八場 魔獣戦開始


「旦那! こんな雑魚を加えても戦力の足しになる訳がねえ!」


「本当だよ?!」


ゼランがボクを罵倒し、ボクはそれに賛同した。そんなボクをアルフォンスがたしなめる。


「プ・ラ・イ・ド!」


――!? まさか、アルフォンスにプライドを問われる屈辱を味わうとは……。


それにしても、ボクを魔獣戦に参加させようだなんて、クロムの提案には耳を疑わずにいられない。



「ゼランが俺の実力を評価しているのは実際に剣を交えたからだな?」


「いや、アンタくらいの速さで勝ち進んでたら誰だって強さを疑わねぇよ」


それを認識するのに剣を交えるまでもない。


「なら、アルフォンスはどうだ?」


そりゃ無試合の141番だし、みんな雑魚だと思ってる。ある意味では一番身近な存在のボクが雑魚だと思っていたくらいだし。


「周りから見たら、おまえ誰だよって感じでしょうね」


アルフォンスは不当な評価に対してなんら不服はない様子だ。ボクらの中でまだ一人だけ、ごみ袋みたいな服を着ているしね。


――ああ、なるほど。クロムの言わんとすることが分かってきた。



ボクもゼランに尋ねてみる。


「その弓が得意なやつってのは何番くらいなの?」


「44番だ」


今回ばかりは本筋に関係のある質問と察して素直に番号を教えてくれた。いや、単に他人の番号だからかもしれないけど。


ふむ、44番か。20番が負けている段階で頼るにはなんだかパッとしない順位だ。狡猾なゼランが選んだ人物だしランク以上の腕前ではあるだろう。ゼランのランクもその辺りか。

これを31番の視点で見たら36番、44番、141番がやって来て『俺のチームに入れてやるぜ』って誘ってくる訳だ。


「あっ! そうか、畜生!」


ゼランも質問の意図を理解したらしい。相手の立場になってみたら、どう考えても31番から36番の六人で出たがる。相手にも選ぶ権利があるのだ。


「ランクの低い四人で誘っても、きっと入ってくれないね」


141番に限ってはもはやなんのギャグだよって感じだ。


「でもよ、順位が現在の強さって訳じゃねえんだぞ?!」


それは事実かも知れないけど、これは素朴な疑問。


「どうやって相手に納得させんだよ?」


アルフォンスの141番みたいに数字と実力が見合ってない場合はある。それでも目安にはなるし、上位を目指して努力した者は数字に誇りもあるだろう。

その数字は文字通り命懸けで勝ち取った格だ。おいそれと格下の指示に従ったりはしないに違いない。


「そうなった場合、結局は自分より下のランクから選ばなければならなくなる」


クロムが結論を口にした。自分たちより上の番号を誘っても参加してくれる望みは薄いとの考えだ。


――だからって、142番を加えるのはどうなの?


ボクは考える。アルフォンスじゃないけど、これは本来の実力なら上がれないようなランクに一足飛びで上がれるチャンスなのかもしれない。


でも、本来の実力に見合わないランクになんかなってどうするの? そのために当たり前みたいな顔をして、友達の足を引っ張るようなまねは出来ない。

強い人が入っていれば勝てた勝負が、自分のせいで敗北することだって十分に有り得るんだ。



「イリーナ、先々のことを考えてキミは参加するべきだと俺は思っている」


クロムは本気でボクを誘ってくれている。


「う、うん……」


だけどボクにはそれを安請け合いできるほどの自信がない。当然、実力もない。


「ただ、命に関わることだ。無理強いはできない」


「あぅ……、どうしよう、かな……」


クロムがここまで言ってくれているのに即答できない自分がいる。


ああ、仲間がなにかをしようって時に、なにもできない自分はこんなにも惨めな気持ちになるんだなって今更ながらに思う。

いまから始めても手遅れな剣の稽古を毎日やっているのも、そんな自分に耐えられないからだ。


「お嬢ちゃんは出たくないってよ」


ゼランが話を終わらせに掛かる。コイツにとってはボクの参加なんて迷惑以外のなんでもない。


「それで良いか?」


煮え切らない態度のボクにそろそろ愛想を尽かしてもおかしくないのに、クロムはとことんまで付き合ってくれる。ボクはそんな彼を失望させたくない。


「出たいよ! 正直に言えばボクは皆と戦いたい!」


実力に見合わないことを言えば、その上で皆の期待に応えたい。でも、やりたいのとできるのとは違うじゃん! そんなボクの迷いをクロムは見抜いている。


「できるかどうかじゃない、やりたいかどうかだ」


そんな理屈ってあるか? やりたいかどうかより、できるかどうかの方が大切に決まっているじゃないか。


「……ボクで良いの? 後悔しない?」


ボクは卑屈にも最後のひと押しを求めた。それを不快ととらえる様子もなく、クロムは「ああ」と優しくほほ笑んでくれる。


「おいおい、ちょっと待――!?」


当然、ゼランが反論しようといてそれをアルフォンスが遮る。


「簡単です。四人で勝てば良いだけの話ですよ」


それは頼もしく、一見してカッコ良くすらあった。けど、その四人の中にコイツはきっと自分を含めていない。だって、含めていたら「五人で」と言った筈なんだ。


ボクは冷たい目でアルフォンスを睨んだ。



結局、こちらが数で上回ったことでゼランはボクの参加を納得する他になくなった。こちらはゼランだけを抜くという選択も可能なのだ。

足手まといを一人増やしてでも、クロムやアルフォンスを戦力に加えるべきという算段が彼のなかでも立ったということだろう。


ボクは魔獣戦に参加することになった――。



そして最後の一人。あらかじめゼランが調べていたリストを上から順に声をかけていった結果、案の定31番、32番ともに断られ、話に乗ってくれたのは34番だった。


彼の目論見は単純。31番たちについて行った場合、戦いに参加してもしなくても20番台に昇格。しかし、ボクらに参加して勝てば一発で20番確定。31番から33番を出し抜けるという考えだった。


これで無事、定員六名の仲間を確保し、誰かが先を越す前にとボクたちは魔獣への挑戦を申請して今日を終えた。


メンバーは以下の通り。


34番、チュアダム

36番、クロム

44番、ジェロイ

48番、ゼラン

141番、アルフォンス

142番、ボク


かくして六人の精鋭(?)はそろったのだ。


仲間たちが頼もしいからか無根拠ながらもなんとかなるような気がしていたし、やるとなったら危険な試合が楽しみにすら思えてきた。


そして翌日、さっそく魔獣との戦いがセッティングされたのだった。



    *    *    *



魔獣戦当日――。


昼までティアンの部屋に閉じ込められていて、全てが終わった後でノコノコ現れた。って、訳にはいかない。

昨日の内にあらかじめ看守のオッサンに伝えて、今朝は早朝のうちに皆と合流することができた。


試合についてティアンにはあえてなにも伝えていない。死ぬつもりもないし、笑っている彼女が好きだから。万が一にも死んだときにはオッサンがちゃんと報告してくれるだろう。



「よろしく、ボクはイリーナ。皆みたいに強くはないけど精一杯やるよ」


ボクは改めてこの中では一番上位のチュアダムと握手を交わした。


「おう、任せろ! 俺は子グマだって素手で倒して見せるぜ!」


「うーん、子グマかぁ……」


チュアダムは生粋のパワーファイターといった巨漢に加えて強面だけど、悪いやつではなさそうだ。


「よろしくね」

 

続いて44番のジェロイに手をさしだした。ジェロイを初めて見たときは驚いた。まだ十代半ばの男の子なのだ。しかも、このランクまで弓の一本で勝ち進んだらしい。なんと、盾も防具もある一体一で外せば致命的な弓でだ。


「女の子がいるなんて驚いた……」


ジェロイは目を合わせずにそう言った。どうやら第一印象はお互いさまだったみたいだ。


「ごめんね、足を引っ張るかも知れないけど」


「いや、オレも一人じゃこれ以上ランクを上げられないと思ってたから、誘ってもらえて良かった」


彼はそう言って軽く握手をした。



「イリーナ!」クロムが呼んでる。


「なに?」


あいさつをしながら各々が戦闘の準備を急いでいるなか、まだ得意武器のないボクは装備の選択に四苦八苦していた。


「なにがでてくるかは分からないが相手は獣だ。今回は兜を装備してくれ、噛み付かれたときに身代わりになるかもしれん」


「確かに」


「それと盾だ。襲い掛かられたとき、相手の口と自分のあいだには必ず盾を挟め。盾を喰ってる間に逃げるか喉を突くんだ」


まるで、遠足の準備をする母と子のようだ。魔獣戦に推薦した責任からか、クロムは親身になってボクの装備選びに付き合ってくれた。


初日の戦槌は縁起こそ悪くはないが、獣の厚い皮ふや毛皮に対して効果が薄いと判断された。

片手剣と盾の装備は向いてなかったし槍でも使おうかと思っていたのだけれど、クロムのアドバイスに従って今回は結局グラディエータースタイルで出ることになった。



「前には立たなくていい、俺やチュアダムが引き付ける。イリーナは離れたところから全体を見渡して、俺たちに危険をしらせてくれ」


限られた時間でクロムがボクに役割の説明をしてくれる。


「えっ、一番下のボクがそんな司令塔みたいなポジションでいいの?」


「イリーナの声なら闘場の端まで届く、適任だ」


前にでて闘う人間は自分の八方を見渡せない。ボクの仕事は獣を倒す事じゃなく事故を減らすことだ。

それは確かに重要だし、戦闘スキルのない自分にもできる仕事のように思える。クロムはわざわざ、足手纏いのボクにでも貢献できる特別な役割を振ってくれたのだ。


「分かった!」


頑張るでは足りない。頑張ったけどできませんでした、では済まないからだ。成し遂げて、貢献して見せる。


ボクは両手をグッと握って「任せて!」と念を押した。



ゲート前、ボクらは準備を終えてそのときを待つ――。


魔獣対剣闘士の対決はそういう演出なのか、軍が使っているようなまともな鎧の着用が許された。

肉体と肉体、技と技の剣闘とは違って今回の趣旨は獣対人間だ。装備を整えることで対比が明確にでるという演出なのだろう。


クロムには騎士の鎧がよく似合っている。そういえば、人には薦めたクセにクロムは盾を装備していない。

腰にはグラディウスを長くしたような両刃剣のスパダを携え、両手持ちのハウルバードを装備していた。


ハウルバードはいわゆる長柄武器だ。長い棒の先に重装兵を鎧ごと粉砕する斧、騎乗を一突きにできる長射程の槍、敵に引っ掛けて引き倒す鈎。その三種を備えた多目的武器である。


素早く頑丈な獣に対して効果を期待できるのかもしれない。


ゼランは両手一杯にショートスピアに分類される槍を抱えている。一見するとただの欲張りオジサンだが。


「なんだよそれ、十刀流とか言ってかくし芸でも披露するのか? まさかその顔で客ウケとか狙ってんのか?」


「アホか、闘場に撒いておいて、刺しては離れ、刺しては離れのヒットアンドアウェイ戦法をやるんだよ」


「ああ、闘牛か」


獣が相手なら武器を取り上げられることもないし、極めて有効な戦法に思える。さすがは考えてきている。

ジェロイは弓に加えてクロスボウを、チュアダムは大振りな斧を片手に一本ずつの二本。アルフォンスは特に工夫もなく普段通りの姿で立っていた。


一人を除いてなんて頼もしいことか、彼らとならどんな敵にも負ける気がしない。



「戻ったら、打ち上げしようね」ボクが提案し。


「いいですね」アルフォンスが賛同し。


「一人は個室が与えられるしね」ジェロイが同調し。


「会場は決まったな」クロムが鼓舞し。


「俺は子グマだって素手で倒せるぜ」チュアダムが訳の分からないことを言った。


戦いの前だというのになごやかですらある。



闘場のゲートが開く――。


ボクらが入場を開始すると一斉に歓声が巻き起こる。その感じがなんだか懐かしかった。

闘場に立つのが二度目のボクには不釣り合いな感想だとも思うけど、予想通りと言えばその通り、選抜試合以降ボクはそれなりのファンを獲得しているらしく声援が集中した。


ここで手を振ってアピールでもすれば、人気にはさらに拍車が掛かっただろう。


しかし、今回に限っては観客たちにサービスをする余裕はなかった。なぜなら入場と同時、視界に入った異様な光景にボクらは釘付けになってしまっていたからだ。



「……なにあれ、箱?」


それは異様としか言いようがない。広い闘技場の中央に無造作に鉄の箱が置かれていた。

問題はそのサイズだ。高さは四メートル、奥行にいたっては八メートル以上はあるだろう。それはもう箱というより家だった。


「……まさか、うそだよ。ねえ?」


ボクは起こりうるなかで最悪の想像をしていた。それはあまりにもファンタジック。つまり現実離れしていてかつデンジャラスな内容である。

残念なことに、その起こりうる最悪の想像はほとんど正解らしいのだ。先程までの威勢はどこへやら、頼もしかった仲間たちがすっかり黙り込んでしまう。


そして、その巨大すぎる箱がガタンッと揺れた――。


「――!!?」


ボクは大きく縦に跳ね上がった。意味が分からない、分かりたくもない。ボクは早くも再び闘場に上がったことを後悔しはじめていた。





『絶体絶命』▶︎

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