福井県の山間部を舞台とした、山の不思議にまつわる異聞集。作者さんのお祖父さんが体験したことなので、半ば実話としての性格を備えています。
あくまでも体験談であって物語ではないため、ホラーとしての怖さはありません。あえて近い表現を探すなら「狸に化かされた」みたいな感覚。しかし、方言の語り口調とも相俟って、そのことがむしろリアリティを高めています。
現代では都市部はおろか山間部においても闇が縁遠いものになっているようで、それを象徴するかのように、この山里も今はダムの底に沈んでいるのだとか。
そんな時代ですから、こうした口伝を文章という形で保存しておくことは民俗学的にも重要なはず。とても意義のある作品だと思います。