かんのん たのむ

 うさぎ狩りの季節になると、村はすっぽり雪に埋もれる。


「その日、わしゃ、学校の先生に連れられて、うさぎ狩りにでかけたんじゃ」


 足が冷たくてかなわんと、父は、こたつの温度を最強にした。

 私には熱すぎるけれど、父の話を酒肴に晩酌するために、我慢する。


「学校でうさぎ狩りに行くの」

「そうじゃ。学校に、軍から、うさぎを出せ、とお達しがくるんじゃよ」

「軍からお達しがくるんだ。うさぎを何に使うの」

「耳当てにするんじゃと」

「村の人たちは、どうしてたの」

「むささびで、作っとったな。ばんどりは毛が抜けるので、上等の耳当てはできんかった」

「ばんどりって」

「むささびの仲間のいたちみたいなもんじゃ。木のうろにおるのを、煙でいぶしてとったな」

「鉄砲でとったものもあったんだよね」


 父はうなづくと、くま、かもしか、うさぎ、いのしし、食べるもんは鉄砲でとったな、てんは、毛皮を傷つけないように「はさみ」というわなでとったと説明する。


「てんは、黄色い高級品じゃったな。いたちは、きつねの首巻きみたいにしたな」


 くま、いのしし、たぬき、きつね、うさぎ、ばんどり、むささび、てん。

 穴馬の山は、冬も豊かだ。


「冬のうさぎは、真っ白でな、雪の中だとようわからんようになる」

「どうやってつかまえるの」

「目が、赤かろう。それが目印じゃ」


 父は、そこでいったん話をやめると、数珠栗づずぐりの残ったので炊いた栗ご飯を食べ始めた。

 こたつの上には、こうぼと乾したぜんまいを戻した煮しめと、座布団を思わせる厚くて大きな油揚げをさっと炙ったのが並んでいる。

 私は日本酒に口をつけると、炙った油揚げに大根おろしと生姜を乗せて、ポン酢に浸して食べた。


「先生がな、号令をかけるんじゃ」

「号令? 」

「雪の積もった丘の下に、生徒たちがずらーっと並んで、うさぎを下から上へ追い上げる。そうすっとな、上で猟師が待っとって、鉄砲で打つ」

「そんな面倒くさいことしなくてもいいんじゃないの」

「うさぎは、はしこいでな、なかなかとれんかったよ。そうやっても、1回に2,3羽とれればよかった方じゃ」

「そうなんだ。で、どうして、丘の下から追いたてるの」

「うさぎは、前足が短いから、坂をよう登れん」

「あ、なるほど。だったら、上手に追いたてたら、うさぎ狩りはうまくいくものなんだ」

「そうでもない」

「なんで、そうでもないの」

「うさぎは、まじないをつかうんじゃ」

「うさぎが、おまじないを? 」


 なんだか父の記憶があやしくなってきたと、私は話半分に聞いている。



 ――かんのん たのむ かんのん たのむ――



「これが、うさぎのまじない」

「カンノン タノム? 」

「観音頼む。観音様お願いします。うさぎが追いたてられて、どもこもならんくなったら、まじないを唱えるんじゃと。かんのんたのむ、観音様どうか逃がしてください、と。そうすっと観音様が、丘の上におるうさぎの敵を追い払ってくれるんじゃと」

「なんだか、昔話にありそうな話だね」

「昔話か、そうじゃな、もっと尊いもんじゃ」

「尊いもん? 」

「うさぎは、干支にえらばれとるから、知っとるんじゃ、観音様のことを」


 そういえば、干支のはじまりは、臥せっているお釈迦様のお見舞いに駆けつけた動物たちの話だったのを思い出した。

 子どもの頃、お正月がくると、毎年のように聞かされた。

 干支のはじまりは、違う話もあったように思うが、昔から浄土信仰が盛んだった福井生まれの父は、父の母からそう聞いていたようだった。

 お釈迦様と観音様は違うと思うのだけれど、そこは深入りせずにおいた。



 真白ましろのうさぎのまじないは、雪をすべって飛んでいく

 かんのん たのむ、かんのん たのむ

 飛んでいったまじないは、天に届いて叶うげな

 かんのん たんむ、かんのん たのむ



 晩酌で上機嫌の父が、節をつけて唱っている。

 景気づけにと、私は杯に酒を注ぐ。

 それから、父の声をもうしばらく聞いていたいと、「かんのん たのむ」とつぶやいた。




追記

 方言の意味

 「はしこい」すばしっこい

 「どもこもならん」どうにもこうにもならない



 語句の意味

 「数珠栗」づずぐり。

 「こうぼ」じゃがいも。弘法大師が伝えたという説から。

 





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