はっぱみそ
ふき、ふきのとう、わらび、ぜんまい、たらのき、ゆきのした、とうきちろう……
奥越の山菜が並ぶ店先を眺めながら、そろそろ今年の七間朝市が始まる頃だと思い出し、家に帰ってから越前大野のサイト巡り。
朝市の始まりからひと月ほど経った頃、九頭竜新緑祭りが開催される。紅葉祭りが秋の恵みのふるまいの祭典ならば、新緑祭りは春の芽吹きの喜びをお裾分けの祭典だ。
紅葉祭りに行き大野の朝市も歩いたが、店の数や品ぞろえの多さを思うと、新緑祭りにもいつか行ってみたくなる。
そんなことを思いながら画面に見入っていると、父に呼ばれた。
「めしじゃぞー、じき来い」
ブックマークを付けてパソコンを閉じてから食卓につくと、春の山菜の穴馬めしが並んでいた。
本日は、ふきみそ、こうぼとふきの煮つけ、きゃらぶき、ふきのとうの天ぷら、和風アンゼリカのふきの茎の砂糖漬けと、母のお手製ふきのフルコースだ。
「畑仕事や山へ出かける時に、葉っぱで食べものを包んで持ち歩いたりした」
「笹の葉は、だんご。ほお葉は、めし。ふきの葉はみそ」
「葉っぱによって、包むものが違ってたんだ」
「そうじゃな、おおかたそうじゃったな。そうでもないこともあったな」
「ほおの葉っぱは、ほお葉みそのイメージかな。高山のお土産で、いつだったか買ってきてくれたよね」
「そうじゃな、穴馬では、ほお葉みそもあったがごはんもあった、きな粉かけて持ってったな」
「ごはんにきな粉かけるって前にも聞いたから調べてみたよ」
「ほう、そうか。どうじゃった」
「秋田県の郷土料理にあったよ。
「ぼたもちみたいなもんじゃな」
「そう言えばそうだね。きなこのぼたもち。ところで、ごはんって、白米だった」
「白めしの時も、ひえめしの時もあった」
「きな粉も作ってたの」
「作っとったよ。大豆をこうっと石臼で引いて。石臼は重いから、二人がかりで引く時もあった」
父は、ごぉろごぉろと言いながら、石臼を回して大豆をひく真似をした。
「ほお葉みそもうまいよぉ。ちょうど今ぐらいの時期、山で木を切る時に、弁当箱に白めしやひえめしだけを詰めて、みそを別に包んで持って行ってな、火をたいて、その辺にあるほおの木の葉っぱをとってみそのっけて炙って食べた」
「今ぐらいってことは、新緑の頃」
「そうじゃ、みそ焼いてこげた葉ごとちぎって、葉っぱもいっしょに食べたな」
「こうばしくて美味しそう」
「うまかったよぉ。外で起こした火でみそを炙るのは、ほおの葉じゃったな」
「ほおの葉っぱって便利だったんだね」
「ふきの葉は、水気があってそう簡単には燃えなかったな。でもほおの葉よりは燃えた。そんじゃから、ふきの葉っぱみそは、囲炉裏の
ふきみそをごはんにのせると、父は炊きたてのごはんの湯気とふきみその香りを吸い込んで、それから、ひとしきり箸を口に運んだ。
「ふきの葉っぱは、ほれ、タオルみたいに手ふきにも使ったんじゃ。ごんべというもんがおってな、ほっぽいとった葉っぱに泥がついとったのをみそだと思ってな、炙って食べてしもうたんじゃ。このみそ、変わった味すんな、ってな。後で泥だとわかって、ごんべの泥喰らいって言ってな、ごんべも一緒になって大笑いしたんじゃ」
「そんなこともあったんだ。それにしても、葉っぱは、山の暮らしには欠かせないものだったんだね」
「そうじゃな。一仕事済んで昼めしになると、その辺に生えとるふきの葉ちぎって、沢の水をくんで飲んだ」
「ふきの葉でってどうやって飲んだの。手にのせて水をくんだの」
「谷川の流れの落ちるとこに、葉をくるっと丸めてコップみたいにして差し出してな、水道からコップに水をいれるみたいにして飲んだんじゃ」
「あ、なるほど、こうやったてことね」
私は、無造作にコップにさしてあったふきを1本とると、葉っぱをちぎって、くるんとまいて逆三角すいを作った。
「そう、そうじゃ、それじゃ」
「お水入れてみるね」
ふきのコップに水道をひねって水を注いだ。
ふきの葉コップで飲んだ水は、山の春の息吹を呼ぶ。
「ふきの葉っぱって、いいにおいだね」
「おう、そうじゃ。そんでな、ほおの花も、白くて大きくてな、なんとも言えんいいにおいがしとった」
「穴馬の話は、いつ聞いても、情景がすーっと目に浮かんでくるね。いいね。語りがうまいからだね」
「ついしょこいても、なんも出んよ」
そう言いながら、父はうれしそうだ。
父の穴馬話が食卓の彩りになり、ごはんがはかどるのもまた楽しい。
追記
語句の意味
「ついしょこいても」ほめたたえて、持ち上げて、いい気分にさせても
奥越奇譚拾遺 美木間 @mikoma
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