二場 下位闘士131人


オーヴィルの扱う武器は『トゥハンデッド・ソード』、全長二メートルを超える最大級の大剣だ。

その破壊力は絶大で武器や防具ごと相手を寸断することができる。構えるだけでも相当な腕力を必要とし、誰にでも扱える代物じゃあない。


ボクにはかまえることすらできないそれを、オーヴィルは軽々と使いこなしている。


重い武器だからといって鈍重なんてことはなく、重量を克服してしまえば速度はモーションの差でしかない。

リーチがある分、同じ速度で振られるあらゆる剣よりも攻撃の到達は速い。


それにしても、『皆殺しのオーヴィル・ランカスター』想像を遥かに超える強さだ。


選抜試合以降、即退場した彼のことをボクはすっかり過小評価していた。しかし、アルフォンスも、クロムも、ゼランまでもが度々オーヴィルのことを引き合いに出して彼を評価していた。


思えば選抜試合のときに彼を袋叩きにした面子はただの下位闘士達ではない。アルフォンス、クロム、ゼランを含む二十名だったのだ。


――そうとも知らず、ボクはすごい人を小馬鹿にしてきたのかも。



オーヴィルの化け物じみた強さに客席は大興奮。反して、フォメルス王は怒りもあらわにして立ち上がるとボクらを叱責する。


「これは、どういうことだっ!!」


そうだ、ここからうまくやらなきゃだ。ボクは会場に響き渡るよう声を張ってあいさつをする。


「本日はお日柄もよ――」「なぜ!! その女が生きている!!」


意気揚々とはじめた口上をフォメルスにさえぎられて拍子抜けした。そして、その言葉に違和感をおぼえる。

なぜ、生きているのか――。それは、暗殺に失敗したからに決まっているだろう。


――なにを言っているんだ、オマエは?


そう言い返そうとして思い当たる。なぜか、フォメルス王は暗殺失敗の報告を受けていないのだ。


再度の襲撃がなかったことを疑問に思っていたけれど、それはまた王の気まぐれがはじまったと思うことで処理することにしていた。

考えたところで結論はでなかったし、今日の準備でそれどころじゃなかったからだ。


しかし、この王の取り乱しようはどうだ。これじゃあ放置していたのではなく、ティアンの死を確信していたとしか思えない。


確認もせずに死んだと決めつけるほど迂闊な男か……?


ボクはひとつの可能性を思いついた。まさか、フォメルスは『虚偽の報告』を受けていた――。



『勇者様、勇者様、応答してください』


「ふああああああっ!?」


別行動をしているはずのアルフォンスの声が至近距離で発せられて驚いた。


ボクは振り返る。しかし、そこにはティアンとオーヴィルの姿しかない。二人は「どうした?」と、不安そうな視線を向けている。


――なんだなんだ!?


『いま、勇者様の意識に直接、言葉を送り込んでいます』


「えっ、どゆこと?」


『魔術です。離れた人物の位置を特定し言葉を可能にする、『通信魔術』が私の専門なのです』


専門あったんだ!? 専門外、専門外ってはぐらかすから、本当は魔法なんて使えないんじゃあとまで勘ぐっていた。


――で、なんの要件だ、こんなときに!


『ジェロイ氏と和解しました、ご安心ください』


なるほど、『位置を特定して会話する魔法』これでジェロイを見付けて無事和解ができたわけだ。


仕事が早いじゃないか!


いろんなことが腑に落ちた。つまり、アルフォンス一族の専門はこの『通信魔法』だ。

それをご先祖様が代々魔力をためてきた魔具で拡大して、異世界のボクを探し当てたってことだったんだ。


それとジェロイの件、そっちはフォメルスの反応から一足先に分かっていた。彼はいまボクらの味方だ、正確にはあの日の夜からボクらの味方だったんだ。


送り込まれたアサシンはオッサンが返り討ちにしたから、報告が可能だったのはジェロイだけ。

ボクらが自由に行動できるように、ティアンの暗殺に成功したとうその報告をして時間稼ぎをしてくれていたんだ。


おかげで襲撃を受けることなく今日を迎えることができた。それが分かっただけでどれだけスッキリしたか、勇気が湧いてくる。



ボクは晴れやかな気持ちで、フォメルス王を告発する。


「なぜ、生きているのかって、それは暗殺の首謀者であることの自白と取って相違ないな、フォメルス王!! いや、逆賊フォメルス!!」


ざわめく観衆たち。


「剣闘士風情が……ッ!!」


屈辱に表情を歪ませるフォメルス王。


「――なにをやっている! この痴れ者をいますぐつまみ出せ!」


看守に対して指示を飛ばすが、五つのゲートの先に待機しているはずの看守たちは味方の下位闘士たちに妨害されて出て来れない。


本当は看守の牽制などせず、百十三人で一斉に雪崩込んで不意打ちできれば攻略の難易度も下がったかもしれない。

けれど、これが暴動や侵略行為ではないと観衆に対して表明をしてからはじめないと都合が悪い。



「栄えあるアシュハ皇国民衆の皆さん!! 以前にボクは冤罪で軟禁されている大切な女性を助けたいと告白しました!! それが、こちらにおわせられるティアン皇女なのです!!」


追放された罪人として処理することで、忘れ去られていた皇女の存在をみんなに思い出させる。


「七年前、フォメルスは国王を暗殺し、その罪を抵抗のできない幼い姫に着せた!!」


ボクの演説を誰も止めに入らないので、王が自ら反論する他にない。


「黙れ黙れ黙れッ!! 貴様のような囚人風情の世迷言をだれが真に受けるものかッ!!」


言い返せばいい、ボクは事実を口にするだけ。口を開くたびに嘘が積み重なっていくフォメルスの破綻を待つだけ。


「追放したと公表した姫を、秘密裏にコロシアムに閉じ込めていたことが証拠でなくてなんだと言うんだ!!」


その無様な姿を民衆にむけてぞんぶんにさらすがいい。


「……クッ、殺せッ!! 反逆者の一味を皆殺しにしろ!!」


王の指示で近衛隊長が動き、近衛兵たちが立ち上がる。潔白の証明を放棄した王の姿は、さぞや民衆を失望させただろう。


「我々は真実の名のもとに逆賊フォメルスを断罪する者なり!! 民衆よ、剣闘士よ、正義の名のもとにつどえ!!」


観客席からコールが巻き起こる。


「勇者イリーナ!」「逆賊フォメルスを倒せ!」と、数千人によるイリーナコールが巻き起こった。


「おいおい、話が違うんじゃねぇか?」


首謀者として喝采を浴びるはずだったオーヴィルが愚痴った。


さて、会場を味方に付けることには成功した。押し切って確実に勝てる数だけど、数がいるからといって丸腰の観客たちに屈強な兵の相手はさせる訳にはいかない。


血が流させるわけにはいかない。惨劇化させず勧善懲悪による決着でティアンの名誉を勝ち取るためにも、民衆にはあくまで『革命物語』の観客でいてもらう。



「ティアン、号令を」


「はい!」


ティアンが中央に立つと、その脇をボクとオーヴィルがカバーする。


「皆さん! この国の歴史的汚点をそそぐため、父の仇を討つために、どうか私に力をお貸しください!」

 

ティアンの宣言を合図に下位闘士たちが闘場へと雪崩込む、いまこの瞬間から彼らは姫の命により大義を帯びた正義の戦士たちだ。


闘士たちははしごを持ち込むと客席へと乗り上げて行く。コロシアムは場外乱闘に突入、あらかじめ観客を味方に付けて有利な状況を作っておいたおかげで、すべてがスムーズに進む。

前もって示し合わせていたとおり、闘士たちは観客に「俺たちに任せろ!」と声を掛けながら進む。それは好感度の獲得と混乱防止の効果を果たしている。


闘士たちはフォメルスを目指しそれを近衛兵が迎え撃つ、同時に各ゲートから剣闘士と看守が団子になって現れて乱闘状態だ。


下位闘士たちと近衛兵の練度には圧倒的な開きがあり、状況は想定よりも遥かに厳しい。

泣き言は言っていられない、ボクらには時間がなかったし不利な状況での決起は覚悟の上だったじゃないか。



襲い掛かってくる看守をオーヴィルが薙ぎ払うと、人間がトマトみたいに飛び散っていく。

何度も死線をくぐり抜けてきたボクだけど、その凄惨さに衝撃を受けずにいられない。いままでのはあくまで見せ物だったけれど、いま行われているのは戦争なんだ。


「駄目だイリーナ、あいつらぜんぜん押し込めてねえぞ!」


オーヴィルの言ったとおり、闘士たちは完全に近衛兵に押さえ込まれている。


ボクらで看守たちを食い止めて、少しでも多くの闘士たちを上に送るべきか……。いや、ボクらも上がるべきだ。


近衛兵の壁に穴を開けてその先にいるフォメルスや近衛隊長を倒せるのは、オーヴィルくらいだろう。

ティアンを置いていくのは危険だし誰にも任せられない以上、連れていくしかない。


「おいおいおいおいおいっ!!」


思案しているとオーヴィルが悲鳴を上げた。ボクらが上に向かおうとしたときには手遅れ、フォメルス王は客席の入場口から施設内へ姿を眩ませてしまった。


――マズイっ!!


外に出したらおしまいだ。フォメルスに近づくチャンスは失われ、ボクらは全員処刑される。


「見失っちまったぞ?!」


「分かってるよ! でも、捜さなきゃ!」


コロシアムの内部は四層になっていてかなり広い、見晴らしの利かない屋内に入られたらお手上げだ。


行く手が定まらずに焦っていると、アルフォンスから通信が入る。


『勇者様、私がフォメルスまで誘導します』


「アルフォンスさん!」


思わず、さん付けだ。


優秀! おまえ本当に天才魔術師だったんじゃん!


ボクらは押し寄せる看守を押し退け、手近なゲートから施設内に移動する。


『あ、マズイです!』


「逃げられた?!」


最悪の結果を想像した。


『いや、フォメルス王は近衛兵を数名引き連れて上階へと向かいました』


「上、なんで!?」


それなら逃亡まで猶予はできるけど、とうぜん意味のない行動ではないだろう。


『おそらく、上位闘士たちの懐柔に向かったかと』


なるほど、コロシアムの存在をありがたがっている上位闘士たちならフォメルス側につく、彼らを投入してボクらの鎮圧を図るつもりだ。


ウロマルド・ルガメンテを含む連中が敵になんか回ったら、下位の連中はひとたまりもない。


「じゃあ、それ以外のなにがマズイって?」


それ以上の脅威はないと思っていたボクは、アルフォンスの返答に青ざめる。


『――軍隊が動きはじめました!』





『中位闘士30人』▶︎

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