二場 顔合わせ


ボクはアルフォンスとジェロイにひととおりの事情を伝えると、二人にティアンを会わせることにした。

なにかがあった時のためにお互い顔くらいはしっておいた方が良いだろうと考えたからだ。


どのような時に役立つのかと聞かれても、それはとんと思いつかないのだけれど。


うーんと、迷子の時とか?


ボク、オッサン、アルフォンス、ジェロイの四人はティアンの部屋へと向かう。


道中、原因不明の重苦しい空気が流れていた――。


「…………?」


なぜだろう、ボク以外の誰も会話のキッカケを作ろうとしない。


オカシイな特に暗い話の流れではなかったはずだけど……。


せっかく連帯感を強めるチャンスだ、会話を弾ませて行こう。


ボクはオッサンに会話を振る。


「そう言えば、ティアンの部屋だけ他の闘士たちの居住スペースから離れた場所にあるよね、やっぱり秘匿のためだったりするの?」


オッサンは答える。


「そうだ」


二の句は継がれない、そこで会話は終わってしまった。


「…………まあ、そうだよね」


いまのは質問が悪かったかな、イエスかノーで答えられる質問では駄目だったか。


今度はジェロイに話しを振ってみる。


「ジェロイの故郷はどんな所?」


「田舎」


そこで会話は途切れた。


否応なく相手主導で展開する話題のはずなんだけど? 郷土愛を存分に発揮してくれて構わないんだけど?


「…………そう、きっと景色が良かったりするんだろうね。なにかおいしい物とかあるの?」


食べ物の話は良いよね、誰でも楽しめる。


「特にない」


特にっ!! ないっ!!


「四人もいると会話が弾むよなあ!!」


はわわっ!? なんだか心配になってきた、本当はボクたち仲間じゃないのかもしれない!!


もしかして皆、ボクのこと嫌いなのっ?! 悲しくなるよ?!


なにがオカシイって、いつもならウザイくらいに無駄口をたたくアルフォンスが謎の無言。


なにをしているの? 他の二人は完全に詰んでるんだから、アホのおまえが会話のキッカケを作っていかないと!


「アルフォンス、気分はどうだい?」


どんな質問だ、クソかっ! 場を盛り上げるのが得意だと思っていたのはどうやら錯覚だった! 自信喪失だ!


「勇者様……」


「おう、なんだい?」


つか、なんで突然元気がなくなったの?


「いえね、勇者様が私を救い出してくれないと言い出したのは、これから対面する女性が原因な訳じゃないですか?」


「まあ、そうな……」


ボクは一度だって、よし、まかせろ! ボクがおまえのことを救い出してやるぞ!

なんて言ってないし、思ったことすらないのだから正確な表現ではないと思うが……。


「呼び出した時点で、勇者様の所有権は私にあったはずなのです」


「いや、違うよ」


なに言ってんの? ボクの所有権はボクにあるよ?


「私の勇者様が、わざわざ好みの器を選んで呼び出したかわいい勇者様が、他の誰かに奪われてしまったかと思うと、どうにもやるせなくて……」


アルフォンスは溜息を吐いて項垂れた。


「もともと、おまえのじゃないよ」


これだけ何度も助けないって断言しているのに、どれだけ未練がましいのかと。


「私の勇者様が寝取られちゃった……」


「取られるもなにも寝てないし!」


アルフォンスを起点にはじめた会話は盛り上がるどころかドン引きだった。

他の二人との心の距離を完全に置き去りにしたせいで、その後は無言のままティアンの部屋の前までたどり着いてしまうのだった。


――対面前に良い空気にしておきたかったのに……。



「……ここだよ」


突き当たりの扉を眼前に、アルフォンスは仇敵のアジトに迫ったかのごとく険しい表情をしている。野獣の眼光だ。


「んもう! 泥棒猫の顔を拝んでやるんだから!」


なにその言葉遣い。


ボクはコイツをティアンに会わせるのが不安でならない、一生会わせないにこしたことはないのではと思い始めた。


もしアルフォンスが暴走してティアンに襲い掛かったら殺そう。失礼な態度を取ったら殺そう。


例えなに一つ不備がなくても、ティアンが不快感を示した時点で即座に殺そう。


そう決めた。きっとオッサンも手伝ってくれる。



オッサンが鍵を開けてボクがドアノブに手をかけた。さて、ご対面だ。


「ガルルルルルル……」


「アルフォンス、殺気を抑えなさい」


ボクは背を盾にしてアルフォンスの前に立ちふさがりながらドアノブを捻る。


油断したティアンがあられもない姿でいたらどうしようかと思ったけれど、その心配は無用だ。


彼女は七年間、なんの代わり映えもしない、なんの事件も起きなかった狭い自室でさえ規則正しい生活を貫いている。


外出しなくたって服のボタンは一番上まで閉めて、本を読む時だって背筋を真っすぐに伸ばしている。


狭くてなにもない世界だからこそ、できることは怠らない。それが彼女の生き方だ。


棺桶にも似た意味合いのこの部屋で、諦めてしまったり、堕落してしまったりせず、貪欲に学び清廉に生きている。


その悪あがきにも似た生きざまを、ボクは尊敬しているし美しいと思う。



「ただいま、ティアン」


ボクがドアを開くとティアンが万全の状態で待機していた。


「お帰りなさい、イリーナ」


いつものやり取りの後、いつもと違う様子に気づく。


「――あら?」


ティアンがボクの背後を覗き込んだ。そこにはいつものオッサンと、有能少年と、ウンコの三人がいる。


「ボクの友達」とウンコ「を、キミに紹介しようと思って連れて来た」


「まあ、なんてすてきなの。それでは、お茶の用意をしますわね。皆さんはくつろいでいらして」


ティアンはパッと笑うと、ボクがはじめて訪れた時とおなじようにお茶の準備をはじめた。


「だってさ、適当に座って……、アルフォンス?」


「勇者様……」


アルフォンスは眼を見開いてティアンの後ろ姿を見送っていた。


「――ひと目惚れを信じますか?」


あんなにも憎悪を剥き出しにしていた相手だと言うのに、美人としった途端にてのひら大回転か。


「発言は一度、脳ミソを通してからするように……」


もしくは、いまの自分が他人の眼にどう映るかを想像しながら行動しましょう。


「私、運命を感じます!」


アルフォンスは一転してのハイテンション。


「美女にはほとんどの男子が運命を感じるものだから、それはただの錯覚だね」


こじらせた願望だね。


「イリーナ」


状況に似つかわしくない神妙な声。


「はい、オッサン、どうした?」


「目立つような出入りは控えた方がいい、フォメルスの手の者に勘繰られる」


オッサンやボクが行き来するのはいつものことだけど、仲間を連れてゾロゾロと出入りしていたらそりゃフォメルスの逆鱗に触れる可能性もある。


「分かった、気を付ける」


どうやら、オッサンはこれで立ち去るつもりらしい。


「やつは約束を重んじるような男ではない、用心することだ」


オッサンは可能な限り険しい表情でそう警告した。


「王様のことははじめから信用してないよ」


してないからこそ、民衆の前で言質をとったんだ。


最終関門の難易度はさておいて、ティアン解放までのルートは構築できた。

民衆の支持で王権を手に入れたフォメルスが、公の場での約束をほごにはできないはずだ。


「おふっ!?」ボクは呻いた。


オッサンにどつかれて背中がドンと音を立てた。


なんだよ。と振り返ると、オッサンはなにも言わずに鍵を掛けると仕事に戻っていった。


大人の男は口数が少ないってことなのか、オッサンなりの激励ということだろう。


「頑張るよ」


今の一撃で心臓が口から飛び出るかと思ったくらいにはひ弱だけど、頑張るよ。



ティアンがお茶を全員に配り終えると、改めて仲間を紹介する。


「えっと、彼らはボクがここまで来るのに、いろいろと力を貸してくれた仲間たちだよ」


ティアンの瞳がキラキラと輝いた。その瞳に汚物を一つ映しているようで心苦しい。


「アルフォンス・アカデミック・アーサー・フォン・イヌと申します。現在は剣闘士として快進撃を繰り広げていますが、本職は天才魔術師です」


汚物が聞いたことのないよそ行きの声でささやいた。


おまえ、個人の成績は一勝一敗で一人だけ下位のグループじゃねーか……。


それに、自分を天才って紹介するやつはアホだと思う。


実際の能力は置いといて、就活でもないのに『ボク頭が良いんですよ』と自己紹介するやつが他人の目にどう映るか想像できてない時点でお察しだ。


まあ、他人の評価に左右されずにわが道を行くからこその天才なのかもしれないけど。


その辺は凡人のボクには理解できない。


ティアンはアルフォンスのあいさつにも丁寧に答える。


「ティアン・バルドベルト・ディエロ・アシュハ四世と申しますわ。わたくしも魔術には興味がありましてよ、独学で勉強中ですの」


彼女にとっては目に映る全てが新鮮な輝きを放って見えるからな、新鮮な輝きの先の汚物ではあるが。


一々好意的なリアクションを見せるティアンに、アルフォンスはすっかりいい気になっている。


「それは素晴らしいですね、ぜひ天才の私にお手伝いさせてください」


魔法の勉強を手伝うって、この中でおまえの魔法だけ見たことがないんだけど。


「やあ、これで毎日お邪魔する口実ができましたね」


いや、今日で最後だよ? あまり出入りさせると敵に怪しまれるからね。


続いてジェロイを紹介する。


「んで、こっちはジェロイ。こう見えてとんでもない弓の名手で魔法も使えるかなり器用な子」


ボクの紹介にジェロイは無反応。


「ん、ジェロイ?」


ジェロイはティアンをじっと眺めている。もしかして見とれてる?


「ジェロイ?」


ボクはジェロイの肩をぽんとたたいた。


「え、なにっ!?」


彼らしからぬ大きな反応。


「……いや、あいさつしたら?」


「あ……、うん。よろしく」


男たちの視線はすっかりティアンに固定されていて、まるでボクは眼中にないみたい。


「――え?」


キミたちけっこうボクのこと好きな感じだったよね!! よりかわいい娘がでてきたら興味なくすのやめてくれないかな!!


ティアンの裸を見たとたん自分の体から一切の興味を失ったボクに言う権利はないかもだけど、男の節操のなさと女の敵は女という言葉の意味を痛感した気分だった。





『じゃあ、ちょっくら乳首みてくるわ!』▶︎

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