三場 一位のウロマルド・ルガメンテ


    *    *    *



フォメルス王のくだらない人気取りにつき合わされた後、ボクたちは下位闘士の待機場に戻ってきた。

個人の持ち物も家具も、外出の自由すらない半地下が下位闘士たちの居住スペースだ。


闘技場は閉館し、やっと緊張から解放されたというのにボクはさらなる絶望を突き付けられていた。

なんと、クロムと100番争いをしたあの猿顔男のゼランが、脱落することなく復帰したというのだ。


ゼランの復帰はうとましい。けれどこの際それは問題ではない。彼が脱落しなかったということはつまり『76番が死ぬ以前、ボクは177番だった』ということになる。


「…………!?」


全身の毛穴から一斉に冷たい汗が噴き出した。あるいはそう錯覚するくらいにはショックな事実だった。

アルフォンスが哀れみを込めてこぼす。


「ああ、76番の彼はなぜ死ななくてはならなかったのか……」


それはボクが176番と言ったのを受けて、フォメルス王が76番と言ったからに他ならない。ボクが正しい順位を把握してさえいれば76番が死ぬことはなかったのだ。


――だけどさっ!!


「ランクが一つ繰り上がるって不確定な情報を与えたおまえにも責任はあるよね! しかも結果として間違った情報だったよねっ!」


責任を追及するとアルフォンスは全力で反発してきた。


「だから先に、か・も・し・れ・ないっ!! って、前置きしたはずですがッ?! したはずですがッ?!」


くっ、コイツ……。罪悪感から逃れるために全ての責任をボクにおっ被せる気だ。


「ハアっ?! ぶち殺すぞっ!!」


ボクはキレた。なんてムカつくやつなんだ!! お互いの胸倉をつかむと血走った形相で額をぶつけ合う。



「おい二人とも、無益な責任のなすりつけ合いはそこまでにしておくんだ!」


醜い争いを見かねてクロムが仲裁に入る。


「――ここにいる者が常に死と隣り合わせであることに変わりはない。あの場で一人死ぬことは避けられなかったんだ。運が悪かったと思うしかない」


そして、そんな悟ったようなことをしたり顔で言った。


確かに76番が死ななくても77番が死んだだろう。そこのところは王様の気分次第でしかない。

とはいえ、自分が決定打になったという事実は重すぎる。その当事者の気持ちをクロムは分かってない。この焦りは、この痛みは、当事者にしか分からないっ!!


「大体、クロムの責任でもあるんだからな!」


「そうですよ! そうですとも!」


ボクはクロムへと矛先を向けた。追及を逃れようとアルフォンスもそれに便乗した。


「えっ?」


予想だにしていなかった反撃に戸惑いを隠せないクロム。ボクはほとんど八つ当たりで責任を追及し始める。


「クロムがちゃんと猿顔のオッサンを始末しなかったから間違いが起きたんだ!」


「そうですよ! なぜ悠長に受けに徹して相手をギブアップに追い込んだりしたのです。それ、カッコイイつもりなんですか?!」


繰り返す。


「あんな殺人を楽しんでるようなカスに情けをかけてんじゃねーぞ、騎士道バカ!」


「バカ騎士道! バカ道!」


言いたい放題だ。これだけ理不尽なことを言われてしまってはさすがのクロムも黙ってはいない。怒り狂って食って掛かり、そこから三人で泥沼の擦り付け合いが始ま――。


「……すまない」


謝ってしまった――。


「ま、まあ、反省してるならいいんだけどさ……」


「次からは気をつけてくださいね!」


一瞬戸惑ったが甘んじて罪を背負うと言うのなら、ボクはこのまま話を終息させることにした。

かくして、全ての責任をクロムになすりつけたことでボクたちの心に平穏は訪れた。かわいそうだが火中の栗を拾おうとすれば火傷するのは仕方のないことなのである。


時に正論は人を救わないどころか争いを助長することを覚えておくといい。



結果、二日目が終わった時点でのランキングは76番の脱落により皆の順位が一つ繰り上がる。


99位、クロム

173位、アルフォンス

174位、元100位

175位、ゼラン

176位、ボク


クロムが100番じゃなくなったのには一安心。101番以下から挑戦を受けることがなくなり、100番が99番に挑戦するとも考えにくいからほとんど安全地帯だ。


そして、今日脱落した元100番やゼランが再び100番に挑戦するのだろう。


ボクとアルフォンスは明日も今日と同様、誰にも挑戦しない。アルフォンスはいつかボクが助け出すまで闘わないつもりだし、ボクは一生闘うつもりがない。

自動で順位が上がっていって、数日後か数年後、誰かに挑戦されたり王様の気まぐれに巻き込まれたりして死ぬのだろう。


なんて救えない勇者と大魔術師――。



「じゃあ、ボクは上の階に行くよ。行って良い生活をして来る」


今日の結果は出たし仲間の無事も確認できた。生きてるだけで上々だ。早く戻って心配しているであろう同性の友人を安心させてやろう。


「勇者様ばかり卑怯ですよ、私も連れて行ってください!」


そこは慎重にならざるを得ない。


「イリーナはそうすべきだろう。暗くなる前に避難した方がいい」


ゴネるアルフォンスと対照的にクロムは快く送り出してくれた。さっきあんなひどい目に遭わせたというのに打たれ強いのか鈍いのか。いや、器が大きいのだろう。


「ボクだけ生活環境が良くなって、ゴメンね」


嫌みではなく、二人が同じ待遇を得られるものならそうなってほしいと思っている。

 

「いや、近いうちに俺も上にあがれるよう努力するさ」


「うん、無理はしないで」


それはそう遠くない気がする。クロムは自力で高ランクに昇格し、待遇が改善されるだろう。さよならアルフォンス、元騎士さまはボクらとは格が違うぞ。



    *    *    *



アルフォンスたちと別れてボクはぶらりと看守のオッサンを捜して歩いた。なかなか姿が見当たらない。下階で見つからないのならと上階へ。


――勝手にあがっていいのかな。


ランクで階を跨いでいるので下位闘士のボクが一人で立ち入るのは緊張する。学生時代、上級生の教室がある階に行くのはやはり緊張したものだった。

心細く思いながらティアンの部屋の方へと向かう。すると前方に看守のオッサンを発見した。良かった。出会えず終いになったらどうしようかと不安になっていた所だ。


「オッサン!」


ボクは手を振った。しかしオッサンは振り返すどころか、ボクの方へ向かって急発進からの急接近、手前にくると急停止した。


「――は、はわわっ!?」


風圧で髪がたなびくような錯覚があった。持ち前の威圧感も手伝って、危うく跳ね飛ばされるかと思った。


「戻れ。これ以上、先へは行かない方が身のためだ」


パニクるボクにオッサンは神妙な顔で言った。


――身のためって、どういうこと?


ボクは不穏な空気を感じ取った。どんな事態が起きたらそんな表現になるのか、とんと想像がつかないけれど、どうやら緊急事態みたいだ。


「ティアンは無事なの、それを確認しないと引けない」


走ってきた方角から考えて無関係とは思えない。


「フォメルスが来ている」


「えっ?」


なんだそれ、国王陛下がティアンの部屋に来ているから近付くなってこと?


ていうか、ティアンにすら様付けのオッサンが職場の経営者でもある国王を呼び捨てしていることに驚いた。それがロリコンの矜持なのか、少女に媚びても王には媚びぬのか。


「――なんのために?」


まず考えるのは目的だ。あれだけの美貌ならば権力者の愛人という線はありえる。だけどそんなありふれたことなら、オッサンはわざわざ走り寄ったりしていないだろう。


「現王がランキング上位者を鼓舞しに訪問すること自体は珍しくはない。ただ、ティアン様には複雑な事情がある。気安く立ち入れば命を落とすことになりかねん」


――物騒だな。


この世界のことはなにも知らない。そんなボクが唯一知っていることが、『あの王様』は人間の命を人気取りの道具ぐらいにしか思っていないということだ。


「様子を見てくるよ。王様もまさか、通りかかったくらいで処刑したりしないだろ?」


残忍なフォメルス王と身を守る術のないティアンだ。嫌な予感がする。


「やめておけ、コロシアムのなかで剣闘士が相手ならばないとは言い切れん」


オッサンの忠告は逆効果だ。ボクはティアンの部屋に向かって駆け出していた。追って来るどころか呼び止めすらしない。それがオッサンの本心だろう。


――くそっ、タヌキオヤジめ。


最高権力者であり直属の上司である国王に対してオッサンは行動を起こせない。状況の悪化を容易に想像できるからだ。

そこで、忠告にかこつけてボクを焚き付けた。よりしがらみの少ないボクが介入することでなにかが起きる。潮目が変わることを期待しているんだ。


つまり、命を賭けて彼女を救えと言っているのだ――。


「怨むからなっ!」


置き去りにしてきたオッサンに言い放った。


ボクは臆病者だ。勇者なんて呼ばれる資格もない。ただ、頭が悪いせいか恐怖だとか計算だとか、そういうものはすぐにどこかへ行ってしまって、体だけが前へと進んで行く。


あの王様の前に出てどうするつもりだ? 頭の中は真っ白だ。



    *    *    *



最後の角を曲がると、ティアンの部屋へと続く一枚目の扉の前に見張り役らしき人物が立っているのが見えた。


奇麗に整えられた顎髭と魔女みたいな鷲鼻が印象的な人物だ。闘場で兵たちを統率していたのを覚えている。

看守のオッサンと同世代くらいか、歴戦の戦士といった風貌のオッサンと対照的に洗練された貴族といった雰囲気をまとっている。


いわゆる『近衛兵長』に当たる人物に違いない――。


一室に近衛兵の一団が詰まっているとは考えにくい。隊長が自ら見張りをやっているということは、なかには王様とティアンの二人きりということだろう。

罪人の収容所に来てこの警備の薄さ。つまり、近衛隊長はかなり信頼のおける実力の持ち主ということになる。そして、彼を出し抜かないかぎりは先には進めないわけだ。


――なにか使えそうなものは……。



ボクは壁にかけてあるランタンを手に取り、通りすがりを装うとゆったりと近づいていく。

袋小路に向かっているのだから怪しまれて当然。一定の距離に迫ると近衛兵長が警戒するのが分かった。あっちへ行けとにらみを利かせてくる。


「すみません、ちょっとお尋ねしてもよろしいですか?」


声をかけるとボクは歩み寄っていく。兵長は面倒臭そうに応じる。


「なんだ、この先は行き止まりだぞ」


恫喝して追い返す手もあっただろうに、育ちの良さからかさっさと用件を済まさせようと考えたみたいだ。

視界にはボクひとり。他に警戒する必要もなく、一歩、二歩と歩み寄ってくる。三歩、四歩と、それくらい扉から離れてくれれば十分。


「落とさないでっ!!」


そう言ってボクは道中拾ってきたランタンを近衛兵長に向かって放り投げた――。と、同時にダッシュ!!


『このままキャッチする』か『不審者を捕まえる』か、すでにキャッチ体制にはいっていた彼は突然の二択に硬直した。

正解は後者一択。しかし、ランタンのもつ情報量の多さが時間を稼いだ。ボクはその横をすり抜けて扉の中へ駆け込むことに成功する。



――やった!


完全装備の彼より丸腰のボクの方が身軽だ。追い付かれる前にティアンの部屋にたどり着ける。

けど、こんな強引な突破をしてどうするつもりだ。あとさき考えない強行突破、もう通りすがりだなんて言い訳は通用しない。


――どうすんだこれ?! どうすんだこれ?!


とにかく今は一刻も早く彼女の無事を確認したい。突き当たりにティアンの部屋。扉は開け放たれている。


「ウロマルド!」


背後で近衛兵長が叫んだ。


速い!? すでに追い付かれつつある。掴まれかけた袖を強引に引き抜いてボクは部屋へと転がり込んだ。


「ティアン! 無事!」


――わッ!?


世界がひっくり返った。体が宙にふわりと浮いたと思った次の瞬間、そのまま地面に叩き付けられる。

正確には、大男がボクの胴体を片手で掴んで一度持ち上げたあと、その手を被せるようにして地面に押さえつけたのだ。


――正確な表現のほうが意味不明ッ!?


怪力を見せつけた男の全身は木の幹みたいに黒く、際立つ眼球の白さが鋭く光っていて野生の肉食動物を彷彿とさせる。


ボクは叫ぶ。「助けてっ!!」


お姫様を助けに来たはずの勇者は、いつの間にか肉食動物に捕獲されたガゼル状態になっていた。


「何者だ貴様っ!!」「イリーナ!?」


近衛兵長の怒鳴り声にティアンの声が重なって聞こえた。


「ティアン、無事?!」


どの口がそれを言うのかという体制でボクは目的を思い出した。振り解こうともがいても腕力が凄まじく、その場からピクリとも動けない。


「――放せ! この、化け物ッ!」


ボクはソイツの胴体に蹴りを叩き込んだが、手を離すどころか微動だにしない。なんだコレ、なんてモンスターだ!? 伝説の巨人か?! なにロボだっ?!


状況のあまりの覆らなさにボクは涙目になって来た。



「ウロマルド、放してやれ」


フォメルス王の指示で大男がボクを解放する。室内にはフォメルス王、近衛兵長、ウロマルドという名の大男。どうやらティアンはまだ無事みたいだ。


「――貴様は確か、176番の剣闘士ではないか。どうした、わざわざ強行突破などせずとも将軍に要件を伝え、余に取り次げば良かったのではないか? まさか強盗に押し入られているように見えた訳でもあるまいに」


正直、朝のやり口を見ていたら強盗の方がよほど理解の及ぶ人種だと思える。それに、この二メートルをかるく超えていそうな大男からは暴力の臭いがプンプンする。とても穏便な現場とは思えない。


「説得力がないんですけど……」


大男の迫力にビクついていると、フォメルス王が紹介してくれる。


「まさか存ぜぬのか、コロシアムの絶対王者ウロマルド・ルガメンテだぞ?」


――ああ、これが一位なのか。てか、人間か!?


それはもう別世界の生き物みたいだ。鬼とか、魔人とか、そういった類の存在感だ。


「すみません。最近、記憶喪失を発症しまして」


この世界の常識を介さない理由に関しては正直にそう説明するしかない。しかし、王様は冷めた態度でそれを聞き流す。


「その返しで笑いが取れると思ったのなら、目算が甘いな」


「いやいや、本当の話です」


ギャグだと思われたようだ。


「それが真実であれ妄言であれ、王に対して無礼が過ぎるな。ましてや囚人が警備を強行突破して急襲したとなれば極刑は免れまい」


死刑で異論はないか。フォメルス王はそう言っている。


「陛下、お許しください。彼女はわたくしの友人なのです!」


ティアンがあわててボクを庇う。


「――この場にあらわれたのは事前からの約束で、陛下に危害をくわえるつもりは毛頭ございません!」


怒りに触れた訳でもないだろう。コロシアム運営者は根っからの余興好きなのだ。おとがめなしよりは死刑。単にそういう嗜好の人物であるというだけのこと。


――なるほどな。


「大丈夫だよ、ティアン。人を楽しませる天才の陛下が、友人の安否を確認に来ただけの女の子を処刑するだなんて、そんな『ツマラナイ』ことはしない」


この王様の価値基準はオモシロければ有り、ツマラナイければ無しの両極端。あらかじめツマラナイと指摘されたものを芸もなく強行したりはしない。


そんな確信があった。そして、どうやらそれは期待通り。



「ほう、そう来るか。ならばこの落とし前をどうつけるつもりだ。記憶喪失の剣闘士イリーナとやら」


フォメルス王はボクに多少の興味を示してくれた様だ。ただし、大見得を切った以上は納得いく回答を示さなければ今度こそ怒りを買うことになるだろう。


ボクは提示しなくてはならない。死刑よりも刺激的なイベントを――。





『フォメルスとティアン』▶︎

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