ショウちゃんに仲間ができました

「ちーっす! ナンチャラ国の勇者で、遠藤翔一って言います。気軽にショウちゃんって呼んでね!」

 一年も過ごした国の名を覚えていない翔一である。自分の立ち位置も、ナントカ国の詳細も、どうして大広間に通された一歩目で、横に立つおっさんから「ナンチャラ国騎士、ショーチ・エンドー卿、ご入室!」などと叫ばれたのかもわからない。

 ただ、目の前に先客が居たので、ここは元気に挨拶しておこうかな、と思っての発言だ。

 背後で、ナンチャラ国から一緒にいる世話役のおっさんがブツブツ言っていたが、まるっと無視である。

 豪華でだだっ広い部屋には、中央に横長のテーブルが置かれ、すでに二十人ほどの老若男女が着席していた。彼らは一斉にこちらを見たが、誰も返事をしてくれない。

「えー。なんか、ノリ悪いね。あ、そこに座るの? はいはい」

 世話役のおっさんに背中を押され、翔一は空いていた席にどかっと腰を下ろす。ぐるりとテーブルを見渡せば、何人かの含み笑いが聞こえた。おっ、好印象かな。どこの誰だか知らないけど。

 この日の翔一は派手な白銀の鎧ではなく、ナンチャラ国で誂えた正装を着せられていた。白いフリル付きのシャツに濃紺のベストと上着、ぴっちりしたズボンにブーツである。首にもスカーフを巻かれて、アニメ映画の王子様っぽい。

 似合わねえし重いし肩こるし、早く脱ぎたいなー。ジャージでゴロゴロしてえ。

 誰も喋らないので、翔一は遠慮なく身を乗り出して、着席している人びとを端から眺めていく。テーブルのこちら側に、年配者、若者、年配者、若者と並んでいるのを見て、さすがの翔一も自分たちとの共通点に気づいた。これは、別々の国から来た勇者と世話役のセットが、初めましての挨拶をする会なのだ。

 対面には、中年以上のおっさんしか居ない。こっちは無視だ。

 やりました、美人さん発見! 隣に皺くちゃの爺さんが居るから、彼女の方が勇者かな? いいね、いいね。お友達になりたい。なんだか小さい子も居るな。小学生くらいに見えるけど、そんな子供で大丈夫なの?

 後の二人は男かー。勇者って、確か六人なんだっけ? みんな大人しいから、残りのひとりを待っているのかな。その人も女性だったらいいんだけど。

 美人さんに手を振ると、にこっと笑顔で会釈を返してくれる。波打つ長い金髪に真っ白な肌をした、北欧出身っぽいお姉さんだ。濃い緑色の上着は立て襟で、金色の刺繍に飾られている。シャツは見えないが、首元にヒラヒラしたスカーフを巻いていた。隣の爺さんと似た服なので、男性用なのだろう。こういうの、宝塚の写真で見たことあるな。男装の麗人ってやつ? 格好いいね。

 小さい子は、ちょっと見慣れない毛皮付きの服にフードを被っており、顔や性別がわからない。翔一の知識でいちばん近いのは、中央アジアを題材にした漫画の、北に住む部族の服だ。赤い上着に、色鮮やかな刺繍の模様がたくさん入っているところが似ている。でも、ちょっと違うかなー。わかんねえや。この子は椅子に浅く腰掛けたまま、じっと大広間の窓を見つめていた。

 男のうち手前側は、翔一よりやや歳上くらいの青年だ。彼にも手を振ると、ぎょっとしたように目を開いて、片手を小さく上下に動かした。大人しくしてなさい、みたいな。まっじめー! 白に金色の縁取りがある軍服っぽい服を着て、短い茶色の髪を七三に整えている。顔立ちも外国風優男で、眼鏡が無いのが惜しいくらいだ。よっ、委員長! 勇者の代表は、お前さんに任せた!

 残るひとりは、三十代くらいのガッチリした体格の男性だ。翔一が迷い込んだナンチャラ国や、このナントカ国もそうなのだが、アジアっぽい容姿の人が居ないので、ちょっと歳上になるとすぐに年齢がわからなくなる。この男性も、ひょっとしたら二十代かも知れない。ただ、ものすごく落ち着いた雰囲気だ。翔一が、やっほーと手を振れば、薄く笑って小首を傾げるような仕草を返してくれた。実に大人の対応だ! もしかして彼の方が勇者の代表に相応しいかな? 服装は、アレだ。アラビアのナントカ。中東っぽい全身を覆う砂色の服に、真紅のターバンを巻いている。肌の色はやや浅黒いくらいで髭も生やしていないが、ダンディズム溢れる色男だった。あっこがれるぅー!

 勇者っぽい四人の観察が終わっても、誰ひとり口を開かない。翔一は、だんだん眠くなってきた。

 なにしろこのナントカ国、食事が美味しいのだ! この日の朝に提供されたのは、ふかふかの白い丸パンに三種類のジャムとバター、野菜たっぷりのスープと冷たいジュース。そしてボイルしたソーセージと、バターが香るスクランブルエッグだった。

 いやあ、こんなに美味い料理、異世界に来て初めて食べましたよ。ついお代わりしちゃったね!

 どこのホテルの朝食か、という馴染み深い味に、翔一は腹がいっぱいになるまで堪能した。一緒にいた世話役のおっさんも、表面上は落ち着いた素振りをしつつ、早食い気味に詰め込んでいた。でっしょー? ナンチャラ国って、飯が不味いんだって。心から反省して欲しい。

 そんな訳で、翔一はくちくなった腹を撫でつつ、座り心地の良い椅子で船を漕ぎ出した。まあ、用があったら誰か起こしてくれるでしょ。おやすみなさーい。

 目覚めた時、対魔王連合国の勇者顔合わせは終わっていた。

 起こせよ!

 ついでに、デカいロボットが増えていた。

 なんでだよ!



ロボットカーシではありません。自分はフィシュール共和国宙軍、第四艦隊、空母ヴィギャイ強襲部隊ボイク=ウィル=ガー所属の、マッケン上等兵曹であります」

 黒くてツヤツヤした彼は、しゃちほこばって謎の名乗りを上げると、ビシっと片手を挙げた。卵型をした頭の横に、真っ直ぐな手を縦に添える敬礼である。たぶん、敬礼なんじゃないかな、と翔一は思う。

 声は男性なので彼と呼ぶが、その勇者は全身が金属っぽい物質で出来ていた。二メートル半もある巨体で肩幅が広く、マネキンに似た簡素な形をしている。表面は継ぎ目の無い滑らかな曲線と、うす青く光るラインで構成されており、硬そうなのに関節は綺麗に曲がった。まるで最新SF映画に出て来るロボットだ。

 その、鎧なのか、未来的ボディスーツなのか、素っ裸なのか判断が難しい体に、明らかに後づけの青いマントを翻している。彼の斜め後ろでは、世話役らしい中年男性が「違います。ホニャララ国の勇者にして騎士、マッケン卿にあらせられます」とか言っていたが、翔一はさらっと無視をした。

「そっかー。良くわかんないけど、マッケンてのが名前? デカくて格好いいな! 俺は遠藤翔一だ。ショウちゃんって呼んでくれ。よろしく!」

 翔一が右手を差し出すと、ロボットにしか見えない金属の塊であるマッケンは、卵型の頭部に付いた二つの青いランプをチカチカと光らせた。

「個人識別名称は、エンドウ=ショウイチ。愛称がショウチャンでありますな。自分もいち軍人ではありますが、いまは所属を離れ、異国に流浪する身。どうぞ気兼ねなく、マッケンとお呼びください。任務を共にする仲間として、こちらこそ宜しくお願いします」

 丁寧に答えてくれたが、握手はしてくれない。敬礼も見慣れない仕草だったし、握手の無い国の人なのかな、と翔一は納得して手を下ろした。

「んで、そちらのヴェルサイユから来たみたいなお姉さんは? 緑色の服が似合う金髪美人とか、めちゃくちゃ好みだわー。仲良くしてね!」

 緑は、身につける人を選ぶ色である。乳白色の肌と鮮やかな青い瞳の美女は、その難しい緑色の派手な衣装を完璧に着こなしていた。同じ勇者なので一緒に戦うのだろうが、さらにお近づきになりたいメンバーだ。

「あなた、本当に物怖じしない子ねえ。さっきも大人しくしてると思ったら、グーグー寝てるし」

 美女は楽しそうにクスクス笑って、翔一に右手を差し出した。

「挨拶は終わったんだけど、あなたにはもう一度ね。私はエレナ。花の息吹歌劇団の女優なの。まあ、元だけど……いまは、雇われ勇者として剣を振り回しているわ。よろしくね」

「エレナさんは女優なのか。だから、そんなに姿勢が良いんだな。こちらこそ、よろしく!」

 エレナは握手のある国の人らしく、意外にもしっかりとした手で翔一の手を握ってくれた。

 美人で優しいエレナさんと楽しくお喋りしたい所だが、ひとまずは挨拶だ。翔一はエレナをぐるりと回り込み、彼女の背後に隠れていた小さな子を見下ろす。

「こんにちは。俺はショウちゃんだ。君の名前を教えてもらってもいいかな?」

 早くも翔一は、フルネームを何度も言うのが面倒になっていた。

 小さな子を正面から見れば、幼い顔をした男の子だとわかる。異世界に迷い込んだ時点で身長が百七十五センチあった翔一に対して、彼の頭は胸の下だ。百四十センチくらいだろうか。

 しかも、初のアジアっぽい外見だ! ちんまりとした鼻に一重まぶたの目、小作りで平たい顔をしている。近所の大人しい小学生って感じだね。

「あ、はい……僕は、ルールーシ・タオです。タオが名前です。テクラ魔山で、道士になるための修行をしていた……んです、けど」

 タオ少年は、似たような民族衣装を着たゴツいおっさんをチラリと振り向いて、しょぼんと肩を落とし、ちょっとだけ前に出てエレナの上着の袖を指先でつまんだ。

 エレナは「タオくん、かーわいー。怖いおじさんなんか気にしないで、お姉さんと一緒に居ようね」と言って、タオの肩を引き寄せた。

 うらやましい! そして麗しい! これが噂に名高い、おねショタというやつですね!

「いまは、なんか、勇者? をやるみたいです……魔法使い、だそうです」

「そうか、すごくあやふやだな! 魔法少年タオ君、よろしく!」

 翔一は適当に切り上げて、次の勇者に向き直った。

 真っ白な軍服に身を包んだ、七三分けの真面目系青年である。身長は自分と同じくらいだが、細身で中性的な顔立ちだ。

 彼はこちらが口を開くよりも先に、ふうっ、とため息をつきながら言った。

「ショウイチ、だな。何度も繰り返さなくていい。私はギャバン。姓は無い。まだ未分化なのでな」

「ギャバン! 俺、知ってるぞ。宇宙刑事だよな!」

「う、ちゅう……? いや、私はハリン族の剣士にして……」

「なんだ、違うのか。つまらん。つってもまあ、俺も動画サイトでオープニング曲を聞いたくらいなんだけどな! よろしく勇気で頼むぜ、ギャバン委員長!」

「いいんちょー?」

 目を白黒させているギャバンの次は、アラブ風ダンディのお兄さんだ。おじさんでは無いかも知れないので、一応。

 彼は、ロボットマントことマッケンを除けばいちばんの長身で、ゆったりとした服の上からも、筋骨隆々な体なのがわかる。

「ああ、俺のことはキリと呼んでくれ。こっちに来てから、誰も本名を発音できないんでな。コリョ※△◯=ゥジ湾で、しがない漁師をやってた。趣味は釣りと昼寝だ!」

 にかっと歯を見せて笑い、翔一の右手を掴み上げてぶんぶんと振り回す。先ほどの顔合わせで見せた大人の態度は、いったいなんだったのか。

 翔一は、こちらも負けじと右手に力を入れて、笑顔満開のキリを見上げる。

「うおお。いま、なんて言ったんだ? コリョ、までしか聞き取れなかったぞ」

「だろう! 俺の国の言葉は、喉で発音するんだ。いやあ、一部の名詞以外が翻訳できる世界で、本当に良かったよ」

「なあなあ、聞き取れなくてもいいからさ、いっぺん試しに名乗ってみてよ」

「おっ、いいぞー。俺の名は、ヴュ▽&?※ンキリ◯$ォグだ!」

「本当に聞き取れねえ! しかも長え! ありがとな、キリ!」

「なあに、いいってことよ!」

 わははは、と笑い合って、翔一とキリは友になった。戦友と書くやつである。

 あっという間に意思を通わせた二人は、視線だけで会話をして、小さく頷き合う。

 勇者たちは、顔合わせの最中に寝ていた翔一のために、大広間の端で立ったまま輪になっていた。このナントカ国の重鎮や、各国の代表たちはすでに席を外しているので、他に世話役が六人居るだけだ。

 翔一が人差し指でちょいちょい手招きすると、勇者たちは黒い巨体のマッケンに寄り添うようにして集まってくれた。ひとりだけ文化が隔絶しているらしいマッケンは、手招きの意味を理解していないようだったので。

「障壁改、A−02、発動!」

 魔法剣士としてしごかれた翔一は、ナンチャラ国の魔法よりも強力なオリジナル魔法を使える。変な名前を付けるのは面倒だったので、元の魔法に「改」と付け、アルファベットと数字で分類した。

 障壁改A−02は、物理はもちろん魔法による攻撃をも防ぐ障壁魔法に、周囲から不可視となる隠密魔法を組み合わせ、さらに壁を円筒形に展開させる多重魔法だった。

 簡単に言うと、六人の勇者がすっぽりと入る筒形の壁を作り、世話役たちからの視線を遮ったのだ。この障壁は外部からの魔力や魔法も通さない上に、大声でカラオケを楽しんでも音漏れしない、抜群の防音性を誇る。

 円筒形の障壁を確認してすぐに、キリが笑顔で拳を突き出してきた。翔一は、そのゴツい拳に自分の拳をコツンと合わせて返した。

「んじゃ、ぶっちゃけて訊くけどさ。勇者のみんなって、全員がよそから召喚された異世界人ってことでいいのかな?」

 翔一の質問に、最初に答えたのはマッケンだ。

「はい。自分は、そのように理解しております。我が艦隊は友好国との軍事訓練中であったのですが、任務を終えて交代したところで、艦内からそのまま、この異星に迷い込んだのであります」

「私もー。練習が終わって、ちょうど寮に帰る途中だったのね。いつもの裏通りを曲がったら、もう別の世界だったのよ。驚いちゃった」

 エレナは体を斜めにして肩をすくめたが、シャキッと伸びた背筋は揺るがなかった。さすがは舞台女優、鍛えた体をしているようだ。

「この子も、お家に帰るところだったんですって。ね、タオくん」

「はい。魔山では月に一度だけお休みがあって、家に帰れるんです。久しぶりに、お母さんのご飯が食べられると思って、急いで山を下りたんですけど……」

 エレナに肩を抱かれたまま、魔法少年タオがしょんぼりと俯く。

「気がついたら、まったく知らない草原みたいなところにいて。なんか、怖い顔の人たちがいっぱいいて」

「こんなに小さい子を拉致して、なにが勇者よねえ。あなたのことは、お姉さんが守ってあげるからね」

 タオはフード越しに頭を撫でられて、くすぐったそうに笑った。

 うらやましい! そして美味しい! もう、お前ら付き合っちゃえよ!

 翔一は、エレナとのフラグをあっさりと諦めて、おねショタ展開を応援しておいた。だって、女優さんとか怖いし。この一連の言動が、本音なのか演技なのか、さっぱりわからん。

「ギャバン委員長は?」

「いや、そのいいんちょーとはなんなのだ?」

「俺の国の言葉で、真面目で責任感がある奴のことだよ。ナントカ先生、って呼ぶよりは、砕けた感じの呼び方かな」

 しれっと誤魔化せば、ギャバンは面食らった様子ながらも、どこか嬉しそうに頬を緩ませた。こいつチョロいな。

 一方で、委員長の意味が通じたらしいエレナは、ギャバンに可哀想な子を見る目を向けていた。ちょいちょい素直に通じる単語があるのな。注意しておこう。

「なんか、剣士とか言ってたっけ?」

「ああ、そうだ。ハリン族は心身を鍛えるために、全ての子供たちが剣の道を修める。私も道場からの帰り道で、この不思議な世界に迷い込んだのだ」

「へえー。俺もさあ、部活帰りにチャリに乗ったまま来ちゃったんだよね。そんじゃ、キリも?」

「俺は、寝て起きたら変な城に居たな!」

「寝てたのかよ!」

「お前も寝てただろう! それよりもショウ。お前はどうやって、こんな壁を作ったんだ?」

 キリは興味深そうに障壁改A−02に近づいて、半透明の壁をコツコツと叩いた。こちらからは外の騒ぎが見て取れるが、音を通さないので、彼らが何を喋っているのかはわからない。

 うん、世話役さんたちが右往左往しているね。知ったこっちゃないけどね。

「呪文も、おそろしく短かったな。あれは、ダゴン国に特有の魔法なのか」

「だんご国? なにそれ」

「いや、なにそれって……お前の召喚された国だろう」

 大丈夫かこいつ、みたいな目で見られてしまった。

「俺の召喚された国は、南方の砂漠にあってな。この服を見てもわかるだろうが、どうもミシャ国やその周辺国とは文化がかなり違うらしい。魔法の呪文も長ったらしくてなあ」

「みしゃこく?」

「この! 魔族との戦争の! 最前線にある国だ!」

「ああー。俺、地理とか暗記系の勉強、苦手なんだよねー」

「いや、国名くらい覚えておけよ……」

 キリはぐったりとした顔になって、赤いターバンをもぎ取った。現れたのは、短い黒の巻き毛だ。おお、男ぶりが上がりましたな。よっ、大将! 格好いい!

「とにかく、この手の魔法は便利だ。俺にも教えてくれ」

「そうね。私も教えて欲しいわ。他にも何か、強力な攻撃魔法とか知ってたらお願い。戦争なんて面倒くさいけど、やるなら一気に終わらせちゃいたいし」

 エレナが言って、他のメンバーも頷いた。黒い巨体のマッケンは、青いランプをチカチカさせる。

 翔一は、あれ、と思って首を傾げた。

「みんなは、魔法の訓練とかしてないの?」

 マッケンを除く勇者たちは、なんとも歯がゆい感じに視線を左右に動かした。

「エレナさんとギャバン委員長は、剣士なんでしょ? そっちをメインで練習してたとか?」

 エレナは肩をすくめ、ギャバンは苦笑して首を横に振る。

「え、どういうこと?」

「うーんと、ねえ。どこから説明すればいいかな」

 口元に手をやり、エレナは少し考える間を置く。

「魔王が魔族を率いて攻めて来て、大変だーってなったのは、わかるわよね」

「そりゃあ、さすがにね。最初に、国王っておっちゃんから言われたし」

「その後で、戦争はミシャ国との国境辺りで膠着状態になったんだけど、この世界ってほら……歴史で言うと、ちょっと古いじゃない?」

「俺の世界じゃ、中世とか言われてるな。かなり昔っぽい文化だよ」

「そうなのよ。まだ、兵隊さんが横並びに矢を射掛けたり、槍とか剣を持って、突撃だーってするような戦争なのね。大砲……って通じる? 火薬を使った、遠距離攻撃用の兵器があるでしょう」

 翔一が頷くと、エレナは安心した顔で続ける。

「魔法は砲弾や燃料が要らないけど、見せてもらった攻撃魔法の威力は、昔の大砲と似たり寄ったりね。当然、飛行機も無いし、魔法使いだって空を飛んだり出来ないから、どうしても大軍同士でぶつかり合うしかないの」

「え? 俺は空を飛べるよ」

 つるっと口にして、翔一は自身の失敗を悟った。

 マッケンのチカチカ光っていたランプが、ぴたりと点滅を止める。他のメンバーは、半ば口を開いてこちらを凝視した。

「えーと……おかしいな。みんなは、勇者なんだよね?」

「それ! それなの! なにもかも、あなたが原因なのよ!」

 勢い込んで迫ったエレナが、翔一の肩を掴んで前後に揺さぶる。うう、目が回るよー。

「ダゴン国は魔法の国と呼ばれていて、最初に勇者の召喚に成功した国よ。そこに現れたあなたが規格外の魔法をポンポン使うもんだから、他の国も調子に乗って、私たちを召喚しやがったのよ!」

 ええー? 意味が良くわかりませんねー。

「私が説明しよう。つまりだな、当初は連合の国々も、自国の兵士を鍛え上げて、それぞれに軍を派遣する予定でいたのだよ」

 ギャバンがエレナの肩を叩いて、翔一を揺さぶり攻撃から解放してくれた。さすが委員長、頼りになるぅー!

「ところが、ダゴン国の召喚した勇者……つまりショウイチは、一国の大軍を遥かに凌ぐ人間兵器に成長した。この意味がわかるか?」

「いいえ、さっぱり」

「はあ……それで、だ。決戦の期日が迫るなか、ダゴン国は異世界の勇者の性能を喧伝し、ショウイチを前線に差し出すことで、派遣軍の代わりとする旨を通達した。すると、どうなる? 連合の国々は、自分たちとは関わりの無い異世界の人間ひとりを派遣すれば、自国の兵を消耗せずに済む、と気づいたのだよ」

「委員長の言葉は、難しくて良くわかんねーわ」

「こいつ……」

 ギャバンが半眼になって睨むが、翔一はどこ吹く風とよそ見をした。その先で、キリの困り顔に行き当たる。

 いつの間にか、赤いターバンをタオルのように首にかけていたキリは、ひとつため息をついて説明してくれた。

「平たく言うとな。原っぱで大軍がぶち当たるような戦争をしている世界で、ショウはその大軍を蹴散らせる勇者だ。そこは理解しているんだろう?」

「おう。俺、めちゃくちゃ強えよ。空からバンバン魔法を落としたら、どかーんて地面が吹っ飛んで、騎士団のおっちゃんたちが壊滅したわ。すぐに生き返らせてやったけど」

 他にも色々な魔法が使えるので説明すると、マッケンのチカチカが復活した。

「なるほど……共和国の歴史に照らし合わせると、ギ=リャン歴千五百年代の初期に使用されていた、対地攻撃ミサイルトガー並みでありますかな。空中での機動力は戦闘機の比ではないでしょうし、遠距離ミサイルや投下爆弾に類似した魔法のみならず、戦闘ヘリコプターロ=ワーシのように安定した低高度からの機銃攻撃も可能であると考えられます」

「おっ、それそれ。ばしゅーんと飛んでって、低い所から炎の矢改E−03をぶっ放して、反撃される前に上空へ逃げる、ってやつもやった。戦闘ヘリって格好いいよな! 俺、戦争映画とか良く見てたのよ」

「やや誤解があるようですが、魔法という不可思議な能力においては、そのズレが上手く働いたようですね。ヘリコプターは本来、哨戒や輸送のために使われ、機銃は離着陸時の安全性を高めるための武装でありますし……いやはや、まさしく人間兵器の名に相応しい性能です」

「それって、褒めてる?」

「はい。お話をうかがう限り、素晴らしい機動力と攻撃力です」

「ありがとな、マッケン!」

 黒い巨体の前腕をポンポン叩くと、意外にも弾力のある感触がした。この体、どんな素材で出来てるんだろう。ふっしぎー。

「おいおい、話を逸らすな。続けるぞ」

 キリは立っているのが億劫になったのか、どかりと床にあぐらをかいた。

「魔族と人間の軍が最後にぶつかったのは、およそ二年前らしい。どっちも被害が甚大で、それ以上は戦争を続けられなくなったんだな。それが、さっき女優の姉ちゃんが言ってた膠着状態ってやつだ」

「へえー。なら、そのまま戦争を止めちゃえばいいのにな」

「ああ、俺もそう思うよ。だが、すでに魔王軍は、連合傘下にあった二つの国を潰している。あっちは引っ込みがつかないし、こっちは押し返せば領土が広がる。しかも、人間様を襲った別の種族に反撃して、同盟国の仇討ちをするっていう大義名分付きだ。残った連合の六カ国は、期日を定めて最大戦力で魔族領へ攻め込もうと計画した」

「うん、なんとなくわかった。それで?」

「なんとなくかよ……いいか? 先の戦争は二年前だ。その時だって連合の軍は消耗したのに、たったの二年で何が出来る。地べたを走って行ってぶつかり合うような戦争で、最も必要なのは人員だ。どんなに訓練を急いだって、まともな軍が編成できるもんかよ」

「あー。それで、だんご国は勇者を召喚した、と」

「そうしたら、お前みたいな怪物が生まれた」

「ええー」

 その言い草はひどいんじゃない? と思って勇者たちを見回すが、誰ひとり擁護も否定もしてくれなかった。残念!

「まあ、つまりアレだろ? 異世界から呼び出した勇者ならコストは育てるだけで済むし、俺って言う前例がめちゃくちゃ強えから、他の国も勇者をひとり送り込めば大切な国の兵隊さんたちを使わなくていいし、仮に殺されちゃってもよそ者だからいっかー! って話な。んで、みんなが呼び出された、と」

「完全に理解してんじゃねえか! なんで説明させた!」

「だってさー。肝心の所が、いつまでたっても出てこねえんだもん。そんで、みんなはどのくらい訓練を受けてんの。俺に魔法を教わるって、なんの話?」

「そこをさっきの顔合わせで説明してたんだ! 寝てるお前が悪い!」

「はい、すみません」

 床に座っていても、キリの威圧感は半端なかった。翔一が素直に謝れば、彼は頭をガリガリと掻いて続ける。

「俺がマカジョウに呼び出されたのは、二ヶ月ほど前だ。半分は、ここまでの旅で消費したな。基本的な魔法の講義も受けちゃいるが、まだろくに成功していない」

「ああ、なんか呪文が長いとか言ってたもんな。他のみんなは?」

「私は一ヶ月くらい前ね。ミシャ国は騎士団が強い国らしくて、剣を習い始めたばかりよ。手が荒れちゃって嫌なんだけど」

 ほう。エレナはこの国の勇者なのか。

「自分がこの異星に転移して以後、共和国の採用している計測時間で、千六百八十二時間と二十三分……いま、二十四分が経過しております」

 マッケン細けえな! 意味わかんねえし! やっぱりロボットなんじゃねえの?

「私は三ヶ月くらいだろうか。エレナ嬢と同じく剣を持たされたが、ハリン族の剣技とは異なるので拒否させてもらった。腕を鈍らせたくないので勝手に鍛錬を続けていたところ、ここまで引きずって来られて、後は放置されている。魔法は知らん」

 うわー、自由だなギャバン。いや、逆に真面目をこじらせてんのか? でも俺、そういう対応好きだわー。

 それまで大人しかった魔法少年タオは、全員の視線を受けて尻込みしたように縮こまると、おずおずと口を開いた。

「え、えっと……僕は、よくわかりません。怖い人たちに服を着替えさせられて、それから……時間が無いからって、ずっと旅をしていたので」

「ええー。なにそれ、めちゃくちゃじゃん。つまりみんな、ろくに訓練してないってこと?」

 翔一の問いに、全員が頷く。マッケンはランプのチカチカだったけど。なるほどねえ。それで、さっきの微妙な反応になるわけだ。

「んじゃ、俺がいちばんの先輩で先生なの? 勇者育成計画的な?」

「そうなるな。頼んだぞ、ショウ」

「嫌だよ面倒くさい」

「面倒でもやれ! 俺は、こんな所で死にたかねえんだ!」

 キリの怒鳴り声に、翔一は目を細めた。なるほどね? はいはい、そういう事ですか。

「だーってさあ。みんな勇者とか嫌でしょ? こんな勝手な国がいくつ滅びようが、俺たちに関係ないもん。なのに、どうして素直に従ってんのさ。タオ君はまだわかるけど、最初から戦えそうなマッケンとかギャバン委員長まで、なんで大人しく連れて来られてんの?」

 ひと息に言って勇者たちを見渡すと、彼らはいかにも悔しそうに顔を歪めて押し黙る。マッケンの青いランプは、片方がふっと消えてしまった。

 続けて翔一は、座ったままのキリをじっと見下ろす。

「キリなんか、真っ先に反発して暴れそうじゃん。ふざけんなー! ってさ。なのに、赤の他人のために戦争する気満々だよね。おっかしーのー」

 からかい混じりに笑って見せれば、いまにも殴りかかられそうな目で睨まれる。だが彼は、ふんと鼻を鳴らしただけで目を逸らした。ほーら、やっぱり!

「あ、あの……僕は、その」

 片手を上げて発言したのは、意外にもタオ少年だった。エレナの腕の中から一歩だけ前に出て、怯えたような顔で翔一を見上げる。だがすぐに、その目に強い意思の光が宿った。

「困っている人たちの役に立つなら、勇者、やってもいいです」

「タオくん? なにを言ってるの」

 エレナが驚いたように声をかけるが、タオはきっぱりと首を振る。

「僕のお祖父さんは、すごく昔に戦争に行きました。お祖父さんは帰って来れたけど、右手が無くなって……友達とか親戚とか、沢山の人が死んじゃったって聞いてます」

 いきなりの重たい話に、勇者たちがタオに注目する。翔一は、ひとつ頷いて先を促した。

「戦争は怖いです。人と人が戦うのも怖いのに、相手が魔族とか言う悪い奴らなら、もっと怖いと思います。大切な人たちが怪我したり、死んじゃうから……だからもし、お祖父さんが若い頃に、ショウチャンさんみたいな強い勇者がいて……悪い奴らをやっつけてくれて……それでみんなが助かるなら、お願いしたくなっちゃうのも、その」

 ぐっと唇を噛むタオは、それ以上言えなくなったようだ。滲んだ涙を小さな拳で拭い、しゅんと俯いてしまう。

「あなた、厳しい世界で生きて来たのねえ」

 エレナは膝をつくと、タオをぎゅっと抱きしめた。

「でもね、ちょっとズレてるわ」

「……え?」

「私たちが勇者として戦おうとしているのは、そんなにご大層な理由じゃないのよ」

「え、と? どういう意味ですか?」

「それは、こういう意味だ!」

 翔一は首に巻かれたスカーフを引き抜いて、襟元を大きく開く。

「俺たちには、逃げられないように首輪が付いてるんだなあ、これが!」

「え……ええー?」

 異世界に召喚されてすぐに旅をさせられたタオは、その事実に気づいていなかったらしい。ぽかんと口を開けて、頭の上にクエスチョンマークをたくさん浮かべている。

 エレナは、そんなタオの背中を優しく撫でつつも、チッと舌を鳴らした。

「っとにイラつくわよね、この世界の奴ら。そういう事よ、タオくん。私たちには、逃亡を封じる首輪が付いているの」

「くそ、回りくどいことしやがって。お前は、こいつを確かめたかったのか?」

 キリは長い上着の飾りボタンを外して、自分の首輪を見せてくれた。日に焼けた太い首の後ろから鎖骨の上辺りまで、黒い謎の模様がぐるりと描かれている。その細い模様の長さは、少し短いネックレスくらいだろうか。襟のある服なら、どんなデザインでも隠せる部分だ。

 だもんで、しばらく気づかなかったんだよね。道理で、女中のおばちゃんが着替えや髭剃りを世話してくれたわけだわ。鏡もちっこいのがひとつしか無かったしな! 滅びろよだんご国。

「俺も首輪付きだ。こいつが理由だろうが、あの監視野郎と五シーダも離れると、ひどい頭痛で動けなくなる」

「ですよねー。俺もさあ、世話役のおっちゃんが何か隠し持ってるんじゃないかと思って、いちど丸裸にしてみたのよ」

「……お前、やりたい放題だな」

 あっ、心の友キリがドン引きしてる。待ってまって、帰って来て!

 翔一は、慌てて片手を振った。

「いやいや、それが正解だったんだって! おっちゃんの首にも、同じ模様があったのよ」

「ほう? つまり、この首輪は監視役と対になっているのだな」

 眉間に皺を寄せて、ギャバンが襟の内側を指で擦る。彼はマッケンの巨体を見上げると、目を細めて細い棒のような首を観察した。

 マッケンは全身が真っ黒なので目立たないが、頭を支えている棒にも青いラインが入っている。首輪の模様は、その光るラインを遮るように張り付いていた。

「確かに、全員の首におかしな模様があるようだ。で? こいつをどうにかする手でもあるのかな」

「そりゃあもちろん」

 翔一は、胸を張って断言した。

「あのおっさんどもをぶっ殺せば解決だ!」

 今度こそ、マッケンを除く全員がドン引き顔で後ずさった。

 いやいや、冗談だからね?

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