しあわせなしろいねことの10ヶ月
炉道
第1話
うちは朝、夕、夜1日3回犬の散歩にいく。
2016年12月の下旬。
私が夜の散歩にいくと猫ハウスに見知らぬ猫がいた。
猫ハウスというのは散歩コースにある東屋のことだ。
そこでは近隣住民が猫に餌を与えながら井戸端会議をしている。
「猫戦争」と私が名付けた出来事もあって、中々面白い話だがそれはまた別の機会に。
猫ハウスには2~3匹の猫が住み着いている。2匹は通りがかればほぼ見かける。
もう1匹はいわゆる地域猫ではなく、誰かの飼い猫らしくその時期にはもう見かけることは少なくなっていた。
つまりは4年間散歩していて初めて見る猫がそこにいたのだ。
猫ハウスには誰が置いたのかダンボールが3つあって、中に毛布がしいてあった。
私とおかんは、無責任に猫に餌付けをしている猫ハウスの人々に批判的だ。
こんな寒い季節にダンボールとぺらぺらの毛布を与えたくらいで世話をしているつもりなのだろうか?
動物の大変な世話を放棄し、可愛がることだけを目的とした卑怯者。そういう認識をもっている。
その猫をみて、私はぎょっとした。明らかに弱った猫。顔は目が炎症し、涙だか膿だか体液でぐしゃぐしゃ。
毛並みはぼさぼさ。やせ細ったからだ。
これは子猫か。死にそうな子猫。体全体が真っ白な猫だ。
その白猫は愛犬ニコラスをみると箱から飛び出してきて擦り寄ってきた。
これにも驚いた。有り得ない。
外猫は、餌を与える人間にしか懐かない。知らない人間、ましてや犬になんてもってのほかだ。
ニコラスも猫は大好きだ。我が家の愛猫ハチとよく取っ組み合いをしている。
そしてニコラスと白猫がじゃれあっているとき気がついた。
首輪をしている。
おかしい。猫ハウスの住人は、飼育責任を放棄した連中だ。
飼い猫のような扱いはしない。奇妙だ。
そんな違和感を感じながら。
「君はここの猫なんだろう?寒いだろうから箱にお戻り」
私は猫をひょいと持ち上げた。軽い。痩せて浮き出た骨が、持ち上げた手にあたる。
箱に戻すとか細く「にゃー」と白猫は鳴いた。
うちにはもう、猫が2匹いる。それに猫ハウスの住人が餌を与えているだろう・・・。でも心配だ。
そう感じながらも私は猫ハウスを後にし、散歩を終え家に帰った。
家に戻ると私はそのことをおかんに話した。
ニコラスの散歩は朝、夕はおかんが。夜は私がしている。
おかんとはその日散歩であった出来事や、会った人、犬のことなど情報交換をしている。まあただの世間話だ。
「猫ハウスに汚い猫がいてさ」
私は続けてひどく弱っていること、人懐こいこと、犬を怖がらないことを話し
「きっと猫お兄さんは餌あげてないんだよ。なでてるだけ。そんであの子猫は成猫の餌を食べれないんじゃないかな」
猫お兄さんは、夜に私が散歩にいくと猫ハウスにただずみひたすら猫の写真を撮ったりなでたりしてる人のことだ。
夜、薄暗い東屋に立つその姿は少し怖い。犬を連れて通りかかると「猫ちゃんが逃げちゃうだろうがくそが」と背中で無言の訴えをしてきて怖い。
猫ハウスを通過して一時間くらいたってからまた通りがかってもまだ居るから怖い。
そんなことを話してて気が付いた。
「あ、そういえば最近座ってたな。」
そう、猫お兄さんは座っていたのだ。猫ハウスのベンチに背中を丸めて座っていた。
「ははあ、つまり猫お兄さんはあの汚い病気猫を一生懸命なでてたんだな。」
私は得心いって、うんうんと一人で頷く。
おかんは心配そうに
「でも、病気なんでしょう?その子猫は」
私に尋ねる。
「まあ明らかに風邪をひいてるよ。拾ってきた朝吉と同じか、それより軽い状態。」
「それは・・・心配ね・・・」
おかんは慈悲深い。猫嫌いのくせに、9年前に突然死にかけの子猫を拾ってきた。
寒い側溝で一人死んで行くのはかわいそうだと、その子猫をうちに連れてきたのだ。
私がどうするんだと聞いたら、猫の扱いはわからないからせめて暖かい家で死なせてあげるんだ。
そんなわけのわからないことを言うので、私は「責任が持てないなら拾うな!」と叱責し、PCで子猫の拾った時の対処方法をプリントアウトした。
病院にいったりミルクをあげたりおしっこをさせてたり、とにかく頑張って世話をして9年。
今では立派な猫に成長した。それが我が家の筆頭猫ラット朝吉だ。
「まあとにかく明日の朝の散歩のとき見てくるといいよ。その白猫を。」
首輪をしていることを伝えそびれたが、そうおかんには言っておいた。
とにかく首輪をしているのだ。あの猫お兄さんや、他の猫ハウスの住人がつけたとは考えにくい。
ならきっと飼い主がいるのかもしれない。私が散歩にいったときたまたま猫ハウスにいただけ。
今頃は家に帰って暖かい寝床で寝て、明日にはちゃんと病院に連れて行ってもらえてるかもしれない。
おかんが散歩にいったとき、もうあの白猫はいないかもしれないのだ。会えない可能性の方が高い。
そう思っていた。
しかし、翌朝私が出勤し、夜帰ってくると。
その白い猫が、家にいた。
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