六場 英雄の帰還


頑丈な扉が壊れんばかりの勢いで打ち鳴らされた。


ボクはティアンと視線を交差する。この部屋に人が訪ねてくることなんてほとんどない。


ジェロイによる暗殺失敗の最中、来訪者が敵か味方かの判断がつかない。


武装した敵の襲撃があった場合、アルフォンスの持っているレイピア一本ではたして応戦できるかどうか――。



「ティアン様! 御無事ですか!」


張り詰めていた緊張がスっと解ける、看守のオッサンの声にボクらは安堵した。


――味方だ!


ただ、穏やかではない様子。なにかしら不測の事態が起きたに違いない。


ボクとアルフォンスはジェロイから目を離すことができないため、ティアンが駆け足でリビングへと向かう。


「わたくしです、無事です」


「緊急事態ゆえ失礼いたします」


外鍵を開けてオッサンが入室すると、ティアンが「きゃっ!?」と短く悲鳴を上げた。


「大丈夫?!」


あわててリビングを覗き込むと、そこには持参したランタンに照らされた血まみれのオッサンが立っていた。


「うわっ、どうしたのソレ!?」


「返り血だ、心配には及ばん」


余裕の佇まいで真っすぐに立っていることから心配はしなかった。


それにしても血塗れの男が深夜に訪ねて来て『返り血だ、心配無用』って、なんてバイオレンスな状況なんだ。


ボクの世界にはなかった、こんな場面。


「――不審者が三名、この部屋を見張っていた、プロのアサシンだ」


オッサンはこんな夜中まで見回ってくれていたようで、殺し屋がこの部屋に侵入しようとしていたとの報告だった。


「アサシン!?」


ボクは素っ頓狂な声を上げた。


「発見した三人は始末したが伏兵は確認できていない、今夜の襲撃は阻止したと思いたいが……」


つまり、ボクの行動に腹を立てたフォメルス王がティアンの暗殺をジェロイに命令、保険として暗殺者のチームを差し向ける念の入れようだ。


その周到さから相手の本気が見て取れる――。



「本当に、けがはございませんの?」


三人分の返り血を浴びた姿を見て、ティアンがオッサンの心配をしている。


「無傷です、御自分の身を案じてください」


一対一の勝負で地獄を見てきた経験から三人を同時に相手にする困難さが容易に想像できた。


今日の試合でゼランの隣にもう一人増えたらボクは死んだ。と、確信する。

それをプロのアサシンを三人も相手に無傷とか、オッサンどんだけバケモンなんだよ。


驚いているボクを尻目にオッサンは寝室をのぞくと、ジェロイを見下ろした。


「ジェロイはフォメルスの間者だったか……」


さすがは敵軍に恐れられた元将軍、一目で状況を把握した。


「ごめん、ボクの不注意だ」


結果、ティアンを危険にさらしたことをボクは謝罪した。ボクはそれだけ彼に信頼を置いていたのだけれど、軽率な行動だととがめられても仕方がない。


「済んだことはいい」


オッサンはボクを責めなかった。ボクは軽い安堵を覚え、直後にそれは戦慄へと変化する。


主君の脅威を排除すべしとオッサンは躊躇なく、いま三人の血を吸わせてきたばかりの剣に手を掛けた。


ボクは慌てて止めようとする。


「ちょっと待って!!」


刹那、部屋が暗転した――。


アルフォンスとオッサンの持っていたランタンの火が同時に消火し光源が断たれたのだ。


明るさに慣れていたボクらの視力は闇になれるまで時間が掛かる。


「ティアン!」


暗闇のなかでボクは叫んだ。


「はい!」


声がした方へとっさに手を伸ばし、触れると彼女を引き寄せた。


「――んっ……!」


強引に抱え込まれたティアンがボクの腕の中で一瞬呻いて、すぐに息を殺した。


静寂に包まれた――。


オッサンたちも気配を消して相手の出方をうかがっている。


暗闇の中で、ボクらは耳を凝らした。肌に神経を集中して空気の振動に気を張り巡らせる。



「逃げられたか――」


最初に口を開いたのはオッサンだ。


新たな敵の襲撃を警戒したが、逃走のためにジェロイが『消火魔法』を使ったらしい。


「ジェロイ氏が火を出すことは警戒していたのに、消せる。ということはなぜだか失念していました」


ある程度目が慣れてくると、アルフォンスがあらたな灯りを調達しながら言った。


ボクなんか魔法の存在すら失念してたよ。


「火をつけるのは派手だけど、消すのは地味だもんね」


やっぱりジェロイはただ者じゃないな。自力で上位まで勝ち進んだ能力は疑いようもないし、逃走は鮮やかで足音すらしなかった。


年下だけど、闘士としてははるかに格上だ。


「ふむぅ、コロシアムからは出られませんよね、追跡してはどうですか?」


「ふーん、他人ごとじゃん……」


なんで『追跡します!』じゃなくて『したら?』なの? アルフォンスの提案は腑に落ちない。


オッサンはいつもどおり、いや、いつにも増して渋い表情をしている。

スパイを取り逃がしたということは、首謀者に報告がされるということだ。


「フォメルスとつながりがある以上、看守のなかに伝達役がいるだろう。かくまわれていたらお手上げだ」


それに対してアルフォンスは問題ないとばかりに意見する。


「私にかかれば居場所の特定はたやすいですよ?」


なにかしらの手段を思い付いたみたいだけど、ボクは気乗りがしない。


ジェロイは弓の名手だ、外で対決するほうが室内の何倍も手ごわいことは容易に想像ができる。


「ジェロイのことはいったん放っておこう、きっと危害は加えてこないよ」


「なぜそう思う?」


オッサンは明確な理由を求めてきた。


「ジェロイはボクが標的だったら仕事を受けなかったって言ってくれたんだ」


そう言ったらオッサンは黙ってしまった。


「――ちょちょ! そんな顔しないで!」


それが根拠にならないことは分かってる。だけどジェロイは確かに、ボクのためにあの暴君に刃向かうと言ってくれたんだ。


「勇者様はあまいです。そんなものは追い込まれた人間の口からでた苦し紛れでしょう」


アルフォンスの言うことはわかる。けっきょくボクの本音はジェロイと戦いたくないって、それだけなんだ。


さっきのいまで、友達と殺し合う覚悟なんてできないよ。


「この人数で夜通し鬼ごっこをするより、ここでティアンを守りながら朝を待つほうが安全だと思うんだけど、ハハ……」


反撃に移ればさらなる戦力との衝突もありえる。それがどこまで大きくなるかもわからない。


「フォメルスに伝われば後手にまわるぞ?」


暗殺失敗となれば次の手を打ってくる可能性は高い。オッサンの危惧するとおり、窮地に追い込まれることになるだろう。


けど、今日はゼランとの決戦にはじまり死闘の連続だった。ボクにはもう打って出るだけの余力は残っていない。


「とてもじゃないけど、これから徹夜で追いかけっこをする体力なんて残ってないよ……」


ボクは地面にへたり込んだ。限界を察っしたティアンが皆を説得してくれる。


「どうか、イリーナのしたいように」


主人の一言にオッサンはあっさりと引き下がった。


誰もが明確な打開策を持ち合わせていないのは事実、強大すぎる敵を相手にこの戦力でいったいなにができるものか。


ボクらはついにあのフォメルスから見限られてしまった――。



「勇者様……。心配事はあるでしょうが、一度休息をとりましょう」


アルフォンスがねぎらってくれた。


「ありがとうアルフォンス……」


意外だけど、絶望の淵に立たされた人間をおもんばかる程度の優しさは持ち合わせていたんだな。


「ええ、考えても仕方ありません。フォメルス王が決定を下した以上、ティアン嬢はもう助からないのですから」


あれ? なんだか雲行きが……。


「――ですから、当初の予定通り私と外に出るほうに方針転換しましょう。せめて勇者様と私だけでも助からなくては、亡くなったティアン嬢が報われません!」


――まだ死んでない。なんて、つっこむ気力も沸いてこない。


顔合わせ直後はあんなに入れ込んでいたくせに、いざ自分にチャンスがめぐると容易く見捨てるあたりがクズ。


クズフォンスを無視してボクは今後の方針をみんなに伝える。


「ボクに考えがあるんだ」


それはもう最後の手段だ。


「――だけど、一つ説明を間違えると誰の賛同も得られないで台無しになるような計画なんだ。だから、ちゃんと考えをまとめてから話したい」


それは妄想でしかありえないような計画だ。実行に移そうとするときがきたことに自分でも戸惑っている。


疲労で正常な判断力を失ってしまったか、自暴自棄になっているとしか思えない。


ボクの頭をティアンが撫でる。


「わたくしが起きて見張っているから、イリーナはもうお休みなさい」


満身創痍の心と体に優しさが染み渡った。


この世界でボクが生きる目的はもう、彼女をここから救い出すことだけだ。

守りたいな……。たとえどんな苦難の道を行くことになったとしても……。


ボクは最後の戦いを決意する。


気が付くと、ティアンに頭を撫でられたままボクは微睡む余韻もなく眠りに落ちていた。



    *    *    *



翌朝、ボクはウロマルド・ルガメンテへの挑戦を申請した――。


今頃、ティアンの暗殺失敗がジェロイによってフォメルスへと伝わっていることだろう。

王様がティアンの処刑と興行のどちらかを優先するかはちょっと分からないけど『決戦の期日』は迫っている。


ボクとウロマルドの対戦に期待が集まれば、しばらくは時間を稼げるかもしれない。



「ヤッホーイ! 頂点に手をかけて来てやったぜー!」


昨日の今日だというのにいささかハイになっているのは覚悟ができた、もといヤケクソ気味だという見解がある。


迫るXデーに向けていろいろと下準備が必要だ。ボクはクロムの生徒たちに会うため下階へと降りて来た。


「オラっ、下級闘士共! 15位様のお通りだぞ!」


ボクは無駄に存在をアピールする。


番号を伝えたところでボクを狙い撃ちにできる高順位の闘士様は下階にはいないし、頂上決戦の申請をしたボクの邪魔をするほど空気の読めないやつもいないだろう。


「イリーナ、頂点とっちまうのか!?」


すれ違う誰もが声をかけてきた。


「おう! 任せとけ!」


気付けばしらずしらずのうちに有名人だ。入れ替わりが激しい下位はしらない顔だらけだけど、ボクのことを知らないやつはいないってくらいの歓迎を受けた。


「頑張れよ! イリーナ!」


「おう、応援してくれよ!」


「最初に俺が言った通りになっただろ?」


「言われた覚えもないし、あんた誰?!」


ボクの存在は弱者にとってもロマンがあるに違いない。こんなに応援されると、14位のところを15位と言って姑息な保険をかけた自分が恥ずかしい。


「おいおい、ウロマルドに挑戦を申請したって本当かよ!」


呼び止められて振り返る。


「おうよ! ……お?」


ボクは威勢よく返事をしてそのまま硬直した。


そこには有り得ない人物が立ちはだかっていた。


「――ひあいッ!?」


変な声でた。


べつに立ちはだかっている意図はないのかもしれないけど、その巨体はボクとの対比でもはや壁だから、そびえ立つとでも言わんやだ。


ソイツはなんとも言えない表情でボクを見下ろしている。なんだか、コロシアム初日の懐かしい感じがよみがえった。


「おまえ、とてもそんなやつには見えなかったのに……」


ボクを指差して驚いているのはアイツだ。


すでに忘却の彼方に葬り去ったはずの、再会しなければ死ぬまで思い出さなかったはずの、『ラ』ではじまる名前のアイツ。





『劇団R』▶︎

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