三場 アンサンブル


山羊の頭は機能を完全に停止すると、だらしなく獅子の背にぶら下がった――。


文字通り、半身を失い怒り狂った巨獣の背からダイブをするのは容易とは思えない。

けれど、アルフォンスは滑り降りるかのようにして四メートルもの高さから華麗に地面へと着地してみせた。天才魔術師の謎の身体能力の高さである。


間髪入れずに大蛇がアルフォンスに襲い掛かる。頭上からの攻撃は近距離では死角からの不意打ちだ。上から見ているボクがアルフォンスに危険を伝える。


「アルフォンス!!」


しかし、避ける必要もないくらい盛大に大蛇の攻撃は逸れていった。その頭部には深く矢が撃ち込まれている。

それはクロスボウを回収したジェロイからの援護射撃。激しく動き回る大蛇の頭部に命中させる神業だ。


「ナイスフォロー!」ボクは右手を突き上げて称賛した。


蛇の不在を逃さず、クロムがハウルバードの戦斧をキマイラの後ろ足に炸裂させる。刃はキマイラの足の甲を深く抉り取った。

「やったぞ!」と、根気良く狙っていた足の破壊に成功したことをクロムは仲間たちに伝達した。



ようやく本来のパフォーマンスを発揮し始め、状況は大きく好転する。


神経に異常を生じさせ正常な判断力を奪う山羊を葬り、秒速百メートルを誇る恐ろしい跳躍力も奪った。

圧倒的な質量に鋭い牙や爪、独立して動く大蛇の尾。まだまだ強大だが、その驚異度は開始時と比べて半分以下と言っていいのではないだろうか。


それに、アルフォンスが生きていた――。


「死んでても良かったのにっ!」


怒り狂ったキマイラから必死に逃げ回るアルフォンスを、ボクは高台から微笑ましく見おろした。


「――あっ!?」


そして爆音。安堵するなりキマイラから発っせられる違和感。


「ぐわあああッ!?」


悲鳴。突如アルフォンスが爆発、炎上した。


「なんだ!? 何が起きたんだ?!」


「火だ! あの化け物、火を吹くぞ!」


同じ高さにいたクロムからは見えていなかった、その疑問にボクが答えた。キマイラの吐いた炎がアルフォンスを直撃したのだ。

危険を察知するのはボクの仕事だ。しかし、放射というよりは火球として放たれた炎がアルフォンスに着弾したのはほんの一瞬のことで声をかける余裕はなかった。


「ああああああッ!!」


炎上しながら転げ回るアルフォンス。今度こそ死んだと思った。


直後、駆けつけていたジェロイが火達磨にむかって手をかざし、燃え盛る炎はくすぶることもなくかき消えた。なにかの魔法を使ったんだ。


アルフォンスの無事にボクは再び安堵する。


「……良かった」


今回のメンバーにジェロイがいてくれて助かった。正確無比な射撃に特殊なスキルの数々で、皆の命を幾度となく救う的確なサポートをしてくれている。本当に使える子だ。


アルフォンスに限らず、山羊を墜としたことで全員が九死に一生を得た。形勢逆転の流れに乗りたいところ。しかし、皆も疲弊している。


キマイラが予期せぬ動きをする前に一度体制を立て直すべきか――。



「みんな、はしに寄って! 壁を背にして戦うんだ!」


指示に従いおのおの壁際へと移動する。皆のところに向かおうと、ボクは高さ三メートルの壁のふちに手を掛けながら、恐るおそる客席から闘場へと降りる。


「……ほっ、ひゃ!」


落下の衝撃を吸収しきれずに転倒、尻餅を着いた。魔術師にもおとる勇者の身体能力の低さである。


「追って来ないな……」


合流したクロムがボクを助け起こしながら言った。


「いっててて……」


山羊をやられたことに懲りたのか、キマイラは闘場の中央に留まっている。そのイライラはこの距離からでも感じ取れた。

戦線は硬直し、なんとか一息つけそうだとみんなもボクのところに集合する。


「助かったぁぁぁぁ!!」


アルフォンス万感の叫び。本当によく生きてたな、ジェロイに感謝しろよ。


「アイツ、なんで襲いかかってこねぇんだ?」


キマイラの動向をいぶかるゼランにボクは答える。


「リミッターがされてるからね。壁際じゃ戦えないんだ、あいつ」


「なんにしても助かるぜ、コッチもヘトヘトだからな」


それを利用するのは不正っぽいけど、客席用のセーフティがコチラの有利に働いている。おかげで余裕ができたけれど、一方でジェロイは浮かない様子だ。


「矢が尽きた。まだ有効打がないのに……」


彼の立ち回りは十分以上に的確だったけれど、ついに弾切れか。戦力が低下しているのは敵だけではないみたいだ。


「しかし、炎を吐くとはな。耐性が強い訳だぜ」


ゼランは当然、炎が有効であることを見越してジェロイを勧誘したに違いなかった。しかし残念ながら、その部分においての当ては外れてしまった。


「他に効きそうな魔法はないの?」


ボクは確認する。ジェロイはいくつかの魔法を使っていたように見えたし、その中に有効な物があるかもしれない。


「魔術は『発火』と『消火』しか使えない。勉強する時間がなかったんだ」


それらはどうやら一連の魔法であるらしく、いくつも使えるということではないらしい。

ジェロイの魔法はキマイラ相手に決め手にはならないけれど、貢献自体はしてくれているし贅沢は言えない。


「一応、おまえにも聞くが」アルフォンスよ。「効きそうな魔法はないのか?」


「いやあ、専門外です」


――だと思った!


「それより、握力と上腕二頭筋と背筋が、限界をとっくに超えています。剣も山羊にプレゼントしてしまいました」


なんだその、仕事はしましたよアピールは。確かにアルフォンスは成果を挙げたが休ませとく理由はない。


「じゃあ、おまえはゼランの槍を拾え」


馬車馬のように拾って刺してを繰り返せ。


ここにきて、武器の消耗から選択肢が限定されてきた。どうやら個々の余力もほとんどないのが現実みたいだ。特にクロムの消耗が激しい。

一歩も引かずに攻撃を受け続けることでキマイラをその場に縛り付け、皆の安全を確保してくれていた。彼がいなかったらゼランやジェロイも生きてはいなかっただろう。


そうなっていたら、ボクだって観客席からトンズラするしかなくなっていたに違いない。

その場合、観客は助けてくれなかっただろうけどね。がんばっている選手は助ける。仲間を置いて逃げる選手は助けない。殺戮ショーを楽しんでいる連中がなんの正義感だよ! とも思うけど、そいつがノリってもんだからな。


「ありがとう、クロム」


「やった甲斐はあったさ」


そして彼は泣きごと一つ言わないんだ。すごいと思う。すごい勇気と強さだ。


「で、次はどうするよ?」


ゼランが意見を募った。体力こそ消耗しているけれど、彼はほとんど無傷みたいだ。マイペースにヒットアンドアウェイを繰り返していた様子。


「ゼラン、決定打を入れるのはあんたの仕事だよ」


働いてもらわない手はないと、ボクはゼランに白羽の矢を立てた。


「おいおい、どういう理屈だ?」


納得いく説明をしろということだろう。こちらもべつに言い出しっぺの責任を追及している訳ではない。


「クロムは限界だし、ジェロイは弾切れ。チュアダムがいない今、あの化け物の頭蓋を割れるのはあんただけってこと」


ちまちまとダメージを詰み重ねていくには余力が心もとない。決定的な一撃がほしい。

腕力による期待値が高いのは彼だという話だ。必要となれば、ゼランだってつべこべ言わない。いまだけ、ボクらは運命共同体だ。


「なら、分かってるよな?」ゼランはボクに覚悟を問いた。


彼にトドメ役を担わせるということは、クロムやゼランだからギリギリこなせていた囮役を、他の誰かがやるってことだ。それはトドメを刺すよりも遥かに危険な仕事。


ボクの覚悟は決まっている――。


「アルフォンスがやるよ」


「勇者様は私に二度死ねと仰る」


冗談はさておき。


「それはゼラン以外の全員でやる。ゼランは適度な位置にスタンバイして狙い澄ました一撃を決めて」


クロムが自分のハウルバードをゼランに手渡す。


「ショートスピアでは無理だ、これを使え」


「ああ、借りるぜ」


ゼランはそれを受け取り、クロムは予備の武器であるスパダを抜いた。各々の役割を納得したってことだ。ボクは皆に確認する。


「いまはリミッターのおかげで襲いかかってこないけど、相手は手負いの獣だ。壁際を離れたら、もう大人しくなんかしていてくれない」


優先順位もなく、見境なしに暴れ回る。限られたスペースであの巨体に挑むということは、嵐の中に身を投げ出すようなもんだ。立ち止まれば事故る。事故れば死ぬ。


「走りまわって、隙を突いて脚を削る。尻尾には気を付けて」


これまでもやってきた当たり前のことを復唱した。もう一度、あの化物と対峙するためのおまじないみたいなもんだ。


「敵の方が速い、一人じゃ逃げきれない、みんなでカバーしあって!」


休憩によって落ち着いた皆のボルテージが決戦にむけて再び高まっていく。体力の減少による弱気をくつがえせるのは、もはや気力だけだ。根性論、舐めんなよ。


「――必ず、生きて帰ろう!!」


ボクはそう言って気合入れを締め括った。


各々に「おう!」と返事をしながら四方へと散っていく。途中、クロムがボクの頭に手を置いて一言。


「期待以上だ」と、褒めてくれた。


嬉しかった。できればボクは、いつでも誰かの期待に応えられる自分でいられたら良いなと思う。そう簡単には行かないことは痛感しているのだけれど。


キマイラが吼える。ほら、もう心が折れそうだ。



機動力の奪取に成功したクロムは、引き続き蛇を抑えるつもりだろう。キマイラの背面へと回り込んで行く。


「アルフォンス、おまえは前いけ! 前へ!」


ボクは指示を飛ばす。本人は嫌がったけど仕方ない。ゼランに代わり、アルフォンスには獅子の注意を引いてもらう。山羊の件で怒りを存分に買っているし適役だ。


獅子と大蛇は独立した意思を持って動いている。それを分断することで各々の動きを制限しなくてはとても戦えない。

獅子に引っ張られて動けない蛇、蛇に引っ張られて動けない獅子。その弱点を利用するのが第一段階だ。


ジェロイがアルフォンスの後を追った。炎に対するフォローが出来ると判断したのだろう。

前方に二人、それならボクはクロムをフォローしたいけど、五メートルはある大蛇だ。その動きと膂力に対応できる気がまったくしない。


だけど逃げ回っていたって決定的な隙は生まれない。誰かがダメージを与えて、できることならば転倒までさせたい。


それにはクロムを盾としてではなく剣として使う必要がある。



ボクはグラディウスを構える。キマイラ相手にはダメージにならない、ほとんど無意味な荷物でしかない棒切れだ。けど、手ぶらでいるより勇気が湧く。それはなによりも重要なこと。


一呼吸。覚悟を決めると、大蛇を討伐すべくボクはクロムの後を追いかけた。





『風向きを変えろ』▶︎

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