身をもって知る

 借りていた本を読み終えた。呪文めいた言葉は難解で、読み始めたころ花盛りだった林檎の木もいつしか実りの季節を迎えていた。

「わからないなりに読み通した根性は褒めてやる。だが、きみには向かないよ」

 彼はいつも教室の隅で、遠くを見るようなふしぎなまなざしを本の頁に注いでいた。級友たちはみな遠巻きにする。だけどおれは、彼のなかに眠る秘密を知りたいと思ったのだ。……頭が悪くてかなわなかったけれど。

 彼はぶっきらぼうに手を差し出した。

「ぼくはもっと向いたやりかたがあると言ったんだ」

 そこには熟した林檎がひとつ。風雨にさらされ、虫を誘って命をつなぐ、これもひとつの秘密。一緒にかじったその味は、彼とおれしか知らない。

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