパンに……あれ? ちょっと待って」

 地球の酒コーナーを観察していたセシルが、顎に手を当てて考え込む。おい、魔王。余計な事は言うなよ。

「エレナさんのところは、劇団の人が金貨を両替してくれたからわかるよ。私もカジノで遊ぶくらいはと思って、お爺ちゃんにもらったお小遣いを換金したんだよね。でも、地球で金貨払いは無理じゃない?」

 そろそろと後ろ向きに逃げ出そうとしていた翔一は、ぐるっと首を回して振り向いたセシルに呼び止められる。

「ねえ、ショウ。あなた、のかな」

 セシルが、にやあ、と歯を見せて笑う。くそう、やっぱり魔王は滅ぼしておくべきだった! 俺は勇者なんだから!

「ははーん。そうよね、確かにおかしいわ。他の星はともかく、私の星やセシルちゃんの地元じゃあ、あの国の金貨なんて使えないもの。骨董品として売ろうにも来歴が無いし、金の含有量は、同じ大きさの記念硬貨より低かったから」

 エレナも、目を細めてこちらを探るように見る。

 あ、はい。そりゃあね。

 ルマンドの文明レベルや地球じゃあ、記念硬貨の方がよっぽど無垢の金に近いですよ。良く知らんけど。

 あははーと笑って誤魔化していると、横から肩を叩かれた。

「ショウ、諦めろ。こうなったら、洗いざらいぶちまけるしかない」

 キリが裏切った!

 俺たちの友情はもうおしまいだ! 今度こそだ! 三度目の正直だからな!



 キリの邸宅にお邪魔し、出されたお茶を一口も飲めないまま、洗いざらいぶちまけ後で、翔一はぐったりと椅子に伸びて言った。

「だーからさあ。みんなもっと魔法を勉強して、自分で転移なり何なり出来るようになればいいじゃん。奥さんもそう思いません? これを機に、旦那さんには他の惑星との貿易かなんかで、新しい商会でも立ち上げてもらって」

「おい、ショウ。恐ろしいことを言うんじゃない」

「お前が先に裏切ったんだろ! どうせ週に三日は遊んでんだから、もっと働けよ!」

「俺から釣りと昼寝の時間を取り上げる気か! 過労で死ぬわ!」

 翔一とキリがわーわーやっていると、マナがふふっと笑ってティーカップを置いた。

「ショウさん。お話はとても魅力的なんですけど、新規の取引先を開拓するなんて難しい仕事は、夫には荷が重いでしょうね。この人はもともと、レヴィ△&♪ンヤー※%シ家の跡目争いに嫌気が差して、この島に逃げて来たんです。うちの支社を継いでからも、ほとんどお飾りの代表なんですよ。ね、ハワー」

「はい、奥様」

 マナにハワーと呼ばれた男性は、壁際で立ったまま、胸の前に右手を置いて返した。アオザイに似た真っ青な衣装に身を包み、四角い帽子を被った彼は、この家の執事のような立場の人だ。翔一も、彼にはとてもお世話になった。主に、蔵を酒蔵として改装する相談などで。

「ただし、とても有能な飾り物でいらっしゃいます。旦那様がおられたからこそ、五年前の経営危機を乗り越えられたのですから。もっとも」

 そこで軽く目を細めると、ハワーは椅子にかけているキリをじっと見つめる。

「あまり放置しておきますと、自ら問題を引き寄せようとされますので、上手く遊んでいただく加減には苦心させられますが」

 キリはハワーの視線から身を捩って逃げると、隣に座っていた翔一に耳打ちしてきた。

「聞いたかおい、あの言い草。俺は、適当に遊んでいるくらいが丁度いいんだとよ。つーわけで、転移魔法を教えたいなら他を当たれ」

「キリって婿養子のくせに、ものすごく態度がでかいよな。俺も金持ちの奥さんが欲しいわー」

「馬鹿を言え。俺は生まれたときから金持ちだ」

「どこがだよー。あ、そうか。お金持ちに必要なひんがないから、実家を追い出されたんだ! なるほどー」

「てめえ。いちど、じっくり話し合う必要がありそうだな」

「おっ、やるか?」

「いいかげんにしなさい!」

 バンッとテーブルを叩いて、セシルがこちらを睨みつける。やだー。魔王様こわーい。

「あんたたちが、そうやってじゃれていたら、話がちっとも進まないじゃない」

「じゃれてなんかいませんー」

「それで? 転移ってのは、私たちでも使える魔法なの?」

「無視かよー……はい、すみません」

 セシルの引き結んだ口から歯ぎしりの音が聞こえたので、翔一は慌てて居住まいを正す。そろそろ、お茶を飲んでもいいかな。喉が乾いてきたよ。

「俺の転移魔法を覚えるなら、いまのところ優位に立ってるのはギャバン委員長かな。飛空魔法が使えるエレナさんとタオ君も、少し頑張れば出来るようになると思う」

 翔一の説明に、タオが不思議そうに首を傾げた。

「ええと……ショウチャンさんは、前に言っていましたよね。召喚の魔法と、転移の魔法と、あといくつかを組み合わせたら、他の星に行ける魔法になった、って。なのに、飛空が必要なんですか?」

「タオ君は、本当に賢いねー。そうそう。飛空って、宙に浮くあれね。あれを教えた時に説明したことは覚えてる?」

「はい。僕たちが暮らしている大地は、星の上にあるんですよね。星は何もないところをクルクル回っているけど、引力っていう物を繋ぎ止める力があるおかげで、空気や水や、大地に根を張っていない生き物たちも、落っこちずに暮らしていける、と聞きました」

 完璧なお答えです! タオ君に百点満点の花マルをあげちゃおう!

「宙に浮くために、僕たちは魔力を使って引力を遮る練習をしました……ああ、そうか。ひとつの星からどこかへ行くには、まず引力から離れられないといけないんですね」

「その通りでございます! だから、ちょっと浮けるキリにも可能性はあるんだけど。まあ、この人は練習したくないみたいだから置いといて」

「うるせえぞ。ふざけてないで、先を続けろ」

 横から、キリが二の腕を手の甲で叩いてくる。はいはい、わかりましたよーだ。

「次に必要なのが召喚と転移だけど。元になったのは、だんご国で研究されていた召喚魔法と転移魔法ね。あれは、時空間に穴を開けるという意味では、仕組みが同じなんだ。召喚の場合は、引力を利用して相手を引っ張り込むから、飛空とは逆のことをしてる。自分の側の引力を強くするんだね。転移の場合は、そもそも引力を打ち消す必要も無い。だんご国のは、目で見える範囲に、ほんのちょっと移動するだけの魔法だったから」

「なるほど……自らが別の星へ移動するためには、そもそも飛空ができるくらい、引力に抗える実力が必要なのだな」

 ギャバンも理解が追い付いてきたらしく、顎に手を当てて考え込む。

「そうなると、必要なのは惑星の引力から逃げる力に、時空間に穴を開けて通路を作る魔法、かしら?」

 こてん、と首を傾げて、エレナが天井に視線を投げた。

「後は、引力から自由になった自分を移動させるための、転移魔法……ううん、なんだか難しそうね」

「他にも必要なものはあるよ。だんご国の召喚魔法みたいに、人間と近い生き物の反応があるまで、宇宙に向けて手当たり次第に魔力をぶち当てるなんてコスパが悪すぎるし」

「こすぱ?」

「ああ、えっと。費用対効果、だっけ。そこを解決するために、鑑定魔法を強化する。召喚魔法に組み込まれている鑑定は、直線にしか働かないんだよね。それを全方位に向けて一気にかけるために、障壁か結界のどっちかを練習台にして、魔力を丸く発動させられるようになって欲しいんだ。こっちは、だんご国に参考書があるから簡単だと思うよ。次に、目的地の惑星を特定する方法だけど、これは最初に、対象の星から来た異星人さんのオーラを読む必要がある。今回は召喚された勇者が六人もいたし、魔族って言われてたケヒューさんたちも異星人だったから、サンプルのオーラがあって良かったよね」

「待って、いきなり話がオカルトになってない? オーラってなによ」

 セシルが突っ込んで来たので、翔一はお茶を飲んで頭を整理した。

 お、今日は、茶葉がいつもと違いますな。大切なお客様がいるから、奮発したのかね。俺は大切なお客様じゃなかったのかよ!

「そんなこと言い出したら、そもそも魔法だってオカルトみたいなもんじゃん。まあ、オーラってのは、俺が勝手に呼んでるだけだから、実際は違うものかも知れないけど。なんて言うのかな。ある惑星に生まれた動物は、その星に特有の波長? そういうのを持ってるんだよ。これは、だんご国の人と俺自身を鑑定にかけて比べたから、間違いない。実は、ケヒューさんたちが完全に代替わりしちゃってたら、俺にもあの人たちの惑星を探すのは難しかったんだよね。あのお爺ちゃんが生きていてくれて、本当に良かったよ」

「そ、そう……」

 お茶を飲み切ってしまったので、翔一は勝手にティーポットに手を伸ばしてお代わりを注いだ。

 いつもなら、キリの屋敷にお邪魔している間は、執事のハワーさんや女給さんが気づいて淹れ直してくれるのだが、いまはその気配がない。まあ、冷めたお茶でも美味しいからいいや。

「んで、こっからが難しいんだ。転移に必要な魔力を算出するために惑星間の距離を測るには、普通の鑑定じゃ無理だった。代わりに、俺の作った鑑定改D−03っていう魔法と、波動の魔法を応用した光センサを組み合わせたものに、その光を反射させるための暗黒魔法で作った板を先に転移する惑星のどこかに設置する。こっちは念力魔法の応用ね。ややこしいだろ? 先に板を置けるんだから、距離くらい簡単にわかりそうなもんじゃん。だけど、暗黒魔法の性質がちょっと変わってるみたいでさ。こいつで作った物質だけは、時空間の穴を一瞬で通るんだよね。ここをもうちょっと研究すれば、惑星間の転移魔法も、かなり簡単になりそうなんだけど。そんで……」

「待て、ショウ。それ以上は説明しなくていい」

 キリが言って、今度は肩を拳で思い切り叩いてきた。ちょっと! いくら勇者でも、叩かれたら痛いんですけど?

「えー。まだ、基本の仕組みすら説明しきってないぞ。惑星のどこに転移したらいいか、他の人の記憶を読んだりも必要だし。転移が出来るようになっても、次は浄化改F−08を使って体や運ぶ物を綺麗にしたり、そもそも別の惑星で魔力を使えるように……」

「いいから黙れ! お前の言っていることは、誰も理解してねえんだよ!」

「……うん?」

 翔一はキリの顔をじっと見つめた。キリは翔一とは反対側を向いて、片手で額を押さえてしまう。

 仕方がないので、テーブルについている仲間たちに助けを求めてみた。しかし勇者たちは、いや、魔王とマナさんまで、なんとも言い難い半笑いを浮かべ、首を横に振って返す。

「ええー。なんで? あ、もしかして俺の説明が不味かった? ごめんなあ。俺、学校の成績もギリギリなんだよね。弟たちにも、宿題とか教えたこと無いんもん」

 そっかー、俺じゃ先生役は無理かー。攻撃魔法とか蘇生魔法までは、なんとか教えられたのにね。

 がっくりして椅子に沈み込むと、正面に座っていたマッケンが、キュインと音を立ててから言った。

「いいえ、ショウチャン。あなたの魔法に関する説明は、とてもわかりやすかったですよ」

「ほんとに?」

「はい。自分には魔法が使えませんので、他の方々の反応から推測するのみでありますが……みなさんは、ショウちゃんの説明が理解できないのではなく、大まかに理解してなお、自分には運用が不可能であると判断したのではないでしょうか」

「それよ! マッケン、さすがだわ」

 シャキッと背筋を伸ばして、エレナがマッケンにサムズアップする。この仕草も、翔一が教えたものだ。うむ、使いこなしているね。

 じゃあなくて。

「蘇生魔法を習ったときにも思ったのよ。あれを習得するには、解剖の知識が必要でしょう? 私は国立の中等学校まで行ったから、人体の構造もなんとなく理解していたわ。ギャバンは確か、実際の解剖を見たことがあるのよね?」

「ああ。私の一族に、少々やっかいな病があったのでな」

 ギャバンは辛い記憶を思い出したのか、頭を振って苦く笑った。

 ハリン族の病気は、長らく原因が謎だった。医療もそれほど発達していないというのに、彼らはなんとかしてその謎を解明しようと、亡くなった若者たちの遺体を解剖していたのだ。さすがは剣に生きる孤高の一族。思い切りがいいと言うか、探究心が旺盛と言うか。ギャバンが帰ったら、ものすごく医療が発達するかも知れないね。

 エレナとギャバンの二人は、人体の構造をある程度知っていたからこそ、翔一の蘇生魔法を習得できた。なにしろ、練習に使えるのは動物だけだったので。

「だが、先ほど説明された転移魔法は……私には習得が難しいようだ。恥ずかしい話だが、ショウイチの解説の半分も理解できなかったよ」

「私も科学の知識はあるから、言葉の意味を追いかけるくらいは出来たけど、それで精一杯ね。オーラとか波動に至っては、なにがなんだか」

 エレナは色っぽく肩をすくめて、お手上げのポーズをした。

「くやしい……この魔法バカに出来ることが、私に出来ないなんて」

「おいこら魔王。お前、いい加減にしろよ」

「でも、ここは素直に負けを認めてあげる」

 セシルは胸の前で腕を組むと、偉そうにふんぞり返って言った。

「だから、私にもあなたの転移便を使わせてよ。往復で百ドル払うわ」

「百ドル……?」

 少し考えてから、翔一は大声で突っ込んだ。

「安いわ! 日本円で一万円ちょっとじゃねえか!」

「だって、私は勇者様みたいに、お国からお金なんてもらえなかったんだもーん」

 すっとぼけて横を向く魔王がムカつく。

 俺、やっぱり勇者じゃなかったわ!

 誰か召喚して差し上げますんで、俺の代わりに魔王を滅ぼしてくれませんかね?

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