山のばば

「暑いな」

「そうじゃな」


 畑仕事の手をとめて、村のもんが二人話してる。

 子どもだった父は、木のかげから、何かうまいもんの話でもせんかと耳をすましていた。


「すっぱいもん、食いたいな」

「そうじゃな」

「畑のすいか、とってくっか」

「すいかは、甘いもんじゃろ」

「そうじゃな」

「すこ、食うか」

「すこか、ええな」

「きれいな色しとるな」

「薄い赤色でな」

「甘くて酸っぱくて、しなしなあっとしとる」

「すこは、秋のもんじゃろ」

「そうじゃったな」

「里芋とる時でないと」

「茎は、とれんでな」

「茎がとれんと」

「すこは、できんでな」


 二人は、声をあげて笑った。

 ひとしきり笑ってから、竹水筒の水を飲んだ。


「暑すぎて、今年は、せみの声もよう聞こえん」


 一人がそう言ったとたんに、じぃーじぃーと鳴き出した。


「じきお盆じゃな」

「そうじゃな」

「せみをありが引いとるな」

「すこぉし早いな」

「そうじゃろか」

「せみが落ちるのは、お盆がすんでからじゃろ」

「そうじゃったかな」


 蝉は鳴きやむと、じじっ、と、しっこして飛んでった。


「お盆がすむまで、山に入るもんはおらんじゃろな」

「入って、もどれんようになったもんがおったな」

「おった、おった」

「迷ったんか」

「山のばばに、ちゃまいたんじゃろか」

「おそがいことじゃ」


 山のばばは、「里で住もまいか」といくら言ってもきかんで、小屋作って一人で住んでいた。

 しっかりしとったから、一人でおっても、なんともなかった。

 畑して、わらびやらぜんまいやら摘んで、たまーに身内のもんが、ひえとか川の魚とか持ってって、ばばの作った干しぜんまいやら、またたびのお茶やらと交換しとった。

 そんでも、何か気にいらんことがあると、こんまい目が鬼みたいにぎゃんとなって、固そうなな歯がぎっと出て、あらびることもあったんで、子どもからしたら、おそがいもんじゃった。

 けんど、父は、おそがいもんが気になってしょうがなかった。


「山のばばは、あじめのつくだ煮くれたでな、おそがいことない」

「あじめか、ありゃ、うまいな」

「うまいよー、尊いもんだよー」

「どえらいうまいもんじゃ」

「ちいとばっかじゃったけんどな」

「ちいといばっかでも、山のばばが、ようくれたな」

「あじめと、砂糖と、しょうゆと、持ってったからじゃろ」

「また、たこがけするでな、あじめとったら、持ってくか」

「そうじゃな。山のばばんとこ行くか」

「またたび茶馳走になって、山の話聞こまいか」

「聞こまい、聞こまい」



 二人は、木のかげから出てきた父が、山のばばの話を聞きたいと言うと、にぎりめしをくれた。


 にぎりめしに父がかぶりつくと、蝉が、また、鳴き出した。

 

 




追記

 方言の意味

 「ちゃまいた」さらわれた

 「おそがい」怖い

 「あらびる」かんしゃくを起こす


 語句の意味

 「すこ」サトイモの芋茎(ずいき)の酢漬け。奥越地方の郷土料理。お酢で汁がピンク色になる。

 「あじめ」あじめどじょう

 「たこがけ」川を分けてとるあじめどじょうのとり方


 

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